第87話 死霊魔導師の知らぬまに。
side ドラートツィーアー
「いい子ですね、先に飛んだものたちを追いかけるのです!」
『ギョエッ!』
盗賊たちが向かった方角へ、ワイバーンは頭を向けた。
「いいですよ、ドラゴンも止まったままですね」
後ろを見ると、相変わらず宙に浮いたままのドラゴンが見えた。
「さあ、急ぎましょう――っ!」
『ゴガアァアアアアアアアアアアアアアアッ!』
『ギッ!』
ぐうっ、耳がっ!
「こらっ! しっかり飛びなさい! 落ちっ! 落ちてますよ! ひいっ!」
ドンッ、と、身構える間も無くワイバーンが地面に落ちた。
「がっ! ごっ!」
……どうなって……なにがあったのですか?
目を開けると、遠くに横を向いたドラゴンが見え、目の前に地面が見えた。
そうです、ドラゴンの奴が咆哮をあげ、それに驚いたワイバーンが落ちたのですね。
「ぐっ……」
なんとか上半身は動きそうですが、っ! いけません! ワイバーンが落ちて――
「ひぃいいいい!」
ドスンッ、ドンッ、と次々とワイバーンが降ってくる。
これはいけません!
あまり呼びたくはありませんが、奴を!
胸元からネックレスを引き出し、ペンダントトップの真っ赤に変色した魔石を握り込む。
「ブリュートナー! 来なさい!」
魔力を全開で流し込むと、地面に赤い光を放つ魔法陣が描かれた。
魔法陣の中心が、真っ黒に染まり、ボコボコ、と沸騰したように脈打ち始めた。
「早く!」
呼び出している間にも、ワイバーンが次々と墜落していくのが見えた。
このままでは、いつ私の上に落ちてくるか、早く、早く来てください!
私の焦りを嘲笑うかのように、奴が、ブリュートナーが沸騰した地面から浮かび上がってきた。
「くくくっ、これはこれはドラートツィーアー第三王子殿下ではありませんか」
「そうだ! おい、私を助けるのです! ワイバーンが!」
まっすぐ私に向かって落ちてくるワイバーンが見えた。
「おやおや、まだ挨拶の途中だというのに不粋な羽虫ですね」
そんなことを口にしたブリュートナーが、軽く手を振ると、空中に黒い穴が開き、ワイバーンを吸い込んでしまった。
「それで、ドラートツィーアー殿下、ご用向きは?」
「よ、よくやったブリュートナー、私をここから逃がすのです! できますか!」
「ふむ。ワイバーンからではなく、あのドラゴンから、というわけですね。それに……」
「どうした! 早くしてください! まさか無理とは言いませんよね!」
「ドラートツィーアー殿下、わたくしを馬鹿にしているのですか? 戦うのではなく逃走にわたくしを使うと?」
「そうです! 奴らが来ないところならどこでも構いません! 早くしてください!」
ゾワリ、と背筋に冷たいものが走る。
完全に魔法陣から外に抜け出したブリュートナーは、笑っているが、恐怖を感じている。
遺跡の地下で封印されていたこのものをテイムして封印を解いた時と同じ殺意を。
いえ、落ち着きなさい。しっかりと繋がりが感じられていますから大丈夫です。
ブリュートナーは私にテイムされています。
それは間違えようのない事実。
であるなら危害は加えることはできないのですから安心していいはず。
それなのに、この沸き上がる恐怖はなぜなのですか。
「……いいでしょう、敗北より遠慮したい逃走をわたくしに強いるのですから、それなりの対価はいただきますが、よろしいですか?」
これがあるので呼び出したくなかったのですが、しかたありませんね。
悪魔はテイムしても働かせるため、それ相応の対価を払わねばならないので使いにくい。
「いかがですか、ドラートツィーアー殿下」
いかに悪魔といえど、ドラゴンを倒せと言えば可能だろうが、今の状況ですと対価が心もとない。
ですが、今回は逃走です、そう無茶な対価は求めないでしょう。
「わ、わかった望みの対価を払おう」
「……本当によろしいのですね? 後戻りは承知いたしかねますよ?」
前回もこう言われましたが、封印を解いたことを報酬にしました。
あの時は、テイムの効かないミスリルゴーレムを倒してもらいましたね。
だから封印を解くのに使った魔石一万個が報酬。
今回は逃走です。そこまで支払えとは言わないでしょう。
「いいでしょう、支払いますから早く!」
ブリュートナーがニヤリ、と笑いました。
「くく……くははははは! いいでしょう! 望み通り、ドラートツィーアー殿下を誰にも手が出せないところにお連れしてさしあげます!」
突然笑い出したブリュートナー。
とてつもない恐怖が全身を震わせる。
「くひっ、封印を解いていただいた恩人でもありますので、ひと思いに逃がしてあげましょう」
「ちょ、ちょっと待て、なにか嫌な予感がするのですが――」
「いえいえ、なにも感じる暇もなく、逃がしてさしあげましょう」
ブリュートナーが、パチンッ、と指を鳴らした瞬間、胸が内側から腫れ上がるように膨らみ始めた。
な、なんですかこれは! 待て! 待って!
「ひにゅい? ――ギッガガがギガが」
パンッ――
「では、ドラートツィーアー殿下のお望み通り、誰にも手が出せない……いえ、死霊魔導師以外は手を出せないところに逃がしてさしあげましたよ」
はっ! ど、どうなって……なぜ私が倒れているのですか!
ブリュートナー! 貴方、なにをしたというのですか!
あ、ああ、血が、引き裂かれた胸から血があんなに……。
「驚いているようですが、ドラートツィーアー殿下。これで逃げる必要もありませんので、対価をいただきますね」
待て! なにをするのですか! 止めて! や、やめろおおおおお!




