三章 騎士王女と宮廷魔術師
ソーシアに向かう。そして引き返す。
油性のぎらぎらした水面がゆっくりと下流に向かって流れているのを横目に、リレインを前にリーファがゆっくりと歩いている。本来、急がなければならないのだが、リーファの歩調が思った以上にゆったりとしていて、急ぐに急げない。正規の守護騎士ではない仮の守護騎士という立場上、リレインは宮廷魔術師であるリーファに文句も言えなかった。
言えないだけで、鬱憤が溜まるのは否めないのだが…。
「リーファさん?もう少し急ぎませんか?」
距離が離れて振り返りざまに尋ねると、リーファが追いついてにこりと微笑む。
会話という会話がなかった。成立しないのだ。どんな言葉を投げかけてもリーファはにこにこと微笑むだけで、まともな返事を何一つしない。クアッドはよくこんな子と一緒に旅をしていたものだ、と思えるほどコミュニケーションが取れないのだから、リレインは頭を抱えたくなる。
「大丈夫だよ。日没には着くと思う」
「日没には戻りたいんですよ。私は…」
うんざりとするとリーファがまたにこりと微笑む。
「知ってる?二人ほど私たちの後ろをついて来てるの」
「え?」
突然そんなことを言われて、リレインがリーファの後ろを見ると、こそこそと物陰に隠れるようにしている男たちがいた。
「いつから?」
「街を出た辺りからかな?」
リーファが小首を傾げる。リレインはその尾行に全く気づかなかった自分の失態に気づいた。彼女はゆっくり歩いていた訳ではない。ゆっくりと歩いて相手の出方を見ようとしていたのだ。諜報員として、自分に付く尾行や監視に対して敏感でなければならず、そのための教育を受けていたはずなのに全く気づかなかった。リレインはリーファの感知に驚く。伊達に宮廷魔術師ではない、とリーファに言われている気がした。
「どうします?」
リレインが剣に手をかけると男たちが身を隠した。
「ダメだよ。こっちは気づいていない振りをしていなければならなかったのに」
リーファが「あーあ」と呟いて歩き出す。
「申し訳ありません」
リレインが頭を下げてリーファの後ろに付いて歩き出す、後ろから強襲される可能性のほうが高いのだから、前に出るより後ろに立っていたほうが守りやすい。騎士が前、魔術師は後ろという陣形は基本ではあるものの、教科書に書いてあるだけでは戦場では生き残れない。常に戦場では前が後ろで後ろが前でもある。どちらが前、というわけでもない。
「リレインさん、三十歩程歩いたら、そのまま後ろを見てくださいね?」
「はい?」
リレインは何を言われたのか理解できず、とりあえず自分の歩を数える。
十。
二十。
三十。
突然、目の前に居たはずのリーファの姿が消える。驚いたが言われたまま振り向くとリーファがかなり後ろのほうに立ってこちらを見ている。そして二人の間に、例の男たちが挟まれるようにして立っていた。驚いたのはリレインだけではなく、男たちも左右に首を動かして酷く慌てている。尾行、とは後ろに付くもので前に出るものではない。そんなのは彼らにも十分わかっている。が、いつの間にかリーファを追い抜かしてしまっていることに動揺しているのだろう。
「そういうことならっ!」
リレインが駆け込みざまに剣を抜いて一人の男に剣を付き付ける。リーファも掌をこちらに向けてにこりと微笑み、男たちが両手を挙げた。
「なんで付けて来たの?」
「お前がこそこそお屋敷の周りをうろついていたからな。気になって兄貴とつけてきたんだよ」
「兄貴さん?」
リーファがもう一人の男に尋ねると、男が頷いた。
「幻影魔法か?」
「はい。私の姿を消して、幻影の私に注目してもらいました。歩くペースをさらに下げてあなたたちが接近したときに幻影を解けばリレインさんだって振り返るでしょう?」
「打ち合わせという打ち合わせはなかったけど、リーファさんとクアッドっていつもそんな感じで行き当たりばったりなわけ?」
リレインがため息を吐くとリーファが苦笑する。どうやらそうらしい。
「お屋敷、ハイラインさんの?」
「そうだよ。そっちのここら辺じゃ見ない女騎士がうろついてたら何かあると思うだろ?」
「何かはあったけれどね。見たところ騎士じゃないみたいだけど、ハイラインの雇った盗賊かしら?」
リレインが尋ねると男たちは「はい、そうです」とは言わない変わりにたじろいでいる。それでは自白しているのも変わらない。
「向こうはクアッドと師匠がどうにかしていると思うから、私たちはソーシアに向かいましょう」
「そうですね」
リレインが剣を収めると男たちがきょとんとした。
「俺たちをどうこうしないのかい?」
兄貴と呼ばれた黙っていた男が尋ねてくる。
「どうこうされたいなら、先ほどと同じように尾行して来てください。警告します、私たちに危害を加えて進行を遅らせようとした場合は、無力化させていただきます」
リーファがにこり、と微笑んで会釈して歩き出す。二人の男は項垂れて着いて来ようとはしなかった。
「ところで、ハイラインさんの雇った盗賊というのは?」
「ん。えっとですね。私が街で得た情報では、ハイラインさんと付き合ってる町民の娘がいたらしいんですけれど、その子は飲み屋で歌を歌っている子だったんです。まぁ、あの母親はそれをよく思わなかったらしくて、別の盗賊団にその子を抹殺するように金で雇った。ハイラインは相手の盗賊を討伐するときにその事実を知って、今度は同じように盗賊を雇って娘を誘拐させた、ということらしいですよ」
「短期間でよく調べたものだね」
リーファはリレインの行動力と情報収集能力に感嘆すると、リレインが照れたのか頬を掻く。
