一章 焼けた故郷
この作品はTeam.Zekeの中で二人目が制作しています。物語構成は「あゆむらゆかか」執筆が私「Zeke」となっております故、作風がずい分と「神と悪魔は人を見て嘲笑う」とは違っておりますが、どうぞお楽しみください。
柔らかい風が吹いて、街が見下ろせる場所。
レンガ造りの街がそこにあって、何もかもがゆったりと流れていた。
田舎だと言えばそうなのかもしれない。そしてそんな田舎でずっと暮らして一生街から出ない生活などは考えられなかった。
街を出れば何かがあるというわけでもないのに、ただ無性にそこから出てみたかった。
呆然と街を眺める。
身寄りの無い自分を育ててくれた街に感謝して、頭を下げる。
だが…二年ぶりに戻って来たそこはすでに人が住んでいなかった。
時間はゆったりと流れていた。残酷なほどに。
穴の開いた屋根、崩れた壁、家畜たちは生き残った人々によって運び出され、そこにはもう何も残されていなかった。
この街に侵攻して来た何者かに全てを奪われていた。
クアッド・アルマーティはその街を見下ろして、言葉も出なかった。プレイトメイルに剣を腰にぶら下げ、帝国騎士団に入隊してようやく戻って来れたのに、これでは意味がなかった。村長に立派に成長した姿を見せるもなにも、その村長は亡くなっている。
異変に気づいてクアッドは一人で街の中を探索してみたが、廃墟だった。
ふわりと目にかかる前髪が風に揺れる。穏やかな気候だったこの街は人も穏やかだったのに今は閑散としていた。
「懐かしいね」
隣に座る少女が口を開いた。青い法衣に身を包んだ少女は膝を抱えて、その上に頭を乗せて同じように街を見下ろしていた。優しい少女だった、目を閉じて街にずっと祈りを捧げていた。
リーファ・クライスは同時期に王都、グロリアスへ出向き、宮廷魔術師団の勧誘を受けてそうなった。彼女と共にここに戻ってきたというのに…、戻ってくるべき場所はもうないとは信じられなかった。
「行ってみようか」
リーファが立ち上がって、悲しそうに笑った。
行ってどうする?何も無いぞ、とはクアッドには言えなかった。
昔からリーファは無駄なことが好きだった。
無駄に動物に触れてみるし、余計なことには首を突っ込んでいく。だからこそ、クアッドとリーファは様々な事件に巻き込まれてしまう。ご免だ、と思いつつも今回ばかりはそうにもいかなかった。彼女は放って置けば一人で廃墟の街に行って迷ってしまうだろう。
「戦闘終了地域への侵入は禁止されていますよ?」
さくっと背後に立たれて、クアッドは剣を抜いた。
「帝国騎士団の騎士様が無闇に剣を民間人に向けるのはいただけませんね?」
二十代後半の男がにこりと優しそうに微笑んだ。慌てて剣を収めるクアッド。男は独特な袴という民族衣装を着ている変わった男だ。
「師匠?」
「お久しぶりです、クアッド君、リーファ君」
クアッドは左膝を地面に突いて、右足を立て、右肘を右膝の上に乗せて、右手の先を左胸に当てて拳を握り、左手で鞘を押さえる。
リーファは両膝を地面に突いて両手を組んで祈るようにして目を閉じた。
敬意を示す相手に対する礼儀作法の一種だ。
「二人とも立派になりましたね。成人の儀のために戻ってきたんですか?」
二人は立ち上がって、男に尋ねられて頷いた。
「教えてください、ダイキ・ヒュウガ師匠。ここでは何が?」
クアッドが尋ねるとダイキは「着いて来なさい」と走り出した。
「はやっ!!」
上体を一切動かさず、足だけでストトトトトと丘を下って行くダイキに置いて行かれまいとクアッドも後を追う。
「あふ…待ってくださいよ〜」
とてとてと頼りない足取りでリーファもクアッドを追うように丘を下って街に入ると、煤焦げている壁や穴が開いているのが鮮明に見えた。
「あー、気をつけてくださいね」
街の入り口でダイキが追いついた二人を止める。
「マナがすごく乱れてますね」
「ですね。ここは爆発があった場所ですから、炎のマナが溢れているようですね」
「俺には何もわからん」
クアッドが周囲を見回す。魔法に対しての資質が全くないクアッドにはそういうものは一切わからなかった。
「火薬兵器を用いて街を破壊したようです」
一面瓦礫の山だ。
「師匠、どこから攻撃されたんだ?見たところ一方的にやられてるみたいだけど」
