第2章 スーパー・ワカバ
定食屋『みどり亭』を後にした二人は、住宅街を抜けて町の中心部へと向かった。
青空の下、昭和の面影を残す小規模な商店街の一角に、赤と緑の看板を掲げた「スーパー・ワカバ」が佇んでいる。タクヤが高校時代、二年間放課後バイトをしていた地元密着型のスーパーだ。店先には新鮮な野菜の箱が並び、店内からは特売を知らせるBGMがかすかに聞こえてくる。
自動ドアを潜ると、ひんやりとした冷気とダンボールの匂いが二人を包んだ。
「いらっしゃい――あや、タクヤ君じゃないの!」
レジの奥から声をかけてきたのは、エプロン姿のワカバ店長だった。少し背が縮んだようにも見えるが、包容力のある温かい笑顔は当時のままだ。
「ワカバさん、ご無沙汰しています」
「頭、怪我したって聞いて心配したのよ? もう大丈夫なの? こっちのユウキ君も一緒なんて、珍しいじゃない」
「僕の怪我は大したことありません。……近くまで来たので、顔を出したくて」
ワカバさんは「ちょっと待っててね」と奥のお茶汲み場から缶コーヒーを二本持ってきて、レジ脇の小さなスペースで渡してくれた。
「カノンのニュース、見たわよ……。本当に可哀想にねぇ。15年も山の中で……事故だなんて、思ってもみなかったわ」
ワカバさんは深いため息をつき、寂しそうに目を伏せた。
「ワカバさん。あの日……15年前の土砂降りの雨の日、僕がバイトに入っていた日のことを覚えてますか?」
タクヤが切り出すと、ワカバさんは記憶を辿るように首をかしげた。
「15年前のあの日ねぇ……。タクヤ君、急な雨で雨具の棚の品出しを手伝ってくれたわよね。あ、そうだ。あの日といえば、サトウ君のことならよく覚えてるわよ」
ユウキが缶コーヒーの手を止め、身を乗り出した。
「サトウが、ここに来てたんですか?」
「ええ。サトウ君、野球部の部活帰りに激しい雨に降られてね。うちの店の庇の下で雨宿りしてたのよ。そしたらマカベ君が走ってきてさ」
「マカベがスーパーに?」
ユウキの問いに、ワカバさんは頷いた。
「そうなの。マカベ君、息を切らして『サトウを探してる』って店内に入ってきたのよ。でも、ちょうどサトウ君はうちの店の裏手で、配達用の大きな傘を借りて帰ろうとしていたところでね。タイミングが悪くて、マカベ君はサトウ君に気づかないまま、焦った様子で店を出ていっちゃったの」
タクヤは静かに目を閉じた。頭の中で、あの日のみどり亭とスーパーワカバの位置関係、そして時間の経過がはっきりと繋がっていく。
マカベは、サトウを探してスーパーへやってきた。しかしサトウに会えず、『みどり亭』へと向かった。そして、外でサトウを待っていたカノンに出会った。
「……マカベ君、なんだかすごく顔色が悪くてね。声をかけようと思ったら、そのまま走っていっちゃったから……印象に残ってるのよ」
ワカバさんは不思議そうに首を傾げた。
「ワカバさん、貴重なお話をありがとうございました。コーヒー、いただきます」
タクヤが頭を下げると、ワカバさんは「無理しちゃダメよ」と優しく手を振って見送ってくれた。
店を出ると、夕前の風が少し冷たさを帯びて吹き抜けた。
ユウキは缶コーヒーの空き缶を握りつぶしそうになりながら、低い声で吐き捨てるように言った。
「何でマカベは、サトウを探してたんだろうな」
ユウキはただの世間話のように聞いてきた。
「なんでだろうね」
タクヤを訝しぎみに言った。
「次に行こう、ユウキ」
タクヤは立ち止まることなく、歩みを進めた。
「僕が前に働いていた食品会社へ。ニシムラさんのところへ行こう」




