第10話 北海道旧炭鉱巡り、その5
北海道ツーリングも、気が付けば3日目。
今回、平日を中心に5日の日程で来道していた彼女たち3人にとって、もう旅の折り返し地点に来ていた。
その日は、朝から羽幌町にある、旧羽幌炭鉱に向かうことになるが。
富良野のホテルから約3時間15分、177キロ。
一方、札幌から来るという、明乃の場合、さらに遠くて約4時間、195キロもある。
「ごめんね、明乃ちゃん」
と、昨日の夜にホテルから電話をかけていた美希に対し、彼女は、
「なんもなんも。北海道人にとって、200キロは近所みたいなもんだから」
と、北海道弁で答えを返していた。
元は北海道人ではないはずの明乃が、すっかり北海道に染まっていたことに苦笑しつつも、美希は改めて北海道のスケールの大きさを実感する。
実際、200キロは大袈裟だが、北海道人にとって、50キロくらいは近所という感覚がある人間も珍しくないという。
人混みと信号機に埋め尽くされている関東人にはわからないスケールの大きさがここにはある。
なお、一応、朝の9時頃に宿を出て、昼の12時半には待ち合わせ予定だったのだが。
行けども行けども、真っ直ぐな道と、そして荒野に等しい広大な大地が広がっていた。
北海道は、極端に言えば、町―荒野―町というのが珍しくなく、その「荒野」の部分には何もない。
かろうじて信号機があるところもあるが、文字通りの荒野。人家はもちろん、道の駅もガソリンスタンドもコンビニもない。
そのため、北海道で一番気を付けなければいけないのは、実は「ガソリン」だったりするのだ。
油断をしてガス欠になると、荒野の真ん中で置き去りになる。
それでもここはまだ北海道でも道央エリアだから、それほど荒野が広がっていないが、道北や道東になると、本当に数十キロも何もないところを走ることになる。
やがて、日本海側に出て、北上した彼女たち。
ようやく昼過ぎに、明乃との待ち合わせ場所に着いた。
そこは、羽幌本坑ホッパーと呼ばれる場所で、何もない森の中の一本道の脇に突如として、灰色の無骨な建物が現れる。
バイクを道の脇に停めると、すでにジムニーを停めて、携帯灰皿片手に紫煙を燻らせている明乃の姿が目に入った。
「ごめん、明乃ちゃん。待った?」
誤る美希に、
「なんもなんも。私はドライブに慣れてるから」
と、相変わらず板に着いた北海道弁で返してきた。
「これが、羽幌炭鉱のホッパーか」
万里香が興味深そうに、見上げる。
森の中に突如現れた巨大な構造物は、違和感すら覚える物で、灰色のコンクリートの、しかし役割を終えて瓦礫が残る、無残にも思える4階建てくらいの建物だった。
「ホッパーって、確か……」
美希は、初めて万里香と会話をした、あの群馬県の旧太子駅でのことを思い出していた。その時、万里香がホッパーについて説明していたのだ。
「鉱石を出荷・積込まで貯めておく機械設備のこと」
その時と寸分違わず、万里香が再度説明してくれたので、美希は懐かしく思い、苦笑を浮かべていた。
「すごいですね。ところで明乃さん。ここ以外にもこういうのあるんですか?」
「ん、あるよ。この後行って見る?」
「はい!」
最年少の菜々子が、遠慮なく質問し、明乃も屈託なく答えて、その後、今度は別方向に車を走らせ、彼女たちは後を追った。
「築別坑貯炭場、まあこれもホッパーの跡だね」
そう言って、彼女、明乃が説明してくれたのは、先程のホッパーからほど近い、同じく森の中にある、ホッパーの跡だった。
外見はほとんど先程の、羽幌炭鉱ホッパーと変わらない感じの無骨な灰色のコンクリートの建造物だったが、それでも万里香は満足そうに写真を撮っていた。
さらに、そのまま奥に行くと。
「これは、なかなかすごいな」
その万里香がさらに目を輝かせていた。
築別炭鉱鉄道病院跡。
すぐ近くに消防署の跡もあった。
要は、かつて栄えた炭鉱の町の跡で、ここでは崩れかけた建物の残骸や、窓ガラスがすべて吹き飛んで、まるで戦争の爆撃でも受けたかのように見える、巨大な団地のようなマンション跡が見られた。
ある意味、怖さすら感じさせるほどに静寂に包まれ、自然に還ろうとしている、建物の残骸たち。
ほとんどゴーストタウンと言っていい風景でもあった。