「鋭いですね、さすが帝国騎士様だ」
ダイキはふっと笑うと真剣な顔をした。
「この街には武器というものがないし、抵抗する人もいませんでしたよ。ただ逃げ惑うだけでしたからね。ただ、魔法と同じような道具を使って人々は無残にも殺されていきました」
すっとダイキが壁を指差すと、壁に小さな穴がたくさん開いている。
クアッドとリーファが民家のドアを開けてその穴の向こうを見ると、穴が貫通して外の光が中に差し込んでいた。
「魔法じゃないみたいですね」
「魔法じゃなかったらなんだこれ」
「さぁ」
リーファがその現象を魔法ではないと判断すると、その穴はどうやって開けられたのか理解できずクアッドとリーファは首を傾げる。
「クアッド君、リーファ君、ここはあまり安全ではないので、出ましょう」
「ん?」
クアッドは周囲を見回すが、特に危なさそうなものはなかった。部屋の片隅に何かが落ちている。それを拾い上げると、鉄の筒のようなもので中身が空っぽの空洞になっていた。長さ一センチ程度の筒。匂いを嗅ぐと火薬の焼けた匂いがする。あの独特な粉っぽい匂い。
「師匠、これは何ですか?」
クアッドがそれをダイキに見せるとダイキは眉をひそめた。
「何でしょうか。調べるのでそれをくれませんか?」
「え?あ、はい」
ダイキにその筒を渡す。
「連合国軍もしっかりと回収していただかないと…これは抗議する必要がありますね」
「は?」
ダイキはクアッドに「年を取ると独り言が多くなるんですよ」と笑って見せた。
「さぁさ、ここにいると危ない目に合うかもしれませんから。そろそろ巡回の時刻ですし」
「巡回?」
リーファが首を傾げると、クアッドがリーファを押し倒してダイキが屈んで身を隠した。
窓の向こうに人影が見える。
「巡回ってあれかい?師匠」
「そうですねぇ。今日は定時巡回ではないようですね。私たちが村に入ったのがばれているようです」
困りました、とダイキが微笑む。どう見ても余裕があるのは昔からだ。
「ティアール山脈を越えたところに私の家があります。そこまで来れますか?」
「ああ、大丈夫だ。師匠はどうするんだ?」
「私はあの兵士たちを誘き出して、二人が脱出するまでの時間を稼ぎます」
ダイキが「行ってください」と外に飛び出していく。
いつまでたっても保護するつもりのダイキに呆れながら、クアッドは師匠なら大丈夫だろうと安心して見送るとリーファを抱きかかえるようにして起こす。
「ありがと」
リーファが微笑んでクアッドがドアを少し開けて周囲を警戒すると、先ほどの緑色のごみをつけたような服装の兵士たちの姿が消えていた。
二人が外に飛び出すと、足元で何かが弾ける。
「ねずみは二匹だと聞いていたが、まさか三匹に増えているとはな」
カーキ色の洋服を着た男がにやり、と筒のようなものをこちらに向けている。四十代前半のいやらしい笑みを浮かべている男で、その後ろには若い緑色の服を着ている男が立っていた。
「貴様は何者だ?」
クアッドが睨みつけると男が「ふん」と鼻を鳴らした。
「帝国騎士団及び宮廷魔術師団を相手取ると後々面倒なことになりますよ?」
リーファも明確な敵意を感じて右手を相手に向けて魔力を収束させる。
「魔術師か。少々厄介な相手だ」
男は片手を空に上げると後ろの二人が筒をリーファに向けた。
「撃て!」
トパタタタッと乾いた炸裂音が響く。
リーファの自動魔法でクアッドとリーファの前に光の壁が出現すると、そこで何かがはじけた。
「無詠唱の炎属性マナですか」
リーファの意識する領域内の人間を自動的に保護する自動魔法はリーファの意思で発動する。それが今回は炎属性のマナに反応して発動したが、向こうの瞬発的な魔法の発動にリーファは正直驚いた。
「壁に穴を開けた魔法と同じ系統ですか」
リーファが後ずさる。威力は相殺することができるが、クアッドにあれをぶつけられたら恐らく体中穴だらけにされてしまう。バトルフォーメーションを前衛から自ら援護に切り替えて相手の攻撃に対してのカウンターにリーファは自ずと切り替えざるを得なかった。
「宮廷魔術師団の小娘が厄介だな」
男はそう言うとサーベルを抜いて、右手でそれを持ってぐい、と突き出すようにして構えた。
「無益な戦いはお止めなさい」
