116話 誤読
「顔色悪いわね、正一くん...。」
次の日、俺の家から鈴本さんと登校していると、途中で彼女に心配そうな顔をしてくる。もちろん、昨日のことがあって自覚していた。寝不足というのが明らかな原因。
「あぁ...多分、寝不足が原因かと...。」
と言う。
これに、鈴本さんは、
「大丈夫...!?もしかして、昨日のあれが原因だった?だったら、謝る!」
(どうしよ、それが原因だけどとても言えない...。)
俺はそう思って、思い出したように、
「そういや、昨日は鈴本さんが寝た後も遅くまで勉強したんだった!」
「そう...それなら良かったわ。でも、ちゃんとたくさん覚えたんでしょうね?」
幸い俺の誤魔化しには気付かれなかったようだが、偶然なのか必然なのか鋭い質問。実は同じ原因でそっちにも集中できなかったのだが、
「も、もちろんさ。じゃ、じゃぁ沙耶香...問題を出してくれ。」
と虚勢を張るしかないのである。一度誤魔化すと決めた以上、後には退けない。
「そう。じゃぁ問題出すわよ? 『穏やかな』は?」
「calm。」
「正解。『産業化する』は?」
「industrialize。」
「正解。『残念なことに』は?」
「えっと...イン、イン...infortunatelyだ!」
「正解。じゃぁ、『obviously』は?」
「あ、明らかに?」
「せ、正解。じゃぁ、『reasonable』。」
「理にかなった。」
「正解。『phenomenon』は?」
「現象。」
「良くできたわね。ついこの前までは出来なかった単語よ。」
英訳和訳の猛襲はそこで終わり、鈴本さんに褒められる。俺は胸を撫で下ろし、小さく安堵のため息をついた。
(全部覚えてる奴で助かった...。)
今の俺は褒められ喜びよりもそんな安心の方が強いのである。
そして、俺たちは共に通学路を、共に学校の門を潜って、共に教室に入る。
すると、その瞬間を狙ったかのように生徒会からの校内放送があった。
「3年C組、鈴本沙耶香さん。3年C組、鈴本沙耶香さん。生徒会長がお呼びです。至急生徒会室に来てください。」
と。これを聞いて、鈴本さんは
「生徒会の集会って今日だったかしら...?」
と小首を傾げるが、呼ばれたことには変わりないので身を翻し、
「ごめん。また後でね、正一くん。」
と手を振った。これに俺は
「あ、あぁ...沙耶香。また後で。」
と返して、こちらも手を振った。
「おい、井上くんよぉ。」
と、今度は誰かが俺の肩に振れる。
「お、おはよう...浩平。」
何か嫌な予感がしたが、俺は笑顔で朝の挨拶をする。
「一応挨拶はしておく。おはよう、井上。というわけで、なぜ鈴本さんと名前で呼びあってるか聞かせてもらおうかー?」
彼も笑顔で返してくるが、その笑顔が怖い。
「いや、その...昨日鈴本さんが泊ることになりましてね...。俺の部屋で話してたらお母さんに閉じ込められたんですよ。」
俺はできるだけ穏便に済ませようと敬語で事情を伝える。だが、浩平は聞き耳を持たなかった。しかも、
「どうした?」
「どうしたのー?」
「浩平、井上が何かやらかしたのか?」
と圭吾、学、有馬まで来て、さらにややこしいことに。
浩平が彼らに耳打ちをすると、
「いーのーうーえー!」
「いーのうーえくーん?」
「いのうえー!」
と彼らまで肩をガシリと掴んだ。
「圭吾と学はまだしも有馬はキレんじゃねぇっよ!まさか、お前あの事忘れたわけじゃねぇよなっ!」
悔しいが圭吾と学には返す言葉がない。ただ、有馬は前科を持ち出して脅すことができた。
「そ、それを言われると...耳が...痛いよ...。」
その甲斐もあって、有馬だけは引っ込んでいった。
「大体、お前らが思ってるようなことは何も...してねぇよ。一緒に英単語の暗記してた」
ので、さらに畳み掛ける。これを言うのには、少し後ろめたさもあったがそれには気付かれなかった様子。だが、一難去ってまた一難。浩平が英語の参考書を持ってきて問題を出すと言い始めた。
「じゃぁ、基本的な単語からだ。『judge』の意味は?」
「判断する。」
「OK。『warn』は?」
「警告する、だ。」
「おぅ。では『devate』。」
「討論する。」
こんな感じで、基本的な単語は全て即答。『展示する』を意味する「exhibit」も何とか捻り出した。
問題が発生したのはこの後のことである。
基本的な単語の後の標準的な単語もほぼ全問正解で盤面はいよいよ高3レベルへ。ただし、高1レベルも残っているはずである。最初は『見落とす』に「overlook」、『justfy』に「正当化する」...といった感じで順調に事が進む。その内にが鈴本さんも戻ってきた。
さて、浩平が次に出したのは、
「ほほぅ。では、『話し合う』を意味する英単語は?ただし、devateはなしだ。問題に既にあるからな。」
という問題。
(なんだ、その簡単な問題は...!)
俺はそう思って自信たっぷりに、
「deep-kiss!」
とあるうことかの単語を口にしてしまった。俺はすぐ、
「じゃなくっ!『discuss』だ!」
と訂正するが、もう遅い。既に不穏な雰囲気が漂い、
「お、おぅ。正...解。」
と浩平は歯切れ悪くそう言った。
「『意見』が意味をするのは?」
「『oppai』っ!...いや、『opinion』だ。」
「『誤り』を意味するは?」
「『eroi』っ!...じゃなくて、『error』。」
「『comfortable』の意味は?」
「『気持ちいい』っ!」
「まぁ、『心地よい』と『気持ちいい』は似てるよな...って、なるか!文脈的にそういった意味になんだよ!あれだ!浦島太郎の原作に『鴛鴦の衾のしたにて比翼の契りをなし』ってのがあるが、『比翼の契り』には色々あるが『鴛鴦の衾』っていう添い寝の隠語がある時点でそれがそういう意味を持つのと同じだ!どうせ、お前も鴛鴦の衾の下で比翼の契りをなしたんだろ!?」
その後も、地雷を踏みまくって三千里。最終的に浩平がさらにキレることとなってしまった。
「表出ろ!」
キレた浩平は言う。
「表出ろ、なんて言葉初めてリアルで聞いたな...。」
俺はツッコミを入れつつ、体重を全て彼に預けて対抗。
「小賢しい奴め...!圭吾、お前には今度慎耶香の女友達を紹介してやる!そして、学!お前にはこれだ!」
それを見て浩平はそう言って学用に用意した浩平妹の寝顔写真をちらつかせる。
(こいつ、なにやってんだ。)
と思ったが、そこに思い至る学ではない。迷いのない飛び込みで、その手から写真をぶんどった。
結果、3人の力で教室から引っ張り出されて、そのまま中央階段へ。
「待ってくれ、これは違うんだ!俺は悪くない!お母さんに閉じ込められて、寝袋もなく、仕方ないから沙耶香と一緒にベッドで寝れば、沙耶香が深夜テンションだったから、その成り行きでぇぇぇっっっ!」
と大声で叫んで、浩平はまた聞く耳を持たずに、
「一緒に寝た、という時点で俺たちDT同盟への裏切りに値する。理由はそれだけで十分だ。」
とだけ言われる。
こうして、浩平主催のDT聴取が始まった。




