第1章 みどり亭 その①
病院での短い退院手続きを終え、タクヤは一人でアパートの自室へと戻ってきた。もう夜真っ只中だ。
鍵を開け、静まり返った部屋に入ると、風に乗って懐かしい草木の匂いがかすかに鼻腔をくすぐる。
整然と片付けられた部屋の机の上には、15年間、彼が密かに集めてきた資料やノートが並んでいた。あの日に目撃した光景の記憶、関係者の行動記録、警察の動向を記した新聞記事の切り抜き。すべて彼が真実にたどり着くために積み重ねてきた痕跡だ。
タクヤはそれらを机の奥の引き出しに仕舞い込み、厳重に鍵をかけた。
それからすぐにベットに横になりゆっくりと眠りについた。
次の日、私は出かける準備をしていた。今日は長くなりそうだと思い、気合を入れていたのだ。
「おう、タクヤ! 準備できたか?」
アパートの階段の下で、ユウキが待っていた。心配そうな眼差しでタクヤの顔を覗き込んでくる。
「ああ、待たせてごめん」
「ボーっとして、ほんとに大丈夫か?」
ユウキは呆れたように息を吐きながらも、タクヤの歩調に合わせてゆっくりと歩き出してくれた。
町は豊かな自然に囲まれており、遠くに見える青々とした山々から涼やかな風が吹き抜けてくる。道端には季節の花が咲き、小川のせせらぎが心地よく響いていた。15年前と変わらないのどかな風景。しかし、その平和な街並みの裏に、真相が眠っている。そう思うと少しワクワクした。
「……なあユウキ。僕たち、昔どんな風に過ごしていたんだっけ?」
タクヤはあえて戸惑うような声で尋ねた。
「どんなって……普通だよ。ごくごく普通の子供だったさ」
何気なくダルそうに言う。
「そういえばカノン見つかったらしいな。でも、とっくのとうに死んでたけどな」
突然、思い出したかのように言ってきた。
「どんな子だったんだ?」
息をするように聞いてくる。
「ちょっと変わったやつだったな。暗いというか良く言うとミステリアスだった」
「ふーんそうなんだ」
聞いてきたのに興味がないように返事された。
緩やかな坂道を下りきると、住宅街の一角に古びた木造の店舗が見えてきた。
緑色の暖簾が風に揺れ、香ばしい醤油と出汁の香りが漂ってくる。
「着いたぞ。昔、俺たちが腹をすかせるたびに駆け込んでいた『みどり亭』だ」
ユウキが足を止め、指をさした。タクヤは暖簾を見つめ、頭の中にあるシマムラ店長の顔と当時の記憶を静かに思い起こした。
「ここに行けば、何か思い出せるかもしれないぞ」
能天気にユウキはそう言いながら『みどり亭』のガラガラと鳴る引き戸に手をかけた。




