第十一話 飯をうまくしようとしたら、戦争を終わらせることになりました
停戦の知らせが城に届いたのは、交渉から二日後だった。
人間国家が条件を受け入れた。正式な停戦交渉を行う。場所は王都。魔王軍からの使者を受け入れる——という内容だった。
魔王がその書状を俺に渡した。
「行けるか」
「行きます」
「一人でか」
「バルクさんが迎えに来ると言っていたので」
魔王がしばらく俺を見た。「……余が行くまでもなかったか」
「数字で済む話なので」
魔王が「続けろ」と言った。
◆◆◆
二日後、バルクが城門に来た。
「……本当に来てくれるとは思っていなかった」
「約束なので」
「魔王は何と言った」
「行けるか、と聞かれたので行きますと答えました」
バルクがしばらく俺を見た。「……あなたはいつもそうだ」と言った。
「どういう意味ですか」
「考える前に答える」
「やることがあるので」
バルクが苦笑した。「……では行きましょう」
城の外に出るのは初めてだった。
王都までの道を馬車で移動しながら、俺は資料の最終確認をしていた。三部構成だ。一部目は現状分析。二部目は交易再開のメリット。三部目は将来像。全部数字で裏付けてある。
「緊張しないのか」とバルクが聞いた。
「やることがあるので」
「国王の前に立つのだぞ」
「魔王の前に立った時も同じでした」
バルクがまた苦笑した。「……あなたと話していると、こちらの常識が狂ってくる」
「よく言われます」
◆◆◆
王宮に通された。
広間に国王が座っていた。年齢は五十代だろうか。目が鋭い。横に大臣たちが並んでいる。バルクと将軍が俺の隣に立った。
将軍が「あの台所番か」という顔をした。
国王が「魔王軍の使者とやら、話を聞こう」と言った。
「村田誠一と申します。元台所番です。今は物資担当をしています」
「……物資担当が使者として来たのか」
「数字で済む話なので」
◆◆◆
俺は最初の資料を出した。
「まず一つ確認させてください」
大臣たちが顔を見合わせた。使者が最初に「確認」から入るとは思っていなかったらしい。
「今回の戦で、人間国家の物資消耗はこちらの試算でこれだけです。補給線を延ばした分、国内への物資供給が細くなっています」
大臣の一人が立ち上がった。「なぜ我が国の内情を知っている。スパイか」
「以前、使者団がいらした時に接待担当をしていました」
「……それだけか」
「馬が痩せていました。装備に修繕の跡があった。荷物の量が少なかった。遠征が長引いて補給線が細くなっている、と判断しました」
「接待係が、そこまで見るのか」
「やることがあったので」
バルクが静かに言った。「……あの時、私も同じ観察をされていました」
大臣が黙った。
「物資が細くなれば、まず苦しむのは国民です」と俺は続けた。「食料の値が上がる。生活が苦しくなる。兵士を送り出した家族が、今度は国内で飢えます」
誰も何も言わなかった。
「魔王軍は今、備蓄が百八十日分あります。耐久戦なら、そちらが先に崩れます。それはバルクさんもご存知の通りです」
バルクが小さくうなずいた。
「その間に国内が疲弊して、民が声を上げ始めたとき——」
俺は国王を見た。
「陛下はその責任を取れますか」
部屋が静かになった。
大臣の一人が「無礼な」と言いかけた。国王が手を上げてそれを止めた。
「……続けろ」
◆◆◆
「ただ俺が言いたいのは、そのリスクを取る必要がないということです」
次の資料を出した。
「交易を再開した場合の試算です。魔王国が持つ資源と、人間国家が持つ技術を組み合わせると、どちらも単独では作れないものが作れます」
資料をめくった。
「こちらが十年後の両国の経済規模の試算です。戦争を続けた場合と、交易を再開した場合。数字が二つ並んでいます」
大臣たちが資料を覗き込んだ。
「それだけではありません。東の大陸に、第三の勢力が力をつけているという情報があります。二国が消耗し合えば、その勢力に飲み込まれる可能性がある。こちらがその試算です」
バルクが「……確認が取れています」と低い声で言った。
「戦争を続けた場合と、交易を再開した場合。どちらを選ぶかは陛下が決めることです。俺は数字を持ってきただけです」
◆◆◆
長い沈黙があった。
大臣たちがざわめき始めた。「信用できるのか」「魔王軍に都合のいい数字では」「しかしバルクが——」という声が混ざり合った。
国王が手を上げた。全員が黙った。
「……台所番とやら、一つ聞く」
「はい」
「貴様は人間だ。なぜ魔王軍にいる」
俺は少し考えた。
「城に来た頃、飯がまずかったので。まともにしたかった。それだけです。
最初は鼻で笑われていました。台所番ごときが、と。でも一つずつ小さい改善を積み上げていくうちに、皆の意識が変わっていきました。前向きになっていった。
以前の魔王軍は、飯はまずいし、武器の管理もろくにできないし、基準は曖昧だし、組織としてろくでもなかった。ただ、今は変われました。
課題を解決して、便利になって、仕組みができて、豊かな国ができていく。魔王軍はそれができつつあります。見た目は違えど、本質は人間と変わらないと思っています。飯がうまくなったら嬉しそうにしていた。魔物も人間も、そこは変わらない。
俺がいた元の世界には戦争がありませんでした。肌の色も文化も違えど、それぞれの利益や目論みを保ちながらも、互いに切磋琢磨して発展している世界でした。完全ではありませんでしたが、戦争よりずっとうまくいっていた。
そんな世界を、一緒に目指せませんか」
広間が静かになった。
国王がしばらく俺を見ていた。それから静かに言った。
「……飯をうまくしようとしたら、戦争を終わらせることになったか」
「なぜかそうなりました」
国王が低く笑った。広間に響く、短い笑いだった。
「……面白い人間だ」
バルクが「……そう言われると思っていました」と小声で言った。
「条件を聞こう」と国王が言った。
◆◆◆
交渉は二時間かかった。
大臣たちが細かい条件を出してきた。交易の品目、数量、輸送ルート、関税の扱い。全部その場で数字を出して答えた。バルクが隣で補足してくれた。
最終的に国王が「条件を受け入れる」と言った。
正式な停戦だ。
広間を出る時、バルクが俺の隣を歩いた。
「……よくやった」
「バルクさんの数字があったので」
「あなたは人の助けを素直に認めるんだな」
「正確に評価しているだけです」
バルクが少し笑った。「次に会う時は、本当に同じ側にいたいものだ」
「そうなれるといいですね」
◆◆◆
王都から魔王城に帰る馬車の中で、俺は手帳を開いた。
次にやることを書き始めた。交易の手配、輸送ルートの設計、品目の調整、関税の計算——やることが山積みだ。
でも今回初めて「やること」が城の中ではなく、国と国の間にある。
城に来た頃を思い出した。
台所番から始まった。飯をうまくした。食材費を下げた。武器庫を整えた。薬草の管理を変えた。仕組みを作った。戦争を補給で支えた。停戦交渉をした。国王にプレゼンをした。
……だいぶ遠くまで来た気がする。
でも、やることがあるので。
手帳に次の項目を書き込んだ。
読んでいただきありがとうございます。
「飯をうまくしようとしたら、戦争を終わらせることになったか」
国王がその言葉を言ったシーンで、この話を書いてよかったと思いました。
数字だけでなく、誠一にしか言えない言葉がある。
それがこの話のテーマでした。
▼次話
「城下に人が押しかけてきたので、国家を作ることにしました。」