「羽幌炭鉱は、1935年に操業開始。本坑、上羽幌坑、築別坑の3地区から成っていたらしいよ。ここは、良質炭を産出することで知られていて、結構人気があったらしいんだけど、1970年に閉山。当時、駅前の商店街には居酒屋、パチンコ、病院、映画館、50mのプールまであったらしいよ」
「何と言うか栄枯盛衰ですね」
明乃の説明に対し、菜々子が年齢らしからぬことを呟いていた。
一通り、見学した後、「まだ離れたくない」と駄々をこねるように写真を撮っている万里香を引き離し、彼女たちは北へ向かうことになった。
「明乃ちゃん。わざわざありがとう。また北海道に来た時は連絡するね」
「全然いいよ。3人とも気を付けてね。北海道じゃ、鹿が飛び出してくることもあるし、キタキツネはエキノコックスを持ってるから触らないように」
最後に、明乃はそう言ってから、ジムニーで札幌へと帰って行った。
残された彼女たちは、その日は最北端を目指すことになっていた。
そう、日本最北端の町、稚内である。
羽幌からひたすら日本海側を北上。
国道232号は、途中の天塩町から道道106号に入る。通称「オロロンライン」。
彼女たちにとって、このロングツーリングで、最も北海道らしさを味わえる場所でもあった。
海沿いに続く道は、ひたすら真っ直ぐに伸びて、走っていると地平線の先が見える。
巨大な風車を持つ、オトンルイ風力発電所の風車が右手に見え、やがて左側の海の向こうには利尻島の大きな利尻富士が雄大な姿を見せる。
「万里香。これが北海道でしょ! 私は、廃墟よりこれが見たかった!」
美希が一番テンションを上げてノリノリになって、バイクを飛ばしていた。
何もない荒野の中をひたすら走り続ける。これが北海道らしさだと彼女は思っていた。
「まあ、お前の気持ちもわかるがな」
「そうですよね! 私もテンション上がります! 廃墟もいいけど、この風景も絶景ですね!」
菜々子もまた、美希に同調し、このどこまでも続く青い空と海と、地平線に続く道を堪能していた。
結局、方向感覚と時間の感覚がわからなくなるほどひたすら真っ直ぐな道を走り続け、彼女たちは夕方には稚内に到着。
翌日の朝にはお約束と言っていい、日本最北端の地、宗谷岬に到着した。
その三角形のモニュメントを眺めながら、美希は、
「ついにここまで来たね。ここから先、もうバイクでは行けないんだよ」
「美希センパイ、当たり前じゃないですか?」
と、菜々子に笑われながらも、3人は記念撮影をするのだった。
その日、後は夕方の16時45分発の小樽発新潟行きのフェリーに乗るだけとなり、美希の要望通り、一気に札幌に向かい、札幌で海鮮を堪能してからフェリーに乗り込んだのだが。
それでも宗谷岬から小樽フェリーターミナルまで、約6時間15分もかかり、350キロもあるのだ。
(どんだけ広いんだ、北海道。あと、高速道路いらないな)
スケールの大きさに驚きつつも、美希は、やはりどこか名残惜しい気持ちになっていた。
それは、
「もう。結局、エサヌカ線も、道東の開陽台も、ミルクロードも、天に続く道も行けなかったじゃない」
と、船の甲板から北海道の大地を眺めながら悔しそうに訴えていたからだ。
「だから、行きたかったらお前一人で行けばいい」
「そうですよ、美希センパイ。人生は長いんです。これからいくらでも来れる機会があるでしょう」
万里香が諭し、そして菜々子はどこかおっさんくさい人生論に近いことを言ってきたのだった。
ちなみにエサヌカ線は宗谷岬から網走方面に行く途中にあるが、時間の都合で彼女たちは行けなかったのだ。
ここは、荒野の中に一本道が続く、滑走路のような道として、特にライダーに人気が高い。
開陽台は、「地球が丸く見える場所」として有名なライダーの聖地、ミルクロードはその開陽台の近くにある絶景ロード、天に続く道は斜里町にある、これも有名な一本道として知られている。
美希は、心の中で、誓うのだった。
(いつか絶対バイクで来て、走れなかった絶景ロードを走ってやる)
と。
結局、彼女たちは目当ての旧炭鉱跡を巡り、無事に帰路に着いたのだった。
長かった夏休みのロングツーリングは終わったが、実は大学の夏休みはまだまだ日数が残っていた。




