第71話 死霊魔導師は眠れない。
殿下の屋敷に戻ってきて最初に覗いたのは、聖女たちがいた部屋だ。
寝台が消え、ガランとした、なにもない部屋。
扉の向こうからも、物音ひとつない。
『騒ぎにはなってないみたいっすねー』
まだ深夜ということもあり、居なくなったとは気付かれてないようだ。
『そうみたいだな、テイムされてるから、逃げる心配もしてないだろうし』
『部屋の外も見張りすらいないっすからね、じゃあ次は一部屋ずつ見ていくっすか?』
『いや、殿下の部屋にしよう』
やってきた部屋で殿下は寝ているようだが、一人ではなかった。
思わず目を背ける光景が目に飛び込んできた。
『うわっ、これは主にはちょっと早いっすね、後ろ向いてていいっすからね』
『そうですぞ、見てはいけませぬ』
『あ、ああ』
デバンが俺の目を塞ぎ、ジェイミーの言ったように、クルリと背を向けさせた。
背ける前に見た女性たちの姿は、乱れてはいないが肌が透けて見えるナイトウェアだった。
そんな女性たちが大きな寝台の上で、殿下に寄り添い眠っている。
それに聖女たちのように目が見開いたままだったり、様子のおかしな者もいなかった。
『大丈夫っす、全員寝ているだけっすね、どうするっすか?』
『このまままとまって探すより、手分けして探すのがよろしいのでは?』
どうするべきか。女性たちに話を聞ければいいんだが、現状を見る限り、自分から進んでこの部屋にいるようにしか見えなかった。
そうだよ、上の殿下二人とは違う。ヘルヴィを気にかけられる人物なんだ、こうやって疑ってしまっていることが恥ずかしくなってきた。
……いや、どちらにしても納得できるまで調べるしかない。
今はトリューガーだ。もしトリューガーがこの屋敷のどこかにいたなら、ドラートツィーアー殿下が『あの御方』かもしれない。
それが分かってからでも遅くはないだろう。
『ここはあとにしよう。まずはこの屋敷にトリューガーがいないか探すのが先決だ』
『その通りですな。部屋だけでなく、人が隠れられそうなところはすべて見て回りましょう』
『了解っす。団長殿は一階からお願いするっす。主は一緒に上の階から一部屋ずつ見ていくっすよー、まずはこっちからっすねー』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
広い屋敷の数多くの部屋を見て回るだけで夜が明けた。
『いなかったですな』
『いなかったっすねー。主、大丈夫っすか? 眠そうっすよ』
『いや、大丈夫だ。次は……あ、そうだ、あそこがあったじゃないか』
死んだキンダフィッカ伯爵の別邸を忘れていた。
それに、トリューガーたちは大型のクランだ、このダンジョンの街にもクランハウスを持っていてもおかしくない。
『なんで気付かなかったんだ俺。デバンはトリューガーのクランハウスを探して、ジェイミーは俺とキンダフィッカ伯爵の別邸だ、急ごう!』
『くっ、そうであった、なんたる不覚、完全に頭から抜け落ちてましたぞ! 任されよ!』
『うわー、それがあったっす、行くっすよ!』
陛下の態度から、状況証拠で疑ってしまってた。
いや、聖女たちのことがあるから、怪しいのは今も変わらないが、視野が狭まっていたようだ。
影転移でキンダフィッカの屋敷に到着。
屋敷の主が死んだとは、思いもしないだろう使用人たちが早朝にも関わらず動き始めていた。
『主、ここも上から見ていくっすよ』
『頼む』
三階の端から順に部屋を見て回るが特に変わった様子はない。
二階、一階ときたが、トリューガーの影も形もない。
『いないっすねー。あとは地下くらいっすか』
……そうか。客人として来てるなら客室に案内されてるはずだ。
それなのにどの部屋にもいないということは、キンダフィッカ伯爵と、トリューガーは人攫いの仲間だ、使用人に気付かれず会うこともあったはずだ。
身を隠して会うなら当然表玄関からなんて来るわけがない。
来るなら秘密の地下通路とかを使い、密会に適した部屋で行われるだろう。
地上階は全部見た。残るはジェイミーの言う地下しかない。
『行こう』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『声が聞こえるっす! 地下通路まであるっすよ!』
一階にあった書庫から隠し扉で隠された地下への階段を下りると、何本にも別れた地下通路があった。
多くの地下室があるのか扉いくつもあり、その一つから話し声が聞こえてきた。
影に潜みながら中の様子を除き見ると、探し求めていた三人がいた。
『デバン、トリューガー見つけたぞ』
『なんと、そちらにおりましたか、クランハウスにも、ヤツの仲間が集まっておりますぞ』
「トリューガーさん、これからどうするんです? クランハウスに戻らないのですか?」
「そろそろみんなも到着しますよね? 集まってる仲間とクランハウスで待つ方がよくないですか?」
「そうだな、スタンピードが治まるまでは安全なここでやり過ごそうと思っていたが……」
なるほど、貴族の屋敷は襲撃にも備えているだろうから、安全面は高いだろうな。
特にここはダンジョンの街だ。備えていない方がおかしい。
「そうですね、でも、ここの使用人たちが騒いでいる様子もありませんし、もう治まったのでは?」
「よし、モーブ、モップ、二人は手分けして外の様子を探ってこい」
「分かりました、ついでにクランハウスの様子も見てきます」
「ああ、それなら、馬車の用意もしておくよう言っておけ」
「分かりました、早速行ってきますので、酒でも飲んで待っててください」
そう言って部屋を出た二人を、ジェイミーが速効性の睡眠薬を盛って眠らせた。
『これでいいっすよね? あとは陛下のところに置いてくれば終わりっす』
『お願いね』
トリューガーには、いつまでたっても戻ってこない二人に焦り、あの御方のところへ向かうことを期待している。
『主よ、あとは待つだけ、少し寝るよう進言しますぞ』
『そうだな、悪いけど、その提案に乗らせてもら――』
ゴトン。
物音のした方を見、そこにはトリューガーの首が転がっていた。
『嘘だろ……』




