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『万能鑑定士? いいえ、裏方の臨床検査技師です 〜手柄は全部相棒の医者に押しつけて、私は貧民街で定時退社を目指します〜』  作者: 波留馬 喬


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第5章:青い血の騎士団と、白銀の呪縛(第1話)

ラインハルト伯嬢の「悪魔憑き(急性脳炎)」を鮮やかに解決してから数週間。ロバート診療所の名声は、ついに王都の特権階級の最深部にまで届いていた。

16時10分。

いつものように17時の定時退社までのカウントダウンをしながらカルテをめくっていたセラムの耳に、規則正しい、しかしどこか力のない金属音が近づいてくるのが聞こえた。

──ガチャ……、ガシャ……、ズルル。

診療所の扉を開けて入ってきたのは、見事な白銀の甲冑を身にまとった一団だった。王宮を守護する最精鋭、『王都白銀騎士団』。

しかし、その威厳ある肩書きとは裏腹に、彼らの様子は完全におかしかった。

「頼む……、ドクター・ロバート。我らの身体にかけられた『高貴な呪い』を、どうか和らげてはくれないか……」

先頭に立つ若き騎士団長・レオポルドは、甘いマスクを青白く引きつらせ、まるで100キロの荷物を背負っているかのようにハァハァと激しい息を切らせている。後ろの団員たちにいたっては、ボロ診療所の丸椅子に座った瞬間、泥のように机に突っ伏して動かなくなってしまった。

「おいおい、王宮の誇る無敵の騎士団が、揃いも揃って幽霊みたいに青い顔をしてどうしたんだ?」

ロバートが呆れ顔で応対する。

「……数ヶ月前からだ。少し訓練をしただけで激しい動悸と息切れがし、剣を握る力すら入らん。大聖堂の神官長に診せたらこう言われたのだ。『これぞ高貴なる血筋の証。生まれつき血が青く(薄く)なり、疲れやすくなる代わりに聖なる力を得る【高貴な病】だ。神のヒールで心臓の鼓動を早め、気力で耐えよ』と」

レオポルドは重い甲冑に擦れる指先で、自身の額を拭った。

その時、一歩引いた受付のポジションから彼を観察していたセラムの目が、その「指先」に留まった。

(……待て。あの団長の爪、中央が不自然にへこんで皿みたいに変形してるぞ。『スプーン爪(匙状爪)』だ。それに口角も切れてる……)

医療従事者としての直感が警報を鳴らす。高貴な呪いなどというオカルトではない。もっと泥臭い、決定的な「ある異常」のサインだ。

セラムはさりげなくロバートの背後に回り込み、彼にしか見えない角度で素早くカンペを差し出した。

【セラムの初期カンペ】

『高貴な病ではありません。

ロバート先生、団長に “あかんべえ” をさせて【下まぶたの裏(眼瞼結膜)】の血色を確認してください。それと、少量の採血指示を』

ロバートは背後からのカンペを一瞥すると、小さく鼻で笑い、いつもの「絶対的な自信」を宿した医師の顔になった。

「なるほど、神殿の寝言はよく分かりました。──レオポルド団長、高貴な呪いかどうか、私が今から証明して見せましょう。少し失礼」

「えっ……? あ……」

ロバートは迷いのない手つきでレオポルドの顔の前に手をかざすと、医師としての威厳をまとった指先で、彼の下まぶたをすっと押し下げた。

露わになった下まぶたの裏(眼瞼結膜)を見た瞬間、ロバートの鋭い目がさらに細められる。

「……やはりな。真っ白だ。本来なら血管が走って鮮やかな赤色に見えるはずの粘膜が、まるで紙のように血の気が失せている」

「な、何のことだ、ドクター……?」

「レオポルド団長、あなたの身体のなかで何が起きているか、正確に突き止めます。──セラム、すぐに皆さんの採血を。血液の検査だ」

「かしこまりました」

セラムは救急バッグから必要な道具を取り出すと、安心させるような穏やかな声でレオポルドに語りかけた。

「団長、少しだけ状態を調べさせてくださいね。指先を失礼します。チクリとしますよ」

「う、うむ……」

事務的でありながらも手際よいセラムの手技によって、レオポルドの指先に小さな針が当てられ、数マイクロリットルの血液がすっとガラス管に採取された。団員たちも、その手際の良さと静かな雰囲気に安心したのか、素直に指先を差し出している。

