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第八話 戦の準備をしていたら、俺のやり方が気に食わない幹部が現れました

使者団が帰ってから、しばらく音沙汰がなかった。


 一ヶ月が過ぎた。


 ダグルが「向こうは動かないのか」と言ってきた。


 「バルクという男が正確に報告しているはずです。作戦を見直す時間がかかっているんだと思います」


 「……本当に時間稼ぎになっているんだな」


 「その間に矢の生産が積み上がっています。薬草の追加収穫も終わりました。補給ルートの整備も完了しています」


 ダグルが「……なるほど」と静かに言った。


 さらに二週間が過ぎた頃、城に見慣れない人間が戻ってきた。


 長身で銀髪、整った顔立ち。魔王軍の幹部服を着ているが、どこか軽やかな雰囲気がある。城内を歩き回りながら、兵士に声をかけて笑わせていた。


 ゲルが「レイン様が戻ってきたっすよ」と言った。「魔王陛下直属の戦術担当で、長期の視察と前線の偵察に出てたらしいっす。すごい人っすよ」


 「そうですか」


 「村田さん、知らないんですか。レイン様、二十代で幹部になった天才なんですよ。人望もあるし、過去の戦でも実績があるし——」


 「やることがあるので」


 「聞いてないじゃないですか!」


 その夜、部屋にレインが来た。


◆◆◆


 「お前が村田か」


 「そうですが」


 レインが部屋に入って、積み上がった台帳と地図を見渡した。


 「城が変わっている。飯がうまい。兵士が動きやすそうにしている。矢が山積みになっている。補給ルートの地図が壁に貼ってある。何をした」


 「当たり前のことをしただけです」


 「当たり前のことでこうはならない」


 レインが地図を手に取って眺めた。補給ルートの三本線、各拠点の備蓄ライン、輸送スケジュールの試算。


 「これ、全部お前が作ったのか」


 「そうですが」


 「……人間が」


 揶揄しているのではなかった。純粋に驚いている口調だった。


 レインがしばらく地図を見て、「明日、魔王陛下に話がある」と言って出ていった。


◆◆◆


 翌日、魔王に呼ばれた。


 レインがすでにいた。


 「村田。レインから話がある。聞け」と魔王が言った。


 レインが俺を見た。昨夜と違って、少し改まった顔をしていた。


 「お前の仕事は認める。城が変わったのは事実だ。だが人間に補給の全権を握らせたまま戦に入るのは反対だ」


 「理由を述べよ」とダグルが言った。


 「戦時の補給は城の命綱だ。どれだけ優秀でも、いざとなれば人間国家側につく可能性がある。そのリスクは排除できない」


 感情論ではない。戦略的なリスク管理の話だ。俺は「正しい指摘だ」と思った。同じ立場なら同じことを言う。


 「村田。反論はあるか」と魔王が聞いた。


 「レインさんの指摘は正しいです」


 レインが少し眉を上げた。反論を期待していたらしい。


 「ただ」と俺は続けた。「そのリスクと、今から補給統括を変えることで生じるリスクを比較する必要があります。開戦がいつ来るか分からない今、別の人間が引き継いで間に合いますか」


 部屋が少し静かになった。


 魔王が「では機会を与える」と言った。


 「レイン。お前が補給統括として今回の戦の戦略を立てろ。村田。お前も同じことをやれ。三日後、余の前で発表しろ。優れた方に補給統括を任せる」


 レインが「面白い」と笑った。俺は手帳を開いた。


◆◆◆


 三日間、それぞれ準備をした。


 レインのやり方を横目で見ていた。初日の朝、レインは訓練場に出た。前線の指揮官たちに声をかけて、実際に演習を見ながら話を聞いていた。「お前たちなら絶対できる」「この動きは天才的だ」とどんどん声をかけていく。話しかけられた兵士が嬉しそうにしていた。ああいう動き方は俺にはできない。


 二日目、レインは過去の戦の記録を読み込んでいた。速読なのか、数時間で分厚い記録集を読み終えた。「なるほど、この戦法か」「ここが弱点だな」と独り言を言いながらメモを取っていた。


 俺のやり方は地味だ。初日から部屋にこもって台帳と地図を広げた。ゲルに記録を持ってこさせた。人間国家の補給線の弱点を数字で分析する。騎馬隊の頭数と一頭あたりの飼料消費量から遠征限界日数を計算する。戦が一週間長引くごとに双方の備蓄がどう変化するかを試算する。


 「村田さん、ずっと同じ姿勢でいますよ」とゲルが心配そうに言った。


 「やることがあるので」


 「レイン様は城中を駆け回ってますよ。みんなに声かけて、すごい人望っすよ」


 「そうですか」


 「村田さんも負けてないと思いますけど」「ありがとうございます」「褒めてますよ? なんでそんな淡々としてるんですか」


 二日目の夜、レインが部屋を覗いてきた。「……そんなやり方で戦略が立つのか」「立ちます」「数字ばかり見ていて、現場の空気が分からなくなるだろう」「現場の数字を見ているので、現場のことを見ています」


 レインが少し考えた。「……悪くない返しだ」と言って去った。


 三日目の朝、俺は試算を終えた。向こうの補給限界は七十三日。こちらの備蓄は百八十日。差は百七日。この数字が全てだ。戦略としては地味すぎるかもしれない。でも今の魔王軍で実行できる戦略はこれしかない。俺は手帳を閉じた。これでいい。


