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第6章:血の止まらない呪いと、王位継承の陰謀(第2話)

 王宮の最奥、第一王子エドワードの寝室は、重苦しい絶望と狂乱に包まれていた。


「天にまします光の神よ、我が祈りに応え、この尊き血の流れを止め給え……!『聖域止血術サンクチュアリ・ヘモスタシス』!」


 純白の法衣をまとった神殿の治癒魔導士が、額に汗を浮かべながら必死に呪文を唱える。

 彼の両手から放たれた淡い光が、王子の右手の指先を包み込んだ。

 しかし、光の粒子が霧散した直後、寝台のシーツには再び真っ赤な鮮血がじわりと染み出していった。


「ば、馬鹿な……! 傷口は完全に塞がったはずなのに、なぜ内部から血が溢れてくるのだ!?」


「宮廷特製の『竜血の止血軟膏』も全く効かん! 傷口に塗ったそばから、血の勢いで洗い流されてしまう!」


 豪奢な絨毯の上には、血に染まった布切れが山のように積み重なっている。

 天蓋付きのベッドに横たわる15歳の王子エドワードは、度重なる出血によって顔面が土気色に変色し、呼吸も浅く、完全に意識を失っていた。


「どけ。神に祈って血が止まるなら、医者も検査もこの世に必要ねぇんだよ」


 部屋の重々しい空気を切り裂くように、冷徹な声が響いた。

 近衛隊長に連れられて現れたロバートとセラムの姿に、狼狽していた宮廷医長が鋭い視線を向ける。


「な、何者だ貴様らは!……ふん、下町の野良医者ロバートか! 引っ込んでいろ、我ら宮廷医官の英知と神殿の秘術をもってしても止まらぬ『血の呪い』なのだぞ! 貴様のような粗野な男に何ができる!」


「あぁ?『血の呪い』だと?」


 ロバートは宮廷医長を鼻で笑うと、懐からお気に入りのパイプを取り出そうとして、セラムに「禁煙です」と手元を叩かれ、不機嫌そうに手を引っ込めた。


「目ん玉ひん剥いてよく見てろ、無能ども。呪いかどうかは、こいつの『データ』が証明する」


 ロバートの言葉を合図に、セラムは静かにベッドサイドへ歩み寄った。

 時計の針は15時55分。定時退社まであと1時間5分。


(このまま宮廷医たちのオカルトな神学論争に付き合っていたら、確実に出血死の死亡診断書を書かされる羽目になる。一刻も早く『物理的な原因』を突き止め、プロトコルを確定させなければ……!)


 セラムはカバンから特注の細ガラス管を数本、そして自作の薬液を取り出し、王子の指先から新鮮な血液を慎重に採取した。

 まずは、血液そのものの状態を知るための【血球計数セル・カウント】だ。

 セラムがガラス管に採った血液をじっと見つめると、彼の脳内スクリーンに、現代の自動血球計数装置さながらの正確な測定数値データがリアルタイムで弾き出されていく。


(……データが出た。赤血球数290万/μL、ヘモグロビン値8.2g/dL。慢性的な貧血じゃない、急激な出血による明らかな急性貧血の数値だ。そして──血小板数は24万/μL。正常範囲内だ。一次止血の主役である血小板がこれだけ十分にあるのに、なぜ血が止まらない?)


 さらにセラムは、骨髄から送り出されたばかりの未熟な赤血球──「網状もうじょう赤血球」の割合に目を走らせた。


(網状赤血球数は1.2%。正常、あるいは出血に反応してわずかに上昇し始めている程度。……よし、これで確定だ。もしこれが骨髄の異常や、長期にわたる慢性的な血液疾患なら、網状赤血球の数にもっと極端な異常値が出る。それが正常ということは、王子の身体はつい数日前まで完全に健康だった。今日のこの止血不全は、急激に引き起こされたものだ!)


「おい、セラム。凝固時間はどうだ」


 背後からのロバートの促しに、セラムは深く頷き、今度は薬液を仕込んだ二本目のガラス管を手に取った。


「そちらも今、決定的なエラーが出ました。薬液を何も入れない一本目は10分経っても全く固まりません。そして、こちらの試薬を足した二本目ですが……」


 セラムがガラス管を軽く傾けると、寝室にいた全員が己の目を疑う光景を目撃することになった。

 管の中で一度は確かにドロリとゼリー状に固まりかけた王子の血液が、まるで魔法が解けたかのように、みるみるうちに再び水のようなサラサラの液体へと逆戻りしていったのだ。


「な……!? 固まった血が、溶けて……元に戻った……!?」


 宮廷医長が絶句し、ガタガタと震え出した。「やはり呪いだ! 悪魔の呪いだ!」


「呪いなものか、100%ただの現実だ」


 セラムは冷徹に言い放ち、ガラス管をホルダーへと収めた。

 その目は、血球データと凝固異常の二つの側面から、完全に犯人の「手口」を捉えていた。


「血小板の数は正常。なのに一度形成されたフィブリン(血の網)が、これほどの短時間で完全に分解され、再液化する……。これは、体内で血栓を溶かすシステム【線溶系(フィブリン溶解系)】が異常なまでに暴走させられている決定的な証拠です」


 セラムは手帳にすべての数値を素早く書き込みながら、ロバートに視線を送った。


「先生、すべてのデータが繋がりました。王子の身体の中で、今、作ったカサブタを片っ端からチョキチョキと切り刻む『最悪のハサミ(プラスミン)』が狂ったように暴れ回っています。これでは、どんな止血薬を塗ろうが、魔法で塞ごうが、内側からすべて溶かされて流れてしまうのは当然です」


「なるほどな。血の数は足りてて、ハサミだけが暴走してるってわけか。……となると、原因はアレしかねぇな、セラム」


 ロバートがニヤリと不敵に笑う。


「ええ。網状赤血球の数値から見ても、これが先天的な病気である可能性はゼロです。エドワード殿下が『血液の凝固を内側から完全に破壊する特殊な薬物』を、ごく最近、人為的に摂取させられたことを意味しています」


「な、何だと……!? 毒殺、というのか……!?」


 近衛隊長が激昂し、部屋の中の緊張感が一気に跳ね上がった。

 時計の針は16時15分。

 王位継承の陰謀が渦巻く王宮のベッドサイドで、元臨床検査技師の、命と定時をかけた「血液が固まる仕組みの分析」が、隠された真実を剥ぎ取り始めていた。

よろしければ何点でも構いませんので評価やコメントをいただけると嬉しいです。

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