第68話 死霊魔導師は焦る。
『キンダフィッカ伯爵が死んでる?』
思ってもみなかった念話に、反射的に聞き返してしまった。
『馬車の中で首を落とされておりました』
そしてそれが本当のことであると、現実を突きつけられた。
今回の黒幕に繋がる二人の内一人、それも伯爵という貴族が死んだ。
『商隊の立ち往生で、足止めされている最中に殺されたようですな。それにまだ、誰も気づいておらんようですぞ』
『どういうことだ? 腐っても伯爵だ、護衛はいただろ』
『おりますぞ、今も馬車のまわりを守っておりますからな』
どうなってるんだ? 自分一人しかいない馬車の中で首を落とすとか不可能だろう。
絶対に伯爵を殺した者がいるはずだ。
『私が思うに、以前取り逃がした黒づくめを憶えておりますか?」
盗賊を捕まえた時の奴か。
『ヤツなら転移を使えば、止まった馬車になら誰にも見つからず乗り込むことも可能でしょうな』
影の中から薬を盛り、姿を見せてすらいないデバンたちの目から逃げ延びた暗殺者のような黒づくめ。
そうか、転移が使えれば、誰にも見られず馬車にも忍び込み、殺すことも可能か。
だが走ってる馬車に転移するのは無理がある。
いや、だから商隊の立ち往生か。
もしかすると、この暗殺のために商隊の立ち往生も仕組まれていたのかもしれない。
しかし……夜逃げ同然でダンジョンの街を出た伯爵だぞ?
それを追い越し、商隊を足止めに使うなんて無理じゃないか?
『主よ、おかしいと思いませぬか、今は夜ですぞ』
『夜? ……あ、デバン、伯爵の暗殺は計画されていたのかもしれないな』
『どういうことですかな』
『夜になぜ商隊が立ち往生しているんだ?』
『言われてみれば、その通りですな、それに、場所もこれほどダンジョンの街に近い場所で』
『夜に商隊が出発するなんてあり得ないのはわかるよな』
『なるほど、日中に出発したとしても、これほど街に近い場所で馬車が壊れたとなると、引き返すのが当然ですな』
『うん。デバン、俺たちが陛下に話したことが漏れた可能性が高いぞ』
『にわかには信じられませぬが、あの御方とやらの内通者が王城に入り込んでいるということですな』
信じたくはないが、この考えが事実なら、陛下の身近にあの御方に連なる内通者がいる。
それはシュテルネ王国の機密事項が外部、あの御方に漏れているということだ。
あの御方の目的が陛下なら、陛下の行動予定も手に入れられるだろう。
それは陛下の護衛の少なくなる日時、場所が漏れないとも限らない。
最悪、陛下が暗殺されてしまう危険性もあるということだ。
いや、陛下だけじゃない、王位継承権一位のドラートツィーアー殿下も対象となる可能性は高い。
くそ、トリューガーも街の外へ向かっていると言っていた。
絶対無いと確信できない限りは殿下を放っておくわけにはいかない。
『デバン、ドラートツィーアー殿下の様子を見てくれないか、護衛騎士がついてるかどうか』
『主よ、トリューガーよろしいので』
『先に殿下を頼む。護衛がしっかりついてるなら、その後でトリューガーを追ってくれ』
『承知! 今すぐ見てきますぞ!』
まだ俺の予想でしかないが、不安の目は摘んでおきたい。
間に合えばいいが、もしトリューガーまで殺されてしまったなら、あの御方に繋がる情報は無くなる。
次に繋がる相手を見つけるのは、デバンたちに探して貰っても、至難の業、不可能に近いだろう。
トリューガーと行動を共にしていた二人が知っているとも思えないし、トリューガーが殺されたなら、生きている可能性は無い。
伯爵の死でおろそかになっていた、スタンピードの現状に意識を戻す。
トロールでふさがれた通路のお陰で、後続のハイオーガはまばらにしか乗り越えてこない。
乗り越えてきたハイオーガは、殿下の騎士たちが対応している。
デバンとの念話と、考え事をしていたが、俺たちの出番はなさそうなのは助かった。
前から視線を移すと、セレスとヘルヴィは俺の横でくちをモゴモゴさせていた。
二人の手にはハンバーガーが握られている。
いやいやいやいや、君たち何食べてるのと口にする寸前、セレスによって開きかけた口にハンバーガーが押し込まれた。
「ふぁい、ほへ、へふほふほはほー」
おそらく『はい、これ、ネクロウのだよー』と言ってると予想はできた。
空腹と、口に広がるハンバーガーの旨味のせいで、吐き出す選択肢はないが、俺たちの様子を見た騎士たちの視線がツラい。
トロールを倒した場面を見たからこそ、文句は言ってこないが、上がっていた俺たちへの尊敬とか好感度は底を突いたかもしれない。
「ふう、やっと一息つけたな」
「んくん。はあー美味しかった、ネクロウ、おかわりもあるからね」
「……」
返事をしたいが、セレスがまだ俺の口に押し付けているのと、口にも残っているからそれすらできない。
そっとセレスの手を遠ざけ、口に入ったものは嚥下して、伯爵の死を二人に伝えた。
「なんてことだ」
「嘘っ……」
「デバンが見てきたから間違いはないと思う」
「すぐに父上に知らせないと駄目だな」
「うん。ここが落ち着いてからになるけど、俺もそれがいいと思う」
「いや、すぐに向かおう、待ってろ、兄上の騎士たちに事情を話してくる、はぐっ」
一口分だけ残っていたハンバーガーを口に放り込んだヘルヴィは、騎士たちに指示を出している隊長らしき人に向かって離れていった。
そうだな、任せられるなら早く伝えた方がいい。
デバンに任せたことも気になるが、陛下への報告が先だ。
「あーあ、ネクロウ、今日は徹夜になりそうだねー」
「ああ、少しくらいは寝れるといいんだが」
慌ただしい夜はまだまだこれからのようだ。




