第三十五話 正しい判断、積み重ねた誤算、間違った結末
◆ ヴェルレイ
倉庫の壁が轟音とともに内側から吹き飛び、煉瓦と木片が夜空へ撒き散らされた。舞い上がる瓦礫の中にオルタンの巨体を見つけた瞬間、ヴェルレイは銃床へ頬を寄せる。
右腕がない。それでも踏み込むたび、地を蹴る一歩に対して進む距離が明らかに長く、次の足が着くより早く間合いが削れていく。あの身体の運び方には見覚えがあった。
重加速だ。しかも片腕を失ったオルタンも、その相手も、壁を突き破るほどの衝撃を受けてなお立っている――異常事態と判断した時には、すでに黒い兜を照準へ収め、引き金を絞っていた。
徹甲弾が頭部を正確に捉え、大きく仰け反らせる。それでも膝さえつかない。
「硬っ……何で出来てんだよ......」
オルタンが残った左腕で掴みかかるが、爪状の刃を伸ばした拳が先に腹へ叩き込まれた。
巨体が前方に折れて地面へ崩れ、その頭まで踏みつけられたのを見て、ヴェルレイはすでにボルトを引いている。
徹甲弾で頭を抜けないなら、次は対魔徹甲弾。胸の中心へ狙いを移し、二発目を撃ち込んだ。
「……は? いや、今のも入ったでしょ」
胸甲に直撃した。それでも退かず、足元のオルタンを押さえたまま兜だけがこちらへ向く。さらに、その手に今までなかった巨大な銃器が現れた。
「この仕事受けたこと自体、マズったかも……」
人が片手で扱うような大きさではない。しかも、あれほどのものを構える動きに淀みがなかった。
巨大な銃口がこちらを向く。
ヴェルレイは反射的に屋根を蹴った。直後、さっきまで伏せていた場所が爆ぜる。屋根材だけではない。下を支えていた梁までまとめて砕け、破片が夜空へ跳ね上がった。
「この威力の口径を片手で撃つってなにっ!?」
着地した足を止めず、傾いた屋根を駆けて次の足場へ移る。背後では崩れた屋根がさらに沈み込み、砕けた木材が落ちていく。
「なにあの銃!ほとんど大砲じゃんよっ!」
想定外が重なると独り言が増える。シャドルに何度も直せと言われてきた悪癖だが、今は口を閉じるより先に動くべきだった。
オルタンがまだ生きている以上、援護を止める選択肢はない。別の足場で姿勢を低く整え、対魔徹甲弾のまま三発目を頭へ送った。
「あと一発だけでも.....直撃してるのに!」
確かに命中したのに、まだ倒れない。構えを解くより早く二発目の砲撃じみた一撃が屋根を捉え、最初の被害で傷んでいた梁が折れた。足場ごと崩され、逃げ切れず瓦礫へ巻き込まれた衝撃で意識が途切れる。
冷たい屋根材の感触と全身を走る痛みに、ヴェルレイは目を覚ました。肺に残っていた埃を吐き出しながら、どうにか上体を起こす。
「う”っ......ってぇ......」
銃はまだ使える。右腕も動く。標的を探すと、オルタンの尾を掴んだ男はまだ崩れた壁の外にいた。
倉庫へ戻るだけなら、とっくに戻れているはずなのに、こちらから見える場所を離れようとしない。
三発の射撃と二度の反撃が、そこで一本に繋がる。ヴェルレイの背筋に、今さら別種の寒気が走った。
「違う……! 撃ったんじゃない! 撃たされた!」
オルタンを殺さず、自分も射線上に残る。それだけでこちらは援護せざるを得ず、撃つたびに位置を絞られ、最後には屋根ごと潰された。
「最っ悪……ほんっと、最悪……」
また喋っていることに気づき、今度シャドルに会えたらさすがに直そうと思う。
撤退路を探そうと狙撃眼鏡越しに視線を動かしたところで、別の屋根に片膝をつく人影を見つけた。
