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古い傷と、なりたての化け物

〈錆びた蹄鉄〉は、旧市街でも特に古い酒場だった。


建物は傾いており、床は軋み、天井の染みは客より古い。それでもカルロが月に二、三度ここに来るのは、酒が安いからではなく、うるさくないからだ。店主は無口で、客は疲れており、誰も他人の話を聞こうとしない。この街では、それが最大の美徳だった。


カウンターの端の席に、スキンヘッドの男が座っていた。


ゴルツ・ハマーという名の男で、カルロより三つ年下だ。肩幅が異様に広く、首が短く、全体的に岩のような印象を与える。左の頬に古い火傷跡がある。右手の小指がない。傭兵という職業は、身体に領収書を残していく。


カルロが隣に腰を下ろすと、ゴルツはグラスを傾けたまま言った。


「遅い」


「仕事があった」


「猫探しだろ。聞いたぞ」


「誰から」


「この街に秘密はない」


カルロは店主に指を一本立てた。同じものを、という意味だ。エールが来た。一口飲む。麦の味がした。それだけで十分だ。


「仕事は仕事だ」とカルロは言った。「金を払えば猫でも探す」


「昔は違ったけどな」


「昔は若かった」


ゴルツが低く笑った。喉の奥から出てくる笑い方で、聞いているほうは少し怖い。初めて会ったときから変わらない笑い方だ。あれはいつだったか。東部の内戦か、それとも港湾都市の警護依頼か。もう細かいことは覚えていない。覚えていなくていいことは、忘れるに限る。


「最近どうだ」とカルロは聞いた。


「まあまあだな。先月は南地区で吸血鬼の縄張り争いがあった。どっちの側にも顔が利く連中を探してる業者から、仲介の依頼が来た」


「受けたか」


「断った。縄張り争いに首を突っ込むと、必ずどちらかに恨まれる。割に合わん」


「賢いな」


「お前に言われたくない」


ゴルツは二杯目を頼みながら、横目でカルロを見た。


「右目、また痛むか」


カルロは無意識に顔の右側に手をやりかけて、止めた。古い傷だ。眼球は残っているが、視野の端が時々歪む。雨の日と、疲れているときに出る。今日は雨だった。


「別に」


「嘘をつくのが下手になったな、お前」


「昔から下手だ」


「そうだったか」


二人はしばらく黙って飲んだ。


この沈黙が、カルロにはちょうどよかった。喋らなくていい相手というのは、数えるほどしかいない。長い年月をかけて、だいたいの人間は死ぬか、去るか、変わるかした。ゴルツはまだここにいる。それだけで、十分すぎるくらいだった。


「お前こそ、仕事はあるか」とカルロは聞いた。


「まあな。来月、港の警備会社から長期の話が来てる。悪くない条件だ」


「足を洗う気はないのか」


「お前に言われたくない」


カルロは苦笑した。まったくその通りだ。傭兵稼業をやめて何でも屋を始めたのは四年前だが、やっていることはさして変わらない。暴力と、情報と、人間の厄介ごとの中で生きている。看板が変わっただけだ。


「お前が足を洗ったのは、あの件があったからか」


ゴルツの声が、少し低くなった。


カルロはエールを一口飲んだ。答えなかった。答えないことが、答えだった。ゴルツもそれ以上は聞かなかった。長い付き合いというのは、踏み込まない距離を知っていることでもある。


〈あの件〉が何だったかは、ここには書かない。少なくとも今は。


✦ ✦ ✦

酒場の扉が開いたのは、三杯目に差し掛かったころだった。


入ってきた男は、三十代に見えた。スーツを着ており、旧市街には似合わない清潔感があった。観光客か、あるいは新参の商売人か。だが何かがずれていた。カルロはすぐには言語化できなかったが、ゴルツが先に口を開いた。


「……見ろ」と、グラスから目を離さずに囁いた。「あの男」


「見てる」


男は空いているテーブルに座り、店主にウイスキーを頼んだ。声は落ち着いていた。挙動も不審ではない。それでも、何かがおかしかった。


カルロは目を細めた。右目の歪みを意識しながら、男を観察する。


肌の色だ、と気づいた。夜の酒場の薄暗い照明の下でも、明らかに血の気がない。それ自体は珍しくない。この街には病人も多い。ただ、男の首筋に、薄く青い血管が透けて見えた。人間のものより、網の目が細かい。


そして目だ。男はウイスキーのグラスを手に取ったが、飲まなかった。ただ、液体の揺れを眺めていた。まるで飲み方を思い出そうとしているように。


「日が浅い」とカルロは静かに言った。


「ああ」とゴルツも頷いた。「一か月も経ってないんじゃないか。まだ人間の癖が抜けてない」


吸血鬼になりたての者には、特徴がある。人間だったころの習慣が身体に残っており、無意識にそれを繰り返す。食事をしようとする。眠ろうとする。呼吸を意識しすぎる。そして、自分が何者になったかを、まだ完全には受け入れられていない。


問題は、その状態が最も危険だということだ。


本能は吸血鬼として目覚めている。しかし理性はまだ人間の判断基準で動いている。その狭間で、なりたての吸血鬼はしばしば制御を失う。空腹になれば、何が起きるかわからない。今夜この酒場にいる人間は、十人以上いた。


「誰かに転換させられたか、自分で望んだか」とゴルツが言った。


「スーツの質からして、金はある。自分で金を払って転換した可能性もある」


「この街にそういう業者がいるのか」


「いる。表向きは別の商売をしている。最近増えてきた」


ゴルツが小さく舌打ちした。


「で、どうする」


カルロはエールの残りを飲み干し、グラスをカウンターに置いた。男はまだウイスキーを眺めていた。首筋の血管が、微かに脈打っているのが見えた。


「今夜は何もしない。ただ、あの男が何者で、誰に転換させられたか、調べる価値はある」


「仕事か」


「依頼はない。ただの勘だ」


「お前の勘は当たることもある」とゴルツは言った。「外れることも多いが」


「五分五分だ」


「それは勘とは言わない」


カルロは立ち上がり、コートを羽織った。財布を出す前に、ゴルツがすでに代金を置いていた。


「俺の分まで払うな」


「猫探しの稼ぎなんぞ、たかが知れてるだろ」


反論できなかった。カルロは黙って頷き、扉に向かった。男の横を通り過ぎるとき、視線を合わせないようにしながら、一瞬だけ横顔を確認した。


スーツの胸ポケットに、小さな名刺入れが見えた。ロゴが印刷されている。どこかの企業のものだ。


カルロは夜の路地に出た。雨は上がっていた。空の低いところに雲が残り、月が半分だけ顔を出している。


なりたての吸血鬼が、旧市街の酒場に一人でいる。


それ自体は珍しい話ではないかもしれない。ただ、スーツと名刺入れが引っかかった。あの男はこの街の人間ではない。どこかから来た。あるいは、何かのために来た。


カルロは煙草に火をつけ、ゆっくりと歩き始めた。


依頼があるわけでも、金になるわけでもない。それでも、足は自然に男が入ってきた方角へ向いていた。


職業病、とゴルツなら言うだろう。


おそらく、その通りだ。

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