「ハイラインさんがすぐ側にいたので、道具屋の主人にその内容を書いた紙を預けて、ダイキに知らせたの。後はダイキからクアッドに情報が伝わってどうするかは二人が決めるでしょう」
法務執行権は騎士団が持つが、諜報部員であるリレインはその権限を持たない。要するにクアッドに一任する以外方法はないのだ。
「今ごろ、クアッドとハイラインさんが喧嘩してるね」
リーファがふと背後を振り返る。
「クアッドのこと知ってると思うけれど、騎士団時代の彼は強かったし、大丈夫だとは思いますけどね」
リレインはクアッドと一度だけ、中央騎士団の訓練で手合わせしたことがある。彼は剣を抜かない戦いを好み、剣を抜けば怒涛の攻めを見せる。一太刀で確信する事…あれは「鬼神」だ。父ですら手古摺るだろうと言う騎士の申し子。だが彼はまだ若い。その父、騎士団長の言葉が気になった。
「リレイン、クアッドなら大丈夫だよ」
リーファがまるで自分に言い聞かせるように言った。
剣を抜いた。
クアッドは剣をゆっくりと左手で握り、そこらへんの棒を拾ったかのようにだらりと腕を下に落としている。
「ハイライン、君はとても強かったよ」
滴る血が剣を滑り、地面に落ちると赤い染みが広がっていく。
「君は確かに、愛する者のために剣を振るい、俺を自らの道のために排除しようとしたんだね」
見下ろすハイラインは目を見開き、首から下を失った状態でこちらをなお睨みつけている。
ダイキが娘を連れてきた瞬間、クアッドは剣を抜いてハイラインを腕、胸、下腹、両足に切断した。瞬間的な斬劇だ。ピッと閃光が走ったと思った瞬間、ハイラインの身体が崩れた。文字通り、立っている彼の関節のつなぎ目が瓦解するかのごとく、崩れた。
返り血一つ浴びず、ただクアッドはそのハイラインであった者を見下ろす。
「騎士とて、道を踏み外せば外道と変わらん」
ふと、ダイキが連れた少女を見てクアッドは首を傾げる。
震える手を口元に当てて、目を見開き、涙を流して何事かを呟く少女と殺戮の現場、そしてその正義を振るう両者の剣の片方は地に堕ちて、片方には剣が錆びているかのように血が伝っている。
「…クアッド?」
ダイキがハイラインを横目で見ながら呼びかける。
「師匠、この人はたぶん、幸せにはなれないよ」
クアッドはぴっと剣を振るって血を飛ばすと、少女の頬にそれが付着して涙と混じった。
「行きましょうか、ソーシアへ」
「ああ」
クアッドは頷くと剣を収めて立ち去る。二人の背後で少女はハイラインの身体を拾い集めて、一つにまとめていた。綺麗な洋服が血に染まることも問わず、その作業を続けてなお、涙を止めることは叶わないだろう。
「斬る必要はありましたか?」
「あった」
ダイキに聞かれてクアッドは即答した。
「もし、俺があそこで彼をねじ伏せたとことで、彼は死んだよ。それだけ気高い人間だ。正義、とは人の中にある揺ぎ無い絶対的なもの。彼は愛する者のためにした自らの行いを絶対にしているからこそ、生死を問わず俺に立ち向かった」
「騎士道に背きながら、心の芯から騎士だったわけですか」
ダイキは理解できませんね、と苦笑する。
「戦えば自害するハイラインと戦って俺に惨殺されたハイラインを見る。どちらの選択肢も彼女にとっては辛いことかもしれません。けれど、あの子は復讐を糧に生き続けるでしょう。それは、悲しみを抱えて生き続けるより容易いんです」
「その復讐の対象が自分であっても構わない、と?」
「少なくともこの剣は、悲しみしか生まなかった」
クアッドは剣を手で押さえて、涙を流していた。
愛とはそれほど残酷なものか、と問うが答えが返ってくることは無い。ハイラインが騎士でなければ、あの母親が愚考を犯さなければ、もっと違う形になっていたのかもしれない。
「納得、してはいないんですね」
「してません。むしろできません。ハイラインの野郎、なんで生き続ける選択をしなかったんだか…あいつは剣を振るった。言葉が聞こえた」
確かに感じた、彼の言葉。
君は正しい騎士だ。だからこそ、私を斬らなければならない。私は絶対に君に勝つことはできない。何故なら私も騎士で君も騎士。ならばどちらの騎士道が間違っているのか、明確だからこそ、私はここで死のう。
「死を覚悟した目をしていましたからね」
ダイキが哀しそうに背後の少女を見る。だいぶ遠いが彼女は膝を突いてハイラインの身体の上に覆いかぶさった。
「死んだか」
クアッドは振り返らずに、呟いた。
「騎士とは、ただ一つの純愛も守りきれないものか」
見上げた空は、気持ちいいほど晴れている。
悲劇は名家の騎士と酒場の少女の物語。
互いに惹かれ合い、それをよく思わない者からの被虐を受けた少女。
その陰謀を知った騎士は自らと少女を作為的に消して…姿をくらまそうとした。
たった一つの、勇気ある逃避行。
そこに居合わせた騎士。
騎士道を守る騎士に異端の騎士。
相、対すればどちらも剣を抜くのは必至。
そうしなければならないのか、と自問自答しつつも彼は騎士を斬る。
そして少女は愛する者を失い、その傍らで同じように倒れた。
そういうお話。
「ハイライン指揮官が死亡。賊は?」
「同じく、全員消えてもらいましたよ。彼の名誉のために相討ちということで処理しますね?」
「そういうことにしておきましょう」
クアッドは頷くと、ソーシアへと急ぐ。
ソーシアにて分隊長からハイラインの代わりの指揮官を街に送ってもらえば戻る必要もないだろう。リレインがソーシアの街から引き返す途中に合流できればいい。
「この結果まで予想して私も止めませんでしたが…良かったと思えないんですよね」
「…」