すとん、とクアッドと男の間にダイキが着地すると、クアッドに剣を収めなさい、とダイキが言う。
「あなたもサーベルを納めてください。私たちは別に戦闘をしに来たわけではありません」
ダイキが男を睨むと、男はにやりと笑った。
「軍人が戦争をしなくて、何が軍人か」
「そう言う話をしたいのならば、せめて私が民間人であるということを考慮して欲しいものですね」
「民間人は、戦闘の真ん中に入ってそれを止めようとは思わんものだがね」
男はくっくっくっと喉の奥を鳴らす。
「ファルバング中将でしたか。私とあなたとは三度目に会うのですから、そろそろ私の言葉も聞いてくれてもいいと思いますがね」
ダイキはやれやれ、と首を横に振る。
「隣の村で貴様と戦ったときは、お前はおめおめと逃げ出したではないか。そういう言葉は勝ってからするものだ」
クアッドとリーファは状況を見て、視線を交わす。
「輝く陽が上る。月は眠りて大地は栄光の閃光に輝くだろう」
カッと光が周囲に炸裂すると、クアッドがリーファを抱えてその場から走り去る。ダイキもすぐに後ろを追ってくる。
「大地と風の精霊よ。祝福されたし」
リーファが詠唱して三人の脚力が一時的に向上して、風のように大地をすり抜け、山脈の入り口に到達するとクアッドはリーファを下ろした。
「さっきのおっさんは知り合いなのか?」
「知り合いというよりも戦場ですれ違っただけですね。国境を越えた向こうの街が潰される時に顔を合わせました」
ダイキに聞かされてクアッドは頭を掻いた。
「師匠はどうしてここに残ったんだよ。奥さんと息子さんはどうした?」
「アレは安全なところに行かせましたよ。私は少し調べることがあって残ったんですが、どうにもきな臭くなって来ましたね。ちょうどいいところに騎士様と魔術師様が通りかかってくれたので、私は守られながら山脈を越えることにしましょうか」
守られる、とは言いようで、クアッドに剣を使わない体術を、リーファに魔法の基礎部分を教えたのはダイキだ。
「それでは魔物が出る夜間は私の家に泊まることにして、昼間のうちに移動しちゃいましょう」
ダイキがすとすとと山脈を登っていく。
薄暗い森林部分は街の人間もあまり近寄ろうとはせず、林道を一歩外れてしまえばそこは野生が犇く。
「最近、ここらで戦闘行為が多くて、獣たちがざわついていますからねぇ」
異様な雰囲気と殺気立った空気が充満していることはクアッドもリーファも感じていた。
野犬が茂みから飛び出してきて、ダイキは首を左手で下から突き上げるように野犬の身体ごと持ち上げるようにすると右足を右上へと鋭く蹴り上げて野犬を茂みに戻してやる。
「ふぅ。まぁ単体ならそうそう怖くありません。彼らも今は集団的に動いてるわけではないようです」
「護衛なんていらないよな」
クアッドが苦笑するとリーファも困ったような顔をする。
「リーファさん、あれ、焼いてもらっていいですか?」
林道を歩いていくと道の真ん中にたくさんの蔓をうぞうぞと動かしている肉食植物がこちらに向かってやって来ている。蔓をうぞうぞと動かして這うように移動して、大きなつぼ型の葉は消化液のようなものを含んで、動物の死骸などを蔓で捕らえるとそのつぼに押し込んで栄養とする捕食する植物だ。時折、山で遊んでいた子供が捉えられてしまう事件もあった。
「はいな。炎の神が我らに与えた温もりは、時として業火となりて我らを襲うだろう」
ひゅうん、と赤い光がリーファに集まる。
「ふぃあーぶれっど」
どこと無く舌足らずな発音と同時に指先をその植物に向けると、ずんっと炎の球が発射されて植物が破片を撒き散らす。
「残念ですね、あれだけ大きいウツボはなかなかお目にかかれませんが、さすがに人里に現れたら危ないでしょう」
「ほとんど人間を食うような食人植物は帝国によって滅ぼされたはずだけど、生息してるんだな」
「こんな片田舎のほうにもなるとしっかりと根絶することもたやすくは無いでしょうし、種の保存もありますから私は無闇に焼き払うのもよくはないと思うんですけどね」
ダイキは学者肌の部分も持ち合わせているのでそうは言うが、被害が出ることも考えるとそうは言えない。
山道、というのは予想以上に歩く速度に影響が出る。クアッドやダイキのように歩きなれている者ならいざ知らず、子供や女性には少々酷な道のりでもあった。
