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『万能鑑定士? いいえ、裏方の臨床検査技師です 〜手柄は全部相棒の医者に押しつけて、私は貧民街で定時退社を目指します〜』  作者: 波留馬 喬


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第6章:血の止まらない呪いと、王位継承の陰謀(第3話)

「毒殺……!? 殿下が、何者かに毒を盛られたというのか!?」

近衛隊長の怒号が寝室に響き渡り、宮廷医官たちは一斉に顔を見合わせた。

「馬鹿なことを言うな! 殿下の食事はすべて、訓練された毒見役が事前に確認している! 毒見役には何の異常も出ていないのだぞ!」

宮廷医長が必死の形相でセラムに掴みかかろうとするが、ロバートがその巨体で静かに前に立ち塞がり、鋭い眼光だけで医長をその場に硬直させた。

セラムは宮廷医長の騒ぎを意にも介さず、冷徹に思考を巡らせていた。

(毒見役に異常が出ないタイプの毒……。つまり、摂取してすぐに効果が出る急性毒ではない。数日間、あるいは数週間にわたってじわじわと体内に蓄積され、ある一定の濃度を超えた、あるいは『小さな傷を負った』瞬間に初めて致命的な牙を剥く、遅効性の薬物だ)

「隊長」セラムは近衛隊長を振り返った。「エドワード殿下がここ数日、日常的に口にされていたもので、他人があまり手を付けていないおやつや、嗜好品はありませんか? 特に、他国からの献上品のような珍しいものです」

近衛隊長はハッとしたように目を見開いた。

「……ある! 隣国から『王子の成人を祝う伝統の品』として贈られた、特別な焼き菓子だ! 殿下の大好物で、この一週間、毎日のようにお茶の時間に召し上がっていた。高価なものゆえ、毒見役が一口確認した後は、すべて殿下お一人が消費されていたはずだ!」

「案内してください」

セラムは近衛隊長に連れられ、寝室の隣にある談話室へと向かった。

机の上には、銀のトレイに載せられた小ぶりな焼き菓子がいくつか残されている。シナモンに似た、甘く独特な芳香が部屋の中に漂っていた。

セラムは手袋をはめた手でその焼き菓子を一つ手に取り、スキル【分析アナライズ】を発動した。彼の脳内データベースが、菓子の成分を分子レベルで高速スクリーニングしていく。

小麦粉、バター、砂糖、そして──。

(……見つけた。この独特な甘い香りの正体。位置づけとしては、完全に抗凝固薬の『クマリン誘導体』だ。大量かつ継続的に摂取すれば、生体の止血システムを根底から破壊する暗殺の凶器になる……!)

セラムは焼き菓子をトレイに戻し、眼鏡のブリッジを指先で押し上げた。

「ビンゴです。この菓子に含まれている香辛料に、体内のビタミンKを徹底的にブロックする悪質な薬物が仕込まれていました」

「び、びたみん……? 何だそれは、どのような呪いだ!?」

付いてきた宮廷医長がわけのわからない単語に困惑の声を上げる。

セラムはため息を堪えながら、できる限り噛み砕いて説明を始めた。

「呪いではありません。人間の身体が血を固めるための部品(凝固因子)を肝臓で作る際、【ビタミンK】という特定の栄養素が絶対に必要なんです。この菓子に仕込まれた薬物は、そのビタミンKの働きを完全に妨害します。結果として、王子の体内では新しい凝固因子が作られなくなり、さらに大出血によるパニックで血栓を溶かすブレーキ(線溶系)まで大暴走して、血が全く固まらない状態になっていたんです。毎日少しずつ食べさせることで毒見をすり抜け、王子を『一度傷つけば絶対に血が止まらない肉体』へと作り変えた……。極めて計算された、冷酷な暗殺計画です」

「そんな……! では、殿下を救う術はないのか!?」

近衛隊長が絶句する。

「いいえ。原因が特定の栄養素のブロックだと分かれば、対処法は至ってシンプルです。阻害されている量を遥かに上回るビタミンKを、力技で体内にぶち込めばいい」

セラムは壁の時計に目をやった。16時35分。定時退社まであと25分。ここで劇薬の調合を一から始めていたら、絶対に定時の鐘には間に合わない。

(神殿の高価な聖水や、宮廷の秘薬を調達している時間はない。最も早くて、最も確実、かつ身近にある『アレ』を使うしかない)

「先生」セラムはロバートを見た。「僕が普段、体作りのために好んで食べている、裏庭のあの雑草……。以前、大量に茹でてアクを抜き、成分を濃縮して抽出しておいたあのストック、持ってきていますよね?」

ロバートはニヤリと笑い、自分の往診カバンから、怪しげな緑色の液体が詰まった大きめのガラス瓶を取り出した。

「おう、お前が『バター炒めにすると最高だ』って言いながら、小まめに仕込んでた特製のエキスだろ。いざという時の栄養補給用にって、カバンに突っ込んでおいて正解だったな」

「ありがとうございます、完璧なリスク管理です」

セラムはその緑色のボトルを受け取った。

「な、何だその禍々しい緑の液体は! 殿下にそのような素性の知れぬドブ水を飲ませるなど、断じて許さん!」

宮廷医長が悲鳴のような声を上げるが、セラムはそれを完全に無視してベッドサイドへ歩み寄る。

「これはドブ水ではありません。クマリンの作用を力技で叩き潰し、王子の肝臓を大至急叩き起こして凝固因子を急造させるための、最強の特効薬──」

セラムはボトルの蓋を開けた。部屋の中に、濃厚な「青臭い匂い」が立ち込める。

「──超高濃度【ビタミンK(ほうれん草濃縮エキス)】です。今からこれを、殿下に直接投与します」

よろしければ何点でも構いませんので評価やコメントをいただけると嬉しいです。

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