第72話 死霊魔導師は魅了されてます。
『こっちも殺られたっす! どこっすか!』
『奴がいますぞ!』
トリューガーに目を奪われている内に、モーブとモップと呼ばれる二人の首も落とされた。
その脇に立つ黒尽くめの両手には、鮮血の滴る黒いナイフが握られている。
五メートルは離れているというのに、濃い死の匂いに襲われ、嫌な汗が背中を伝う。
『ジェイミー! 逃がすでないぞ!』
『団長殿も頼むっすよ!』
二人が黒尽くめに迫るが、俺は蛇に睨まれた蛙のように指先ひとつ動きそうにない。
ギギン、と火花が飛び散り、激しい攻防が始まった。
ヒールショットで援護しようにも、あまりの速度に目が追いつかない。
俺があの中に入るのは無謀を通り越して自殺しに行くようなものだ。
そもそも今は身動きすらできそうにないが、動けなくても俺には別の闘い方がある。
『死霊使役!』
漂い始めていた三人分の死霊に魔力の糸を伸ばしからめ捕り、なんの抵抗もなく繋がった。
よし! そのまま姿を消したままあの黒尽くめに取り憑け!
念じるように指令を送り、成り行きを見守る。
デバンとジェイミーの攻撃を巧みに受け流している。
グレートソードと、ワンハンドソードの二本対、三十センチもない細身のナイフ二本だ。
どうすれば捌けるのか。なぜ折れたりもしないのかまったくわからない。
『こやつ、中々やりおるぞ!』
『ちょこまか避けるなっす!』
姿を消したままのレイスたちが三人の攻防する範囲にたどり着いた。
『デバン! ジェイミー! そいつが殺した三人に取り憑かせる! なんとかしてそいつが動けないようにしてくれ!』
黒尽くめに気づかれないよう念話で指示を送る。
『心得ましたぞ! ジェイミー! 転移は絶対させるでないぞ!』
『了解っす! 転移は集中できなきゃやれないっすよねー!』
激しく当たり、気づかれないよう徐々に黒尽くめの位置を変えていく。
待機させてる場所まで二メートル。
前後左右からの攻撃を、ダメージひとつ受けずに捌ききる黒尽くめの技量は恐ろしい。
今回のスタンピードも、こいつだけで解決できるんじゃないかと思わせるほどだ。
この黒尽くめがあの御方の最側近ではないだろうか。
生身の人間とは思えない動きは、美しいとまで思わせる。
『せりゃっ!』
『ここっす!』
デバンの振るうグレートソードを受け止め、ジェイミーのワンハンドソードを受け止めたところまでは見事だった。
だが、ジェイミーの方が上手だったようだ。
『隙有りっすよ!』
「ぐはっ!」
ジェイミーは二刀流だが、今のいままで一本で戦っていたのだ。
黒尽くめの右肩に食い込んだ二本目の剣。
『今っす!』
『ふんぬっ!』
『これはオマケっす!』
デバンのグレートソードが左肩を潰し、ジェイミーも二本の剣で両脛を砕いた。
俺の番だ。トリューガーたちのレイスに命令する。
『三人で手足と体の自由を奪え!』
精神破壊を避けるために、黒尽くめに取り憑かせる方法はこれしかない。
転移の心配はあるが、繋がっている今ならどこに逃げようが見つけることもできる。
『主ぃー、やったっすよー』
『ここまで闘える者が悪者の手先とは、あの御方とやらは人望があるのか、はたまた……』
素直に喜びの声をあげるジェイミーとは違い、デバンの言いかけた先の言葉にテイムの文字が頭をよぎる。
その時、両肩と両脛が砕け、レイス三人に取り憑かれた黒尽くめが笑い始めた。
「ふふっ、これはありがたいことです、あのクソガキとの繋がりが切れてるではありませんか」
『うわっ、なに笑ってるっすか、おかしくなったっすか?』
『こやつまさか』
デバンが黒尽くめの覆面を手荒く剥ぎ取ると、真っ白な長髪が石畳の床に広がり、病的に青白い綺麗な女性の顔が現れた。
見とれるような美しさの中に、血のような真っ赤な瞳が輝いていた。
いや、それより悶絶するほどの怪我を負っているはずなのに、涼しい顔で笑っているのがおかしすぎる。
『やはり、そうであったか。主よ、この者はヴァンパイアですぞ』
「ヴァンパイア?」
「あら、私の正体を知るものとまた出会えるとは、長生きはしてみるものですね」
『主よ、残念ですが、こやつはレイス程度では押さえられませぬ。我らでも本気になったこの者には敵いませぬ、主だけでもお逃げください』
『マズイっすよ! ジムも呼んだ方が絶対いいっす! テリエはなんで連絡つかないんっすか!』
デバンたちが敵わないものなら、どう足掻いてもこの先は敗北しか見えない。
それに黒尽くめを見た時からピクリとも体を動かせないでいる。
これまでスタンピードを何度も経験してきたが、最大のビンチで間違いないだろう。
「ふふっ、それはそうでしょう。あなた方はともかく、最上位のヴァンパイアの私が、最下位のレイスに止められるはずありませんからね」
そう言うと、取り憑かせていたレイスが弾き出され、黒い霧のようなものが怪我した部分を包み込んだ。
「少々お待ちくださいませ、あ、もうクソガキとの繋がりも切れてますので、襲ったりはいたしませんわ」
ベコリ、とへこんでいた両肩が盛り上がり、あさっての方向を向いていた足が、逆再生でも見ているかのように、元の位置に戻っていく。
「回復してるのか……」
いや、ヴァンパイアなら当然のことか、不死者として有名すぎる魔物だ。
おそらく首を落とそうが死ぬこともないだろう。
『白髪で女性のヴァンパイアっすか、もしかして、アイシャ・ド・ノクターンって名前じゃないっすか?』
「あら、名前が伝わってますのね。その通り、アイシャ・ド・ノクターンですわ」
すくっ、と優雅に立ち上がるアイシャと名乗ったヴァンパイアから目が離せない。
なぜか体温が上がり、鼓動が速くなるのがわかった。
「あら? あららら? ごめんなさい、そちらの子、魅了してますわね」
「え? 俺?」




