第54話 死霊魔導師は聞きたくなかった。
「アルバロ、聖女といえば今も確か……」
アルバロ? あ、宰相さんか。
「陛下、よろしいのですか?」
「そうだったな……いや、聞いてもらった方が早いだろう。ヘルヴィ、ネクロウ、セレス、これから聞くことは他言するな」
「なんだ? ……父上、悪いのだが出ていってもいいか? 物凄く聞きたくなくなったんだが」
後退り、出口である扉に数歩下がったヘルヴィの意見に激しく賛成だ。
陛下のヤバそうな話もだけど、ジムも変なことを言ってたし、できればお近づきになりたくない。
さらに他言するなとか、面倒ごとに巻き込まれる気配が濃厚すぎる。
聞けば後戻りができない綱渡りを、安全装置無しで渡る羽目になる予感。
隣では何か感じ取ったのか、目をぎゅっと閉じ、手で耳を塞いで、後ろ向きにしゃがみこむセレスがいた。
そしてしゃがみこんだまま、器用にソファーの影へ移動までする始末だ。
「俺も聞きたくないです」
つい、本音がポロリと漏れた。
「ならば聞かせてやろう、今代の聖女はこの世界の者ではない」
「っ!」
言うなよ! ってこの世界の者じゃない?
…………まさか、アレじゃないよな……。
陛下の顔が険しくなったのが気にかかる。
それも苦虫を噛み潰したような表情だ。
おそらく陛下が口にする言葉を俺は知ってる。
「異世界からの召喚者だ」
陛下は吐き捨てるように、想像通りの言葉を告げた。
「ここからはわたくしがお話いたします」
押し黙ってしまった陛下のかわりに、宰相のアルバロさんが話してくれた。
歴代の聖女は金と時間、そして『罪のない命』を代償に行われていること。
金と時間はいいとして、『罪のない命』は聞き捨てならない。
ほぼ全ての国で禁忌とされているが、聖国では遥か昔から何度も依頼の度に聖女を召喚し続けているそうだ。
胸くそ悪いとはこの事だな。
それに、俺の母様も聖女と呼ばれていたが、真の聖女を隠すための称号だということ。
真の聖女は死んでいなければ、怪我であろうと病気であろうと、たちどころに治療ができるという。
だがそれは表沙汰にできなかった。
知るのは各国の王や皇帝などの最上位に位置する者たちのみ。
聖女が文字通り『命がけ』で治療するのは、聖国に莫大な金を払った者だけだ。
命に関わる病や怪我を『肩代わり』して治すのだから当然のこと、聖女は治療後に高い確率で死ぬことになる。
聖女は使い捨てで聖国が各国に売るための者。
聖国……潰してもいいと思う。
なんの罪もない者たちの命を召喚の力に変え、いきなり異世界に呼ばれた者は、知りもしない者のために、知らないまま命を差し出させる。
聖国がやってることは、ほとんどトリューガーがやっていることと同じだ。
人を拐い、売る……いや、それ以上だ……殺してるんだからな……。
どう考えても、やっていいことじゃないだろう。
それでもやはり需要があるからか、過去に利用した負い目があるのか、各国どこも声をあげない。
「父上、今シュテルネに来た、その、異世界の聖女はこの国の誰かを治療するために来たのではないだろうな」
「それはない。そもそも聖女を呼び寄せるほどの病や怪我を負ったと聞いていないし、それほどの財産を持つ者もいないだろう」
「そうでございますね、仮に陛下や殿下たちの誰かが対象であるならば、国庫を空にすればお呼びすることも可能でございますが……」
だとするなら、聖女がシュテルネに来たのはどこか別の国に行く途中ということか。
そこへとんでもない念話が届いた。
『主、聖女がもう移動するみたいっす、目的地はダンジョンの街っすねー』
『水と食料、補充しただけ』
『え? ダンジョンの街? それにもう出発するの?』
『今から倉庫出る』
『おいおい早すぎだろ……ジムはそのまま聖女に張り付いてて。陛下と話を付けたら俺たちも合流するから』
『了解』
陛下とアルバロさんに事情を伝え、寂しそうな陛下を残し俺たちは影に飛び込んだ。
「アレが聖女か、中々の美人ではあるな」
「うんうん、すっごく美人なお姉さんだねー」
「てか……これ……」
荷馬車に積まれた木箱の中身は、およそ考え付かないほど広く、快適な空間があった。
時空間魔導師が得意とする、空間拡張の魔法で広げられているそうだ。
部屋の中はソファーやテーブルが置かれ、さらには別の部屋があり、寝室はもちろん、キッチンに、トイレやお風呂まである豪華仕様。
そして、そこにいたのは聖女だけではなかった。
黒目で黒髪ストレートロングの子が、聖女っぽい白のローブを着てる。
あの子が聖女だな。
あとの二人は黒目だけど、茶髪ロングとショートボブで、セーラー服を着た高校生ほどの子が二人。
合わせて三人の女の子だ。
ジムがお嫁さん候補とか言ってたが、さすがに十歳の俺とは年齢が釣り合わないだろ……。
「ねえアヤメちゃん、商人のおじさんにもらった服に着替えようよ」
聖女はアヤメというのか。
「そうね、ミズキとナオも学校の制服から着替えておかなくていいの?」
残りの二人、茶髪ロングがミズキでショートボブがナオね。
聖女のアヤメもそうだが、あとの二人も中々の美人さんだ。
「そうね、脱いだ制服はミズキ、アイテムボックスに入れてくれるんだよね?」
なるほど、ミズキは時空間魔導師なんだな。
残りの一人の職業が気になるが、そのうちわかるだろう。
「うん。もちろんだよ」
「いいなー二人とも、わたしなんて逃げ出すのに精一杯で、持ち出す暇もなかったのに」
「ごめんね、あのタイミングしか三人揃って転移できなかったし」
逃げ出した?
「おいネクロウ、話がややこしくなってきたな」
「ああ、とりあえず――」
「あ、ネクロウはあっち向いてなきゃ駄目だよ? 聖女さんたちが着替えるんだからね」
セレスの言葉に素直に従い、部屋の外に視線を向けた。
ちょうど王都の門を抜けるところだ。
……ダンジョンの街、か。
そこには闇騎士団のトリューガーに、盗賊を使い無差別に商人たちを襲わせていたキンダフィッカ伯爵もいる。
トリューガーたちはあの御方の元に向かっている予想だが、聖女がそこに向かう理由がわからない。
焦っても仕方がないか、ダンジョンの街までの道中で追々わかるだろう。