とはいえ、村で生活するには山菜を取ったり、果物を取りにいくことがあるので、そうは疲れはしないが、これだけ長時間歩くとなるとリーファにとっては辛い道のりなのだろう。
額に汗を浮かべながらリーファがふらふらと歩く。クアッドはそんなリーファを気にしながら中腹まで上ると、ダイキがどかっと腰を下ろした。
「少し休憩しましょうか」
「そうですね」
クアッドはへたり込むリーファに水筒を渡すと、リーファが嬉しそうにそれに口をつけた。
「すみません、私のせいで」
「気にしないでください。追っ手はいないようですし、この森は住民でも近付きませんからね」
ダイキがふと木を見上げると、小石をいくつか拾ってそれを投げると果物が落ちてくる。クアッドが素早く三つの果実をキャッチすると、ダイキとリーファに渡した。
布で表面を磨いて真っ赤に熟れたそれをかじると、甘酸っぱい味がする。子供のころからよく食べていた果実だ。懐かしいさと同時に失われた故郷を思い出す。
「村はどうしてあんなになっちまったんだ?」
「さぁ、よくわかりませんが、突然襲撃されましたよ。ここは国境近いですからね」
ダイキは「詳しいことはわかりません」と呟く。
「帝国騎士団は制圧されたことを知らなかったんですか?」
「王都には攻撃された事実すら通達されてなかったですよ。まぁ、ここからグロリアスまでだいぶ距離がありますからね…」
馬を使ったとしても十日はかかる距離で、徒歩だとその五倍はかかる。情報の交流がなくても不思議ではないが、攻撃されたとなると話は別だ。
「王都防衛に影響が出そうな襲撃の早さでした。電撃作戦とも言える様な迅速さです」
「とりあえず、グロリアスに行って報告しないといけませんね。南方方面軍を召集するなりしないと」
リーファもだいぶ回復したのか、今後のことについて考え始める。
「とりあえず、山脈を越えましょう。ここら辺は物騒ですから」
ダイキが立ち上がり、クアッドがリーファに手を差し伸べるとそれを受けてリーファが立ち上がる。
「しかし二人とも本当に立派になりましたね。この村を出て行ったときは十四でしたっけ?」
「ですね」
リーファが苦笑する。二人とも十六になって無事成人を迎えたわけだが、あの時と考えた方も行動の仕方もだいぶ変わった気がする。
「出発しよう」
クアッドが戦闘に立って歩いていくと、開けた場所に出る。
「いけませんねぇ」
ダイキが周囲を見回すと、獣の気配がした。
「この時期にアレがいるとは思いませんでした」
ぶわさっと羽音を響かせて、巨大な鳥が着地する。
この山脈に渡ってくる渡り鳥で、子育ての間だけここらを縄張りにする真っ赤な羽の美しい鳥だった。血のように深紅の瞳ゆえに、ブラッディーアイなどとも呼ばれている。全長八メートルの巨鳥はこちらを見下ろすと、首をかしげている。
「大きいですねー」
リーファがにこりと微笑むと、クアッドが一歩後ろに下がる。
「大きいとかそうじゃなくてよ…相手のご機嫌が悪いと食われるぞ」
「正確には食べませんよ。彼らはマナを食しますから。基本的にマナを多く含有している岩石などを食べます」
ダイキがふと、リーファを見る。
マナを多く含有していれば、なんでも食べる。
逆に言えばここに大きなマナを含んでいるのは…。
「リーファさん、逃げなさい!」
「ふぇ?」
叫ばれてリーファがきょとんとすると、ブラッディーアイがリーファに向かって突進した。
「くそ!」
クアッドが剣を抜いてそれを盾にするように左手の平で刃を押さえるようにして間に割ってはいると、圧倒的なウェイト差でクアッドが吹き飛ばされる。リーファはひらり、と突進を三歩ほど横に移動して回避。
「クアッド、あなたはどうしてそうバカなんですか」
ダイキが額を手で押さえて苦笑する。ブラッディーアイは直進的な行動をするので横に移動すれば簡単に回避できる。気をつけるのは嘴だけで、基本的にそれ以外はあまり武器として攻撃してこないのだ。
リーファがひょい、ひょい、と左右に身を回避しながら華麗にステップを続けるが、さすがに登山しているだけに体力が厳しい。
「どうしましょー」
リーファが困ったように呟く。攻撃されていても攻撃しないのは相手が自分より下で、殺すのもかわいそうだ、とリーファなりの考えだった。
