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第11話 南国のリゾートホテル跡

 北海道の旧炭鉱跡を巡る5日間のロングツーリングから帰った後。


 季節はまだ8月。

「暑い~!」

 涼しい北海道から戻ってきた反動で、美希は動けなかった。いや、動きたくはなかった。


 外があまりにも暑すぎて、体温に迫るくらいの猛烈な暑さが、まるで天然のサウナのように襲ってきたのだ。特に群馬県は内陸県で、風がないと猛烈に暑い。


 あまりにも暑いため、日中はバイクで外に出かけるのすらはばかられるくらいの状態だったため、万里香からの廃墟巡りの誘いはしばらく来なかった。


 最も、3人とも北海道で長距離を走ったため、それぞれのバイクの洗車やメンテナンスで1週間以上は経っていた。


 そんな8月中旬頃のこと。

―美希、菜々子。避暑地に行くか?―

 という、通知が通信アプリのメッセージで、万里香から届いた。


―避暑地? もう北海道に行くお金はないよ―

 結局、親から北海道へ渡る資金を前借りして、美希はバイトを始めていたので、実際に行ける日程は限られていたのだが。


―北海道じゃない―

―じゃあ、長野県ですか?―


 菜々子が返す答えも常識的で、「北」じゃなければ「標高が高い」ところに行くのが避暑の常識的な考え方だ。


 ところが、万里香の答えは、

―千葉県だ―

 だった。


―千葉県? 何、言ってんの、この子は? 千葉県なんて暑いに決まってるでしょ―

 思わず、怒りマークのスタンプと共に返していた美希。それに対し、万里香は、


―そうでもない。勝浦かつうらは海沿いで涼しいし、ちょっと見たい廃墟もあるし―

―結局、あなたの興味は廃墟しかないのね。わかってるけど。しょうがない。アイスクリーム1個で手を打とう―


―いいぞ―

 冗談のつもりで言った割に、万里香は、あっさりと了承してくれるのだった。


(万里香の奴、お金持ちか?)

 と、美希はいぶかしむのだった。


 結局、彼女たちは、「混雑が嫌だ」という理由から、お盆休みと土日は避け、自由に動ける学生の特権として、8月下旬の平日に千葉県へ向かうのだった。


 まず向かったのは、勝浦市。


 道中のインカムで会話をして、万里香に聞いたところによると。


 千葉県勝浦市は1906年の観測開始以来、一度も35℃以上の「猛暑日」を記録していない、関東屈指の夏に涼しい避暑地として知られているらしい。都心より3〜5℃低く、海風と深い沿岸水温が涼しさを保つという。夏でも夜はエアコンなしで過ごせる日があるというから驚きだ。


 実際に行ってみると。

「まあ、確かに群馬県よりは涼しいけど、北海道に比べたらねえ」

「そりゃそうだ」

「それでも、まだマシですね~」

 3人で勝浦市のコンビニでアイスクリームを食べて、そこから先のプランを練るのだった。


 万里香が目当てとして行きたいと言っている廃墟は、千葉県の南房総市にあり、かつては結構大きなリゾートホテルだったらしい。


 それが、数年前に廃業して、今はホテル自体は残っているらしい。


 とりあえず、勝浦市からそのホテル跡まで大体1時間半くらい、距離にして60キロ弱。ほとんど海沿いを走るので、海風によって、まだ内陸の群馬県よりは涼しいが、それでも暑い中、走ることになった。


 着いてみると、海沿いとはいえ、正確には海から一本道路を隔てた、国道410号沿いにそれはあった。

 巨大な8階建ての白亜の綺麗なホテルだった。


 だが、目の前に駐車場はなく、国道にもスペースがないため、裏手に回り、かつての駐車場の跡に、彼女たちはバイクを停めて、徒歩で向かうのだった。


 ここは、1階から2階にかけて、大きな特徴が見られる。

 建物の西側は半ドームのような形状をしており、正面にはギリシャ建築風の円柱とアーチが目立つ。

 上は恐らく8階まであり、一見すると高級マンションのような造りをしており、周辺のヤシの木と相まって、優美な南国風リゾートホテルのおもむきがあった。


 しかし、

「確か1988年頃に開業した後、ここは何回も名前が変わっているんだ。そして、2018年には閉館している」

 と、あらかじめ調べてきたらしい、万里香の情報によるとそうらしい。


「経営難ですかね?」

「まあ、単純に考えればそうだろうな。経営元が移ったのかもしれない。登記簿を取り寄せればわかるだろうが、面倒だからやらない」

「変なところで、細かい割に面倒臭がりだね」

 菜々子、万里香、そして美希が応じる。


 一通り、建物の周囲を見ていく。

 裏手は、完全に元の従業員向けの通用口になっているらしい。全体的に建物自体の経年劣化の痕跡はあるが、それでも廃墟としては美しい部類に入るだろう。

 ただし、正面右手にある、東屋周辺は草が刈られておらず、ぼうぼうとなって生い茂り、人の手が入らない弊害が出てきていた。


「こういうのって、やっぱ少子化の影響ってあるんですかね?」

「あるだろうな。昔は家族連れで栄えていたかもしれないけど、今やその家族自体が減っている」

「そうね。おまけに、バブル期を想定したような、大人数向けのホテルはすたれていくんじゃないかな」

 菜々子が発し、万里香が答え、そして再び美希が返す。


「あと、前から思ってたんですけど、どうして閉業した後、解体しないんですか?」

 なおも、菜々子が尋ねる。


「それはやっぱ金だろうな」

「お金ですか?」


「ああ。そもそも建物を解体するにも莫大な金がかかる。つまり、莫大な負債を抱えて倒産した元のホテル経営者に、そんな大金を払う金は当然ない」

「なるほど。それで、完全放置プレイになるわけね」

「そういうことだ」

 美希は、こうしたかつて栄華を誇った建物が、経済的な理由から解体されずに残っていることを、もの悲しく思うのだった。


 そんな中、一通り一周して見てみると。

「もったいないな」

 と、万里香が声に出した。


「もったいない?」

「ああ。だって、これだけ綺麗な建物だろ。何かに応用できればいいんじゃないか?」


「だったら、万里香が買ったら?」

 冗談めかして、美希が声をかける。


「まさか、いくら万里香センパイでもそれはないんじゃないですか?」

 菜々子も応じて、笑うのだが。


「……いいかもな」

 それが本気なのか、それとも万里香なりの冗談なのか、わからなかったが、彼女は考え込んでいた。


 もしかしたら近い将来、万里香は廃墟を買い取って、再利用するような事業を始めるのかもしれない。


 美希は、漠然と、しかしありえない、と否定しながらもそう思うのだった。


 こうして、彼女たちの「廃墟巡りの夏」は過ぎて行った。

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