第89話 死霊魔導師VS悪魔。
ヒールショットと、ヘルヴィのアイスランスが当たる寸前、テリエの水球に包まれたままブリュートナーが笑った。
『消えたっすよ!』
「我輩の転移妨害をすり抜けるか、やるのう」
二つの魔法がブリュートナーがいたところを通りすぎ、バシャッ、とテリエの水球が地面に落ちた。
「上だ!」
ブリュートナーは、もといた場所から十メートル程離れ、不敵な笑みを浮かべながら宙に浮いていた。
「横取りとは困ったことをしてくれましたねぇ、これでは殿下から対価をいただけないではありませんか」
悪魔が望みを叶える対価として魂を要求するってアレか。
「誰からも手が出せないところへ送って差し上げようといたしましたのに」
「だから兄上を殺したのかキサマッ! アイスランス!」
ニヤニヤと笑うブリュートナーに、ヘルヴィの撃ったアイスランスが迫る。
これは避けられない!
だが、アイスランスが当たる寸前に、ブリュートナーは煙でも振り払うような動作だけで、軌道をそらせてしまった。
「なんだと! 我の魔法をいとも容易く……」
「危ないですねぇ。当たれば多少痛い思いをしていたかもしれませんよ」
「そうそう、先ほどの『だから兄上を殺したのか』という質問の答えですが、現状から逃げ出したいと、切にお望みでしたので」
逃げ出したいから殺す? 誰からも手が出せない? 確かに死ねばそこで追われることはなくなるが……。
「ですが、誰からも手が出せない場所なんて限られています。この場で確実にその望みを叶えるためにはこの方法しかなかったとご理解いただけますか?」
……そんなの曲解にもほどがある。
「しかし困りましたね、唯一死霊魔導師だけが手を出せると助言までいたしましたのに、逃げたい相手側に、その唯一がいるとは思いませんでしたよ」
とっさに魂だけはと死霊使役したのは正解だったようだ。
「なるほどの、悪魔の口車に乗り、まんまと騙された、というところか」
やろうとしていたことが、ことごとく防がれ、最後の切り札で出した悪魔に騙し討ちで殺されてしまうとは……夢にも思わなかっただろう。
それもテイムした相手だ。自分に害を与えることはないと過信していたのだろう。
ブリュートナーの言う通り、俺やテリエ、アイシャがいなければ殿下の望みではなく、『言った』通りには、なっていただろう。
「そうみたいねテリエ。でも、その対価はもう私たちが手の届かないところにやりましたもの」
「くくっ、そうだな我輩の契約者に魂を奪われ、その器たる心の臓もアイシャが手にした」
「肉体すらもう取り返せませんもの。全部影の中に入れましたからね。そうなれば、いくら高位の悪魔でも、そろそろ崩壊が始まるのではなくて?」
アイシャの言う通り、宙に浮くブリュートナーから黒い塵がパラパラと落ち始めていた。
「ええ、ですから困っているのですよ、この怒りをどの方にぶつけようかとねぇ」
ブリュートナーは、宙に浮きながら両手を仰々しく広げると、空間が歪むような濃い魔力を滲み出し始めた。
「ヘルヴィは結界を! みんな! 油断するなよ!」
「わかった! 魔法結界!」
『補助するっすよ!』
ヘルヴィの魔法結界が俺たちを包み、ジェイミーがその結界を補強するように魔力を込め始める。
初めてヘルヴィの結界を張った時もジェイミーが補助していたのを思い出す。
「これは破るのに手間取りそうなものを、ですが、問題ありません。この世界に留まれるのもあと少し……」
そのヘルヴィを守るように、セレスとアイシャが横を固め、デバンとジムが最前列に進み出て身構える。
「ネクロウ頼む、兄上の仇を我の代わりに!」
ヘルヴィが肩に手を置き魔力を流し込んできた。
そうか、王都の時のようにマナドレインを使え、ということか。
「任せろ!」
ヘルヴィの魔力と全身の魔力を動かし活性化させ、高めながら手のひらに集めていく。
「はて? ヒールのようですが、私はアンデッドではありませんよ。無意味なことを」
そう言い、バチバチと放電し始めた濃い魔力で真っ赤な魔法陣を描き始めた。
奇襲のヒールショットを見逃したのか、ただのヒールと思っているようだ。
「無意味かどうか、受けてみればよかろう? さぞ契約者のヒールは気持ちのよいものかもしれんぞ?」
ポン、と自然にテリエも肩へ手を置き、暴力的で膨大な魔力を濁流のように流し込んできた。
『契約者よ、我輩の魔力も使うがいい』
『くうっ! ちょっ、おま、キツいって!』
『なんじゃ? この程度で弱音を吐くな契約者殿。ほれほれ、まだまだ序の口だぞ!』
ポタリ、と鼻から水が滴り落ち、顎を伝って地面に落ちた。
止めどなく流れる水滴は地面を真っ赤に染めていく。
「くくっ、魔力操作で鼻血とは、未熟な使い手の契約者のようですよ、生意気なあなた」
「ふん、言ってられるのもこのヒールを受けるまで。ほれ、契約者よ、悪魔がお主のヒールをお待ちかねじゃ」
好き勝手言っててくれるよ! こっちは暴れ馬みたいな魔力を操作するのに必死なんだぞ!
でも――これだけ魔力が潤沢なら!
右手の手のひらを広げ、ブリュートナーに向けて差し出し左手で手首を支える。
いつものように手の前にヒールの塊を浮かべ、魔力を流し込みながら圧縮をしていく。
「やれやれ無駄なことを。さて、崩壊の時間も差し迫ってきましたので、そろそろ終わりにいたしましょう」
広げていた手を、まるでオーケストラの指揮者にでもなったように、流れる動きで胸の前まで引き寄せたブリュートナー。
「さあ! 魔界の花火をお見せいたしましょう!」