クアッドとダイキが川沿いに戻って上流に向かって歩き出すと、途中、薄汚れた格好をした男たちが川を眺めているのを見つけた。
「失礼、青い法衣を来た女性と騎士の女性が通りませんでしたか?」
ダイキが尋ねると、男たちは顔を見合わせる。
「上流のほうに歩いていったよ」
「ありがとうございます」
ダイキが頭を下げると、黙っていた男のほうが首を傾げる。
「そっちの騎士さん、血の匂いがするね。俺たちと同じ匂いだ」
「兄貴、何を」
もう一人の男が喧嘩はもうたくさんだ、ともう一人の男に弱ったような声を上げる。
「斬ったからな」
クアッドが答えると、兄貴と呼ばれた男は頷いた。
「人斬りは俺もお前も変わらんのに、どうしてお前たちは許されるんだろうな」
「さぁね」
クアッドは苦笑して「じゃあな」と手を上げると、兄貴と呼ばれた男が頷いて「じゃあな」と答える。
俺もお前も変わらない、か。
クアッドはその通りだな、と思うと川を眺めた。
淀んだ川の流れが血の匂いを洗い流してくれるかと思ったが、油の鼻につくような匂いが余計に気分を悪くさせる。
「きさまらああああああっ!」
リレインの声が響いて、クアッドとダイキが顔を見合わせて駆け出す。
ソーシアまであと少しの場所で、剣と剣のぶつかり合う金属音と魔法の爆発音が響く。
「何事ですか!?」
「どうした!」
クアッドがリーファの前に立って守護騎士の任務に復帰し、ダイキがリレインの隣に立つ。四人の見慣れない洋服を着た男たちがこちらに向かってサーベルの切っ先を向けた。
「月下の淡光により守護されたし」
リーファの魔法で四人が光の球体に守られると、男たちのサーベルから放たれた光が球面に当たって霧散する。
「これは…」
ダイキが顔を顰めると、男たちが同時にリレインとダイキに向かって飛び掛る。一人が高く飛び、一人がそのまま走りこんで来る。ダイキが鉄扇を広げて手首のスナップを利かせて左手から鉄扇を飛ばすと、飛び掛ってきた男がサーベルでそれを弾いた。バランスを崩した。ダイキはそれを見て低い姿勢で駆け込んでくる男に集中する。バランスを崩したほうは後回しで十分。右手の鉄扇を畳んで、サーベルと鉄扇がぶつかり合い激しい音がする。手首を返してサーベルを叩き落して、ダイキが左脚を抉り込む様にして蹴り込んで、転ばせると鉄扇を帯に挟んで開いた右手で男の手首を掴んで地面に伏せさせ、膝で首の骨を押さえ込んだ。ごきゃっと音がして動かなくなる。すぐに着地して姿勢を整えて再度跳躍して上から攻撃しかけてくる男を見上げて、ダイキが左手を懐に入れて何かを放り投げると、眉間にそれが突き刺さって男がダイキの上を通過して倒れこんだ。
上下のコンビネーションを見て、リレインが剣を握り締める。一歩大きく後ろに跳躍して、トントンと細かく後ろにバックステップすると、跳躍した男が膝を曲げて地面に着地して、その反動を利用して大きく前に飛び出してくる。
「はっ!」
掛け声と同時に、バックステップからステップイン。左足を軸に右足を強くけって左回転に周り、剣を横薙ぎにして、跳躍してきた男を叩き切るとすぐ後ろから駆け込んできた男が突っ込んでくる。回転した勢いのままに一回転して、その遠心力を利用したまま上から地面に叩きつけるようにして剣を振り下ろすと、駆け込んできた男の頭が綺麗につぶれた。
「いけません!」
ダイキがクアッドに叫ぶと、クアッドがリーファの身体を右手で抱き寄せて、剣を縦に振るうと矢が剣に弾かれて地面に落ちる。遠くに弓兵が見えるが赤い装飾の施された変わった弓をこちらに向けて構えている。
「洋弓」
ダイキが目を細める。
「クアッド」
リーファが輝く光の弓をクアッドに手渡して、同じく輝く矢を渡されたクアッドが弓に矢を番える。
「はっ!」
ぴんっと弦を弾く。番える、弾く。番える、弾く。
見事な三連射で木の陰に隠れた男たちが頭から地面に叩きつけられて、攻撃がやんだ。
「どうぞ」
クアッドが捨てた剣をリーファが手にして、差し出してくる。弓が手の中で霧散して、クアッドは剣を受け取った。
「咄嗟とは言え、剣を捨てちまうとはね」
クアッドが苦笑するとリーファが「だねぇ、騎士の風上にもおけないねー」と呟く。
「さすが、元ハンターですね。弓の扱いは得意ですか」
「まぁ獣より人間のほうが当てやすいとは思ってはいましたよ」
ダイキにクアッドが苦笑してみせる。村に居たときは獣を狩ってはそれを食料としていたのだから、弓の扱いはお手の物だ。さらにリーファの魔法弓は風の影響を全く受けないのだから、狙いを定めて弾くだけでほぼ、思ったとおりの軌跡を描く。これほど楽な射的もない。
「んで?どうして襲われたのか、教えてくれるか?」
クアッドがリレインに尋ねると、リレインがソーシアの方角を指出す。
「ソーシアが全滅しているわ。私たちはもう少し先まで近付いたんだけど、追い返されちゃってね」
「待て、どういう連中だった?」
「私たちの村を襲った連中と一緒の格好をした人たちだよ」
リーファに言われてダイキとクアッドが顔を見合わせる。
「異邦人っぽいよね」
リーファがリレインを見ると、リレインが頷いた。
「私たちの知らない武器や軍隊だったし。アーミルスの軍の人も混じってたよ。ていうかもうすぐそこは王都グロリアスじゃない。どうするの?」
リレインが困ったようにクアッドに尋ねるが、クアッドも目を細めるだけでいい案など出てこない。
「河川を封鎖した理由は…それですね」
ダイキがふむ、と悩むとクアッドも納得した。船で行けばグロリアスにすぐ到着できるがその手段を防がれた。迂回するにも源流の街ソーシアを経由しなければグロリアスにはいけない。異変に気づいているのはこちら側だけで完全に分断されてしまっているのならば、これはもう手の打ちようがない。
