第48話 死霊魔導師の護衛初日。
商隊馬車の車列はなんのトラブルもなく、日が沈む前に森が大きく切り開かれた野営予定地に到着した。
デバンたちが片付けてくれたのか、一台の馬車すらなく、徒歩の野営者もおらず、人影もない。
トリューガーの作戦では、到着と同時に襲いかかることになっていたが、静かなものだ。
王都へ向かったトリューガーたち数人を除き、襲撃するため残っていた奴らはここにはもういない。
デバンとジェイミーに捕縛され、今は王城の地下牢にいるからな。
百人近い奴らが森の中から消えたからか、鳥のさえずりが聞こえた。
暗くなるまで少々時間の余裕もあるためか、魔物に襲われることもなく、無事に来れたことに安堵の声と笑い声も聞こえる。
だが、そんな雰囲気の中、内心穏やかじゃない者たちもいる。
そう、闇騎士団と繋がりのある最後尾にいたDランクパーティーの者たちだけだろう。
「くくっ、見ろ奴らを。あからさまにキョロキョロしているぞ、あれでは怪しいですよと言ってるようなものだ」
光を通さない暗い森の奥へ、しきりに視線を送っている奴らを見てニヤニヤ笑うセレス。
「本当だー、テントとか用意しなくちゃ駄目なのにねー」
セレス……うん、いや、まあ、そうなんだけどな……。
アイツらの役目は闇騎士団が襲ってきた時に、俺たちと、カルバンさんたちを背後から襲うことだ。
その襲撃が無いんだから動くに動けないだろう。
王都まで後二日の行程だ。
ジムの働きで、今日以外の指示は受けていないと確認ができている。
それなら奴らが次にとる行動は、来もしない闇騎士団の襲撃を待ち、緊張の解けない時間を過ごしてもらうだけだ。
「セレス、ヘルヴィ。俺たちも食事と寝る準備をしようか」
「そうだな、寝るのはネクロウの影の中だが、偽装のためのテントは必要だな」
「わたしが食事担当するよー、美味しいスープを作るから期待しててね」
火を起こし始めたセレスの横で、俺とヘルヴィはテントを建てることにした。
食事も終わり夜もふけ、闇の中に焚き火の炎だけが野営地に浮かび上がっている。
もう俺たち三人以外はテントに入り、満天の星空の下には俺たち以外いない。
パーティー単位の交代で夜警をしているのだが、魔物や盗賊の襲撃の警戒と、広場の中央で火を絶やさないようにするだけだ。
そしてカルバンさんの采配で、俺たち三人は最初の夜警当番になった。
カルバンさんの説明によると、最初にやるのが一番翌日に疲れが残らないそうだ。
そしてカルバンさんたちは次に楽な最後、一番ツラい真ん中を、遅刻して来たDランクパーティーの奴らにやってもらうことになった。
ギリギリ開門には間に合ったけど、もう少しでDランクパーティーの奴ら抜きで出発するところだったしな。
というか、アイツらの名前も知らないんだよな。
……王都に到着したら捕縛する予定だ……それなら別に知らなくてもいいかも?
焚き火に乾燥した枝を追加したところへ、ジムが影から器用に顔だけ出した。
……知らない人が見たら驚くだろうな。
『ネクロウ様たち、寝ても大丈夫』
「ジム、ありがとう。だけどこれも護衛の仕事の一つだからな、三交代だし、後半は寝れるから頑張るよ」
「うんうん、ジムさんも休んでね、今はあの人たちも寝てるんでしょ?」
「そうだぞジム、見張る必要がないならゆっくりすればいい」
『了解、なら悪戯してくる』
そう言ったジムは、呼び止める間もなく影へと沈んでいった。
「悪戯か、何をするのか楽しみだな。セレスよ、何と予想する?」
「うーん、わたしならそーだねー、寝れないようにくすぐっちゃうとか?」
中々可愛い悪戯だな。
「ほほう、それは面白そうだが面倒だろ? 我なら痒くて仕方がなくなる薬を盛る一択だな」
……野営で寝ようとしてるのに痒くなるとか、最悪だな。
虫にでも刺されたと思うだろうし、何より寝られるはずがない。
地味にイライラするのは耳元を飛ぶ蚊の羽音とか最悪だよな。
『痒いの、採用』
「え?」
いつの間にか顔を影から出していたジムが、一言だけ言った後、また影へ沈んでいった。
「くくっ、悪者共よ、眠れぬ夜を過ごすがいい」
「あーあ、絶対明日はヘロヘロになってるねー」
ヘルヴィを真似たのか、セレスもニヤリと笑い、Dランクパーティーが寝ているテントに視線を向けた。
……二人は悪い顔をしているつもりなんだろうけど、可愛いだけだからね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
side トリューガー
あの御方の側近の屋敷なだけはあるようだな。
広い応接間の至るところに金をふんだんに使用した装飾品の数々。
それに、このソファーも床に敷き詰められた毛足の長い絨毯も、部屋を明るく照らすシャンデリアも、そうそう買えるような安物ではないだろう。
部屋の中を品定めしていると、一人のメイドが部屋にやって来た。
「トリューガー様、お待たせいたしました。旦那様がお会いになるそうです」
急な夜の訪問に伯爵家当主が対応してくれるとは……話せても明日の朝と思っていたが……。
いや、当然のことだな。
今まで届けた献上の品は今回の十人と、オマケの二人をいれれば百を超える。
現状誰も達成できていない百人という一つの壁をここ数年で超えたのだ。
その俺様が来てやったのだ、伯爵家当主といえど礼儀をもって対応せざるを得ないだろう。
くくっ、さすが俺様。
他の誰よりもあの御方に俺様は貢献しているということだな。
「案内を頼む」
「はい。では、残りも皆様は、お酒と軽い食事をご用意いたしますので、こちらでお待ちいただくようお願いいたします」
「酒がのめるのかよ! やったなモーブ! それに腹も減ってたんだよな」
「モップ、飲みすぎるなよな、暴れてこの部屋の何か壊してみろ、一生働いても返せないぞ」
「わかってるって!」
俺様がメイドと部屋を出るのと入れ違いに、ワゴンを押したメイドが部屋に入っていった。
メイドの案内で通された部屋で待っていたのは伯爵と、いつもあの御方の手紙を届けにくる、黒づくめで顔を隠した男か女かわからないヤツだった。
「来たかトリューガー、まずは座るがよい」
「ご無沙汰してます伯爵様、あ、伝言役も来てたのか」
「はい、近々闇騎士団含め、他のクランの方々も納品がありますので、後援者様方に招待状をお持ちいたしたところでございます」
いつ見ても気味の悪いヤツだ。
たかが伝言役の癖に俺様が部屋に入った時も立ち上がらず、話しかけてもこちらを見もしない。
次、あの御方に会った時には生意気だと処罰してもらえるよう進言してもいいかもな。
いや、払い下げしてもらうのもいいかもしれない。
こういう生意気なヤツを服従させるのは気持ちがいいからな。
ソファーに腰をおろすと、案内してきたメイドがグラスにワインを入れてくれる。
「トリューガー、三人で来たと聞いたが、今回は献上の品は用意できなかったのか?」
グラスのワインを手に取り、一息に流し込む。
「おお、これは美味しいワインですな。伯爵様、心配いりません、今回は予定より多く、質も高いので、楽しみにしていてください」
空いたグラスに、新たにワインが注がれた。
この時、仲間が王城の地下牢にいるとも知らず、追加のワインを喉に流し込んでいた。
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