◆◆◆


 三日後、魔王の前での発表が始まった。


 ダグルをはじめ、城の主要な幹部たちも集まっていた。ゲルが隅で記録を取る準備をしていた。


 レインが先だった。地図を広げて、立ったまま説明した。声が通る。身振りが大きい。見ている者を引き込む話し方だ。


 「騎馬隊を三部隊に分け、人間国家軍の補給線を三点同時に陽動します。混乱した隙に主力で中央を突く。開戦から二週間で決着をつけます」


 地図の上で指が動くたびに、聞いている幹部たちが頷いた。「この陽動が成功すれば、向こうの補給が完全に分断されます。補給が切れた軍は三日で動けなくなる。速攻で決める戦略です」


 ダグルが「……悪くない」と低い声で言った。「以上です」とレインが言った。「悪くない戦略だと思います」


 魔王が「よく考えた」と言った。レインが少し得意げな顔をした。俺は内心で「これは強い」と思っていた。戦術として正しい。実際にこれができる軍なら、これで勝てる。


 次は俺の番だった。


 「人間国家軍の補給線は現在ここです」


 地図に線を引いた。


 「騎馬隊一頭あたりの一日の飼料消費量はこれだけです。遠征日数が伸びるほど、この数字が積み上がります。向こうが速攻型である理由はここにあります。長期戦になると補給が持たない」


 「分かっている」とレインが言った。「だからこそ速攻で叩く必要がある。守るだけでは意味がない」


 「守るのではなく、待つ戦略です」


 「同じことだろう」


 「違います。守るのは相手の攻撃を受け続けること。待つのは相手が自滅するまで崩れないことです。こちらから仕掛ける必要はない。向こうの補給が先に尽きます」


 レインが「……その根拠は」と言った。


 「向こうの補給限界は七十三日です」


 「なぜそう言い切れる」


 「使者団が来た時、馬の状態を観察しました。痩せていた。装備に修繕の跡があった。すでに長距離移動で消耗していた。それが今の人間国家軍の補給能力の限界を示しています。その数字から逆算すると、七十三日が限界です」


 部屋が静かになった。


 ダグルが「……使者が来た時に、そこまで見ていたのか」と言った。


 「接待担当だったので」


 「こちらの備蓄は百八十日分あります」と俺は続けた。「差は百七日です」


 レインが「……百八十日分の備蓄など、以前の城にはなかったはずだ」と言った。


 「なかったです。整えました」


 「いつ」


 「この三ヶ月で」


 レインが黙った。


 「矢の生産を八倍にしました。薬草の収穫を三倍にしました。補給ルートを三本引きました。食料備蓄を六ヶ月分積みました。全部、この戦のために整えた数字です」


 誰も何も言わなかった。


 「つまりこちらがやることは一つです。崩れないことです。向こうが速攻で決着をつけようとする。こちらが崩れない。向こうの補給が先に尽きる。それだけです」


◆◆◆


 魔王がしばらく黙った。


 「レイン」「はい」「お前の戦略は鮮やかだ。騎馬隊を使った陽動、速攻で主力を叩く。戦術としては正しい」「ありがとうございます」「だが一つ聞く。その陽動を実行する騎馬隊は、どのくらいの練度が必要だ」


 レインが少し止まった。「……相応の訓練が必要です」


 「余の軍は十年、大きな戦をしていない。お前の戦略はお前のような人間が百人いれば機能する。今の余の軍に、それだけの人間がいるか」


 レインが黙った。


 「村田」「はい」「お前の戦略は地味だ。聞いていて眠くなる」「……そうですか」「だが今の余の軍でも実行できる。それが違う。レインの戦略は強い軍のための戦略だ。村田の戦略は今の余の軍のための戦略だ。今の軍で勝てる戦略が必要だ。補給統括は村田に任せる」


 ダグルが「……そういうことか」と低い声で言った。


 ゲルが「村田さんすごいっすよ!!」と小声で叫んだ。隣の兵士に「静かにしろ」と肘で突かれていた。


◆◆◆


 廊下に出ると、レインが待っていた。


 「……俺の戦略は、強い軍を前提にしていた」「そうですね」「今の魔王軍の実態を、俺は正確に見ていなかった」「レインさんの戦術判断は正しいです。ただ今の魔王軍には、まずその土台が必要です」


 「……土台を作るのがお前の仕事で、その上で戦うのが俺の仕事、ということか」「そういうことになりますね」


 レインがしばらく黙った。「悪くない分担だ。今回は負けた」


 「次の戦では、レインさんの戦術が使えると思います。今回の戦で土台ができますから」「……それは楽しみだな」


 レインが少し歩いてから振り返った。「一つ聞いていいか」「はい」「なんで俺の指摘を最初に認めた。反論すると思っていた」「正しいことに反論する理由がないので」


 レインが「……そういう人間か」と言った。呆れているのか、感心しているのか判断がつかない表情だった。


 「なあ、村田」「はい」「お前の数字と俺のセンスを合わせたら、無敵じゃないか」


 俺は少し考えた。「……そうかもしれませんね」


 レインが笑って去った。


 廊下に一人残って、俺は手帳を開いた。レインは今の軍の実態を「見ていなかった」と言った。俺が数字で見てきたものを、レインは現場で見ようとしていた。方法が違うだけで、やろうとしていたことは同じだ。


 悪くない戦友になるかもしれない。


 六週間後、人間国家から返答が来た。「然るべき対応を取る」——開戦の意思表示だ。


 「……来ましたね」と俺は言った。「六週間、稼いだな」とダグルが静かに言った。「はい。その分、準備が整いました」


 手帳を開いた。次にやることを書き始めた。

読んでいただきありがとうございます。

今回のキーワードは「守る」と「待つ」の違いです。

レインの戦略は鮮やかで正しかった。でも今の魔王軍には早すぎた。

誠一が勝ったのは数字が正しかったからではなく、

「今の軍の実態」を正確に見ていたからです。

使者団の馬を観察していたのも、ただの癖ではありませんでした。


▼次話

「戦が始まったのに、俺のいる場所は台帳の前でした。」

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