第76話 死霊魔導師の怒り。
『どうした契約者殿、そんなに慌てて。我輩は今立て込んでおるのだ、後にしてくれんかの』
『やっと繋がった! テリエ、急用なんだ、すぐに戻ってきて、お前の力が必要なんだよ』
『しかしのう……やっと見つけた魔力の痕跡なのだ、我輩の友、アイシャのな。だからもう少し待ってくれんか?』
『いや、そのアイシャがここにいるんだよテリエ』
『……まことか! すぐ戻る! いや、待て、一人、そっちに連れていってもよいか? ちとお仕置きせねばならん奴がおってな』
誰か連れてくる? お仕置きするため、この影の居住空間へ?
……ないな。
『……いや、俺たちのいる場所はあまり人には教えたくないんだ、だから、その人には遠慮してもらいたいな』
『そうなのか、ならば仕方あるまい、なも知らぬテイマーよ、命拾いしたな、次に会った時はキサマの命は無いと思え』
は? テイマー? テイマーってドラートツィーアー殿下のことか?
念話で聞こえてきた、信じられないことに頭が混乱してきた。
いや、その台詞、念話では相手に伝わらないだろ。
でもわかった、アイシャの痕跡、テリエが見つけたのは、殿下にテイムされてた痕跡だ。
それなら一緒にいるのもわかる。それに、なぜお仕置きされるのかも。
俺と死霊使役で繋がっているテリエを、テイムしようとしたのか……。
すでに繋がっている相手に、横入りはできるはずもない。できるとすれば、その繋がりが切れてからだ。
成り行きとはいえ、俺の仲間に手を出したのは許せない。
仲間になってすぐに止める間も無く出かけ、連絡の一つもつかなかったが……。
……アイシャの言葉ではないが、使役、という繋がりがあるにしては自由すぎる気がしないでもないな。
忠誠を誓ってくれたデバンたちが特別なのかもしれない。
あ……なんで今まで気づかなかったんだ、セレスがアイシャと家族なら、セレスもヴァンパイアってことになる。
ということは今後、セレスを殿下の前に出すのは危険だ。
陛下に殿下の能力を封じてもらい、幽閉でもしてもらえればいいのだが……。
……ちょっと待て、今なら殿下の居場所に誰かを監視に付けることも簡単だ。
『デバン、ジェイミー、どっちかドラートツィーアー殿下の監視に付いてくれないか』
殿下の監視、ヘルヴィに聞かせたくなくて、三人にだけ念話を送る。
『団長殿は、そろそろ主の近くで魔力を分けてもらう番っすから、殿下は任せるっす』
それがあったか。魔石でも魔力の補充はできるが、ここしばらくデバンは離れて仕事をしてもらっていたからな。
『ネクロウ様、私は?』
『ジムには陛下に先触れを頼む。殿下を捕縛してもいいかも聞いておいてくれると助かる』
もし捕縛の許可が下りれば報告と同時に連れていくこともできるだろう。
『了解』
『では主の護衛は任せてもらおう』
『なるほどっす、すぐにでも捕まえられるようにしておくっすねー』
ジムとジェイミーが影に沈むのを見送り、またうなだれているヘルヴィの元に向かう。
「それでね、テリエが皇帝になるのを手伝ってあげたのよ」
「ほわー、お母さん凄いんだねー」
チラチラとヘルヴィの様子を窺いながらも、セレスは棒読みでアイシャの相手をしている。
椅子に戻り、焦点の合わない視線で宙を見つめ、動かないヘルヴィの肩に手を置き、話しかける。
「ヘルヴィ。このあとテリエが戻ってきて聖女たちをテイムから切り離したら、陛下のところに行こう」
「……ネクロウ」
ゆらゆらと眼球が不規則に揺れ、俺の顔に焦点が合った。
「ヘルヴィの気持ちもわかる。ヘルヴィのお父さんで、殿下のお父さんでもある陛下に任せよう」
「そう、だな。我にはどうすることもできない。だが、兄、姉の中で本当に兄上だけは我に優しかったのだ」
「うん」
五年もの間毒に犯され、苦しみ続けていたヘルヴィにとって、唯一と言える優しさを感じていたんだろうな。
「だからな、信じたくなかったんだ」
膝の上で握りこまれた手が震えている。
「だが今回のことで気づいたんだ……考えれば考えるほど、すべてが兄上に繋がっているってことに」
繋がっている? どういうことだ?
「廃嫡となった兄上たちが対応した“スタンピード”だが、我たちが介入していなければどうなっていたのか」
……両殿下の率いる騎士団と支持貴族の兵が、手痛い被害を受けていただろうな
「その兄上たちの騒ぎを治め、我が王位継承権二位の位置に上がった時に起きた“スタンピード”」
わかってきた気がする。
上の二人が失脚することになったスタンピード。
妹だが、スタンピードを治めたことにより、功績を上げ、王位継承権順位の上がったヘルヴィを狙ったなら……。
王都でスタンピードを起こせば、ヘルヴィを含む俺たちが食い止めに行くと予想も難しくない。
「三度目はわかっているだろうが、この街のダンジョンの“スタンピード”は、兄上にキンダフィッカたちのことを話してすぐだ」
確かに繋がる。一度目の狙いは上の二人だったが、その後のすべては、ヘルヴィを狙ったと言われても違和感がない。
「我は王位を狙うなど、一度も思ったことはないし、言ったこともない。兄上を脅かす気など、持ったことは一度もないのに」
ガタガタと、震えが大きくなるヘルヴィの手を優しく両手で包む。
大切な仲間に辛い思いをさせ、涙を流させた殿下に、煮えたぎるマグマのような怒りが湧いてきた。
手の甲へ、ポタリ、ポタリと涙が落ち、範囲を広げていく。
その様子に気づいたセレスとアイシャも、話すのを止め、心配そうにヘルヴィの元に集まってきた。
そうだ、セレスとアイシャを、離ればなれにしたのも殿下だ。
母娘の大切な時間を奪った罪も深い。
陛下がどんな判断を下そうと、絶対ヘルヴィ、セレス、アイシャの前に跪かせ、謝らせてやる。
「すまぬ! 逃げられてしもうた!」
『転移の魔道具持ってたっすよー!』
「嘘だろ!」




