03 まさか成り行きで結婚するなんて
翌朝、部屋をノックされて起こされた。
思ったより疲れていたようで、全然起きれなかった。
ドアを開けると、アレックスが立っていた。
「おはよう! まだ寝てたの? 朝ごはんだって」
「ちょっと着替えるから、待ってて」
私は手早く身支度を済ませて、部屋を出た。
「あれ? ジーン首の所どうしたの?」
「あ!!」
ラファエルに噛まれた所がそのままだった。
治療もせずに、そのまま寝てしまったんだっけ。
「あ、何でもないよ。虫にでも刺されたかな?」
私は首にそっと手を当てて回復魔法で治してしまう。
まさかラファエルに噛まれたなんて、とても言えない。
アレックスは鋭い。このまま隠していても、ラファエルとのことはそのうちバレてしまうだろう。
それは皆に対しても同じだ。どこかできちんと言わなくてはならない。
居間に移動すると、もう使用人のおばさん達が来ていて、せわしなく配膳したり、お茶を運んだりしていた。どうせ朝食を作ったのは、ここに姿が見えないユーエンだろうけど。
「おはようございます。遅くなってすみません」
王子達に向かってお辞儀をして挨拶をする。
「おはよう、お姫様」
「あんまり遅いから、アレックスが起こしに行ったんだ」
厨房にいるであろうユーエンを覗き、ラファエル以外が揃っていた。もう皆は食事を済ませたらしく、お茶を飲んでいた。
「おはよう。君が寝坊だなんて珍しいね」
ニコラス様にそう言われて、私は頭を下げる。
「すみません」
「まあ、さっさと食えよ。今日は宿に帰ってゆっくりしたい」
兄上が食事を取り分けた皿を持ってきてくれた。
なんとなく皆と顔を合わせづらい。
なんて言おう? ラファエルとうっかり関係してしまったから、彼と結婚すると? そんな簡単に言えるかな?
そもそも彼を好きかと言われると、そうとも答えられない。
それで納得してもらえるとも思えない。特に兄上には。
それにしてもラファエルはまだ寝てるの?
そういえば朝は食べないと言ってたっけ?
さっさと食事を済ませて、呼びに行くことにした。
皆にイヤでも報告しなければならないのに、肝心の相手がそこにいなくてどうする?
「ラファエルを呼んでくる」
私が席を立つと、アレックスが私の袖を引っ張って引き止めた。
「さっきついでに声を掛けたけど、全然起きる様子がなかったよ。ほっといてもいんじゃない?」
「それでも、起こして連れてくる」
私がそう言うと、さすがにアレックスも食い下がった。
「ごめんね」
それは色んな意味でのごめんねだったのかもしれない。
しかし、私が呼びに行くまでもなくドアを開けた所でラファエルと出くわした。
「わっ!!」
「…………」
ラファエルは相変わらずのヨレヨレの格好で、髪だってボサボサで足元は裸足でサンダルだった。
ていうか、わざわざサンダル持参?
「何だ、お前か」
「今、呼びに行こうかと」
ラファエルは私の顔をじっと見て、ぼそっと呟いた。
「……体、何ともないか?」
「え? ああ、うん」
「……なら、いい」
こいつはこいつで、私のことを心配してくれていたようだ。
昨夜あんなことになって、色々なことが私の体に一度に起こったから。
ラファエルは私の肩を抱いて、そのまま部屋の中に入る。
「ちょっと!!」
「……皆に報告するんだろ?」
私は否とは言えず、ラファエルに連れられて皆の前に出た。
肩を抱かれた私を見て、皆はある程度察したようだ。
「……こいつと結婚する。話は以上だ」
「!!!!!!」
え? それだけ!?
