二章 籠の中の騎士
ぐるり、と四方を十人近い騎士に囲まれてダイキが両手を頭の後ろで組んで立膝を突いている。
「説明していただけますかね?」
ダイキが隣で立っているクアッドに尋ねる。
「いや、俺もよくわからないんですよね…」
森林の街、フォレスティに到着して早々、周囲を囲まれた。そこまではまだ理解できる。こんな時間に外をうろついていれば不審者だと思われても仕方が無いのは想像に容易いのだが…。
「ご苦労様です、中央の騎士様と王宮魔術師団の方」
と言われたのだ。
「説明なさい」
リレインがそう言った男に言うと、男は不審そうな顔をした。
「説明も何も、国境の村を壊滅させた男ダイキ・ヒュウガの指名手配を見て捕らえたのではないのですか?」
「はい?」
リーファが首を傾げると、ダイキもさすがに驚いた様子で周囲を見回す。
「手配書です」
紙切れを渡されると、よく似た人相書きが記されている。
「えっと…師匠?」
「私は知りませんよ」
ダイキはため息を漏らす。
「めんどくせぇや。ダイキ・ヒュウガの身柄は俺、クアッド・アルマーティが責任を持って監視する故、兵を引き上げられたし」
「はっ!」
南方方面軍の指揮官なのか、この街の騎士団の指揮官なのかはわからないが、見た目も無駄に熱い男が指示を出すと兵たちが引き上げていく。近隣の住民は何事かと集まっていたが、それらも解散するようにクアッドが支持を出す。
「兵舎をご利用になさいますか?それとも宿のほうを急がせましょうか?」
指揮官らしき男が尋ねて来て、クアッドが悩むとリーファがそっとクアッドに耳打ちした。
「…クアッド、兵舎だと師匠が牢屋に入れられちゃうから、宿にしよう?」
「だな」
クアッドも納得する。
「宿を取ってもらっていいですかね?兵舎だとちょっと息苦しくて。それに休暇中なんで」
クアッドが申し訳なさそうに言うと、指揮官らしき男が「おお」と大仰に驚いてみせる。
「休暇中にも凶悪犯の拘束に尽力なされるとはさすが中央騎士団の騎士様だ。わかりました、早急に宿を手配させましょう!」
深夜時間帯なのにデカい声を張り上げて男が「おい!」と近くの兵士を呼びつけて偉そうに指示を出す。
「私はこの人が凶悪犯には見えないから、ちょっと調べてみるわね」
リレインがささっと人ごみの中に消えていく。
「師匠、もう立っていいですよ」
「そうですね」
よっこらしょっとダイキが立ち上がるとリーファがクアッドの持っている手配書を眺めた。
「でもどうして師匠が国境の村を壊したって話が伝わってるんですかね。おかしくないですか?」
「私もそう思います」
ダイキがにっこりと微笑む。
「なんで変なんだ?」
クアッドが首を傾げるとリーファがえっとね、と説明する。
「だって、リレインさんは村から連絡がないから様子見に行く途中に私たちと鉢合わせしたんだよ?」
「ふんふん、それで?」
「えっとね…つまり諜報部員のリレインさんは誰よりも早く情報を入手できる立場の人なの。それなのに彼女は村に着く前にこっちに引き返したの」
「まどろっこしいぞ。結論は何だよ」
クアッドが苛々したように腕を組む。
「もう、ちょっとは考えてよ。私たちが村の情報を持っていて、他の誰も村のことは知らないはずでしょ?なのにどうして師匠が村を壊滅させたっていう情報が出回ってるのか、おかしいと思わない?」
「なんで?」
クアッドがきょとんとする。
「他の誰かが知ってたんじゃないのか?」
「知っているわけ無いでしょう?村は壊滅したんですよ?生き残りがいないんです。私以外ね」
ダイキがうんざりとしたように言うと、クアッドが「なるほど」とつぶやく。
「奥さんと息子さんは?」
「家族の人間が私を犯人に仕立て上げるなら話は別ですけど、アレがそれをすると思いますか?」
ダイキに言われてクアッドはダイキの奥さんを思い浮かべる。リーファ以上に天然ボケ系の人だからそれは有り得ない。
「考えてみたけどよくわかりません…」
クアッドがうなだれる。
「私たちにもわからないから、今はリレインさんの調査を待とう」
リーファが指を立ててにっこりと微笑む。
「そうですね。憶測で行動できるような身分ではなくなってしまいましたし…私が犯罪者ですからね」
ダイキは面白い話ですねぇと人事のように笑っている。
「宿の準備が整うまでどう過ごされますか?」
指揮官の男が聞いてくるがどうもこうもない。深夜時間帯の行動など制限されているし、本来は騎士以外は外出すら認められていないのだから、やることなどあるはずがなかった。
「その宿というところに行くけど、案内してくれない?」
リーファがかったるそうに言うと、指揮官の男が右ひじを曲げて左手を胸に当てると頭を下げた。
