第64話 死霊魔導師は守りたい。
「ねぇねぇズルくない? ゴブリンさー、ちょっと多すぎだと思うんだー、わたしの時にはちょっとだったのにー」
「言われてみれば、夜で冒険者がいないとしても、一階層でこれはさすがに……」
なぜか悔しがるセレスの言う通り、確かに多すぎる。
聖女たちが進んでいた長い直線の通路を埋めつくすほどのゴブリンがいる。
一階層にいるすべてのゴブリンを集めてきたとしても、ここまでとは考えられない。
今日、セレスが二階層に行くまでに倒したゴブリンは、他の冒険者がいたのもあるだろうが、その数は十に満たなかった。
それがどうだ、目に映るだけでも百匹は下らないだろう。
そして一番気になったのは、王都のスタンピードと同様に、襲いかかって来るゴブリンたちの様子だ。
聖女たちに向かい、襲いかかっているようにも見えるが、違和感を見つけた。
そう、ゴブリンたちが向ける視線の先に聖女たちがいない。
一見、興奮しているため焦点があっていないと思っていたが、よく見ると、通路の先、聖女たちが入ってきた外へ通じる階段に向いている。
そんな魔物の様子は……あれだ、最近見たところだから間違えようもないだろう。
ミノタウロスまで出現した王都のスタンピードだ。
「……セレス、ヘルヴィ、これ、スタンピードだと思う」
今はゴブリンだけだが、徐々に上位種や、このダンジョンだとオーガが出てきてもおかしくはない。
「嘘っ! この前も王都であったのにまたスタンピードなの!?」
「ネクロウ! スタンピードだとするなら、このまま聖女たちだけでは無理があるぞ!」
セレスとヘルヴィは、スタンピードと聞き、慌てて武器を手に取る。
「うん、でも落ち着いて、まだ大丈夫そうだろ」
影から飛び出そうとしたところを止め、言い聞かせるように落ち着かせる。
出るにしても、聖女たちに……いや、誰にも見られないようにしなければならない。
「あ、そっか、ネクロウの職業」
「くっ、それがあったか……ならば少し離れれば問題ないだろネクロウ」
わかってくれたようだ。
「だからまずはジェイミーを偵察に向かわせようと思う」
『俺っすか? いっそのことダンジョンコア取ってくれば増えなくなるっすよ?』
その通りだ。
だけどシュヴェールトのダンジョンに続き、王都のダンジョン、それに保留にしてるテリエを封印していたダンジョンもある。
俺個人がそう何ヵ所もダンジョンを保有していいことはないだろう。
「……そうだけど、ジェイミー、先を見て来てくれ、他の冒険者もだけど、騎士たちのことも気になる」
『了解っす、行ってくるっすよー』
スッと影に沈んだジェイミーから聖女たちに視線を戻す。
余裕で迎撃しているように見えるが、戦っているのは女勇者のナオちゃんだけだ。
そう時間はかからず体力的に限界が来るだろうことは予想するまでもない。
ここまで疲れを見せずナオちゃんが戦えているのは、おそらく聖女のアヤメちゃんが聖女の魔法で疲労を肩代わりしているのだろう。
死ぬ間際の者でさえ完治できる身代わりの魔法を使い、すでに額に汗をかき、肩で息を始めているアヤメちゃんを見れば一目瞭然だ。
そこに待望のジェイミーが戻ってきた。
『主、スタンピードっすねー、ダンジョンコア、貰って来るっすか?』
「そうしようよネクロウ、街に魔物が溢れたら……いっぱい倒せるけど大変だよ?」
「そうだぞネクロウ、この街の民も我がシュテルネの国民だ、守らねばならん」
選択権は俺にあるようだ。
セレスの戦闘狂っぽいのと、語尾が疑問系なのは気になるが……放っておくわけにはいかない。
「ジェイミー、頼めるか」
『了解っす。あ、それと、騎士たちっすけど、ドラーなんとか殿下も撤退中っす』
そう言い残し、ジェイミーが再び影に沈んでいった。
「なんだと! 兄上が来てるのか!」
「ヘルヴィのお兄ちゃん来てるの!? ネクロウ、早く助けに行こう!」
「よし! ジム、ドラートツィーアー殿下のところへ行くぞ!」
『駄目、ここ死守』
前に立ち塞がるジムの落ち着いた一言で、今の状況を整理する数秒の時間が取れた。
そのお陰で、今、何をしなければならないか思い出した。
そうだ、ジェイミーがダンジョンコアを持ってきたとしても、現状出現している魔物は消えない。
今ここで聖女たちを見捨てれば、飽和するほど増えた魔物たちは間違いなく街に出てしまうだろう。
聖女たちを踏み越えて。
それは断りもなく呼び出された異世界での『死』を意味する。
自分たちから進んで来たならまだ慰めにもなるだろう。
だが元の世界のすべてを理不尽に奪われ、さらには命まで奪われるなんて納得できることじゃない。
だからジムから発せられた『死守』の言葉がダンジョンの街の住民だけでなく、聖女たちも守ることだと重くのし掛かる。
なら、俺ができることは……。
「セレス、ヘルヴィ、殿下は騎士たちといる、今はダンジョン外へ魔物が出ないよう俺たちが食い止めるしかない!」
「でもでもネクロウ! ヘルヴィのお兄ちゃんだよ! 」
俺の腕を、砕けたと錯覚させるほど力強く掴み、ぐいぐいと引っ張り訴えてくるセレスだが、続いて口を開いたヘルヴィの言葉で力を抜いてくれた。
「いや、セレス、ネクロウが正しい、今やるべきことはネクロウの言ったことだ」
「ごめんヘルヴィ。殿下も、騎士たちも絶対救えるようにやろう」
そうだ、すべてを救うって傲慢な考えだけど、やるしかない。
『今、聖女たち前しか見てない』
ジムの合図で俺たちは影の居住空間からダンジョンへと飛び出した。