「汝、母なる安らぎを求める者なりて、ここに我は歌う。しばしの安らぎを与えん、之は母の歌声なり」
リーファがすれ違いざまに、ちょん、とその羽に触れる。
ずしゃああああっと地面を滑るようにしてブラッディーアイが転んで動かなくなる。
「眠ってもらいました」
リーファがよしよし、とブラッディーアイの羽を撫でる。
「うおっ!いてぇ!」
茂みの中からクアッドが元気よく飛び出してきた。どうやら気絶していたらしい。
「あの鳥野郎!フライドチキンにしてやる!」
ふーっふーっと鼻息を荒くしているクアッドにダイキが頭を振る。
「リーファ君がもう眠らせてしまいましたから、早くここを立ち去りましょう」
「なんだと!」
クアッドが叫ぶとリーファが苦笑する。
「だめですよー、大きな声を出すと起きちゃいますから行きましょう」
ほんわかとした雰囲気で言われて、クアッドは毒気を抜かれて頷く。剣を収めると三人は歩き出し、ようやくダイキの家に到着した。
ぽつん、と建っている一軒家。所々にコケが生えていたりしていて、独特な雰囲気があった。
「師匠はどうしてこんなところに家を」
「自然が好きなんですよ」
「はぁ、奥さんも大変っすね」
「アレはアレで楽しんでいるようですから、いいのではないでしょうか」
クアッドが「そういうもんですか」と呟く。
「かわいー」
ウサギの入れられた小屋の前でリーファが屈んで嬉しそうにしている。そのリーファの後ろに立つとそっと小さな声でリーファの耳元で囁く。
「そいつは夜になると巨大化して山と山を飛び跳ねるそうだ。そして獲物を見つけてはその血を吸うらしいぞ」
「!?」
リーファは驚いてさっとクアッドの後ろに隠れる。
「私も血を吸われちゃうの?」
「それはないだろ。綺麗な血しか求めないらしい」
「よかった…ってどういう意味ですか?」
にっこりと笑って振り向くリーファが握り拳を小さく掲げてクアッドに迫る。
「冗談だよ。怒るなよ」
クアッドが顔を引き攣らせるとリーファがふぅ、とため息を吐いた。
「私たちの村、なくなっちゃったね」
「だな」
言われてクアッドはうんざりした。自分たちが帝国騎士団や王宮魔術師団に入って功績を挙げれば、村にも補給物資が多く届くようになるだろうし、街道も整備されて暮らしやすくなるだろうと思ったが、肝心の村がなくなってしまったのならばそれも意味がなくなってしまった。
「みんな何処かへ移動しちゃったんですかね」
「生き残った人々は移動しましたよ」
ダイキが食糧庫から出て来て食材をそこに並べる。
「軽く腹ごしらえしてもう寝ましょうか」
山の向こうではすでに日が落ち始めている。暗闇に包まれるまでそう時間もかからないだろう。
焚き火を起こしてその上に網を乗せて、野菜や肉などを焼く。
「切るだけでいいんだから楽でいいですよね」
ダイキはにこにこしながら、ほいっと野菜を空に投げるとクアッドが抜刀して野菜を切り刻んでいく。
「わー、すごいねー」
その芸当を見てリーファがぱちぱちと手を鳴らす。
「私もやってみますね!」
「やめい」
リーファが右手を空に向けて野菜に狙いを定めるが、クアッドがそれを止める。
「適当な大きさに斬るのは構わないんだが、お前がやるとみじん切り以下になるだろうが」
クアッドがため息を吐くと、リーファが残念そうな顔をする。
食材をある程度斬り終えるとダイキが満足そうな顔をする。
「以前にも増して力強くなりましたね。加えて繊細さも実につけたようですね」
「はい、騎士団に入団した後もしっかりと毎日鍛錬しました」
クアッドが照れるとダイキが満足そうに頷いた。
「リーファ君も先ほどの戦闘でわかったのですが、相手の特徴をよく勉強して、効率の良い最小限の行動と適切な魔法の使用を覚えているようですね」
「はい」
リーファが頷く。
「二人とも立派になりましたねぇ」
感慨深そうにダイキは空を見上げる。
「焦げる!」
クアッドが肉をひょい、と網の上からさらって租借する。とりあえず食事を済ませると、リーファが家の中に入ってベッドに入った。
ダイキとクアッドは寝室ではなくて居間で眠ることにして、ランプの灯りに二人の顔が照らし出された。眠るには早すぎて二人は顔を突き合わせていた。二年間と言えばずいぶんと長く話をすることもたくさんある。