「はっ、かしこまりました!ではこちらへ」
リーファは引き攣った笑みを浮かべて「ありがとう」と答える。無理して笑っているが、どうやらああいうむさ苦しいのはお気に召さないらしい。
宿に着いて一つの部屋に案内されると、リーファがベッドに倒れこんで眠り始める。
「…早いな」
「疲れたのでしょうね。寝起き、移動でこの事態ですから」
確かに気を張るような事件の連続ではあった。深夜の時間帯は基本的に外出禁止命令が出ているので、夜更かしという概念があまりない。王宮関係の職務につく人間は基本的にそういう人間が多い。クアッドのような騎士たちは深夜になると賭博やら何やらで夜更かしすることも多かったが、魔術師団でそういう話はあまり聞かれなかった。
「師匠はこの先、ちょっと不自由になるかもしれませんね」
「大丈夫ですよ。あと、師匠と呼ぶのは止めたほうがいいかもしれません。私はダイキと呼び捨てにしてください。あと丁寧な口調も止めましょう」
「はい、わかりました」
と、言われてもすぐに変えられるはずも無い。世間から見て犯罪者でもダイキは何もしていないのだし、尊敬する人間だからこそ、そんな簡単に命令できたりするわけもない。
コンコンと窓に何かが当たる音がしてそちらを見るとリレインが出窓を叩いていた。
「入れてくれるかな?」
ダイキが窓を開けると、よっと屋根に掴まった手を離し、身軽にひょいと中に入るリレイン。
「騎士よりも泥棒のほうが向いているんじゃないですか?」
「時折自分もそう思うんだけどね」
ダイキに言われてリレインが苦笑する。
「何か分かった?」
「うん」
ぼふっとベッドに座ってリレインが難しそうな顔をする。
「中央騎士団がダイキ・ヒュウガを指名手配したのは理由が二つあるみたいね」
「一つは村に関わった武装集団ですね?」
ダイキが言うと、リレインが目を丸くした。
「その通りだよ。よくわかったね」
「人生長生きすると色々わかるものです」
ダイキがふふ、と笑う。
「それくらいしか一つ目はわからなかったんだけど、問題は二つ目なんだ」
リレインがぴっと指を立ててくるくると回す。
「本当はダイキ・ヒュウガを騎士団長が探していて、効率よく発見させるために指名手配しているってことがわかったんだ」
「人探しのためにってことかい?」
クアッドがそこまでして探す価値があるのか、と悩む。
「なるほど。騎士団長はカーランド・ウィルソンですね?」
「ダイキさんって何者?」
リレインが怪訝な顔をする。
「騎士団長勅命で指名手配されるってよっぽどのことだよ?」
「うちの家内がカーランドの妹なのですよ。たぶんアレがカーランドに頼んで私を探すように仕向けたのかもしれません」
「大それた奥様だこと」
リレインが頭を抱える。そのために国家の騎士団数万が動いたとなるとすれば、それはそれで騎士団は素晴らしい団結力と行動力を示したことにもなる。しかも局所的に。
「どうしてもグロリアスまで出向く必要が私にも出てしまいましたか。私はもうちょっとあの地域を調べたかったのですが…」
調べるも何も、犯罪者呼ばわりされたまま周辺をうろつく事はできないだろうし、クアッドたちの拘束から逃れたと言うことになれば次は容赦なく攻撃を受けて殺されてしまうかもしれない。さすがにクアッドたちの評価を下げるわけにも行かなかった。
「しかし村を殲滅した犯人かもしれないって言う触れ込みはどうかと思いますけどね」
クアッドがやりすぎだろう、と一人ごちる。
「わかったことは、火急の用って奴があるみたいなのよね。それは私にも調べられなかったから、方面司令官に聞けばいいのかもしれないけど」
「方面司令官っていうとここら辺だと…」
クアッドが悩むと、リーファがむくっと上半身を起こした。
「魔力反応」
リレインとダイキが窓を見ると、ふわり、と光の球が入ってきて炸裂すると同時に影のようなものが出現する。
「通信魔法だね」
クアッドが剣を抜こうとするとリーファが「大丈夫」と教えてくれる。
「ダイキ・ヒューガ」
投影された半透明の大仰な装飾鎧の男がダイキを呼ぶ。
鋭い目付きに尋常ではない威圧感のある男は見紛うことなく、クアッドたち騎士を束ねる騎士団長、カーランドだった。
「義兄さん、お久しぶりですね」
「貴様…斬るぞ。妹を放り出しておいてどの口が義兄さんと言うのか」
「この口です」
ダイキが自分の唇を指差して苦笑すると、カーランドが目を閉じて歯噛みする。軽口を叩かせれば恐らくダイキの右に出るものはいないだろう。
「貴様は放って置くとすぐにふらふらと出て行くからな。そこのクアッド騎士に見張ってもらうために犯罪者になってもらった」