「どうする…どうする…」
クアッドがぽん、と手を叩く。
「強行突破は作戦に含まれませんよ」
ダイキがすかさずクアッドを「頭の弱い残念な子」を見るような視線で眺めると、クアッドが肩を落とす。
「強行突破するつもりなの?」
「それしかないだろ。リーファ、装備換装してくれ」
「はいな」
リーファが目を閉じると、何かの詠唱を始める。
「魔術理論導入された鎧ですか…?」
「そういうこと」
ダイキが頷くと、リーファがにこりと微笑む。
「行きます」
「あー」
クアッドにリーファがゆっくりと右手を差し伸べて、ぽん、と人差し指でクアッドの額に指先で触れる。クアッドが空を仰ぐと、つぅ、とリーファが指先を額から鼻の頭、唇の上、喉、胸と滑らせる。
「なんかエロくない?」
リレインが頬を赤くすると、ダイキが苦笑する。
閃光が二人を中心に発生して、ダイキとリレインは思わず目を閉じる。
「完了です」
「魔術機甲甲冑の装備を確認。異常なし」
真っ青なフルプレートアーマーを装着し、頭にドラゴンを模したようなヘルムは左目を覆うようにガードが着いている。
「全身、甲冑で覆ったりと大仰しいですが…重たくないんですか?」
ダイキが唖然としてクアッドを見ると、クアッドが親指を立ててみせる。
「実はこれ、普通の服着ているくらい軽いんですよ。まぁ見た目が派手なんでいつもは着用していないんですけど、ね」
「あとこれを使用するのは王国から禁止されちゃったんで、あまり使うことはないと思ってたんです」
リーファがてへ、と笑う。
「にしては余計な…装飾が目立ちますけど」
「これはリーファの趣味だしな」
クアッドが身体を見下ろす。肘や膝の部分に無駄に尖がった部品がついていたりする。
「腰に下げている剣は何ですか?刀身がありませんね」
「これはね」
クアッドが左右に腰に装着されている短い棒のようなものを握ると「ぶぅん」と輝く刃が伸びる。
「レーザー兵器」
ダイキが小さな声で呟くと、リレインが目を丸くする。
「まぁ色々装備品が多いんだけど、全部リーファの魔力を使ってるからあまり無理はできないんだ。ちょっくら街を見てくるとしよう」
クアッドの背面から三対六本のウィングが飛び出して、足の裏、腰、肘、背中から淡い光が収束すると、それが一気に噴出する。
どんっと地面を蹴っ飛ばすような音と同時に文字通り空を飛んでいくクアッド。
「クアッド、無理な戦闘はしないように。市民を巻き込むことはあまり気が進みません」
リーファの声が鎧越しに聞こえてくる。これもこの鎧の便利な点だ。
「了解した。とは言え、ほとんどの住民は外にすら出てないな。あの緑色の服を着た連中が街の至るところにいる。つーかこの街、あまり大きくないよな」
断崖絶壁を背にしている街なので、通路の間に家が立ち並んでいて宿などが並んでいるだけの街だ。
「着地して、敵性勢力を潰す」
「はいな」
高さ十八メートルから滑空して地面を滑るように高速移動しつつ、兵士たちを二本の剣で通り過ぎざまに斬る。相手は何が起こったのか理解できないまま、そのまま崩れていく。
レンガ造りの道路がクアッドの一歩で大きく抉れて、形を崩し、十メートルを秒単位で駆け抜ける。
「偉そうなおっさんがいる」
「強行しましょう」
クアッドは頷くと、その男の首をはねた。
長さ二百メートルの街道沿いの街の通路が全て赤く染まった。
クアッドは街の出口に到着して、くるりと振り返る。
「クアッド、高魔力反応、上」
言われて頭上を見上げると、閃光がクアッドの前に降り立つ。衝撃と風圧でクアッドが腕で顔を覆うようにして隠す。
「魔術機甲甲冑?まさか…」
「はぁ?」
クアッドは女の声に相手を見ると砂煙が消えてその姿を確認した。赤いフルアーマーでクアッドよりも身体にフィットするように作られているのか、女性であることがわかる。フルアーマーとは言いようで鉄製のブーツ…クリーブのようなものを履いていて大腿部が見える上にスカートのような短い腰巻のようなものを装備していて、見目女性であることはわかる。五指ガントレットは肘までで、二の腕も露出しているためにその防備性は疑われるが、見た目重視の装備であることは一目瞭然だった。
「魔術機甲甲冑…お前のもか?」
クアッドが尋ねると、顔面を全て隠している相手がゆっくりと頷いた。
強い…な。
とりあえず戦闘か。
クアッドはサーベルをオンにするとぶんっと刃が現出すると相手も同じようにサーベルを抜いた。
「ライトアーマーだとしんどいわ」
ばしゅっと音がすると少女の甲冑がパージされてさらに露出部分が増える。脚部、腕、胸だけをガードする形で残った甲冑の断片。
「え?うそぉん」
クアッドが思わず呟くと、碧眼の美しい少女がその長い青い髪の毛をはためかせて、クアッドの眼前に迫った。状態を仰け反らせて横薙ぎを交わす。熱風のような剣戟が鼻先を掠める。
「待て!待ってくれ!いえ待ってください!第三王女!」
クアッドが片手で制すると、背後に回り込んだ少女が剣の切っ先をクアッドの後ろに突きつけていた。
「俺は…君主に対して向ける剣を持ち合わせては居ない」
「…お前、クアッドか?クアッド・アルマーティー?」
「はい」
クアッドが魔術機甲甲冑を解除すると、少女も魔術機甲甲冑を解除した。
「クアッド…」
後ろからぎゅっと抱きつかれてクアッドが苦笑する。
騎士王女、スティラ・シュバイツ。名実共に剣術において右に出るものはいないと称された騎士の中の騎士。十四にして既にその剣術は完成されていると称され、クアッドと共に戦ったことのあるかわいらしい少女は今年で十六になる。