理由も何も説明はなし。ただ結婚するとだけ。
皆、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
そんなポカーンとしている時間がどれくらい経ったか。
「え? どういうこと?」
アレックスが掠れた声で小さく呟いて、他の皆もようやく我に返ったようだった。
ざわつく皆を前にしても、ラファエルは全く動じることがない。
兄上が物凄い形相で、私をラファエルから引き剥がした。
「ジーンに触れるな」
「……そいつはもう俺のものだけど?」
兄上は私を背後に庇って、ラファエルを睨みつけた。
このままだと、今にも殴りかかりそうだ。
「やめて!!」
私は兄上とラファエルの間に割って入った。
その様子を見て、皆が驚愕する。
「もしかして本当なのか? 本当にそいつと?」
兄上は、私の顔を窺う。私はただ黙って頷いた。
どうやら、ラファエルのあの宣言だけでは、信憑性に欠けていたようだ。私の行動が伴うことで、皆がようやく本気にした。
「何でよりによって、そいつなの!?」
いや、私も全く持って同意する。
アレックスは信じられないといった表情で、私とラファエルを交互に見た。
「どうして二人がそんなことになってるの? いつのまに?」
いつのまにと言われても、昨夜に実験の流れでそんなことになってしまって。……やっぱり言える訳がない。
「実験中に、俺がこいつに手を出した」
兄上が問答無用でラファエルをぶん殴った。
ラファエルは後ろに倒れこみ、私は思わず駆け寄った。
「大丈夫?」
「……平気」
口の端が切れて、血が出ていた。
ラファエルは手の甲で口を拭って、立ち上がった。
「……先輩の気持ちは分かるけど、責任はちゃんと取るし。殴られる謂れはない」
「無理矢理襲ったのか? ここでお前を殺してやろうか?」
兄上は口調こそ冷静だったけど、言ってることが怖い。
「兄上、私がこいつを選んだんだ。だからもう口を出さないで」
私がそう言うと、周りの皆も息を呑んで押し黙った。あくまで成り行きでこうなったけど、もう後にも引き返せない。
「……勝手にしろ」
兄上は吐き捨てるようにそう言って、部屋を出て行ってしまった。
私はどうすることも出来ず、ただその背中を見送る。
どのみち分かっていた。誰か一人を選べば、他の皆が傷付くことを。全員が幸せになる道などないのだ。
「まあ、少し話をしようか」
マクシミリアン王子がそう言って、一部始終を見ていた皆で今後を話し合った。
私を巡る争いは、ラファエルの勝利ということで決着が付いて、皆は早々にそれぞれの本来の仕事や役目に戻ることになった。
もっと揉めるかと思ったけれど、意外なことに皆が思ったより冷静だったこと。
解放されたゲートで皆は早々に宿に帰ることになり、私とラファエルはとりあえず残ることになった。
兄上は帰り際、捨て台詞を吐いて去っていった。
「そいつが嫌になっても、もう帰って来るなよ」
もちろんそれが兄上なりの許しの言葉だとイヤでも分かった。
私は何とも複雑な気持ちで、もう後には引けない選択をしてしまったことに軽くショックを受けていた。
クロエ様に結婚の報告をすると、彼女は別に驚かなかった。
「血の契約に囚われたか。まあ、お前達がやりそうなことだと思った。ラファエル、お前は紛れもなく夜の王の子だ。たとえその身が温かく、血を求めず、人と何一つ変わらなくても」
「……どういうことだ?」
「ジーンに血を与えて、その血を飲んだら、お前達はもう血の契約を交わしたも同じ。だがお前の存在自体がイレギュラーなので、正直私にもどうなるかさっぱり分からん」
普通は吸血鬼に血を吸われて、血を与えられた状態で死ぬと、その吸血鬼の眷属として蘇る。クロエ様がこの状態だ。
「あの、すみません。ラファエルのお父さんて、特別な人なんですか?」
「吸血鬼の中でもオリジナルと呼ばれる王の一人だ。いわゆる作り出された吸血鬼とは訳が違う。元々、魔界から来たといわれている」
魔界から!? 魔界って本当にあるんだ。
まあ神も存在するらしいし、別に大したことでもないのだろう。
「その王の息子なんだ。ただの人な訳がない。そうだろう?」
クロエ様の言葉に、ラファエルは少し笑った。
「少なくても、頭脳や身体能力は人並み以上に感じるな」
結局、私がどうなるかはよく分からないということだ。
「で、どうなんだ? 元々ジーンはお前のことが好きだという訳ではなかったのだろう? 今はどうだ?」
「正直、よく分かりません」
ただあの時は、色んな効果のせいなのか彼を求めてしまった。
今考えると、非常に恥ずかしい。
「うーん、効果は思ったより薄いのか。お前はどうなんだ? 好きなのか?」
「……そうだ」
私はちょっと面食らう。
ラファエルは他の皆みたいに、今まで私にはっきり好きだとは言わなかった。でもここで、初めて彼の口から気持ちを聞いたのだ。
「まあ、うちの使用人と連絡が取れるように算段を付けておこう。何か変化があれば教えてくれ」
「分かりました」
ラファエルは少し憮然とした表情で言う。
「俺には連絡なんて取ろうともしなかったのにな」
「その必要性を感じなかった。お前は人の世界で生きるべき者だから」
この二人の間には、きっと普通の親子とは違う何かがあるんだろう。私には計り知れぬことだけれど。
ただクロエ様は、必要以上に私達に関わろうとしなかったし、これからもそうなのだろう。
それは実の息子でも同じ。
結局、私達はその日のうちに王都への帰路に着いた。




