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第2章:聖女様のご来店と、恐怖の美肌クリーム(第1話)

 ロバートの怒号が、狭い診療所の空気を激しく震わせた。


「な……ッ!?」


 最高位の聖女が、思わず絶句して数歩後ずさる。

 高慢な貴婦人に至っては、あまりの無礼な物言いに顔を真っ赤に変え、しこりのある頬を震わせた。


「な、なんて不遜な……! 治癒魔法(ヒール)を醜悪ですって!? これは神が我ら一族に授け、病める者を救うための聖なる奇跡の業よ! それを中止しろだなんて、あなた正気なの!?」

「正気だから言っているのだ!」


 フッ、と鼻で笑い、ロバートは組んだ腕にさらに力を込めた。背筋をピンと伸ばし、冷徹かつ圧倒的な自信に満ちた「天才医」の目を貴婦人に据える。


 もちろん、机の下では俺のズボンの裾をガタガタと震える手で掴んでいるが、見事なポーカーフェイスだ。  


「聖女よ。あなた方は、その高尚なヒールが『何に対して』作用しているか、まるで理解していない」

「何に対して作用しているか……?」

「左様。治癒魔法の本質とは何か。それは『傷ついた肉体の細胞を、強制的に活性化させ、猛烈な勢いで増殖・再生させる』──ただそれだけの現象だ」


 ロバートは立ち上がり、ゆっくりと部屋の端にある黒板へと歩み出た。

 俺があらかじめチョークで描いておいた「いびつに歪んだ巨大な細胞(がん細胞)」の図を、指指す。


「もし、そのしこりが、外から侵入した悪魔の呪いなどではなく……あなた自身の細胞が狂い、暴走した『悪性腫瘍(がん)』であるとしたらどうなる?」

「悪性、腫瘍……?」


 貴婦人が、聞き慣れない不気味な響きに息を呑む。


「通常の細胞は、一定の規律を守って増殖を停止する。だが、この『悪性腫瘍』は違う。肉体の規律を完全に無視し、周囲の栄養を際限なく貪り喰らい、無限に増殖を続ける『狂った細胞』なのだ。そんなものに、細胞を無理やり大増殖させるヒールをかけたらどうなるか……、神殿の最高頭脳たるあなたなら、容易に想像がつくはずだ」


 聖女の端正な顔が、みるみるうちに血の気を失っていく。

 ローブの隙間から見えるその瞳が、驚愕と、そして「あり得たかもしれない最悪の結末」への恐怖で激しく揺れていた。


「まさか……。私たちが良かれと思って何度も編み直した最上位の治癒魔法は……」

「その通り。あなた方は聖なる祈りをもって、その恐るべき狂った細胞に、無限の餌(魔力)をせっせと与え続けていたのだ! 呪いが酷くなったのではない。あなた方の無知が、この御婦人のしこりをこれほど巨大に『育て上げた』のだよ!」

「そんな……っ!」


 聖女はついに耐えきれず、口元を両手で押さえてその場にへたり込んだ。

 貴婦人も、自分の頬にあるしこりが「悪魔の呪い」ではなく、自分を救うはずの聖なる魔法によって肥大化した化け物だと突きつけられ、ガタガタと歯を鳴らして震え出した。


「う、嘘よ……。じゃあ、私はどうすればいいの? 魔法が効かないなら、私はこのまま、この化け物に顔を食い破られて死ぬのを待つしかないの……!?」


 絶望に涙を流す貴婦人

 ロバートは一瞬、俺の方へチラリと視線を送ってきた。


(セ、セラム殿……! 完璧に言いきったよ! 演説は100点だったよね!? でもここからどうするの!? メスで切るって、このボロ診療所でそんな大手術するの!?)


 目が涙目で必死に訴えかけている。

 安心しろ、ロバート先生。あなたが表舞台でヘイトを全て集めてくれたおかげで、俺の脳内ラボ(システム)はとっくに次の『確定エビデンス』を弾き出している。

 俺はロバートの背後に一歩寄り添い、耳元で極めて小さな、しかし明確な声を届けた。


「ロバート先生。まだ転移はしていません。あのしこりの根元をピンポイントで遮断し、局所麻酔をかけてメスで剥離(はくり)すれば、15分で摘出可能です」

「じゅう、ごふん……?」

「ええ。それと、その御婦人が使っている高級な『魔獣のオイル入り美肌クリーム』、あれが発がん性物質……つまり、細胞を狂わせた真犯人です。手術の前に、それを出してもらってください。成分を調べます」


 ロバートの目に、再び「いける」という確信の光が宿った。

 彼は不敵に笑うと、絶望する貴婦人を見下ろした。


「御婦人。根拠なき医療に救いはありませんが、データの揃った我が医術に、治せぬ病はありません。──今すぐ、その顔に毎日塗っている『忌まわしきもの』をすべてここに差し出しなさい。それが、あなたの命を救う最初の条件だ」

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