「クアッド、まさかソーシアに駐留してるアーミルスの軍人をもう片付けたの?」
「ああ」
クアッドが立ち上がると、くるっと一回転してスティラと向かい合う。
「ディム・スティラ。ご無沙汰しております」
騎士の正式な挨拶をするために跪くと、スティラがぽんとクアッドの肩に手を置いた。クアッドが立ち上がると、またクアッドの後ろからスティラが抱き着いた。
「ディム・スティラ?」
「ディム・スティラだ」
リレインとリーファが目を丸くすると、ダイキがこそこそと建物の影に隠れて逃げ出す。
「リレインさんとリーファさん。お久しぶりです」
スティラに言われて、二人も正規礼をするとスティラがうなずく。
「どうしてここに?」
「下流の街の変貌を聞いて私が軍を率いている。まぁ私は魔術機甲甲冑があるから早く着いたんだが、アーミルズ軍を既に片付けられているとは思わなかったよ」
スティラがクアッドの頭をぽんぽんと叩き、クアッドが苦笑する。
「クアッド、貴様には勲章をくれてやる。ダイキ!」
急に声を張り上げて三人が驚くと、ダイキが顔半分だけ建物からこちらを覗くようにさせて見ている。とてもいい大人のすることではない。
「わが国最高の軍事顧問が何をしているかと思えば…なんだその姿は」
「これですか?」
袴姿を見せ付けるようにして物陰から出て来るダイキに、スティラがため息を吐く。
「ダイキに伝令を伝える。我が軍に合流せよ。騎士団長もその旨を了承している」
「残念ながら姫さん、私には力不足ですよ」
ダイキがすっとぼけるように言うとスティラが「そうだろうな」と呟くとにやりと笑った。
「いいのか?中央に居る昔の女がお前のことを探しているんだが、そのことを騎士団長に言うか?」
「…」
ダイキはしこたま嫌そうな顔をしてみせる。
「だからあれはそういうものではなくて、ですね」
「私は構わん、お前がどんなに否定しても騎士団長の妹君はどう思うか」
「…」
ダイキは頭を抱えて小さくなる。クアッドとリーファは顔を見合わせると嫉妬深いダイキの嫁の姿を思い出して苦笑した。
「とりあえず、報告ですかね」
ダイキが今までの経緯を話すと、スティラが険しい顔をしてその内容を聞いていた。
故郷の村の襲撃事件、ハイラインの行動の二つが大方だが、スティラは目を閉じる。
「我が帝国はこの川を最終防衛ラインとすることが帝国議会で発表された」
「へ?」
クアッドが思わぬことを言われて目を丸くする。
「アーミルズは思ったより戦力を拡大させていてな。クアッド、リーファの二名は国内の内陸部に戻って欲しい」
「了解です」
クアッドが簡易敬礼すると、リーファがじろりとクアッドを見る。
「で、ディム・スティラ。いつまでクアッドに抱きついているんですか?」
「…私のものに何をしようと関係ないだろう」
クアッドは後頭部に当たる幸せな弾力を感じながら鼻の下を伸ばしっぱなしにしていた。
国の騎士は全て国民のものであり、それは王家の至宝である。故に言い方はずい分齟齬があるが、間違いではない。
ぎゅうっと抱き締めるスティラにクアッドが嬉しそうに笑っている。
「姫、成長しましたね〜」
「そうか?私もそう思うが、騎士をやっていると色々と不便だ」
「ぐぅ」
リーファが親指の爪を齧って、呪い殺すような目でクアッドを睨む。
「クアッド、お前の相方はどうしてああ、何というか心の狭い女だ」
「姫、はしたないですよ」
リレインは今にも魔法を乱射しそうなリーファに変わって、クアッドとスティラを離すと、スティラは不満そうな顔をしている。妙に子供っぽい、いたずらっ子のような顔をしているが、その横顔も妖艶でドキッとする。
クアッドはどぎまぎしていると、リーファがクアッドの手を握った。
「クアッドは私のです」
「お」
ダイキが面白そうに声を上げると、リレインも驚いた。
「宮廷魔術師の分際で何を偉そうに。騎士は全て私のものだぞ」
「じゃあ他でもいいんですよね?クアッドは私がもらいます!」
「いや、他のものは好かん。私はクアッドがいい」
「わがままです、横暴です!身勝手です!」
「うるさい小娘だ」
スティラがふっと立場の違いからか鼻で笑うが、あんたも同い年の小娘だろう、とクアッドは喉まで出掛かってそれを飲み込む。
「姫!ディム・スティラ!勝手な行動は自重してくださいと言っているでしょう!」
二十後半の男が走ってやって来ると、スティラは煩そうな犬を見るような目でその男を見た。
「何だクロイツ。騒々しい」
クロイツと呼ばれた男はぴっとスーツを着込んだ、如何にも細かそうな男だ。めがねをくい、と上げて「はぁ」と嫌みったらしく聞こえるようにため息を吐く。
「お、陰険クロイツじゃないですか」
「な!」
ダイキが「やぁ」と気楽に手を当てると、クロイツは咳払いして、そそくさと逃げるようにしてその場から去っていく。
「クロイツを軍師として同行させているんですか?」
「ああ、あいつは悪知恵が働くからな。お前ほどではないが」
ダイキは言われてにこりと爽やかに微笑む。
「わーい、褒めらいちゃいましたよー、クアッド」
「俺に振るんかい」
クアッドが頭を抱えると、リレインは面々の顔を見て首を傾げる。
貴族でもない普通の人間が、立場の違う人間にどうして顔と名前を知られているのか興味を持った。
「とりあえずクアッド、お前は守護騎士などやっておらんで宮廷守護騎士になれ。私の側にいろ」
「だめです!」
スティラがさらっと言うとすぐさまリーファがぐいっとクアッドの手を引いて、大切なものを守るように抱き締める。
「クアッド?」
スティラが上目遣いで潤んだ瞳を浮かべてクアッドを見上げるようにすると、クアッドがたじろぐ。
