第73話 死霊魔導師はやっちゃった。
魅了、そうか、俺、魅了されてるのか。
だからだろうか、トリューガーとその部下二人を目の前で殺されたのに、アイシャ・ド・ノクターンと名乗った女性から目が離せない。
体は、ピクリ、とも動かないというのに、近くに行きたいと心だけ体から離れてしまいそうだ。
ああ、白くキラキラ光る髪が揺れるだけで、心臓が早鐘を打つように激しく脈動し、口から飛び出してしまいそうになる。
欲しい。アイシャ・ド・ノクターンが欲しい。
どうしても欲しいんだ。
ああ、そうだ、俺にはできるじゃないか。
あの美しいアイシャ・ド・ノクターンをすぐにでも手に入れられる。
「どうしましょう、困りましたわね、私の魅了はすぐには解けませんのに」
『どういうことっすか?』
「無意識でしたから、だいたい一日で解けるはずですが……まだ、私の子供と同じくらい幼い子なのでなんとも言えませんわね」
『子供いるんすか? んー、アイシャに似た子供、最近どっかで見た気がするんすけど……どごだったっすかねー』
え? 子供がいる? そんな、俺のアイシャ・ド・ノクターンに子供が……。
子供が……でも、アイシャは俺が手に入れるんだ。
「死――霊――使――役」
全魔力を放出する気持ちでスキルを発動させた。
いつもの黒く細い魔力の糸だが、これまで以上の強靭さと速さをもってアイシャ・ド・ノクターンに絡みついた。
「え! これはなにっ! 嘘っ! これって! 待って――」
『さすがですな主よ。いかにアンデッド最強の一角のヴァンパイアといえど、これは抜け出せまい』
『凄いっすね主、伝説のアイシャ・ド・ノクターンを使役っすか』
よし、繋がった。
…………あれ? 俺、なにしてたんだ?
「ジェイミー、デバン」
『ぬっ、主よ、正気に戻っているようですな。お体に不調はありませぬか?』
「不調? 不調は……凄くしんどい。なんだこれ、魔力切れみたいな……あ、れ?」
景色が横に流れていく。
今度は真横に石壁が急に現れたぞ……それ、よりも、なんだか、凄く……眠い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
side あの御方
「ぐあっ! 繋がりが切れた? こ、これはまさかアイツが死んだのか? アンデッド最強だぞ?」
一番太い繋がりがプツリ、と切れてしまっている。
ランプの炎が天井に橙色の波を映している。
体を起こし、寝ている女たちを置いて寝台を出る。
確かに、トリューガーとその手下の首をはねたところまでは伝わってきた。
問題はその後だ。何があった。奴にはこれからもっと私のために働いてもらわないと駄目なのになぜ……。
テーブルに残るグラスを手に取り、ボトルからワインを注ぎ入れる。
まさか短い期間で働かせ過ぎたか。
いや、たかだか四度のスタンピードを起こさせただけだ。
一口、ワイン口に含み、舌で転がす。
あとは私のことを喋りそうなキンダフィッカを始め、王宮に忍ばせた者たち、そして今回のトリューガーら三人を殺させたからか……。
あれほど苦労して騙し、やっとのことで手に入れたというのに、なんてことだ。
「代わりを探さないと駄目だな……いや、そうだ、いるじゃないか勇者たちが。くははははは!」
勇者であれば魔王すら倒せるといわれる最強の騎士にして、固有魔法を操る最強の魔導師。
私の護衛に最適だ。
さらには時空間魔導師だ。奴はあのヴァンパイアと同じ転移が使え、暗殺も同じようにできるはずだ。
あのヴァンパイアがやっていた伝令は当然可能だろう。
無限収納も使いどころが多く、似た空間拡張魔法に至っては、部屋の広さが無限に広げられるとなると、兵を一台の馬車にのせ大量に移動することも。
これ今後の策に多いに使えるだろう。
聖女は当然のこと、私が怪我や病気なっても回復できる回復要員として側に置いておけばいいだろう。
「くくっ、問題ないではないか、邪魔な兄たちももう敵ではなくなったのだ、焦ることはない」
グラスの残りを喉に流し込み、寝台に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
side ネクロウ
「ああ、こんなに大きくなって、会えて嬉しいわ、一緒にいられなくてごめんなさいセレス、お母さんよ」
「急にお母さんとか言われても! ねえ! ネクロウ、なんとかしてよ!」
なんとかしてと言われても、二人の容姿を見る限り、親子だと確信できるんだよな。
『どこかで見たことあると思ってたっすけど、セレスの嬢ちゃんだったっすかー、セレスの嬢ちゃんッテ強すぎるなーって思ってたっすけど、納得っす』
『うむ、主よ、魅了され無自覚に死霊使役してしまったとはいえ、仲間になり、セレス嬢の母親であるなら、ここは喜ぶべきでありますぞ』
『最強の、一角』
「ほほう、慌てふためくセレスも可愛いじゃないか、そう思うだろネクロウ」
魔力切れで気絶してる間に、親子間の問題は解決していてくれれば良かったのだが……。
引き離されていた時間も長く、孤児として育ったセレスも中々信じられることじゃないか。
セレスが生まれてすぐにアイシャは殿下にテイムされていたそうだが、親子を別れさせるとか、許されることじゃない。
それもだが、笑っているが、目に悲しみが映るヘルヴィのことも心配だ。
信じていた殿下が……はぁ、まずは陛下に報告に行かないとな。