ダイキとはかなりの付き合いになるし、親のようなものでもあり、兄のようなものでもある。教養も深いし、人格も優れている良き隣人だ。
「それで二人はユニゾンを?」
「俺は知らなかったんですけどね。宮廷魔術師団は帝国騎士団から人間を選んで護衛につけさせるっての」
ダイキは呆れて見せる。
「そうだったんですか。宮廷魔術師団の魔術師はその帝国騎士団から選任した騎士を護衛に当てることができる。魔術師一人に付き三人までの護衛騎士を選任することができる、というのが宮廷魔術師団と帝国騎士団の条約締結です。魔術師というのは基本的に後衛ですからね。守ってもらって後ろから攻撃したり、前を守ったりするのが仕事なのですよ」
「そんな制度があったの知らなかったんですよ」
「教えておくべきでしたね。私はそんなこと知っていると思っていましたし、ユニゾンすると思っていましたから」
クアッドは「あー」と呟く。
「俺、あいつに嫌われてると思ってましたから、どうして一緒に王都に出たのかわからなかったんですよ」
「あの事件ですか」
ダイキが遠い目をするとクアッドは顔を伏せた。
「まぁ、あの子が人を嫌ったり出来ない子なのは知っているでしょう?」
「そうなんですけどね。逆に俺は困るんですよ」
「責められない苦しみですか。あなたもずい分と大人になりましたねぇ」
くすくすとダイキが笑うが、クアッドは笑えなかった。
「村の住民は逃げた、と言いましたが、正確には殲滅です」
急に話を変えられてクアッドは息を呑んだ。
「生存者ゼロで、全員、丘陵地帯に埋めました。村長は降伏しましたが、それを聞き入れられず、全員が銃という武器で殺害されたんですよ」
ころん、とポケットから先ほど村でクアッドが拾ったものを転がす。
「これに火薬をつめて、先ほどの男たちが持っていた筒のようなもので発射するんです。魔法とは違った人を殺せる道具です」
「壁に穴を開けるくらいの奴か?」
「そうです、ほとんど目には見えないでしょうが、殺気を感じて避けるくらいはあなたにもできるはずです」
クアッドは頷くと、ダイキはため息を吐いた。
「グロリアスに着いてもこの事は黙っていたほうがよさそうです。恐らくこのことを国はすでに知っています。余計な混乱を防ぐためにも黙っておいたほうが良い」
ダイキがそう言うのだから間違いはないのだろう、クアッドは頷く。
「で、クアッド君はリーファ君に交際の申し込みでもしたんですか?」
「…」
急に話を変えられた挙句、そんな話。
クアッドは視線を逸らして頬を赤くする。
「その気はあるんでしょうけど、そういうのに晩熟なのはいただけませんね。彼女だってその気がないわけではないんでしょうしねぇ」
「今はまだそういう段階じゃないって思ってるんだよ。あいつだって色々あるだろ?」
「色々ありますよねぇ。村を出て行く前に、あの子を押し倒してみたりとか」
「ぐあ」
クアッドがテーブルに突っ伏すとダイキが面白そうにそれを眺めた。
「びっくりしたリーファ君に魔法で山の中まで吹き飛ばされて大捜索、なんていう事件も昔話です」
「もう止めてくださいよっ!」
恥ずかしい過去を話されてクアッドがテーブルをバンっと叩く。
「そうじゃなくて、あいつの親の話ですよ。あいつが宮廷魔術師団に入ったのだって、広域探査系の魔法を習得するためだったって知ってるでしょう?」
「確かにそういう話でしたね。でも彼女は探査系は苦手ですから、苦労するでしょうね」
「攻撃支援型なんですよ。基本的に」
リーファが何度試しても探査系の魔法は習得できなかった。彼女はそれでもずっと勉強しているのに、どうしても向き不向きだけは克服するのには時間がかかる。
「天才魔法少女なんですけどね。私は彼女が心のどこかでまだ、両親に会うのを恐れているのではないか、と考えています」
「なるほど…」
クアッドは乙女心はよくわからない、と受け流す。
「そう言えばクアッド君も両親によってこの村に預けられていますよね」
「ええ、村長のところに預けられていましたから、正直今回の事件ではちょっと考えさせられましたけど」
「両親に会いたくはないんですか?」
聞かれてクアッドは「んー」と唸る。
会いたくない、と言えば嘘になるが、まず最初に口よりも手が出そうで困る。何よりも十数年間放置されっぱなしなのだから、殴っても罰は当たりそうにもない。