「城で私を押し倒しただろう?忘れたとは言わせないぞ?」
「ええ、まぁ」
クアッドが困ったように答えると、リレインとリーファが信じられないような目でクアッドを見る。
「相変わらず鬼畜ですね。あなたは。美しいものには目が無いんですか?」
「いや、うん、暗殺されそうになったところを押し倒して助けたってことなんだが…」
クアッドはため息を吐くと、リレインが「なるほどー」と呟く。
「…私だってクアッドとは色々あるんですから!」
「ほう?」
スティラが勝ち誇ったように笑む。
「お医者さんごっこだってしたんですよ!」
「ぶふー」
クアッドがリーファの胸の中でもがくと、リーファが離すまいと力を込める。
「クアッド、あんた一体…つーかクアッドって、中央でも色々と勘違いされるようなことしてたのよね」
「ほうほう、興味深いですね」
リレインにダイキが瞳を光らせる。
「街のほうの遺体は収容しました」
そこにクロイツがやって来て報告する。血のついた壁や通路、アーミルズ軍兵士の遺体が次々と片付けられていった。
「…これはどういう状況ですか?」
「見て分からない?」
リレインが苦笑するとクロイツはクアッドを奪い合うようにして引っ張っているリーファとスティラを見て首を傾げる。
「ダイキ、説明を…」
「我が王国は一夫多妻制じゃないのがそもそもの原因かと」
「あ…あぁ」
クロイツは左手を額に当てると大仰に空を仰いだ。
「クロイツ、貴様に軍を預ける。私は一度王都に戻るぞ」
「はい?」
突然言われてクロイツが表情をあまり変えずにスティラを見る。
「軍を預ける。私は王都に戻る。クアッドと一緒にな」
「それは困る」
クアッドが疲れ切ったように言うと、リレインが「だろうねー」と呟く。唯でさえ収集が付きそうにない状況なのに、第三王女スティラまで同行とあってはどう事態が転ぶか、わかったものではない。
「私も一応騎士団長に会わないといけないので…」
「ダイキ、面白いものが見れるからって…後でどういう風になったか教えてくださいね」
「ええ、もちろんですとも」
クロイツとダイキが「ふふふ」と笑んでクアッドを見ると、クアッドがついに力尽きた。
ダイキとクロイツは互いに嫌悪しているようだが、その実、気が合うのではないか?とクアッドは疑問を持った。
「最後の良心は私だけですか…」
もう、泣きたい。
リレインはぐっと涙を堪えて、一気に騒々しくなったパーティを眺めて、ため息を吐いた。
日没を迎えて、軍隊の半分がハイラインの治めていた領地に向かう。罪状は言い渡されないが、戦死したハイラインの変わりに別の指揮官がそこに駐留して、領地は国営に戻されることになる。スティラの配慮で全てがお咎めなし、彼は英雄として死ぬことになる。
クアッドたちは軍の拠点に移動して、一晩を過ごすことになる。
「リーファさんってあんなに喋る人だったんだね」
クアッドが焚き火の前に座っていると、後ろからリレインが近付いて来た。山間部の夜は冷える上に、ここは川の源泉で湧き水が出ている場所でもあるために湿度も高く、夜になると濃霧になって視界が途端に悪くなる。そのために篝火を至る所で炊いているので、そこから火を拝借してクアッドが座っていたのだった。
「あー、リーファはよく喋るほうだと思うぞ。まぁいつもは余計なことに集中してるから、口数も減るんだろうけど」
「余計なこと?」
リレインが首を傾げると、クアッドが頷く。
「魔術師連中ってぼーっとしてる奴多いだろ?」
「あー。言われてみれば」
何処と無く心ここに在らずという感じがして、不気味でもある。そういう面ではリレインは魔術師たちがあまり好きではない。
「あれは世界中のマナの流れを見て、常にそれをどう利用するか考えてるから、なんだと。そっちのほうにばっかり意識が流れてるから、あまりこっちのことは見えてないって言うか…そんな感じなんじゃないのかな」
「つまり、魔術バカ?」
リレインの言い方にクアッドは苦笑すると、そうかもしれない、と思った。
「リレインは魔法騎士のほうが向いてたんじゃないのか?」
クアッドはふとそう思って口にすると、リレインがすとん、とクアッドの隣に座った。
「あんたも私も適正が足りないって言われたじゃない」
「俺は適正が足りないんじゃなくて、全く無いって言われた」
クアッドが否定すると、リレインは「あら」と呟く。
「簡単な魔法なら使えるリレインと違って俺は騎士っていうより剣士上がりだからな。どっちかって言うと向いているのは弓兵のほうだし」
「あの射的はすごかったけどね。でもあんたはやっぱり騎士が向いてるよ」
「ん?根拠のない応援だな、それ」
クアッドが眉を顰めるとリレインが丸くなる。
「二年間の士官教育を受けるとき、あんたが私を励ましてくれたから、私卒業できたんだけどなぁ」
「それは興味深いですね」
「出た!」
ダイキがひょっこりと霧の中から姿を現して、どっこらしょっと焚き火の向こうに座る。
「ひどいですねぇ…人の幽霊か何かみたいに」
「それよりも性質が悪いわよ」
リレインがため息を吐くとダイキがくすくすと笑う。
「ねぇ…そう言えばクアッドはどうして中央に出てきたの?騎士になるんだったら別に地方でもよかったんじゃないの?」
リレインに聞かれてクアッドは「あー」と思い出すように火を見つめる。
「俺は…田舎で育てられたんだけどさ。今はない村になっちまったけど、本当に何も無くてさ。つまんなかったんだよね。食い物だって毎日自分たちで調達しなきゃいけないし、冬になると雪で真っ白になっちまって、家の中でじっとしてるしかない。退屈だったんだろうな」
