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第9話 北海道旧炭鉱巡り、その4

 佐々木明乃が運転する黒いジムニーに先導される形で、3人のバイクは走り出した。


 一応、インカムをつないで、ある程度一定の距離を取ってついて行く彼女たち。


 札幌の巨大な市街地を抜けると、風景は一変する。

 広くて真っ直ぐな道がどこまでも続き、田畑と山林が道の両脇に広がり、何と言っても「空が高い」。


「さすが北海道だね」

「ああ。空が広いし、高いし」

「それに涼しいです!」

 3人がそれぞれ、北海道の大地の感想を言い合う。


 札幌の中心部からおよそ1時間半程度、60キロくらい走っただろうか。

 一気に風景が田舎の物に変わり、三笠みかさ市に入る。


 道路標識に「幾春別いくしゅんべつ」という特徴的な名前が出てくる頃。


 先導していた、ジムニーが停まった。

 バイクを降りた、3人、特に万里香が溜め息交じりの感嘆に似た声を上げていた。


「これは、すごいな」

 と。


 旧奔別(ぽんべつ)炭鉱、その特徴的な立坑たてこう跡が目の前にそびえ立っていた。

 やぐらの高さが約51m、立坑の深さが735m、内径は6.4mもあるらしい。


 案内板によると、当時は「東洋一の立坑」と呼ばれていたらしい。


 色褪せて赤錆あかさびが目立つ、無骨な鉄骨の櫓が空に向かって映えており、その櫓の先に、これまたさびれた文字で「奔別」と書かれてある。

 その前に建つ、4階建ての無骨にして、重厚な建物も特徴的だった。


「残念ながら、ここは私有地で、ここから先の見学は出来ないけどね」

 と、明乃が説明してくれたように、「この先、私有地につき立ち入り禁止」の看板が立っていた。


 彼女は、持参してきた、紙タバコを吹かしながら、詳しい説明をしてくれるのだった。ちなみに、北海道は喫煙率が非常に高く、特に女性の喫煙率が高い。


「建てられたのは1960年。当時、『100年は採炭できる』と言われたんだけど、1971年に閉山。その時の立坑密閉作業中に死傷者を出す爆発事故が発生したんだ。今もその激しさが残ってる」

 そう言って、彼女が指さした先には、明らかに爆発事故で吹き飛んだ瓦礫のような物が散在しており、爆発の規模を物語っていた。


「ところで、立坑って何ですか?」

 純粋ゆえか、まだ物を知らない菜々子が問う。


「地下数百メートルの水平坑道に、人や資材を揚げ降ろしするために造られる、櫓型の建造物のことさ」

 万里香が当たり前のように返答していた。


「そう。ここは当時『東洋一』と言われ、最盛期はこの三笠市でも人口5万人を超えていたんだが、今はたったの7000人しかいないんだ」

「7000人! 町ですね」

 菜々子は大袈裟に驚いていた。


 しかし、それを聞いていた、美希はそう思うのだった。

(栄枯盛衰というか、やっぱり石炭の衰退は早いな)

 

 名残惜しそうに、いつまでも外観写真を眺め、写真を撮っている万里香に対し、明乃は、

「こっちにも面白い物がある」

 そう告げて、みんなを先導した。


 そこから車ですぐのところに、三笠市立博物館があり、そこに駐車をしてから、歩くこと数分。


 幾春別川を越えた先の遊歩道を歩いて行くと。


 森の中に突如現れたのは、大きな建物の跡だった。

 奔別炭鉱のように赤茶けた錆びた鉄骨、その隣に同じく赤く、しかし美しさを保ったままのレンガ造りの建物があった。


「明乃ちゃん。ここは?」

「旧幾春別炭鉱(にしき)立坑(やぐら)って言うんだ。一種の野外博物館になってる」

 彼女の説明によると、ここは1885(明治18)年に開鉱。1919(大正8)年に、この錦立坑を掘削したという。立坑の深度は214m、立坑櫓の高さは約10mで、現存する立坑としては道内最古だという。


「すごいですね。立派な遺産ですね。ところで、奔別って変わった名前ですねえ。そもそも日本語で『ぽ』から始まる地名なんてないですよねえ」

 相変わらずどこか呑気な調子で、菜々子が口に出していた。


 またもや紫煙を吐きながら、明乃は答えるのだった。

「まあ、アイヌ語由来だからね。『ポン・ペッ』、アイヌ語で『小さな川』って意味だったと思う」

「幾春別もですか?」


「そう。ごめん、由来は忘れたけどね。大体、道内で『別』とか『内』ってつく地名は、ほとんどがアイヌ語で『川』って意味だったと思う」

 ちなみに、幾春別の由来はアイヌ語で「イ・クシ・ウン・ペット」、「向こう側(川上)にある川」を意味するという。


 一通り、見た後、最後はそこから車で10分ほどのところにある場所へ向かった。

 山を迂回して回った先。三笠市幌内本沢町にある、それは。


「旧幌内(ほろない)炭鉱変電所だよ」

 車を降りて、そう告げた明乃。


 目の前に建っていたのは、確かに古ぼけた、廃墟ではあったが。

「綺麗」

 と、思わず美希が呟いていた。


 赤茶けたレンガ造りの2階建ての建物で、窓が縦長に大きく、いかにも西洋風の建築物だった。

 これだけで映画の撮影に使えそうなくらい、重厚で、そして美しい姿を保っていた。

 熱心に写真を撮り続ける、万里香はまるで一端いっぱしの写真家のようにも見える。


「これは、えますね」

 若者らしく、先程から写真を撮っては、SNSにアップをしている菜々子。


 しかし、美希の感想は違っていた。

(さっきの幾春別炭鉱の櫓といい、この変電所といい、廃墟でもこんなに美しいなんて)

 弱冠、自分には霊感があるように感じてきていた、美希は不思議とここ、北海道の炭鉱跡地では、霊感を感じることが全くなかった。


 ただ、栄枯盛衰とはいえ、かつて栄えた物が、こうしてまるで「滅びを待つ」かのように、自然に同化して佇んでいるのが、不思議と美しいと思ったのだ。


 事実、人間の都合によって、「てられた」に等しいこれらの建物は、そのほとんどが自然に侵食され、野にかえろうとしているように彼女の眼には映ったのだ。


 美希が、廃墟を見て初めて「美しい」と思った瞬間だった。


 結局、その日、一度札幌に帰るという、明乃を見送って、彼女たち3人は、夕方には富良野に向かう。


 そこで、まだまだ日が長く、19時くらいまで明るい季節のため、彼女たち、特に万里香にとっては、「ついで」だった絶景を眺めることになる。


 「ジェットコースターのみち」。富良野市街地の北、上富良野町にある、丘の上を貫く一本道。

 丘の上から下へ、まるでジェットコースターのようにアップダウンを繰り返す道路であることから名付けられた道だ。


 ただひたすら、定規で線を引いたように真っ直ぐな道。もちろん信号機などない。

 そこにようやく「北海道らしさ」を見出した、3人は写真や動画を撮影するのだった。

「万里香。これこそが北海道っぽいところだよ」

 美希は、力説するが、万里香の興味はここにはないようで、


「そうか。まあ、ただの真っ直ぐな道だろ」

 と、せっかくの絶景なのに感動がなかった。


「いや、でも美希センパイが言いたいこともわかります。これはバイクで走るには最適な感動スポットですね!」

 菜々子は、わかっているようだった。


 彼女たちの北海道旧炭鉱巡りツーリングは続く。

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