「別にどちらでも構わないって感じですかね。俺にとって両親はいなくてもいても変わらないんです」
「さっぱりしてますねぇ」
ダイキは物事に頓着しないクアッドらしいと苦笑する。
「敵襲ですね」
クアッドが立ち上がって寝室のリーファを起こすと、リーファがすぐに居間に顔を出した。
「こんな夜中によくも…魔物たちの種類も変わっていますから気をつけて脱出しましょう」
ダイキが裏口のドアを開けると、クアッドとリーファがそこから脱出する。
「賢者の梟は夜に舞う。その瞳は闇夜を見つめて何を思う」
ぽん、とリーファの指先が光って、ダイキとクアッドの額にちょんと触れると、闇夜が明るくなった。
「視界矯正魔法まで覚えてるんですか。私がもう教えることはありそうにもないですねぇ」
ダイキがよく勉強している子だ、と関心しながらも裏山の方へ入る。
ドンっ!と大きな火柱が上がってぱらぱらと粉のようなものが降り注いで、空が赤く燃えた。
「爆発!?」
クアッドが驚くとダイキがにこにこと笑う。
「どうやら表玄関から律儀に入ってくれたようですね。ちょっとした罠です」
楽しそうにしているダイキだが、火柱はかなり高く上がっている。ちょっとした、どころの騒ぎではない。
「師匠、何しでかしたんですか」
「追悼の花火ですよ。綺麗ですね」
取り合うこともせずに呟くダイキにクアッドはうんざりとする。意外と手加減というものを知らない人だ。
しばらく森の中を進んでいく三人だったが、おかしなことに獣の姿が見当たらない。あれだけの爆発を目の当たりにすれば少しくらいは騒がしくなってもいいものなのだが…。
クアッドが気づいた、と言うことはダイキもその異変に気づいているはず。
「師匠」
「ええ」
二人は視線を交わすと歩を緩める。
「わぷ」
真後ろを走っていたリーファがクアッドの背中にぶつかり、倒れないようにクアッドが腕を掴んでしっかりと立たせる。
「ごめんなさい」
「いや」
クアッドは言いながら周囲を見回す。
静か過ぎる。
「そこの三人!手を頭の後ろで組んで膝を地面につけなさい」
女性の声が響いてダイキが木の上へ跳躍して、枝にぶら下がる。クアッドはリーファを両腕で抱き抱えると茂みに身を隠した。
「俺は帝国騎士団、宮廷魔術師守護騎士のクアッド・アルマーティだ。そちらは何者だ?」
手を頭の後ろで組んで膝を地面につけ、という口上は騎士団の人間が犯罪者や不審者に対して行う命令で、クアッドも何度か口にしたことのある言葉だ。それ故相手も帝国騎士団に縁のある人間だとはわかったが、素性までは知れない。
「クアッド?なにしてんのあんた」
素っ頓狂な声を出されて、クアッドも聞き覚えのある声だ、と茂みから出るとプレイトメイルに身を包んだ少女がこちらを見て首をかしげている。猫のような瞳をぎらつかせている可愛らしい少女だ。
「お前だって帝国騎士団諜報部員じゃねぇか。何してんだ?」
「諜報部員が何してるか答えると思うの?バカ?」
そりゃそうだ、とクアッドが肩を竦めて見せると、木の上からすとん、とダイキが降りてくる。クアッドはリーファを下ろすとリーファが少女に向かってぺこりと頭を下げる。
「宮廷魔術師の法衣…」
少女はダイキにして見せたように、片膝を突いて敬意を示す。
「私はリーファ・クライスと申します。こちらはダイキ・ヒュウガさんです」
「どうも」
ダイキがにこりと微笑む。
「私は帝国騎士団諜報部所属のリレイン・ミーティアです」
リレインは立ち上がるとじとりとクアッドを睨んだ。
「リレインは俺と同期の士官学校卒業生なんだ。諜報部員ってのは黙っておかなきゃいけなかったんだっけ?」
「当たり前でしょ。あんたのその剣よりも軽い口がべらべら余計なこと言うから私も身分を明かしたけど、諜報部員の私が諜報部員ですよーって言っていいと思ってるわけ?あんた昔からあんまり後先考えないで行動する奴だとは思ってたけど、ちょっとでもその頭の中身が入ってるって言うならしっかりと頭を回転させたほうがいいんじゃない?そもそもね…」
早口で捲くし立てられてクアッドが「はいはい」と適当に返事をする。
「活発な方ですね」
リーファがその早口に呆然とする。
「一人で三人分くらい喋ってくれそうな人ですね。愉快愉快」
