表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『万能鑑定士? いいえ、裏方の臨床検査技師です 〜手柄は全部相棒の医者に押しつけて、私は貧民街で定時退社を目指します〜』  作者: 波留馬 喬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/44

第3章:王都がんパニックと、秘密の夜間回診(エピローグ)

翌朝。貧民街の『ロバート診療所』の門前には、「午前は研究のため休診(午後1時より診療開始)」と書かれた羊皮紙が堂々と張り出されていた。

「ふあぁ……。やっぱり平日の朝寝坊は最高だな。定時退社も良いが、遅番というのも悪くない」

セラムは昼前にのそのそと起き上がり、昨夜稼いだ金貨の詰まった袋を眺めながら、淹れたてのハーブティーをそそった。

一方、元宮廷医のロバートは、昨夜の命がけの「水圧剥離術」の緊張からようやく解放され、まだベッドの中で泥のように眠っている。

(さて、あの『がん細胞を急増させる高級クリーム』の成分だが……)

セラムは脳内のラボシステムを起動し、昨夜密かにサンプリングしておいたクリームの残留成分のバックデータを叩いた。

──【生体分析アナライズ:成分解析】

【対象:王都錬金工房製・美容クリーム】

【主要成分:魔力活性化多糖類、未知の細胞分裂促進因子】

【結論:意図的に細胞の『接触阻止(増殖を止めるブレーキ)』を破壊する化合物。過剰なヒール魔法と組み合わさることで、確実に悪性腫瘍がんを誘発するよう設計されている】

(ただの錬金術の失敗じゃない。これは、神殿の『ヒール』の価値を跳ね上げるためか、あるいは王都の貴族たちを病に陥れるための……明らかな人工物、いや、『薬害テロ』だな)

きな臭い陰謀の匂いがプンプンする。

普通の物語の主人公なら、ここから真相を暴くために王都を駆け巡るのだろう。だが、セラムはふっと息を吐いて冷ややかに笑った。

(まぁ、俺はただの雇われ助手だ。表立って王都の政治闘争に首を突っ込んで、残業が増えるなんて真っ平御免だからな。……とはいえ、このままこの劇薬が流通し続けて患者が激増したら、巡り巡って俺の『定時退社ライフ』が脅かされる)

思考を巡らせたセラムは閃いた。

(直接動くのは馬鹿のすることだ。こういう時は、当事者に爆弾を投げつけるに限る)

セラムは羽ペンを取ると、文字から筆跡が割れないよう、あえて王都で最もありふれた安価な羊皮紙に、事務的で冷徹な「報告書」を書き連ねた。

【密告書:王宮および公爵家御中】

現在、王都の貴族間で流行している錬金クリームには、細胞の増殖ブレーキを破壊する毒素が含まれている。これに神殿の『ヒール(細胞活性)』を重ねると、肉塊が異常増殖する「不治のがん」が人工的に引き起こされる。

昨夜、公爵令嬢の顔面から摘出された肉塊がその動かぬ証拠である。

目的は神殿の権威失墜、あるいは貴族社会の混乱。

早急に該当クリームの流通停止、および錬金工房の強制捜査を推奨する。

──一介の愛国者より。

セラムは、昨夜の残渣から抽出したクリームの分析データ(結晶パターンのスケッチ)を同封し、手紙を封印した。

送り先は、昨夜この診療所を訪れた「聖女」が所属する大聖堂、そして患者本人である「公爵家」の門番だ。診療所の小遣いで貧民街の浮浪児を一人雇い、「大聖堂と公爵家のポストにこれを放り込んできたら、この銀貨をやる」と告げて手紙を託した。

(よし、これで良心の呵責かしゃくはゼロ。あとは権力を持ってるお偉いさん方が、勝手に裏で潰し合ってくれればいい。俺たちの足がつく証拠は一切残していないし、これで一件落着だ。……さあ、そろそろロバート先生を起こして午後診の準備をさせるか)

自らの平穏と定時退社を守るため、完璧なリスクヘッジを済ませたセラムであった。


セラムが匿名で送りつけた、あまりにも正確すぎる「美容クリームの成分分析データ」と「薬害テロの指摘」を記した密告書。

それは狙い通り、公爵家と大聖堂のトップを震撼させた。

身内の令嬢が被害に遭っていた公爵家は激怒し、王宮の憲兵隊を動かして問題の錬金工房を極秘裏に強制捜査。クリームはすべて回収・破棄され、裏で糸を引いていた過激派の錬金術師たちは一網打尽にされた。

神殿側も「ヒール魔法が万能ではない(むしろ悪化させる)」という不都合な真実を隠蔽するため、この一件を「悪質な毒殺未遂事件」として処理し、表向きは完全に闇に葬った。

こうして、王都を襲いかけた「人工的ながんのパンデミック」は、一般の民が気づかぬうちに、水面下でひっそりと、しかし確実に鎮圧されたのである。

(ふむ、どうやら上手く立ち回ってくれたみたいだな)

それから数週間後。

王都の高級住宅街からあのクリームが消え、診療所に「顔に謎のしこりができた」と駆け込んでくる貴族の数がゼロになったのを確認し、セラムはコーヒーをすすりながら満足げに頷いた。

自分の手を汚さず、残業も増やさず、データだけでテロを未然に防ぐ。これこそが臨床検査技師のスマートな危機管理というものだ。

ロバート診療所には、再び貧民街の住民たちが風邪や擦り傷で訪れる、のどかな(そしてセラムにとっては退屈で平和な)日常が戻っていた。

しかし、がんパニックが落ち着き、ようやく手に入れた平穏な定時退社ライフも、長くは続かなかった。

今度は「政治的な陰謀」ではなく、人間の脳が引き起こす「医学の神秘とザンネンな誤解」が、再び診療所のドアを叩いたのだ。

よろしければ何点でも構いませんので評価やコメントをいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