「へぇ…地方じゃ珍しくないしね。この国はどこでも雪が降るし」
「まぁね」
クアッドは火に棒を突っ込んで、炎が消えないようにする。
「まぁ、そんな場所だったから、都会ってすげーとこなんだろうなぁって思ってさ。俺が村を出るときにリーファも着いて来たんだ。俺たちは親がいなくてさ、村で育てられた。恩返しするには騎士や魔術師として何か成し遂げて、凱旋して、村をもっと便利で豊かにしようと思ってね。俺は剣を師匠に習ってたし自信もあった。リーファも魔法を師匠に習ってたから、着いて来たんだ。まぁ詳しいことは知らない」
リーファが着いて来た理由は良く分からない。
「王都に着いて事件に巻き込まれて、リーファの魔法資質に気づいた宮廷魔術師団の上野人がリーファを専門学校に入学させてさ。俺は試験を受けたら、士官教育分野で師匠から教えてもらったことがテストに出されて、受かっちまった」
「ダイキって何者?」
リレインがダイキを細目で見ると、ダイキが首を傾げる。
「クアッドは、士官学校入学以来の好成績を残してるのよ。入学テストで満点だったんだから」
「ほぉ、それはすごい。あの難関問題を解いたんですね」
白々しい物言いにクアッドは苦笑する。ダイキの性格を知っているから、小馬鹿にしているわけではない。
「俺は師匠が元王国軍の軍師だったって話を聞いたときに、やっぱりって思ったけどな」
「その話は古い話ですから、置いておきましょう」
ダイキがぱたぱたと手を振ると、クアッドは頷く。
「まぁ俺はさ…子供のころの記憶が余り無くて、村で聞かされたのは俺が十のときに村の近くで倒れてたってこと」
「へ…ぇ」
リレインが何と言っていいのかわからないように、口を噤む。
「ここから」
右の鎖骨辺りにクアッドが左手を当てる。
「ここまで」
左下わき腹まですっと手を伸ばす。
「胸から腹にかけて大きな傷があって、斬られた後が今でも残っててさ。俺が見つけられたときは虫の息だったらしいぜ?」
クアッドが人事のように言うと、リレインは目を細めた。
「噂で聞いたよ。クアッドの胸には悪魔に切られたような傷があるって」
「はは…ガキの頃の傷だから、成長すればそれもデカくなるっての」
クアッドが一笑すると、リレインが「そうね」と俯く。
「俺が覚えてるのは、必至に逃げてたこと」
「何から?」
「わからないよ」
クアッドが答える。
「記憶にあるのは、後ろから抱きつかれてさ。頭から何か暖かいものをかぶったんだ。暖かい液体。それが視界を真っ赤に変えて、血だって気づいた。後ろから守るように抱きついてきた人が母親で、母の身体から冷たい切っ先飛び出してきた、それが滑って俺の肩口に突き刺さったんだって気づいたときには、俺は倒れてて、目の前に母親が目を閉じて動かなかったことだけかな」
力なく倒れてくる母。大人の身体を支えることは叶わず、背中から倒れた。
母がその白い手を自分の手に重ねて、力なく握り…。
「あー」
その後の記憶が無い。
「…さて、夜も深くなりましたね」
ダイキが立ち上がると焚き火の火を消す。
「戻って休みましょう?」
「ですね」
促されてクアッドが立ち上がると、リレインも立ち上がった。
「あんま聞かないほうが良かったかな?」
「別に」
クアッドが大した事じゃないと笑うと、リレインが「あっさりとしてるのね」と苦笑する。
「俺は今でも奴の顔を覚えてるんだ。左胸に十字の刺青のある男さ」
「探してるの?」
「いないよ」
クアッドがにこりと微笑む。
「え?」
「俺が殺したから」
リレインが耳を疑った。
「殺したのさ。母に刺さった剣を引き抜いて、奴を貫いたよ。呆気無かったなぁ。死んだ、もろい。長く生きてくれれば俺も復讐のために追い続けられたのになぁ…」
無表情に言われて、リレインは一歩後ろに下がる。ぎらぎらと瞳が光っている。
「心臓に一突きさ。半分くらい剣が突き刺さってね。少し力を入れるとすっと剣が吸い込まれる見たいに飲み込まれていくんだ」
「…クアッド?」
ダイキがクアッドの様子の変化に鋭い視線を送る。
「あと少しで全部刺さるかな?ってトコで剣が動かなくなってさ。だから抉った。あいつは口を半開きにさせてね…そこから血が溢れたんだ。母と同じ暖かい血が剣を伝わって俺の手を汚した。汚かった。なんで同じ血なのに、こんなに汚いんだろうって思ったよ」
くすくすとクアッドが笑う。
「でも気にしなかった。俺には聖なる洗礼を既に受けていたからね。母親の血で洗礼を受けた俺はどんな穢れた血でも気にすることは無かった」
ふっとクアッドが目を閉じると、後ろに倒れる。
「ちょっとクアッド!」
「大丈夫ですか!」
リレインとダイキがクアッドをベッドに運ぶ。まさか急に倒れるとは思わなかった。
すぅ、すぅと寝息を立てるリーファを見下ろして、スティラがリーファの身体を揺する。
「なに?」
リーファが敵意丸出しでスティラを睨む。一国の王女に対して向ける視線ではないが、そんなのは兄弟たちからいつも向けられているから気にはならない。
「クアッドが倒れちゃった」
焚き火の周りで何やら話をしているのを、偶然聞いてしまった。かわいそうな少年の話を聞いて、リーファの境遇も偶然聞いてしまって居ても立ってもいられなくなったのだ。
「クアッドが?」
リーファが「大変」と起き上がると、スティラがその話を聞いたことを話すと、リーファがきょとんとする。
「ごめんなさいね。貴方たちは自由気ままでそんな昔話があったなんて知らなかったけど、苦労したのね」
「苦労はしてませんよ」
リーファが面倒そうに答える。