「なんという人権侵害なんでしょうか」
ダイキが呆れると、クアッドもそう思った。正直、それはやり過ぎだ。
「騎士団長殿、村の壊滅の件を報告いたします」
リレインが言うと、騎士団長が頷く。
リレインの説明に騎士団長が応え、しばし二人の会話が続く。クアッドはその様子を見て「まさかな」とつぶやいた。
クアッドは騎士団長クラスの人間がどうしてリレインのような新米と面識があるのか、首を傾げていた。
「リーファ、ちょっといいか?」
クアッドがリーファの隣に座り、そっと耳打ちする。
「はいな」
リーファが目を閉じて、騎士団長の通信魔法に逆探知をかける。
「偽者ではないようですよ」
「だよな。じゃあ何で騎士団長ともあろう方がこんな通信魔法なんかでこっちに連絡してくるんだ?」
「私に聞かれても困るよ、何かあるんじゃない?」
「その何か、が問題ですね」
いつの間にかダイキが二人の前に立っていてクアッドが驚く。
「クアッド、リーファ」
カーランドに呼ばれて二人がびくっとする。
「何でしょうか?カーランド騎士団長」
クアッドが簡易敬礼をしつつ尋ねると、カーランドが苦笑する。
「貴殿にダイキ・ヒューガを王都まで連行してもらいたい」
「引き受けました」
クアッドが応えるとカーランドが満足そうに頷く。
「そこの不逞の輩は逃げ足と忍び足が得意だから気をつけるように」
「ひどい言われようですね、義兄さん」
「そう呼ぶな!私は…私は妹を貴様にやった覚えは無いっ!」
カーランドが声を張り上げるとダイキがくすくすと笑う。
「剣で勝ったらくれるって仰せになられたでしょうに」
「くっ」
カーランドが苦虫を噛み潰したように渋い顔をすると、通信が切れた。
「師匠…余計なことしないでくださいよ」
クアッドがやっちまったよ、とつぶやく。今回のことで色々と聞きたいことがあったのに、相手を怒らせて通信途絶などでは全く見当がつかない状況は変わらない。
「いえ、これでもスキンシップの一部だったのでつい。いつも私と義兄はそんな感じなんですよ」
「それでいいのかよ」
クアッドは良く分からない交流の仕方だ、とつぶやく。
「とりあえず…」
リーファはにっこりと微笑むとばたん、とそのまま倒れてまた眠り出す。
「…就寝しましょう」
「だな」
クアッドとダイキは隣の部屋に移ってベッドに入る。
なんだか嫌な予感がする。
クアッドは何と無く、そう思うと目を閉じた。
ごろん、と寝返りを打ってクアッドは何かを抱きしめた。
胸の中で暖かいそれを引き寄せる。
「ぅー」
苦しそうにそれがうめき声を上げるのでクアッドが目を開くと、リーファが胸の中で安らかな寝息を立てていた。
「…起きろコラ」
クアッドがリーファの肩を揺すると、椅子に座ってにこにこと笑ってこちらを見ているダイキとリレインがいた。
「師匠もリレインもリーファを止めようとか思わなか…わけねぇか」
クアッドはダイキに常識を求めても無駄だ、と諦める。
「私は別にあんたらがどんな関係だろうと関係ないけど、私があんたを起こそうとしたら、リーファが疲れてるからダメって言って、そのままご一緒しちゃったわけよ」
リレインが「あついわね」とにやける。
「そういうわけじゃねぇんだけど」
「おはようです」
ぱちっと目を開いてリーファが上半身を起こす。
「おはよう。じゃなくてだな。お前は何をしている」
「二度寝って気持ちいいよね」
「ですね…」
見当違いな言葉を返されてクアッドが肩を落とすとリーファがベッドから抜けていく。
「朝食の時間はとっくに過ぎちゃいましたから、クアッドは軽く何か食べて置いてくださいね」
「今何時?」
「十時回ってますね」
うげ、とクアッドは頭を掻いた。身体がすっきりすると思ったらけっこうな時間眠っていたらしい。
「リレインさんがどうして騎士団長から勅命を受けて村の捜索に駈り出されたのか、という話をしてたの」
リーファがにこにこと笑って椅子に腰掛ける。
「へぇ」
「クアッド君は昨日、そのことを気にかけていたみたいですから、この機会に聞いてみたんですよ」
「リレインが実は騎士団長の娘だったりして、信頼できるとか?」
クアッドが適当に言うと三人がきょとんとしてクアッドを見ている。
「なんでわかったの?」
「あんたどこで調べたのよ?」
「私も気づかなかったことですよ?」
リーファ、リレイン、ダイキが順に口を開く。
「俺はまだ眠っているらしい」
「起きてるよっ!」
クアッドが横になるとリーファが叫ぶ。むくり、とクアッドがまた起き上がる。
「本当なのか?」
「嘘ついてどうするのよ」
リレインがむっとした顔をする。
