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[第8章]黄色い目のふたご姫と、禁断の果実(第2話)

「さあ、我が愛しき黄金の子らよ……。王家に代々伝わる、この聖なる『秘薬の果実』をお飲みなさい……」


 王妃が涙ながらに差し出したスプーンには、ドロリとした赤黒い果実の汁が握られていた。


 神官たちが「おお、聖なる儀式だ!」


 と盲信の声を上げる中、部屋の隅で完全に気配を消していたセラムの目が、その果実の汁を鋭く捉えた。


(……怪しげな果汁を乳児に。──【生体分析(アナライズ:組成分析)】起動)


 セラムの脳内ラボが、スプーンの先から揮発する微量な成分、および滴り落ちた一滴の果汁の分子構造を瞬時に吸引・分析する。

 脳内のスクリーニングモニターに、検出された未知の化学物質の組成データが次々とプロットされていった。


 チーン、と脳内で乾いた警告音が鳴る。


(……組成分析完了。検出されたのは──環状ペプチド。アマトキシン類、およびファロキシン類。……間違いない、これは強力な肝毒性を持つ【アマニタ毒素】の分子構造だ!)


 その瞬間、セラムの脳内で【組織・細胞診(パソロジー)】の細胞病理知識が、先ほどの最悪な血液データとカチリと噛み合い、最大級のアラームを鳴り響かせた。


(生化学データで見られたASTやALTの4桁突破、そして直接ビリルビンの異常高値……すべての原因はこの毒素か! アマニタ毒素が細胞のタンパク質合成を阻害した際の、肝組織の末路が脳裏に浮かぶ。細胞たちが文字通り『窒息死』して核が縮み、ドロドロに溶け合っていく広範な塊状壊死だ。これ以上あの果汁を飲ませれば、残ったわずかな肝細胞すら全滅する。今すぐ摂取を止めさせ、解毒へ移行しなければ今夜中に死ぬ!)


「おい、そこの下層民! 聖なる儀式の最中だぞ、下がって──」


 神官の制止が飛ぶより早く、セラムは一言も発さず、ただ手帳に凄まじい速さでペンを走らせていた。

 カリカリと硬い音を立てて千切られたメモ用紙は、いつものようにロバートの背中へと、音もなく、しかし正確に滑り込まされる。


 背中に触れた紙の感触で、ロバートの口元が不敵に吊り上がった。

 ロバートは背後に手を回してメモをスマートに回収すると、そこに書かれた緊迫したロジックを一瞬で頭に叩き込み、電光石火の速さで王妃の手首を優しく、しかし確実に掴んで止めた。


「おっと、そこまでだ王妃殿下。……その『祝福の果実』とやらは、今すぐお捨てなさい」


「な、何を不敬な……! これは我が王家に伝わる、病を退ける聖なる果実ですぞ!?」


 王妃が目を見開く。周囲の神官や近衛兵たちが一斉に剣の柄に手をかけたが、ロバートは元宮廷医術長としての圧倒的な威圧感で彼らを睨みつけた。


「病を退けるどころか、それこそが姫君たちの内臓を内側から腐らせている『真犯人』だと言っているのだ! わからないかね、無能な医官ども、そして神官たちよ!」


 ロバートはセラムのメモを指先で弾きながら、彼らの知識レベルに合わせて、痛烈な「翻訳」を叩きつけた。


「我が医術の眼(まなこ)はすべてを見通している! 姫君たちの体内では今、血に含まれる『黄色い毒の澱(おり)』が、体内での処理システムを失って通常の数十倍に膨れ上がり、全身へ逆流(リーク)しているのだ! 五臓の要である『肝の臓(かんのぞう)』が、そこの王妃殿下が良かれと思って毎日与えていた果実の毒によって、今まさに細胞単位で生きたまま融解しているという、明確な死の宣告さ!」


「な、なんだと……!? 肝の臓が、溶けている!?」


『融解』という生々しい言葉と、元宮廷医術長の圧倒的な自信に、宮廷医官たちの顔がにわかに土気色へと変わっていく。

 ロバートは真っ青な顔の王妃に、セラムがメモに書いた冷酷な事実を容赦なく告げた。


「これ以上その果実を与えれば、今夜中に姫君たちは昏睡し、確実に死に至る!」


「あ、ああ……そんな……。私は、ただ、元気に育ってほしくて、毎日あの果実を……っ」


 王妃の手からスプーンが落ち、床に転がった。


「う、嘘だ! 宮廷医術を愚弄するな!」


 神官の一人が声を荒らげる。


「これは太陽神の祝福だ! 祈りによって光はさらに強くなる! 下層の不審者どもの妄言に惑わされるな!」


 オカルトの権威を守るため、必死に現実を否定しようとする神官たち。


 だが、その時、ベッドの上のふたごの姫の一人が、ヒッ、と短い悲鳴のような声を上げ、全身を硬直させて激しく痙攣(けいれん)し始めた。


「ひぃっ!? 姫君が……!?」


「な、何が起きたのだ!?」


 慌てる室内の中心で、セラムは表情一つ変えず、ただ手帳の端に『核黄疸。毒素が脳の基底核に沈着。

 中枢神経症状の発生』とだけ書き殴り、ロバートに鋭い視線で合図を送った。

 ロバートの目が、すべてを察して鋭く輝く。


「言わんこっちゃない! 毒素が限界値を突破し、脳の芯に沈着を始めた! 【核黄疸(かくおうだん)】による中枢神経症状だ! 退き給え、これより我が医術をもって、この毒をすべて体外へ排泄させる!」

よろしければ何点でも構いませんので評価やコメントをいただけると嬉しいです。

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