第60話 死霊魔導師はダンジョンへ。
「――と、言うわけだ」
応接室に通されたあと、ヘルヴィがドラートツィーアー殿下へ、これまであったことを説明した。
が、聖女のことは言わない。
聖女のことが知られれば、当然身柄を確保したくなるから内緒にしてもらった。
できることなら、三人には元の世界に帰ってもらいたいと意見が揃い、俺たちだけで裏から手助けすることに。
「キンダフィッカ伯爵が、ですか……にわかに信じることはできませんが、こちらでも少し調べてみましょう」
やはりそこだよね。
眉間にシワを寄せ、声を絞り出した殿下。
現在文句無しの王位継承権一位で、当然次期国王の可能性が一番高いということは、臣下になる人物だけに気になるよな。
上の二人の肥満体に比べ体型は、騎士団をまとめているだけあって、背は高く筋肉質だ。
ヘルヴィに聞いた話では、兄姉の中で唯一まともに相手をしてくれたドラートツィーアー殿下。
兄二人と、殿下の誰が王に相応しいかと聞かれたら、間違いなく目の前の殿下を選ぶだろう。
まあ、あの二人が酷すぎたのもあるが……。
「兄上なら、そう言ってくれると信じていたぞ」
満足そうに笑うヘルヴィは、少し温くなったお茶で口を湿らせた。
「重い話はここまでにしようか。……それでヘルヴィ。その格好でここに来たってことは、ダンジョンに潜って行くのかい?」
俺たち三人は冒険者の格好だ。
最初、この屋敷に来た時は、門番に止められたもんな。
「ああ、そのつもりだ。だが心配は無用、深くは潜らない予定だからな。が、兄上……どうせ護衛を付けようか考えてるのだろ?」
ジト目で殿下を牽制するヘルヴィに対して、怯む殿下。
「……バレたか、うん。やっぱり心配だからね」
一変して言葉通り表情を曇らせる。
俺たちはまだ十歳だ。
そんな子供が三人だけでダンジョンに潜るとか、家族なら心配するのも当たり前か。
「くくっ、兄上、言ったように心配はいらない、ネクロウもセレスも強いのでな」
「……そう、なのかい、……それならネクロウくん、セレス嬢もヘルヴィのことをくれぐれも頼んだからね」
まだ信用しきれていない感じで心配そうな顔をしているが、なんとか納得はしてくれたようだ。
「でも、助けが必要な時に便利な、これを渡しておくよ」
差し出されたのは黒革の腕輪だが、そう言うからには魔道具だろう。
「兄上、それならもう持っているぞ、父上がどうしてもと持たされた。ほら、ネクロウとセレスも付けさせられたのだからな」
袖をまくり上げ、銀色の腕輪を殿下に見せた。
俺とセレスも同じようにめくって見せる。
「……父上らしいね、それなら安心かな。じゃあこの後さっそくダンジョンかい?」
殿下は差し出していた腕輪を引っ込め、三人分の腕輪に視線を向けた後、短く息を吐いた。
「ああ、軽く肩慣らし程度にな」
本当はがっつり深層まで行くつもりだけど、正直には言えない。
聖女たちの前にダンジョンへ入り、魔法陣を見てくるつもりだ。
サクっと攻略してしまってもいいが、ここのダンジョンまで手中に納めるつもりはない。
ダンジョンの街と言われるくらい、この街はダンジョンで成り立っている。
変に手を加えるより、上手く行ってる現状そのままの方がいいだろうと決めた。
「はぁ……ヘルヴィ、何かあれば、騎士を連れてすぐに駆けつけられるようにしておくよ。騎士団の訓練でいつも潜っているから、安心してね」
「ああ、そんなことにはならないだろうが、ダンジョンで会ったなら騎士たちの上達ぶりも見せてもらおう。では兄上、行ってくる」
「はいはい、この感じはなにを言っても無駄かな。ヘルヴィ、気をつけていってらっしゃい」
もうなにを言っても駄目だと感じたのか、諦めモードの殿下と別れ、屋敷を後にした。
「ネクロウ、このあと影に入って攻略するの? それともこのまま行っちゃう?」
ダンジョンに入り、セレスはさっそく新装備の黒いサーベルを抜き、軽く振り回し始める。
その時足元の影からテリエが飛び出してきた。
「その剣は! おい! セレスよ、お主がなぜそのサーベルを持っているのだ!」
たまたま誰もいなかったからいいけど、なにをそんなに慌ててるのかわからない。
確かにセレスの新装備のサーベルは呪いのサーベルだが、言葉の感じだと知っているサーベルのようだけど……。
「真っ黒で格好いいでしょー、今日は初めて使うから楽しみだったんだー」
「セレスはそれを抜き身で持って無事なのか……いや、違う。無事どころか認められているのかヤツの剣に……」
「無事? んー、どっちかっていうと、いつもより調子はよくなってるかも?」
その場で剣舞を披露し始めたセレス。
まるで羽のような軽さでサーベルを振るうその姿は、見惚れるほどに洗練されて綺麗だ。
刀身から出た黒い魔力がセレスを包み、体の動きを補助しているようにも見える。
「その、ようだな……いや、邪魔をした、我輩はちと離れるぞネクロウ。どうしても手が足りぬ時は念話で呼べ、すぐ戻る」
「は? いや、ちょっと待って――」
なにやら気になることを言うだけ言って、さっさと影に沈んで行ったテリエ。
あの慌てようを見ると、重くなるだけの呪われたサーベルではないようだ。
「よくわからんがネクロウ、客が現れたぞ」
ヘルヴィの『客』の言葉で石造りの通路の先に視線を向けた。
さっそく来たようだ。
「おおー、ネクロウ、ヘルヴィ、試し切りいいよねっ!」
そう、言葉を残し、サーベルを片手に残像が残るほどの速さでセレスは飛び出して行った。