「リレイン・ミーティアって名前で自己紹介したのには理由があって、騎士団長の娘ってばれると色々と周りが気を使うからだったんだけど、どうして気づいたの?」
「騎士団名簿」
クアッドが米神を摩りながら、気づいた経緯を話す。
「同期卒業生の名簿、入学時に記載されてたのはリレイン・ミーティアだったけど、卒業名簿の時はリレイン・カーランドで記載されてたんだ。卒業生百八十四名の中で入学時と卒業時に名前が一致しないのは二人だけだった。一人は途中で結婚して姓名が変わってたって気づいた。他の名簿の苗字と同じ名前になってたからね。後はリレインだけだった」
二年前の名簿と一年半前の名簿を覚えている時点でおかしな話だ。
「私が結婚してるとは思わなかったの?」
「お前、結婚するときは騎士団辞めるって言ってたのを昼飯食ってるとき言ってたよな。偶然聞いたのを覚えてたんだ」
「驚愕の事実ですね」
ダイキがその記憶力に感嘆すると、リレインも呆れた。
「あんた、諜報部に来れば、だいぶいい仕事するんじゃないの?」
「ん、俺はあまりそういう仕事向いてないと思うよ」
クアッドが伸びをして窓を開けると、街は俄かに活気付いていた。
「何と無くわかったことだけど、騎士団長の妹が師匠の奥さんだけど、騎士団長の妹って本当の妹じゃないんじゃないかって思ってるんですけど」
「そうですよ」
ダイキが肯定するとクアッドはやっぱり、と呟く。
「正直に言えば、そこで一番違和感があったんですよ。騎士団長は今年で三十九です。リレインが十六。これはいい。師匠が二十六で奥さんが…二十四。騎士団長と師匠の奥さんの年の差がありすぎますし、顔立ちが似ていない。まぁ兄妹と言えども顔立ちが似ている、似ていないはありますけど…騎士団長の母親は師匠の奥さんが生まれるころには亡くなっていて、騎士団長のお父さんは再婚されていない」
「どこでそんな話を聞いてくるんですか?」
ダイキが尋ねるとクアッドはどこだったか、と悩む。
「士官学校にある月報があるじゃないですか、それを読んでると騎士団長の経歴とかその周辺の身辺関係がそれと無く書かれてますよね。総合して考えるとあれって内部情報が筒抜けなんですよ」
「普通、そこまで気付かないわ」
リレインが有り得ないと首を横に振る。
「注意して論理的に物事を並べていくと結構、見えてくることがあるんだ」
「いやはや、驚きました」
ダイキが満足そうに手を叩いて笑う。
「クアッドが壊れた」
「どういうことだよ!」
リーファが泣きそうな顔をしてクアッドが叫ぶ。
「で、私は囚人な訳でして、騎士様に連行されなければなりません。出発の準備をしましょうか?」
囚人、と自ら言いつつダイキはそれを楽しんでいるような節があるが、クアッドは深く考えないようにする。何事も経験ですよ、と口癖のように言うダイキは囚人になったということすら経験の一部として考えているのかもしれない。
「あぁ、そうだ。グロリアスに行くには二つの方法があるんだけど、リーファが船ダメだからさ。山道を行くことになるけどいいかな?」
「大きく迂回しなければならないの?」
リレインが嫌そうな顔をすると、リーファが「ふねー」と目を回す。リーファを船に乗せた瞬間、海に落ちた過去がある。極度の船酔いと水の上に浮いている感覚が身体に合わないらしい。今も思い出して目を回すほどに…。
「迂回どころの話ではないですよ。直線距離で川を渡れば三日でグロリアスへ到着するでしょうけれど、源流まで遡って迂回すると優に一週間はかかっていまします」
ダイキもさすがにそこまで囚人の身でいたいわけではないらしく、顔をしかめる。
「私はこの街に残りますね」
リーファが悲しそうな顔をしてベッドに横になる。
「俺を掴むな」
クアッドが呆れるとリレインが大きく息を吐いた。
「宮廷魔術師ともあろう者が船一つでそんなに怯えるなんて」
「私も知りませんでしたよ。リーファ君がそんなに苦手なものがあるなんて」
ダイキが興味深そうに丸まっているリーファを観察する。
「だって、あんな塊が水に浮くんですよ?沈んだら魚の餌になってしまって、私は泡になって消えてしまうんですよ?」
「どこの誰がそんな適当なことを言ったんですか」
リレインが苦笑すると、クアッドが頬を引き攣らせている。
「アンタかっ!」
「言ったのは俺だけど、本気でそんなことを信じて船が怖くなったとか考えられるかよっ!」
「そうやって適当なことばかり言ってるから、あんたは…」
「ん?」
リレインが頬を赤くして俯く。
「なんだよ」
「別に何でもないわよ!」
リレインが怒って立ち上がって部屋を出て行く。
「取り合えず、次の街に行きましょう」
「だな」
