第70話 死霊魔導師は言いにくい。
二人が寝静まったあと、俺はジェイミーに監視を頼んだ殿下の屋敷の一室にいる、聖女たちの様子をみに来た。
『様子はどう』
三つの寝台が並ぶだけで、いっぱいになるような小さな部屋だ。
三人は身動ぎもなくゆっくりと胸を上下させ、まばたきすらせず涙を流している。
『駄目っすね、テイムっていうより隷属されてるって言った方が近いっす』
影からそっと手を出し、目の乾燥で止めどなく流れる涙をそっと拭い、目を閉じさせる。
なんなんだよコレ。
『なあ……やっぱり殿下がやったってことになるのか?』
『間違いないっすね、魔力があの殿下と繋がってるのも確認したっすから疑いようもないっす』
否定して欲しかった。
ヘルヴィがこのことを知ればどう思うだろう。
三人の兄の中で唯一気にかけてくれたと言っていたドラートツィーアー殿下。
だが、殿下に話をしたと言った時に見た、陛下の表情も、今となっては納得できる。
『なんとかできないの』
『簡単なのはテイマー本人が解くか、死ねば解けるっすけど、ヘルヴィの兄さんっすもんね』
「頼んだら解いてくれないかな……」
無理だと分かっているのに、心の声がそのまま口から吐き出されていた。
『主、あの御方ってのも殿下っすかね』
『それはまだ分からない』
できれば違っていて欲しい。
『ジェイミー、聖女たちを影の居住空間に回収しよう、そのあとデバンのところに行くよ』
『了解っす』
寝台ごと影に沈み始めた聖女たちが、セレスとヘルヴィが寝る寝台の横に現れた。
『終わりっす。じゃあ行くっすか?』
『ちょっと待って、布団だけでもかけてやろう』
ジェイミーと手分けして、聖女たち三人に布団をかけ、布団からはみ出して寝てるセレスはかけ直して置いた。
『行こう。あれから結構時間が経ったのに、トリューガーが見つかってないんだ、手分けして探すしかないよな』
起きたあと、どうやって、セレスとヘルヴィに説明するか……。
それにもう一つ頭の痛い問題だけど、陛下にも報告しに行くことになる。
本来、後回しにしてはいけないが、何て説明すればいいのかまったく頭が追い付かない。
少し、時間が欲しいのが正直なところだ。
はっきり言って、殿下には怒りすら覚えている。
このまま殿下に会ってしまえば、キツく対応してしまいそうだというのも、後回しにしている最大の要因だ。
デバンの元へ移動しようとする寸前、すっかり忘れていた提案がジェイミーから出された。
『そっすね、ダンジョンの様子を見てるジムは呼び戻すっすよね? あ、あとテリエは呼ぶっすか? テリエなら探索魔法も使えるかもしれないっすよ』
『テリエは用事がありそうだったし、どうしようか……いや、今は人手が足りないから一応聞いてみるか』
ジェイミー言うとおり、探索魔法があればトリューガー捜索もはかどるだろう。
『テリエ、聞こえるか?』
呼んでみたが返事は無い。何度か試してみるが、変わりないようだ。
『念話が届かないくらい遠くに行ってるのかな』
『おかしいっすね、相当遠くまでは届くと思うんすけど……仕方ないっすね』
『よし、まずはデバンに合流だ、ジムもデバンの話を聞いてから呼ぶぞ』
『了解っす、団長殿は……いたっす、こっちっすよー』
ジェイミーに続き影に沈むとそこにはデバンがいた。
『デバン、どんな感じ?』
デバンの向こうには、夜の街道が続いている。
『主、申し訳ないですぞ、ダンジョンの街から出るため、門に向かったところまでは見ておったのですが』
『もう街の外も探してるんっすねー、でもおかしいっすよね、街道なんてそう多くないっていうのに、団長殿が見つけられないとか、森にでも入ったっすかね』
『そう思い、近隣の森もくまなく探してはいるのですが、一向に足取りは掴めておりません』
どういうことだ。
街を出たなら街道を行くのが当然だ。
追手を気にしている?
いや、それはないだろう、トリューガーは俺たちが監視していることも知らなかったはずだ。
ならどうしてだ?
今回、聖女たちを拐かそうとしてフラれたことは、多少目撃したものもいるが、スタンピードから逃走したことは俺たちしか知らない事実だ。
フラれたことを見た者に笑われることはあるだろうが、そんなの問題にもならない。
逃走のことも、俺たちがギルドに報告したとして、冒険者ギルドから注意くらいは受けるくらいだろう。
最悪ランクが下がるかもしれないが……。
……待てよ、そもそも冒険者ギルドにはスタンピードの報告を聖女たちに頼んだだけだ。
トリューガーたちのことは伝えてもいないはず。
……街を出る要因がなくないか?
それなのにデバンを呼ぶ前に見たという姿はなんだというのか。
……それなのに、なぜ街の外へ向かった?
考え付く理由では、ダンジョンの街から出る理由にはならなくないか?
街の外へ向かったんじゃなく、そっちの方向にトリューガーたちの身を隠す場所があったとした方がしっくりくる。
それに、ダンジョンから街の外へ続く方向にはアレがある。
『デバン、もしかするとトリューガーたちは街から出てないかもしれないぞ』
そうだ、街の外へ向かったんじゃない、あの方向には聖女たちのいた殿下の屋敷があるじゃないか。
『デバン、ジェイミー、殿下の屋敷に戻るぞ』