エルフの弓使いだ。すでに弦は限界まで引き絞られているが、ぞっとしたのは狙われていることではない。同じエルフだからこそ分かる。この距離と夜闇では、相手の瞳まで捉えられるはずがない。それなのに、獲物を前にした獣のような目と、はっきり視線が重なっていた。
「……見えてる?」
返事があるわけがない。それでも狙いが外れないのを見て、ヴェルレイは先に銃口を向け直した。
「先に殺ってやるッ!」
対魔徹甲弾を胸へ放つ。だが命中寸前、弾道がわずかに逸れ、空中に薄く浮かんだ角度のついた防壁に弾かれた。
「聖壁......? 対魔徹甲弾が弾かれた? ついているのは五等級じゃ....」
言葉を言い切る前に、引き絞られていた弦が解き放たれた。矢はヴェルレイ自身ではなく、狙撃銃の銃口へ真正面から飛び込み、金属を裂いた。砕けた部品と矢がそのまま右肩を抉り、銃を支えていた腕から力が抜ける。
「ここでおしまい......かあ...... 黒騎士ばかりに意識がいってた....。あのエルフが出てきたのも、私に撃たせて射線を確実にするための――」
最後まで口は止まらず、意識が消えるまで悪癖が直ることはなかった。
◇ ルクス
さらに数呼吸待っても、次の弾は飛んでこなかった。セラスに任せた以上、ここから先まで疑う必要はない。
足元に倒れ伏したオルタンへ視線を戻すと、腹を抉られて右腕まで失っているくせに、まだ意識だけは残していた。
「強者に討たれてこそ......リザルドの誉れよ......首を取られい」
「大した生命力だよ。だが、お前にはまだ使い道があるんでな」
望み通りに殺してやる義理はない。頭部へ一撃を入れて意識だけを落とし、尾を掴んで壁の穴から倉庫へ引きずり込んだ。
「オルタン……!生きてんなら返事してっ!」
ヨラーナの顔色が変わる。シャドルも一度だけそちらへ目をやったが、二本の曲剣は下げなかった。
「今のところはな。俺達を片付ければ蘇生が間に合うかもしれんぞ」
「……脅し方が趣味悪すぎんだけど」
「だから、さっさとズラかろうって言ったんだよ......! あのクソ雇い主が......!」
視界の端で、セラスとエマが別口から倉庫内へ入り込んだのを捉える。
これだけ目立つように悪役じみた挑発を重ねた甲斐はあったらしい。シャドルもヨラーナも、二人の侵入にはまだ気づいていない。
「シズネ、治癒術士の女のほうを頼む。 この男は俺が引き受ける」
「承知しました」
シズネがシャドルから離れ、逃げ道を探していたヨラーナへ向かう。こちらへ残った赤と青の曲剣が同時に構え直された。
「俺は猫耳の女は抱いたことがなくてな。お前が片付いたら楽しませてもらうぞ」
「安い挑発するじゃねえか」
「俺は語彙力が無いんだ。効かなかったか」
「効いて欲しいなら、もう少しマシなの考えな」
口では流しているが、耳は後ろの音を拾っている。それで十分だった。俺は爪剣を展開し、二本の刃を正面から受ける。
◆ ヨラーナ
「マジでこの刀使いッ……! 女の顔に剣向けんなッ!」
積み荷を蹴って上段へ逃れながら、ヨラーナは首筋を狙った刀をかわした。シズネと呼ばれた女は、こちらが足場を変えても離れない。
ヨラーナは短く跳び、着地の直前だけ跳座を挟んで位置をずらした。
遠くへ飛べば踏み切りから行き先を読まれるため、肉体の跳躍と短い座標移動を混ぜて次の位置を絞らせない。それでもシズネは離れず、術を使った時も使わず切り返した時も、わずかな動きの差から着地点へ詰めてくる。