クアッドはリーファを説得し続けてまた山道を辿る。
リレインは一言も口を利こうとせずに、船に乗るために川沿いの街へ到着すると、クアッドたちは川の様子を見て愕然とした。
「川?」
「じゃあありませんね、これは」
クアッドが川である場所を指差して三人に尋ねるとダイキがそれを見て応えた。
ぎとぎとした何かの液体が上流から下流に流れ、魚がぷかぷかと浮いていて、それも腐りかけている。腐臭がひどく思わずリレインとリーファは口を手で覆っていた。
「さすがにこの状況で船を出している船頭はいませんね。リーファ君の望み通り、源流を辿っていくしかないようです」
「船じゃないよー」
リーファが両手を挙げて喜ぶとうぷ、と腐臭で吐き気を催したのかすぐに口元に手をやる。
「尋常じゃないですね、これは」
「源流は源流で何かありそうね。川沿いの街でこれから下手すると源流の街、ソーシアで何かがあったのかもしれないわ」
さすがに異様な光景にダイキが川を見つめ、リレインが源流の街、ソーシアでも異常が起こっているかも知れないと不安そうに呟いた。
この街の住民の男たちも不安なのか川を眺めては、見物に来る子供、老人、女たちを危ないからと近づけないようにしている。
「それにしてもこの広い川が全部こうなっていると言うのならば、だいぶひどく汚染されていますよ」
ダイキが腕を組んで悩んでいる。
「確か、王国最大の川だよな」
「ええ、動力船が無いころは迂回していました。向こう岸を見てください」
クアッドは向かい側を見ると、うっすらとぼんやり陸地のようなものが見えるだけだ。
「あそこにも街があるんですけれどね、見えないくらいでしょう?」
ダイキがそれほど遠いのです、と呟く。
「海、とまでは言いませんが、それに近い距離はあるんですよ」
「へぇ」
「どうしたものでしょうかね」
ダイキが周囲を見回すと、リレインの姿がない。
「騎士様だ」
リーファがとてとて、と騎士三人に近付いていくのでクアッドもそのすぐ後ろに張り付く。守護騎士としての役目を果たしているクアッドにダイキは思わず笑みが零れる。
「尻に敷かれている旦那みたいですよ?」
「師匠に言われたくないですね。奥さんに頭が上がらないんでしょう?」
言われっぱなしも癪なのでクアッドが言い返すとダイキが苦笑する。
「すみません、この川はどうしてしまったんですか?」
リーファが騎士に尋ねると、騎士が顔を見合わせて、右肘を曲げてその手を左胸に当てて拳を作る簡易敬礼をした。
「今朝方からあの不思議な色がするものが川の表面を流れ始めて…魚の死骸が流れて来ているのです。現在、上流のソーシアに派遣を行う予定ではありますが…」
騎士たちが言葉を詰まらせる。
「何か問題でも?」
ダイキが尋ねると騎士たちが剣に手をかける。
「ダイキ、囚われの身ででしゃばるな」
クアッドが申し訳なさそうに言う。村を一つ一人で破壊したなどという噂が広まっては騎士も例え丸腰の男相手でも警戒するに値するだろう。実際、ダイキは素手でもここら辺にいる騎士たちを全員、殴り倒すくらいはできるはずだ。
「あぁ、そうだったんでした。そうですね」
ダイキがクアッドの後ろに下がる。
「問題でも?」
クアッドが尋ねると、騎士たちは余り喋りたがらないのか言葉を「あー」と濁らせている。
「ここの指揮官の息子が現在、指揮官代行を行っているんですが…その母親が過保護なんですよ」
しゃなり、と貴族然とした装飾鎧を着けた二十歳くらい男がやって来る。
「河川警備司令官、ハイライン・タロットです」
妙に線の細い、男とも女とも言えない綺麗な肌をした美形の男は細身の刀身の剣を腰にぶら下げている。なんとなくすらりと足が伸びていて、逆に気持ち悪いくらいのスタイルのよさだった。
「中央騎士団の守護騎士様と宮廷魔術師様ですね?」
「ああ、囚人の護送中だ」
クアッドが答えるとハイラインが頷いた。
「ボクがソーシアに行く準備をしていたら、お母様が勝手に五十人ほど人を集めてしまっていてね」
「そんな大所帯じゃ移動だけで時間がかかるし、指揮も面倒になるだけだろう。従者は二人くらいでいいんじゃないか?」
クアッドが何を考えているのか、と渋い顔をするとハイラインが苦笑する。
「言ったでしょう、過保護なんです。ボクも二人くらい引き連れていこうとしたんですが…こんな事態で何が起こるかわからないだろう、とね」
爽やかな笑顔で言うが、今はそんな風に笑っていられる状況ではない。
「船は出せないんだろ?」
「出せると思いますか?沈んでますよ」
「だったな」
先ほどの川に停留している船の大半が奇怪な沈没船のオブジェになっていたのを思い出す。