セラムは集めた微量の血液を見つめながら、脳内ラボの全システムを起動した。

──【血球計数カウント:展開】

──【生体分析(アナライズ:生化学):接続】

網膜のスクリーンに、瞬時に彼らの血液データが鮮明に投影されていく。

【赤血球数(RBC):310万 /μL】 (減少)

【ヘモグロビン(Hb):5.2 g/dL】 (致命的な低値)

【MCV(赤血球の大きさ):62 fL】 (著明な小球性)

【MCHC(赤血球の濃さ):26 %】 (低色素性)

【血清鉄(Fe):12 μg/dL】 (激減:基準値の底を突破)

【フェリチン(貯蔵鉄):5 ng/mL未満】 (枯渇:体内の貯蔵分も完全に空っぽ)

【UIBC(不飽和鉄結合能):420 μg/dL】 (著明な高値:鉄の運搬上限までスカスカ)

【血液像(目視):赤血球の大きさがバラバラで、中心部が白く抜けた『スカスカの円盤』が多数、標的赤血球+】

(嘘だろ……、ヘモグロビン5.2!? 血液が赤いインクを水で極限まで薄めたみたいになってる。血清鉄もフェリチンも底を突いて、鉄を運ぶためのUIBCが限界まで跳ね上がってるじゃないか。彼らが「青い血」と言っているのは、酸素を運ぶヘモグロビンが足りなすぎて慢性的な酸欠チアノーゼを起こし、皮膚の下の静脈が異常に青く浮き出ているだけだ)

(身体の中でヘモグロビンを作るための重要な材料──『鉄』が完全に空っぽだ。そんな状態で神殿の薬で無理やり心臓を酷使させられてたら、近いうちに心不全で全員ポックリ逝ってたぞ……!)

セラムは静かにため息を噛み殺し、二枚目のカンペをロバートの机に滑り込ませた。

【セラムの分析カンペ】

『赤血球が極小で中身が完全にスカスカの【重度な鉄欠乏性貧血】です。下まぶたの裏の蒼白、スプーン爪、すべてがこれを証明しています。血が青く見えるのは酸素不足チアノーゼ。神殿の強心薬は心臓にトドメを刺すので【今すぐ廃棄】させてください。

治療に必要なのは魔法ではなく、このスカスカの細胞を埋める【鉄分】です。彼らの最近の食事メニューを聞き出してください。そこに原因があります』

ロバートは眼下の羊皮紙に書かれた「5.2」「心不全の危険」という数字を脳に叩き込むと、いつもの傲然たる「天才医」の笑みを浮かべ、腕を組んだ。

「フッ……。おいおい、白銀騎士団ともあろう者が、神殿の無能どもに騙されて命をドブに捨てるところだったな」

「な、何だと……!? ドクター・ロバート、それはどういう意味だ!」

レオポルドが色めき立つ。

「あんたたちの血が青いのは、高貴だからではない。身体の中の『酸素』が致命的に足りていないだけだ。神殿の強心薬など今すぐドブに捨てろ。そのまま飲み続ければ、来月には騎士団全員が心臓麻痺で全滅していたぞ」

「全滅……!? ば、馬鹿な、我らは神殿の言う通り、由緒正き高貴な食事を徹底しているのだぞ! 毎食、白米のように精製された純白の小麦と、極限までアクを抜いて煮込んだ白いスープ、そして純粋な聖水しか口にしていない!」

その言葉を聞いた瞬間、ロバートの背後で、セラムはそっと額を押さえた。

(あー……、やっぱりか。完璧な『NGルート』を自ら突き進んでやがったな、この筋肉ダルマどもは。彼らが美徳とする「白」が、そのまま鉄分ゼロの呪縛になってるんだ)

定時退社をかけた、騎士団の「食事改善大作戦」が幕を開ける。

よろしければ何点でも構いませんので評価やコメントをいただけると嬉しいです。

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