「なんなのマジで……! しつこすぎなんだけど!」
「戦闘中の治癒術士を逃がす理由がありません」
「そーゆー真面目な返しが一番ムカつく!」
ヨラーナは積み荷の側面を蹴って上段へ移り、着地した勢いのまま右へ抜けようとする。シズネは一段下からその進路へ斜めに駆け上がり、正面ではなく右脇へ回り込む軌道で距離を詰めた。
そこで、暗がりから飛来した一本の矢がヨラーナの逃げ先へ突き立つ。
「なぁっ!?」
身体を狙った射撃ではない。だが進路を塞がれたことで足が一瞬止まり、その隙にシズネが右斜め下から踏み込んだ。低い位置から振り上げられた刀は、そのままヨラーナの首筋へ向かう。
「あっ……ぶなぁッ! 聖壁!」
咄嗟に展開した防壁が刀を正面から弾き返す。シズネの踏み込みもそこで止まり、次の一撃へ繋ぐには足を置き直す必要があると見て、ヨラーナはその間に跳座で離脱する座標を定めようとした。
だが、弾かれたシズネの斜め前方へ、ヨラーナのものではない新たな聖壁が展開される。
「シズネさん! 押し切ってください!」
今度は先ほどの弓使いとは別方向から声が飛んだ。シズネは振り返りもせず、その防壁を新しい足場として踏み込み、途切れたはずの攻撃軌道を斜め前へ延長する。刀ではなく腰から引き抜いた鞘が、離脱へ移る寸前だったヨラーナの脇腹へ叩き込まれた。
「この精度で五等級....!? 情報と違っ.....!」
衝撃に押し出された身体が積み荷の外へ落ちる。 跳座を発動させる余裕も、受け身を取る余裕も残らないまま床へ叩きつけらた。
◆ シャドル
背後で重いものが落ちる音がした。振り返らなくても誰なのか分かっていたが、それでも一瞬だけ視線が動き、床に倒れたヨラーナを捉える。
「安い挑発でも、目は逸れるらしいな」
「仲間が落ちりゃ見るくらいはするだろうが」
ヴェルレイの援護は消え、オルタンも倒れている。残った自分まで雑になれば、本当に全滅だ。胴を斬っても止まらない以上、狙うなら可動部しかない。
赤と青、炎焼と凍結。二本の曲剣で間合いを詰める。青い刃を振り込んだところで爪剣の鉤が刀身を捕らえたが、シャドルはむしろ踏み込んだ。赤の炎剣を首の接合部へ走らせる。
刃は狙い通り継ぎ目へ入り、炎焼まで装甲の内側へ噴き込んだ......はずだった。
致命部位へ通した手応えを得た瞬間、目の前の男がさらに前へ出る。
「コイツ......そんなのアリかよ!」
首へ剣を食い込ませたまま爪が迫る。振り切った炎剣を戻すより速いのを見て、そこでようやく違和感の正体を理解した。
こいつは正しい攻撃を防ぎ切る必要がない。
頭でも首でも、普通なら戦闘が止まる一撃をあえて受け、その瞬間に生まれる攻撃側の硬直を狙っている。正解を選んだはずの攻撃そのものが、こいつを相手にすると罠になる。
シャドルは身を捻って爪をかわし、無理やり距離を作った。炎剣を引き抜いた時には、勝ち筋より先に損得勘定が頭へ戻ってくる。
オルタンは倒れた。ヴェルレイも沈黙し、ヨラーナも戦闘不能。首の継ぎ目へ炎まで通したのに、まだ目の前の男は立っている。報酬は悪くなかったし、ここまでなら十分以上に働いた。
だが、仕事のために四人そろって死ぬ契約まではしていない。シャドルは二本の剣から炎と冷気を消し、そのまま床へ落とした。
「報酬以上は働いただろ......俺達の負けだ」