「仕方ないな。俺たちがソーシアに行く。ハイラインはお母様の気でも引いて置けよ」
「申し訳ありませんね。前回、騒ぎがあったときに勝手に飛び出して、ひどく心配をかけて以来、過保護に拍車がかかってしまって」
ハイラインが上品に頭を下げる。
「あれはハイライン様の行動があったからこそ、盗賊団を追い払うことができたのですよ」
「ハイライン様は間違っていません」
騎士たちが口々にハイラインを擁護するところを見て、クアッドは目を細める。ただのお坊ちゃまではなく、母親が問題なのではないか?とも取れる。
「一緒に行くか?」
クアッドが尋ねると、ハイラインが困ったように視線を泳がせる。
「行きたいのは山々なんですけどね。噂をすると着ましたよ」
「ハイライン!どこ!どこなの!?」
甲高いヒステリックな声を上げて、とても淑女とは思えない高そうなドレスを着た三十も後半に近い女がうろうろとしている。こちらに気づいたその女が足早にこちらに来た。
「ハイライン!あなたはまたうろうろしているのですか?街は危ないから外に出てはいけないと言っているでしょう?」
「申し訳ございません、お母様。ついては先にこちら中央騎士団守護騎士様と宮廷魔術師様にご挨拶をしてはいただけませんでしょうか?騎士貴族として礼節は大切かと」
ハイラインが笑顔で促すと、女は「あら」と大仰に驚いて二人に向かって裾を持ち上げて上品に会釈する。
「失礼いたしました」
「いえいえ」
リーファが片手を挙げて答えると、女はすぐにハイラインに向き直った。
「勝手に出歩くと、母は心配なのです!ああもう、どうしてこんなことになっているのかしら!」
「お母様、お母様、落ち着いてください」
「落ち着いていられますかっ!民は苦しんでいるのですが、私はあなたのほうが心配なのです」
「おー」
クアッドは見事な過保護っぷりに顔を引き攣らせ、ダイキは顔に手を当てて、これは凄まじい、と呟いている。リーファは興味もないようで周囲をきょろきょろと見回していた。
「ハイライン様!申し上げます!」
そこに違う騎士がやって来て敬礼する。
「どうした?」
ハイラインの顔から柔らかい笑みが消えて、指揮官そのものの顔つきに変わった。出来る男のオーラが全身から溢れていて、母親ですら口を閉じる。
「盗賊の一団が…街の娘をさらって行きました。返して欲しければ盗賊団の頭を解放しろとのことです」
「…こんなときに」
ハイラインがギリ、と歯を鳴らして悔しがる。
「賊はこの街から少し離れたケーブ洞窟に本拠地を構えていますよね?」
「はい。恐らくそこに娘もいるかと」
「お前も娘か?」
騎士がゆっくりと頷く。普通の父親ならば慌てふためいているだろうが、男は冷静だった。騎士としての正しい姿ではあるかもしれないが、父親としてはどうなのだろうか?とダイキはそれを眺めている。
「私が」
「いけません」
ハイラインに母親が食って掛かる。
「このばばあ」
クアッドがいい加減に頭に来て口を開くと、リーファがびくっと肩を震わせる。
「ダメだよ、そんな言い方」
「うるせぇよ。このババア、人の命がかかってる時に保護欲なんぞ出しやがって、いっぺん頭の中掻っ捌いて脳みそ抉ったほうがいいぜ」
あまりの物言いに母親が口をわなわなと動かして、顔を真っ青にさせたかと思うと真っ赤にさせた。
「なんという!正式に騎士団に抗議させていただきますっ!うちのハイラインは絶対に危ない場所へは行かせませんからね!」
「公務執行妨害で逮捕しろ」
クアッドが近くの騎士に命令すると、近くの騎士が迷った挙句、女を拘束する。
「この女は騎士の名誉を侮辱する怨敵だ」
ハイラインはそれを黙って見ていて、助けようともしない。クアッドがにやり、と笑っているのを見て、何かあると感付いている。
「自宅で軟禁でよろしいでしょうか?」
ハイラインが尋ねると、クアッドが頷いた。
「連行しなさい」
実の息子に連行命令まで出されて、母親がショックで昏倒するが騎士たちは女を抱えるようにして連れて行った。
「二、三日、軟禁でもして釈放してやんなよ」
クアッドがくすくすと笑うと、リーファが「悪人だー」と呟く。
「人質奪取に三人、ソーシア方面に二人で行って帰って来て状況を報告するってのはどうだい?」
「そうですね、それがよろしいかと」
ハイラインが同意すると、ひょっこりリレインが姿を現した。
「あのオバさん、すごいね。暴れまくって騎士さんたちが荒縄で縛ってたよ」
驚いた、とリレインが呟くと、ハイラインとリレインが挨拶する。
経緯を聞いたリレインが「なるほど」と納得した。
「そういうわけで、ソーシア方面にはリーファとリレインで向かってくれ」
「へ?」
