第55話 死霊魔導師はジャンクフードが食べたい。
side キンダフィッカ
王都を夜逃げ同然に出て、ダンジョンの街にやって来たのにこの不安感はなんだ。
屋敷の警備を強化させ、やっと腰を落ち着かせたというのに不安は拭いきれない。
「おい! 急ぎ先触れ、を……いや、なんでもない、地下から最上級の酒を持ってこい!」
「かしこまりました」
メイドが部屋を出て行くのを見て、ローテーブルに用意されていたワイングラスを乱暴に手に取る。
一気に喉へ流し込み、空のグラスへ追加のワインを注いだ。
「ふぅ……」
不測の事態が続いている。
こんな時こそ慎重に動かねばならん。
この街に来てはみたが、あの御方に接触するのはしばらくの間避けた方がいいだろう。
伝令が逃げ帰って来た時、占い師の能力を使ってからだ……嫌な予感が止まらない。
この能力のお陰で何度もあった危機を回避してきた。
今回も上手く逃げ切って見せる。
『旦那様、ワインをお持ちいたしました』
「入れ」
開いた扉から数本のワインボトルを持ったメイドが入ってきた。
「テーブルに置いてさっさと下がれ」
「承知いたしました」
ローテーブルに並べられた三本のワインは、どの銘柄も金貨百枚は下らない代物だ。
野蛮なダンジョンの街で雇った顔がいいだけのメイド。
あまり期待していなかったが、中々いいものを選んできたようだ。
「旦那様、トリューガー様がお会いしたいと訪ねて参りましたが、いかがいたしましょう」
「トリューガーか、明日午後なら時間を取ると伝えておけ」
「かしこまりました」
褒美に閨に入れてやるのもいいかも知れんな……。
「おい貴様、今夜は閨に入れ」
「っ! ……か、しこまりました」
一礼して部屋を出ていくメイドを見送りながらも、背骨に走る嫌悪感。
これほどまでの嫌な予感は今まで一度もない。
かつてないほどの危機が迫っているということだ。
あの御方の競売参加も見送った方がよいだろう。
こうなれば規約違反だが、トリューガーから直接買うしかない。
ヤツは予定だった十人と、追加の二人を連れてくる。
どこの誰ともわからぬ者に邪魔され資金調達には失敗したが、少し多めに渡せばヤツも余分である追加の二人程度は手放すだろう。
二本目のワインをグラスに注ぐ。
「要らぬ出費が忌々しいが、我が身を守ることが最優先だ」
嫌な予感を消し去ろうと、グラスのワインを流し込むが、拭い去ることはできなかった。
side ネクロウ
「ネクロウ、あれ、美味しそうねー」
「あ、ああ」
ハンバーガーだ。
俺はアレがハンバーガーだと知っている。
「ふむ、同感だ、パンに肉と野菜が挟まっているのか、セレス、作れるか?」
「どうかなー、肉を細かく切って焼いてるみたいだけど、バラバラになっちゃいそうなんだよねー」
ゴクリ、と喉が鳴るのを押さえきれなかった。
「ミズキ、チキンナゲットもお願いします!」
聖女が、時空間魔導師のミズキに追加オーダー。
「はぁ、仕方ないわね、ソースはマスタードにするわよ?」
くそ、俺も時空間魔導師だったなら、前世で好きだったものを召喚するのに……。
「アヤメ、ミズキ、でもさ、このハンバーガーさ、向こうでいきなり消えちゃってるわけでしょ?」
「あ、そうだよね、ナオの言う通りだけど、アヤメはどう思う?」
そうなのか、いや、少し考えればわかることだ。
時空間魔導師といっても、無からハンバーガーを召喚できる訳じゃない。
向こうの世界で実在するものを召喚しているだけだ。
それがわかっていても、ハンバーガー、食べたくなるよな。
俺だって、罪悪感を感じながらも召喚してしまうだろう。
あ、こっちから金貨でも送還できるなら……っと、無いものねだりなことをグチグチ考えても仕方がない。
セレスが作ってくれるなら、少しはアドバイスもできる。
というか、聖女たちは料理しないのか?
キッチンの横に食材が入った木箱が見える。
それなのに、調理器具は使ったことがないようにキレイだ。
「うーん、ミズキ、私たちの料理は魔王レベルなのは知ってるでしょ?」
「うっ……アヤメそれは……そうだけどさ」
「芋を茹でただけなのに、物体Xになるもんね……」
ナオの言葉が致命的な自爆だったのか、三人とも表情が死んだ。
……なるほど、そもそも作れないなら仕方がないのかもな。
そんな時だ、トントントンと背後から一定のリズムで音が聞こえてきた。
音がする方をみると、セレスとヘルヴィがまな板の上で、肉を二刀流の包丁で叩いているのが見えた。
……やった、少なくともハンバーグは食べられそうだ。
『そろそろ野営予定地っすねー、主ぃー、ここ、面白いものがあるっすよー』
あと少しでヨダレが唇の堤防を越え、溢れ出る寸前、ジェイミーから念話が届いた。
『面白いもの? なにがあるの』
『お墓っす』
いや、お墓は面白くはないからね。
でも、ジェイミーが面白いと言うくらいだ、少しは期待してもいいかもしれない。
というか、今回は俺一人で行くことになりそうだ。
二人はミンチ肉を作るのに集中していて、ジェイミーの言葉が聞こえていなかった。
セレスとヘルヴィにミンチ肉のつなぎに、タマゴとパン粉を使えるよう用意しておく。
ジムにタマゴとパン粉の使い方を教え、この場の護衛を任せて、ジェイミーと出かけることにした。




