第80話 死霊魔導師VSドラゴン。
影転移で到着したところは、切り立った岩山の真ん中を引き裂いたようにできた渓谷。その渓谷の底にいる。
細くネジ曲がった枝を持つ木と、鬱蒼と茂る下草で歩きにくい。
さらに渓谷の壁が崩れた跡なのか、大きな岩が積み上がっている。
両側に高く切り立った壁から覗く空に、いくつもの小さな影が舞っている姿が見えた。
デバンの話によると、登ることもできない岩山の山頂がワイバーンの繁殖地だろうとのこと。
騎獣に育てようと、孵化前の卵を獲るため、ロープを使い登っている最中に、ワイバーンが襲ってくるそうだ。
ロッククライミングしながら戦うなんてできないもんな。
「ワイバーンの巣と言ってたが……あんなにいるのか」
思っていた以上にワイバーンはいるようだ。巨大集団繁殖地と言ったところか。
「んーと、途中で混ざっちゃったからわからなくなったけど、いっぱいいるねー」
セレスが隣で指折りワイバーンを数えているが、数えるまでもないとは、このことだろう。
数メートルはある翼を広げ飛び回る、数十匹の影が見える。想像以上にデカい。
……あのワイバーンを大量にテイムされて、空から襲われれば、なす術もなく小さな街程度はすぐに陥落するだろう。
『主、セレス嬢、見えてるのはワイバーンの子供っすね、親はあんなに小さくないっすよ』
「あれで子供!」
「おっきいよ!」
『当然っす、騎士が鎧を装備して騎乗するっすよ? あんなに小さかったら飛び上がれないっす』
『卵から孵って間もない個体ですな、それよりここからは殿下を見逃さないよう慎重に奥へ向かいましょう』
『渓谷の奥、成体のワイバーン』
そういうことか、それなら殿下が向かったのは渓谷の奥で間違いなさそうだ。
ワイバーンの子供のことはひとまず置いておき、渓谷の入口周辺を探してみるが、殿下の姿は見えない。
デバンの提案通り、崖と崖との幅が百メートル近くあり、さらには複雑な地形で、隠れるところも豊富な場所だ。
ここで見つけられなければ、殿下の行方に関して情報はもうない。
影の居住空間から探せるならよかったのだが、ここに来てすぐ、聖女たちの封印が本格的に始まったため、巻き込まれる危険があるそうだ。
「よし、みんなも見逃しがないように頼む」
一人ずつ、横に等間隔の距離を保ちながら、渓谷の底に広がる歪な森を進む。
キョロキョロと視線をあちこちに向けながら前に進むセレスと違い、押し黙ったまま、惰性で進むヘルヴィには、辛い捜索になる。
少しヘルヴィに近づき、まわりに聞こえないよう小声で話しかけた。
「ヘルヴィ、殿下に会うのが嫌なら王城で待っていてもいいんだぞ」
「……いや、できることなら我の手で捕まえてやりたい。それが妹としての務めだろう」
「そうか……なら、俺もヘルヴィが捕まえられるように応援するよ」
「……ありがとうネクロウ」
そう感謝の言葉を残し、少し前の悲痛な表情を崩し、前に進む足に力が戻っていた。
「ネクロウ、ワイバーンさんの子供たち、ギャーギャー言ってるけど、ヘルヴィのお兄さんって上にいたりしないかなー」
十数メートル離れたセレスが、崖の上を飛ぶワイバーンを見上げそんなことを言う。
テイムができるなら、登っている最中に襲われても大丈夫なのか……。
「いや、いくらテイムができるからといっても、あの群れに突っ込んで行くとか無謀なことをするとは思えないが……ん?」
無数の影が近づき、大きくなってくる。
影にしか見えなかったワイバーンの姿がハッキリと見えてきた。翼を折り畳み、加速しながらだ。
暗い赤褐色の弾丸が、まっすぐ俺たちに向かって降り注いでくる。
「ネクロウ! ワイバーンさんの子供が落ちてきてるよ!」
「違うっ! 降下してきてるんだ! みんな! 迎え撃つぞ!」
ヒールショットを撃とうとした瞬間、ワイバーンたちが急激に進行方向を垂直から水平へ向きを変えた。
『いきなりっすから驚いたっすけど、奥に向かってるっすねー』
『これは……少々遅かったかっ! 主よ、殿下はすでにワイバーンをテイムしたあと、親を使い子供を呼び寄せたのですぞ!』
『ネクロウ様、逃げる、あれ駄目』
ジムが差した渓谷の先に、子供とは段違いに大きなワイバーンがこちらに向かい飛んでくるのが見えた。
「くっ! なんだこの高圧的な魔力は! これがワイバーンの成体なのか!」
無数のワイバーン、その中でもひときわ巨大な個体がいた。角が生え、翼の形も違い、体色も赤褐色ではなく真っ赤な個体が。
『ワイバーンじゃないっすよ! ドラゴンじゃないっすか!』
『ドラゴンはテイムできないのではなかったのか! 主よ、ドラゴンは相手が悪すぎますぞ!』
「ドラゴンとか嘘だろ!」
ドラゴンなら、ワイバーンにはない遠距離攻撃、ブレスがある、迎え撃つのは愚策だ。
「ここじゃ不利過ぎる! いったん渓谷の上に退くぞ!」
地上にいる俺たちが、あんなものに上から攻撃されれば敗北の未来しか見えない。
せめて上から押さえ込むように攻撃できれば、まだ闘いようもある。
「ご主人様! セレスちゃんは任せて!」
アイシャがセレスを連れていってくれるなら、人員の配置は決まった。
「頼む! ジェイミーは地上からドラゴンに魔法牽制してくれ! 無理はするなよ!」
今のヘルヴィに任せるのは酷だ。ジェイミーに任せるしかない。
『大役っすね! やってやるっすよ!』
「ジムはヘルヴィを!」
『了解』
「デバン! 俺たちはドラゴンの真上に影転移だ!」
『任されよ! 叩き切ってやりますぞ!』
『行くっすよ! ウインドランスっす!』
ジェイミーの風属性魔法が放たれたと同時に、高速で飛ぶドラゴンの前方斜め上に影転移して目に映ったものは、背にしがみつく殿下の姿だった。