ダイキがくすくすと笑う。
「あなた民間人?この先の村の人?」
年上に対しても同じようにリレインが尋ねる。
「ええ、村人だった人、ですね」
「一ヶ月間くらい、こっちの街に誰もやって来てないから調査するように言われたんだけど、何があったのかしら?」
「おや、帝国騎士団ともあろう方が何もご存じないとはこれは問題ですね」
「いいから答えなさい」
恍けてみせるダイキにリレインが腰に手を当てて、ずい、とダイキに迫る。
「あなたにはお知らせできません。知りたければ村へ行ってください。恐らく死にますがね」
「なっ!?」
リレインが顔を真っ赤にして剣を抜く。
「民間人であろうとも騎士団に楯突くとはいい度胸じゃない?」
「最近の騎士団は容易に民間人に剣を向ける。それでは民間人も騎士団に対する信頼を失墜させざるを得ないということを心得てください」
ダイキが呆れているのを見て、クアッドは意外と礼節を知らない人間には厳しいダイキの姿を思い出していた。
「師匠、小娘いじめて楽しいですか?」
「ええ、とっても」
クアッドが間に入るとダイキがにっこりと微笑む。目が本気だ。
「小娘ってあんたも同い年でしょうが!」
リレインが今度はクアッドに食ってかかる。
「まぁまぁ、とりあえず、どこかの隊が村を襲撃して村は壊滅していましたよ。私たちは今、そこに展開していた敵性部隊から逃げてきたところなんです。下手に近付かないほうがいいかもしれません」
「どこの部隊だか確認できなかったんですか?」
リレインはリーファだけに丁寧に尋ねる。帝国騎士は宮廷魔術師団よりも下位に当たるためにそういうことが発生する。クアッドのように帝国騎士団の上位、宮廷騎士団に入隊できるものは少数精鋭で基本的に貴族の人間しかそこに所属できない。
「私たちの知らない部隊でしたからね。まぁ日が浅いので宮廷騎士団か宮廷魔術師団のセンパイ方に聞いて見るしかありません」
リーファがすらすらと答えて、リレインが「なるほど」と悩む。
「つい先ほど、隣国のアーミルズ共和国がこちらに宣戦布告したから、その尖兵だと思ったんだけど、宣戦布告よりも先に攻撃されていたなんて」
「アーミルズが宣戦布告?内容は?」
ダイキが尋ねるとリレインは嫌そうな顔をする。
「答えてくださいな?」
リーファがそんなリレインに促すとリレインは頷いた。
「わからないの」
「わからない、というより戦争の内容はもうすでに関係ないところまで来ているんでしょうね。長年睨み合ってきた国です。宣戦布告の内容というよりもただの弔い合戦なだけでしょう」
「あなた、意外と国際情勢に詳しいの?」
リレインが首を傾げると、ダイキは苦笑する。
「なにぶん年寄りですから」
「まだ二十六ですよね」
クアッドがダイキの年齢を思い出して、年を取ったとはずい分な言い様だと思った。
「アーミルズとうちは何回も衝突してますからね。今回もなんだかんだで停戦状態が続いていましたけれど、結局のところ互いの疲弊で結果的に停戦になっただけですから、何かの拍子に戦争が再開されたというだけでしょう。国境付近の人々はいい迷惑ですがね」
ダイキが戦争は人々を混乱させる、と呟く。
「とりあえず、村が壊滅したってことは伝えておかないといけないわね。私はグロリアスに戻るけど、クアッドはどうするの?」
「俺たちも一応グロリアスに戻るかな。一応、帰郷してるって連絡してたけど、帰郷するも故郷がなくなっちまったんじゃねぇ」
リレインはそれを聞いて言葉を詰まらせる。
「ごめん、無粋なこと聞いてたのかもね」
「気にすんな。俺もリーファもあの村で育ったけど、生まれた場所がわかんねぇんだ」
「何気に私もあそこの出身ではありませんからねぇ」
ダイキがさらりと呟く。
「師匠、あそこに住む前はどこに住んでいたんですか?」
「お花畑が綺麗なところですよ」
「おっさんが言うと気持ち悪いよ」
にっこりと微笑まれてリレインが頬を引き攣らせる。
「傷つきました」
がっくりと肩を落としてみせるダイキにリーファがくすくすと笑う。
「さて、立ち話もなんですからそちらの諜報部員さんの案内で近くの街まで行きましょうかね」
「諜報部員諜報部員ってあまり言わないでくれないかな?」
リレインは面倒な人を拾った、と頭を抱え、四人は暗闇の中を突き進んだ。




