第18話 廃集落にて
2月。
近年は地球温暖化により、冬でも積雪や路面凍結が少ない。
それを見越してのことだろうが、ある時、万里香がこんな一言を発したのがきっかけだった。
「そろそろ普通の廃墟は飽きた頃だろうから、変わった場所に行く」
「変わった場所? どこ?」
「ついて来ればわかる」
何故か行き先を教えてくれない、万里香に一抹の不安を感じつつ、美希はこのミステリーツアーに参加することになった。
もちろん、その後、菜々子にも連絡が行き、いつもの三人で向かうことになった。
「大体の場所くらい教えて、万里香」
出発前の朝になって、美希が尋ねると、ようやく彼女は、
「埼玉県だ」
とだけ答えてくれた。
(また、埼玉県か。埼玉率高いな)
と、美希は思いつつ、向かうことになった。
実際、群馬県から埼玉県であれば、ほとんど日帰りで行ける。
下道を使い、およそ2時間。
やって来たのは、秩父市中心部から外れた、秩父さくら湖という湖の近く。
山深い土地で、奇妙なお面のような絵が描かれたトンネルを越えて、左折し、いかにも頼りない細い山道をバイクで登ることになった。
時間は午前9時すぎ。
休日の土曜日だったが、車通りは極端に少ない。
というより、彼女たち以外誰もいなかった。
幸い、温暖化の影響もあり、気温は低いものの、路面凍結の心配はなかった。
そして、走ること5分あまり。
急に何もないところで先頭を走る万里香は、何もないところで突然、停まった。
「何、ここ?」
ヘルメットのシールドを開けて、美希が尋ねる。
一方、菜々子はすぐに気づいたようで、バイクを降りてヘルメットを脱いで、
「なるほど。廃集落ですね」
と発していた。
そう。そこに広がっていたのは、かつては集落として栄え、今は見る影もなくなった、「人が住んでいた跡」だった。
「ここはな、茶平集落と呼ばれてたんだ」
歩きながら、万里香が語る。
美希も菜々子もついて行くと、確かに完全に森に埋もれる形になっていたが、いくつかの家屋の跡が見えてきた。
その様を見て、美希は衝撃を受けるのだった。
最初に見えてきたのは「警ら箱」と書いてある薄汚れた看板だった。
「警ら箱?」
「恐らく、地域の住民が連絡事項を書いて投函すると、巡回に来た警官が回収するものだろう」
「それ、いつの時代ですか?」
菜々子の問いに、美希も同じ思いを感じたが、万里香によると、
「1955年時点で、ここには16戸、75人の人口が住んでいたが、1960年頃から徐々に離村が始まり、2000年前後に最後の住人が離村して廃村になったそうだ」
らしい。
歩いてみると、傾いた家屋や、土に埋もれた自転車が無残な姿で転がっていた。
さらに進むと。
今にも倒壊しそうな傾いた家屋の内部が見えるところにたどり着く。
一応、倒壊する恐れを警戒して、万里香は内部には足を踏み入れなかったが、そこには彼女たちが見たこともない物が転がっていた。
今では見られない、奥行きのあるブラウン管のテレビ、ハンドルがついている手動式と思われる古い洗濯機、アコースティックギター、プルタブ式の缶ジュース、いつの時代かわからないような古びた掃除機、そして昭和40年と書いてある新聞や、古い漫画雑誌など。
確かにそこには、「人が住んでいた形跡」だけは残されていた。
ただし、ここにあるのは残骸のみ。
それでも菜々子は喜色満面だった。
「何ですか、これ。宝探しみたいですねー」
彼女自身は、めちゃくちゃ楽しそうに微笑んでいた。
「菜々子ちゃん。テンション高いなあ」
「まあ、確かにこれは宝探しだな」
つられて、万里香まで笑みを見せていた。
確かにそこには、三人が知ることもない世界が広がっていた。
それは、インターネットすらない、明らかに「昭和の遺物」であり、今や忘れ去られた時代の残滓たちだった。
さらに進み、別の家屋を見ると。
ほとんど博物館でしか見たことがない、餅つき用の巨大な臼があったり、見たことがないような古くて、赤錆のついた郵便箱があったり、またギターが転がっていたりした。
さらに急な斜面を登っていくと、古びたお堂があった。
三人はそこで、手を合わせ、元来た道をまた戻ることになる。
「何だか、すごいところだね」
「そうだろ。こうした廃村がいつまでこの形を残しているかわからないから、その前に来てみたかったんだ」
「もはや村全体が廃墟ってわけね」
「楽しかったです!」
異様にテンションが高い菜々子を先頭にして、三人は帰路につくのだった。
こうした細い山道や、ほとんど未舗装路みたいな道だと、菜々子の乗るセローが一番機動性が高い。
三人の廃墟ツーリングは、一段階を迎え、それぞれが4月を迎え、進級となる。
万里香、美希は大学3年生に、菜々子は大学2年生に。
モラトリアムの時間は残りわずかになっていた。