「だって、私たちは十分幸せです。自由気ままで、小うるさい使用人も教育係もいませんしね。ひ・め・さ・まと違って?」
嫌みったらしく言われてスティラが顔を顰めるとリーファが苦笑する。
「とりあえず、クアッドのところへ行って見ましょう」
「あなた一人に任せられませんね。動けないクアッドに何をするかわかったものではありませんし」
「しませんよ。心は繋がってるんです」
「…くっ」
スティラが悔しそうな顔をすると、リーファが歩き出す。
「ま、待ちなさい!宮廷魔術師だったら私を後ろから守りなさいよ!」
「今は私、女という仕事ですから」
「ちょっとっ!だったら私も…っ!」
二人がテントの前に近付くと、気配を消す。
中にクアッド以外に誰か居る。
リーファとスティラは息を殺すと中から声が聞こえてきた。
「驚きました」
眠っているクアッドを見ながら、ダイキが口を開いた。
もう戻って休みなさい、と言ったがリレインは倒れたクアッドが気になって自分のテントに戻れずにいる。
「おどろいた?」
「ええ」
何を、どうして驚いたのかリレインにはわからないが、ダイキは思いつめた様にクアッドを見ている。
「左胸に十字の刺青。正しくは鎖骨の付け根というか、そこに装飾十字の刺青をしているのは」
「教会の粛清隊ですね」
リレインが心当たりを口にすると、ダイキが頷いた。
元軍師、ダイキ・ヒュウガ。この男は物知り程度ではなかった。改めて認識したダイキという人物は騎士団長である父が認めるに足る人物でもあった。
「クアッドは粛清隊の十三番隊の隊長の息子でした」
「…」
粛清十三番隊。全土に広がる教会の中でも最も力を持つ部隊。彼らが何を目的として動いているのか、それは教皇のみが知り、教皇のみが指揮を行える部隊。
「あなたのお父さんに聞けばいずれ分かることでしょうが…私は元十三番隊副隊長です」
「ダイキ…。粛清十三番隊副隊長…紅刃のダイキ…」
聞いたことがあった。教義に反する人間を舞うように屠り去る、哀しい瞳の副隊長の話だ。離隊後行方不明になっていた男でもある。
「私と離隊して、私はあの村に隠れて住んでいたんですよ。まぁ、家内が私を救ってくれたわけでしてね。隠居生活をしていました。そこに私に離隊命令を出した隊長が息子を守ってくれと連絡してきましてね。隊長もようやく人の世に出て来れると私は喜んだものです」
「だけれど…クアッドだけが…送られてきたと?」
「そうです」
ダイキが頷くと、リレインはゆっくりと頷いた。
「私にそれを話して、教会内部の諜報活動を行うように仕向けてどうするんです?」
「はっはっはっ、君は察しがいい」
ダイキが試すような視線をリレインに向けると、リレインは苦笑した。
「昔から直接物を言われないような環境で育ったものでしてね。私はそう言う面倒な人たちに好かれるようです」
父が父であり、その娘であるから強く言えない汚い大人たちの物言いなど、生まれた時から今までも変わらず、遠まわしな言い方として聞いてきたのだ。それくらい分からないほど子供でも、無知でもなかった。
「あえて君はそれでも私に質問し返した。利巧ですね」
「褒められている気がしないけれど、あなたなりの褒め方だってようやく気づきましたよ」
リレインが呆れて見せて、ダイキは満足そうに頷く。
「理解って頂いて光栄ですね。それでは理解し合えた記念にこれを渡しておきましょう」
何の記念なんだか、とリレインはダイキが懐から取り出したネックレスの先に着いたペンダントを受け取る。
「教会内部のマスターキーです」
「なぜそれを?」
「私は十三番隊の元副隊長ですから、不名誉除隊されたわけではないのでOBとして内部に入ることが出来るんですが、今回は少しクアッドの側にいてやらなければならない」
「親心、って奴かしら?」
親心、とは違うが、ダイキはうなずいた。
「でも小娘の私がこれを持っていては怪しまれるでしょうし…」
「君ならば大丈夫でしょう。それくらいの技能は身につけているはずだ」
「知っていらしたの?」
リレインが尋ねると、ダイキが頷いた。
「ファルバングの側にあなたは側近として変装して立っていた。あれは教会の連合軍ですからね」
「はは…あなたを追い掛け回したことは謝罪します」
「あと、村の様子を知らない振りして私たちを謀っていたこともですよ。知らない振りしてあなたは私たちに村の様子を尋ねた」
「…ばれているとは思わなかった」
リレインは「残念」と舌を出してみせる。
「リレイン君。国の裏側を見てどう思いますか?」
「…歴史を疑うわけにはいかないね」
リレインは正直に答えると、ダイキはため息を吐いた。
「クアッド君、リーファ君には話すべき時が来るでしょう。それまでは私とあなただけの…スティラ様にも内密に」
「ディム・スティラ、本件の事はご存じない?」
「彼女は王家の中でも嫌われていますからね…。国王とその使用人の間に出来た子です。国王が良き心を持っていたので、庶民であった使用人が女王の冠位に付きましたが…やはり宮廷内でも立場がないのでしょう」
「そう…だったんですか。私はそういうの気にしませんから、よくわかりませんでしたけど」
スティラも奔放な表向きとは裏腹に苦労しているのだろう、とリレインはクアッドの横顔を見る。
「さて、私はつまらない昔の話をするほど、年を取ってしまったようです。ちょっと夜風に当たってきますね」
「はい。戻って来るまでクアッドは私が見ていましょう」
リレインが言うと、ダイキがにやりと笑う。
「くれぐれも…スティラ様やリーファ君みたいにクアッド君に手を出さないように」
「しませんっ!」
リレインが顔を真っ赤にして反論すると、ダイキはくすりと笑って外に出る。




