第83話 死霊魔導師はヘルヴィを気遣う。
「私以外を全員殺――」
「言わせるか! デバン!」
「兄上の馬鹿!」
半歩早く、殿下に拳を振り抜いたのはヘルヴィだった。
あっけなく殿下は、ヘルヴィの一撃を顔面に受け気を失い、崩れ落ちた。
「……馬鹿な兄上だ」
ポツリ、と呟いき、振り抜いた拳を胸に抱くヘルヴィ。
その顔は哀しみに染まり、とめどなく頬を湿らせ続けていた。
ドラゴンが控えている今、ヘルヴィの結界は必要になる。
サラマンダーと消えたデバンも気になるが、殿下がこの状態だ、命令通りなら、燃やすという行動しかできないだろう。
だが……信じていた殿下を、自らの手で捕えたヘルヴィの心理状態を考えれば、この後の戦いに参加させるのは酷すぎる。
殿下を陛下に預ければ、テイマーの性質上、おそらく会って話すことは、もう二度とできないだろう。
だったら、最後になるだろうが、少しでも話せる時間を作ってあげたい。
それがたとえヘルヴィが傷付くことになったとしも、会わなかったことで後悔することは避けられるかもしれない。
「ヘルヴィは殿下と一緒に陛下のところで待っててくれないか」
「待てネクロウ、まだドラゴンが残っているのだろ? 一緒に戦わせてくれ頼む」
「だけど、最後の機会になる可能性が高いんだぞ」
「それでもだ。兄上は、許されないことを……本当にしたんだ。だから我が……ううっ」
とめどなく、頬をつたい流れる涙を袖で拭うも嗚咽混ざり、言葉が続かないヘルヴィ。
殿下のやらかした後始末を、やらないと気が済まないのだろう。
「……本当にいいのか。殿下を陛下に預けてしまえば、もしかするともう会えないかも知れないんだぞ」
「……わかっている。それでも我がやっておきたい」
ヘルヴィはそう言うと、殿下手足を縛り始めた。
それなら俺も、やらないとな。
『アイシャ、ドラゴンの卵は大丈夫か?』
『探しているけど、まだ見つけていないわ』
次に重要なドラゴンの卵。なんとしても殿下の配下から無事に取り戻したい。
戦う心づもりはしているけど、希望としては、卵を取り返し、ドラゴンに返却して止まっもらう……。
微かにだが可能性があると思いたい。
風が吹き上がる渓谷の様子は変わっていないから、もう少し時間はあるだろう。
『そうか、できるだけ急いでほしい、そうだ、こっちからジムを応援に送る』
『助かるわ、ご主人様、セレスちゃんも頑張ってるからあとで褒めてあげてね』
『ああ、頼んだ。ジム、聞いていたか?』
『了解、入ってくる』
これで一番の懸念の対策はいいだろう。
続けて旋回を続けるワイバーンに視線を移す。
ドラゴンはまだ飛び上がってこないところをみると、ジェイミーの傷つけた羽は回復しきっていないのだろう。
だが、ワイバーンは少々手間取りそうだ。数が数だけに、今回も死霊使役を使わせてもらうが、時間はかかりそうだ。
「いや、そうでもないかもな」
幸いにもこの繁殖地には、レイスが多く漂い、視線を感じるほどだ。
これだけのレイスたちがいるなら、思ったより早く済みそうだ。
念のため殿下に聞かれないよう、心の中でいつもの言葉を唱えた。
『死霊使――』
「私以外を殺しなさい!」
「兄上っ!」
「しまった!」
「あははははは! もう遅いです! ほらほらやってきましたよ!」
いつの間に起きたのか、殿下の命令があたりに響き渡った。
「まだまだいますよ! ウンディーネ! シルフ! ノームも来なさい! そしてこの二人を殺すのです!」
『甘いっすよ! サラマンダーがいたっすから、他のもいると思ってたっす!』
殿下を護るように突然現れた、サラマンダー以外の精霊。
直感が、逃げろと体を突き動かせた。
「ヘルヴィ!」
とっさにヘルヴィを抱き抱え、その場から身を投げ出す。
「ぐあっ!」
「ああっ!」
ゴツゴツとした石の地面に体をぶつけながらも、一瞬前まで立っていた場所が目に映る。
地面から鋭いトゲが生え、子供二人なんて簡単に飲み込めそうな水球が浮かび、そのトゲと水球を切り刻む風が巻き起こっていた。
完全に殺すことを目的とした攻撃なのは疑いようもない。
だが、いち早く動き出していたジェイミーが、三体の精霊に肉薄していた。
『少し遠くに行ってもらうっす! 影転移っすよ!』
ノームとウンディーネの首根っこを掴み、シルフを抱き込んだジェイミーが殿下の前で消えた。
「消えた!? う、嘘です! 四大精霊の三体ですよ!」
「よくやったジェイミー! あとでごほうびだ!」
うろたえているの殿下の隙をつき、心の中で手早く唱える。
『死霊使役!』
最初から全力で魔力を注ぐ。
殿下に命令されたワイバーンが、旋回を止め、弾丸のように降り注ぎ始めているからだ。
俺たちまであと約五メートル。
だが、死霊使役をしたあとなら慌てることはない。
『ジム! 帰ってきて!』
『了解』
「ぬぐっ!」
殿下の真後ろに現れたジムは、殿下の襟首を掴み、側まで引っ張ってくる。
十メートル。
「い、きが――」
首のしまった殿下を持つ、別の手を転がっている俺たちにさしのべた。
しっかりと片手でヘルヴィを抱きながら、ジムへ手を伸ばす。
二メートルの位置で向きを変え、鋭い爪の壁が目の前に――
『影転移』




