第1章 みどり亭 その②
「いらっしゃい――おや、タクヤくんにユウキくんじゃないか」
ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、厨房の奥から白髪交じりの頭を覗かせたシマムラさんが、目を丸くして二人を出迎えた。店内には出汁と醤油の匂いが満ちており、木製のテーブルやパイプ椅子も15年前と変わらない位置に並んでいる。
「シマムラさん、久しぶりです」
「久しぶりだろ。まあ、座れよ」
シマムラさんは手際よくお茶を二つ淹れ、パイプ椅子を引いてくれた。腰を下ろし、肘をテーブルについて溜息をつく。
「相変わらずこの店、時間が止まってんな」
ユウキが少しバカにしながらも懐かしそうに言った。
「余計なお世話だ。でお前ら、注文はどうする?」
「ああ、俺は唐揚げ定食。ご飯大盛りで」
「僕は生姜焼き定食をお願いします」
シマムラさんがで奥の厨房へ引っこむと、ジュウジュウと肉を炒める香ばしい音と煙が立ち込め始めた。
「……ニュース、シマムラさんも知ってんのかな?」
ユウキが呟くと、タクヤは腕を組みながら天井の隅を睨みつけた。
「さすがに知ってるんじゃない近所ニュースだし。それに、カノンもたまに来てたらしいし。それにしてもなつかしいな。サトウやハルカ、マカベなんかともよく来てたよな」
サトウは野球部でいつも大食いだった男、ハルカはしっかり者の学級委員。そしてマカベ――おとなしく、あまり目立たない男だったが、時折どこか周囲を伺うような視線を投げる同級生だった。
「サトウは今、隣町で実家の酒屋を継いでるんだっけか。ハルカは東京で結婚したらしいが……マカベは確か、この町に残って建設会社に勤めてるはずだ」
ユウキは思い出に耽りながら話す。
「そういえばお前、カノンとここに来たことがあるんだろう?その時どんな会話してたんだ?」
ふと、突拍子もなく聞いてきた。
「別に、あまり覚えてないな」
あの日を思い出しながら言う。
「でも」
何気ないあの日の情景が浮かぶ
「変な食べ方してたな」
「変な?」
少し、興味が沸いたようだ。
「 いつも単品の味噌汁とキャベツだけで、俺が揚げ物食ってるのを変な目で見つめてたよ。『食べるという行為は滑稽だ』とか、わけの分からんこと言ってさ。……今思えば気味の悪い奴だったよ」
「よく、言葉まで覚えてるな」
ユウキが笑いながら言う
「……うるせえよ。変な奴だったから印象に残ってるだけだ」
タクヤは冷たく吐き捨てて視線を逸らした。
そこへ、「はい、お待ち」とシマムラさんが湯気の立つ定食を運んできた。甘辛いタレが絡んだ生姜焼きと、山盛りの唐揚げ。高校時代と変わらないボリュームと匂いが、二人の間の空気をほんの少しだけ和らげる。
箸を割りながら、シマムラさんがふうと息を吐き、静かな声で言った。
「カノンのこと……事故だったらしいな。あの日、最後にここでカノンを見た時のことを、俺は今でも覚えてるぜ」
タクヤは箸を止め、静かにシマムラさんを見つめた。
「あの日……15年前の、雨の日ですか?」
「ああ。土砂降りの夕方だった。カノンが一人で店の外の雨宿り庇の下に立っていてな。濡れるから中に入れって声をかけたんだが、首を振って誰かを待っているようだった。そしたら――」
シマムラさんは記憶を掘り起こすように眉間にしわを寄せた。
「サトウが走ってきたんだ。ずぶ濡れでな。あいつ、普段は落ち着いた奴なのに、あの日はえらく狼狽えていて……カノンに何か話しかけた後、二人で山の方へ歩いて行った」
ユウキが唐揚げを噛みちぎりながら、怪訝そうに口を開く。
「サトウが? あいつ、あの日『風邪で早退した』って学校休んでたんじゃなかったか?」
「そうだったのか? でも、その直後にカノンの捜索が始まって、警察にも聞かれたんだが……サトウの親父さんが町の有力者だろ? 下手に言い出せなくてな。事故ってニュースを見て、ずっと引っかかってた思い出が急に蘇ってきたんだ」
シマムラさんの言葉。それが、タクヤの頭の中にあった真実の絵の、最初のピースだった。
あの日、雨の中でカノンとサトウが向かった場所。
「……シマムラさん。ごちそうさまでした。美味しかったです」
タクヤは静かに伝票を手に取った。
「おう、また来いよ」
店を出ると、のどかな町の風が二人の頬を撫でた。ユウキはポケットに手を突っ込み、不機嫌そうに呟く。
「……サトウがカノンと最後にいた、か。シマムラさんの勘違いじゃねえのか? あいつがそんな事件に関わってるわけ……」
「確かめに行こうぜ、ユウキ」
タクヤは振り返らず、真っ直ぐな視線で歩き出した。
「次は、僕が昔バイトしていたスーパーのワカバさんのところへ行く」