リレインが首を傾げる。守護騎士が守るべき宮廷魔術師を放任すること事態がありえない。
「わかったー」
リーファがにこりと了承してリレインがぎょっとする。
「待って、待った!仕事しなさいよあんた」
「ケーブ洞窟の構造上、それは仕方ないんですよ」
ダイキが食って掛かるリレインを宥めると、リレインは首を傾げる。
「ケーブ洞窟の壁面は魔法を反射する特殊な鉱石で出来ていまして、リーファ君の魔法が壁面に当たるとボールのように跳ね返ってきます。洞窟ですから、四方八方からの兆弾になる可能性があるため、できるだけ魔術師は席を外しておいてもらいたいんですよ」
「そうなのか」
クアッドが驚くとダイキは眉をひそめる。
「知っていてリーファ君を外したんじゃないのですか?」
「いや、こいつが暗くて狭いところが苦手だから外した」
クアッドが正直に言うと、リーファが頬を赤くする。ぱっと見、欠点の無い宮廷魔術師のようで、蓋を開けて見ると、とんでもない問題児なのがリーファで、欠点だらけのクアッドは実は秀才、とはなかなか面白いユニゾンだ、と呆れる反面関心さえ持てる。
「…わかったわ。私が守護騎士代行するから」
リレインは付き合っていられるか、とリーファを連れて行ってしまう。
「俺とハイラインと師匠で行こう」
「わかりました」
「ダイキ・ヒューガです。よろしく」
ハイラインは差し出された手を見て、やや間を開けてから手を握り返す。
「あなたの手は血塗られているのか?」
「どうでしょう。それは否定できませんね」
ダイキが苦笑いすると、ハイラインは手を放す。
「暖かく、大きく、優しい手だ。そしてクアッドさんが師匠と呼んでいる。私には貴方が殺戮を犯す人間には見えない」
「それは過大評価だ。主観を捨てたほうがあなたは長生きをするでしょう」
ダイキがふっと悲しそうな瞳を浮かべる。
「お、変わったものが並んでますね」
ダイキは商店に並べられている鉄の扇子を見つけて、それを手に取る。
バンっと片手で持って広げ、手首の撓りを使ってまた元に戻す。
「ご主人、これをいただきます」
「あいよ」
無愛想な主人がダイキを見て、金と品物を引き換える。
「なんですかそれ」
クアッドが尋ねるとダイキは満足そうに四十センチ大の棒をぽんぽんと右手で左手を叩くようにして音をならしている。
「鉄扇ですよ。武踏の道具でして」
左右にそれぞれ一本ずつ、鉄扇を帯に挟んでダイキが瞬時に両手でそれを掴んでバンっと広げる。鋭い突きにクアッドは頭を逸らしてそれを回避すると、手首を返して首にずんっと衝撃を叩き込まれる。
「ぐあっ」
意外と痛い。クアッドが脳震盪を起こしてふらつくと、ハイラインが興味深そうにダイキを見ていた。
「武踏とはよく言いますね。鋭く、美しく、舞うように攻撃するんですね?」
「ですね」
ダイキは満足そうに鉄扇をまた帯に仕込む。
「ケーブ洞窟では狭いでしょうから、こういう小回りが効くような道具のほうが武器としては効率がいい。クアッド君もハイライン君も剣よりも徒手空拳に近い形になると思うので、気をつけましょう」
「はい」
「ですね」
クアッドとハイラインが頷くと、ダイキが先を歩き始める。
「クアッドさん、ダイキさんとは何者ですか?」
街を出て草原を歩く。来た道を少し戻らなければならないが仕方がない。クアッドは尋ねられて一概にはどうとも言えなかった。
「あの不自然な格好に、見慣れない武器を手馴れて使う。かと思えば騎士のこともよく知っている」
袴姿に鉄扇、二十台半ばで胡散臭い。確かに何者か問う気持ちがわからなくもないが…。
「俺の師匠で騎士団長の妹さんを奪った悪漢」
「ひどい言い様ですね」
ダイキが「あんまりだ」と肩を落とす。
「お前らとまれ!」
いかにも盗賊です、と言わんばかりの汚い服装をした男が街道に飛び出して、ダイキが鉄扇を右手で一直線に放り投げると、男の眉間に当たって男が真後ろに倒れて昏倒する。めきょり、という頭蓋骨が割れたような音が確かに聞こえた。
ダイキは鉄扇を魔法で引き寄せ、それを手で受け取り帯に挟むとスタスタと歩き出す。
「…ひでぇ」
クアッドが街道の隅に男を移動させて、胸の前で十字を切る。急いでダイキの後ろに戻る。
「ご苦労様です」
ダイキが微笑み、クアッドが首を「別に」と呟く。
この世界では基本的に殺人はよほどのことが無い限り罪には問われない。街の外に出てしまえば自分の身は自分で守らなければならないのだから仕方が無いといえばそれまでなのかもしれない。
だからと言ってそれを容認していいのだろうか、とクアッドが不満そうな顔をしているとダイキが頬を掻いた。
