113話 雪夜の軒
秋過ぐれば冬来たれり。気温はさらに下がり、時には氷点下も記録する。桜の葉は全て散り、枝は冬の乾いた風に揺れる。月は師走となり、いよいよ受験も2ヶ月前に迫っていた。
第2の週末、俺、浩平、圭吾、学、鈴本さん、有馬の6人で俺の家に集まる。俺たちは進学組で、桔梗さんと立花さんは就職組のよう。いつもの鈴本さんのポジションには有馬もいる。若干授業遅れを心配していたのだが、そこは彼の頭脳で押しきったようである。
「だから、浩平。ここはこの公式を使うんだって。ほら、学も!複素数ってのはな。」
有馬は浩平にも教え、学にも教えている。どうやら、数学をやっているらしい。
対する俺は物理を、圭吾は英語を鈴本さんから教わる。
「井上くん、滑車の運動方程式は張力をこれとして重力をこれとして、こう立てるのよ。それに、橋本くん、この『I think that Machu Picchu in Cusco is the bust spot.』って何かしら?ふざけないで。」
真面目に運動方程式を教わる俺とは違い、ふざけた英作文を指摘される圭吾。
「いや、何してんだよお前。」
俺も追い討ちすると、
「最近、溜まり気味でな。」
と股間を見つめながら言う俺は
「1人で勝手に抜いてろ!」
と言い捨てた。
その後も俺たちは勉強を続ける。浩平と学は必死に関数や微分、積分を反復。俺は運動を反復、圭吾は覚えた単語を使って自由英作文の練習をひたすら行った。できる鈴本さんと有馬は俺たちよりも先に問題を解いて、分かるまで教えてくれるのであった。
「はぁぁぁっっっ...疲れた。」
間に昼御飯を挟んでまた勉強。日も暮れ初め、そこで今日の勉強会は終わりとする。浩平はシャーペンを投げて寝そべった。俺、圭吾、学も続く。
結局、この日は休憩も含めて8時間近く勉強をした。あとは暗記物を各自で済ませるだけである。
「じゃぁ、明日は各自でやるってことで!」
「じゃぁな、皆!」
「バイバイ!」
「井上、分からないことがあったら教えろよっー!」
そう言って夕日の方角へ去っていく4人の男。巨大な影を落とすその背中には無駄にカッコいいものがあった。
俺はそんな彼らを見送り、
「鈴本さんもまた明日...?」
と彼女に別れを告げようとするのだが、いきなりお母さんが出てきて、
「せっかくだから止まっていきなさい!鈴本ちゃん!」
と言う。
「そういうわけにもいきませんよ!」
と彼女は言うが相手にもされずに、俺もろとも背中から中へ押されていく。実は俺の母は元格闘家でかなりの怪力なのである。なす術なく家に幽閉されてしまう。
それからというもの何もかもが一緒である。
「すみません、ご馳走になってしまって。」
「良いのよ、良いのよ!だって、その内家族になるんだから!」
「か、家族...!?」
の下りで同じ釜の飯を食うし、風呂も一緒に入ったというわけではないが浸かった風呂は同じである。鈴本さんは何のためらいもなく先に入っていった。
(ま、待て...!それって俺、鈴本さんの残り湯に入るってことじゃ...!)
それが気になるのはこう思う変態な俺だけなのかもしれなかった。
しばらくすると、鈴本さんがシャンプーの香りを振り撒き、濡れた髪をタオルで拭きながら、
「井上くん、お風呂空いたわよ。」
と言う。
「う、う、う、うん...。」
残り湯を気にしすぎたせいでどもりが混じる。それに鈴本さんは
「どうしたの?私の残り湯に浸かるのがそんなに緊張するかしら?大丈夫、それを気にしてるのは変態な井上くんだけよ。」
と図星をついてくる。俺は誤魔化すように風呂へと走っていった。
さて、場面は変わって湯船の中。残り湯残り湯と考えていたせいで、我が息子(意味深)が急成長を遂げる。俺は大人になった我が息子をしばらく見つめて、沈黙。
「いや...これはあれだ...。熱膨張って奴だ。高校生ともなれば、勃起なんていうガキンチョの言葉は使わない。」
その沈黙を破ったのはこの言葉であった。お風呂に入ると色々な所が固くなると言うがあれは全部熱膨張で説明がつくはずだ。進学組の俺はそう考える。
そして、ちゃんと収縮させてから風呂を出る。が、あの風呂のことをちょっと思い出すだけでちょっと膨張してしまう。
「これも...熱膨張だ...。」
少し無理があるのは自覚しているし、見苦しいことだとも分かっているが、それでも恥じるよりましであった。
出るといつの間にか雪が降り始めている。鈴本さんは軒で雪の降る夜空を見上げていた。
俺は温かい物でもと思って紅茶を淹れて、お盆に2つ載せて持っていく。
「珍しいこともあるものねぇ。」
という鈴本さん。
「だな。前に雪見たのって4年前だなぁ。」
俺も4年前の大雪を思い出して言う。
「あれとこれは規模が全然違うでしょ?私は大雪よりもこういうしんしんと降る雪の方が好きだわ。」
「それもそうよなぁ...。」
それは一瞬で言い負かされてしまうのだが。
「それにしても、井上くん,..温かい物をって気遣いはありがたいけど、紅茶だねんてセンスないわよ。どう考えてもコーヒーじゃないかしら?」
「ごめん...。」
「そもそも、私は紅茶よりもコーヒー派なの。2年も付き合ってて彼女の好みを忘れるなんてホントあり得ないわよ。」
「ご、ごめん...。」
「でもミルクを添えてるのは正解ね。私はミルクティー派だから。」
「俺はレモンティー派だな。ストレートも結構好きだけど。」
俺たちは言葉をかわして同時に紅茶を啜る。出来はまずまずである。
俺たちはまた一言また一言と言葉をかわし、また一口また一口と紅茶を啜り、また一つまた一つと雪の結晶を手に乗せる。それはすぐ解けていたが、粒は大きく一瞬綺麗な六角形がはっきりと見えた。
そして、紅茶を飲み終えてからしばらくし、体が冷え始めると、
「じゃあ、そろそろ戻りましょ。」
「だな。」
の下りでガラス戸を開け部屋に戻るのであった。