「えっとですね、クアッド君。人命とは尊いものですが、それを無慈悲にも盾に取り横暴を通そうとする輩がいる。その瞬間、私たちは常に何が正しくて何が間違っているのかを判断して行動しなければなりません」
「はい」
クアッドは腰に下げた剣に手を当てる。わかっていることだし、理解しているつもりでもあった。だけれど…やはりいい気分ではない。
「他に方法は無いのか、ですよね」
「わかってます。俺にはまだそこまで、情けをかけたりできない。そこまで力はないんです」
クアッドは村を出て行く時に出会った少女の事を思い出して、自分の力の無さを痛感した出来事が脳裏に浮かんだ。
「大丈夫ですよ。君は立派な騎士様だ。これからそういう、殺す以外の方法を見つけてくれると信じています」
クアッドは無言で頷くと、ハイラインは剣を握ってそれをゆっくりと抜き、クアッドに向かって振り下ろした。
「なっ!」
クアッドも剣を抜きざまにそれを刀身を縦に剣を重ねる。
ジャキィン!と派手な音がして二人が弾かれ合って距離を置く。
「二人には死んでいただきます」
「どういうことだい?」
クアッドが尋ねると、ハイラインが冷たい瞳でクアッドを見下ろしていた。
「うんざりなんですよ、理想を掲げて死ぬ。そんなのはね」
「お坊ちゃまの反抗期にしちゃ、だいぶ遅れてるな。お屋敷の中で栽培されて頭の中にカビでも生えたかい?」
クアッドが剣を構えるとハイラインも剣をゆっくりと構えなおした。
「どうでしょうかね。そうなのかもしれません」
「いや、違うな。お前の言ってることは嘘だらけだ。それが嫌ならばまっすぐな太刀筋は生まれない。そう、もっと別に目的がある」
「私たちは婦人ではない。騎士だ。話し合うには剣で」
「いや大体察した」
クアッドは剣を収める。
「お前は騎士ではない。これで十分」
すっと右拳を前に突き出すようにしてクアッドがずいっと一歩前に出る。
彼は全うな騎士だ。が、その精神は騎士道にない。
「派手な立ち回りを演じて見せても、お前は道化師には向いていないんだよ」
「知った口を利くものですね」
ふと、ハイラインは気づいた。そこにいたはずのダイキがいない。
先ほどの買い物の時にそっと耳打ちされたのだ。
この誘拐事件は茶番であり、ハイラインの仕組んだことである、と。
リレインに指示を出して、誘拐された女の家を訪ねるとすでにその女の荷物は粗方片付けられていると聞いたダイキは既にこの事態を予測している。
騎士たちの一部にもハイラインの味方がいるらしく、ハイラインを援護して立ち回っている連中がいたこともリレインの調査でわかっていた。
「偽装した自分と女の分の死体を焼いて、俺たちが死ぬ。そうすれば救出に向かった人間は全滅させられて盗賊は利用価値がなくなった俺たちを放置して逃げ出すっていうシナリオだな?」
「よくわかったね」
驚きもせずにハイラインがにこりと微笑む。
「考え直せよ」
「もう戻れないだろう?法を遵守する君が運悪く居合わせてしまった」
「法は剣で遵守されない。むしろ法は人の心によって遵守されるべきだ」
「君は…優等生なんですね」
ハイラインが哀しそうに微笑んだ。
師匠は先にケーブ洞窟へ向かったはずだ。地形的に厄介な場所では師匠のほうが早い。戦力分散と説得。それがクアッドに要求されたことだった。
綺麗な剣筋を持つハイラインが犯罪に手を染めるとは思えない。騎士とはそういうものだ。真っ直ぐ過ぎるゆえ…何かが彼を変えてしまったのだろうか。
クアッドはふぅ、と息を深く吸い込む。
呼吸が…消えた。
間合いを掴もうとしていてハイラインが目を細める。クアッドの一挙手一投足全てに集中しなければ瞬間的にねじ伏せられる。それは戦う者の直感。
中央騎士団、守護騎士のクアッド・アルマーティ。最年少守護騎士である彼が弱いはずは無い。肩章のエンブレムに輝く、銀剣は彼の功績を示している、騎士団長から授与される最高の名誉を称えるもの。
ハイラインはそれが…気に入らなかった。
彼は恵まれているのだ。自由で、気高く、強く、賢い。
檻の中に入れられたような自分とは違い、どこにでも自由にいける。
そんな彼に、自分の何が理解できるのか…。
「悪いけど、事情は後で聞こう。まずは話をしたい」
「君は騎士で、ボクが騎士じゃないなら、剣では語れまい」
「そうだな…。ハイラインという騎士がいると思えば、俺は剣を抜いて同じ騎士として話をしようか」
クアッドは身を低く構えると、ハイラインは剣の切っ先を左下に向けて、駆け出した。
わかってるよ…。ハイライン、守るべき以外に君は剣を振るわないのだろう?
クアッドは彼と会話をするために、拳に力を込めた。
私たちは婦人ではないのだ…。




