第15話 草ヒロを探せ
それは、ある時、美希が唐突に発した一言がきっかけだった。
いつものように、授業の合間に、カフェテラスで万里香と向かい合っていた、美希。この時、菜々子はいなかったが。
「なんかさあ」
「ああ」
相変わらず男の子のような口調の相槌を打つ、万里香に美希は常々思っていたことをついに口に出したのだ。
「飽きてきたなあ」
「何が?」
「いや、だから廃墟巡り。結局、どれも一緒じゃん」
身も蓋もないことを彼女が吐き出すように言ってのけたが、言われた万里香は表情を少しも変えていなかった。
聞いてるのか、聞いてないのかさえわからないような変化のない表情。美希は、少しだけイラつく自分に気づいてしまった。
しかし、万里香は、またも美希の予想を上回る答えを出してきた。
「じゃあ、草ヒロを見に行くか?」
「草ヒロ? 何、それ?」
前回のトタニズム同様に、頭の中に「?」マークが浮かんでいる美希に、今度はどこから聞いていたのか、突如、背後から現れた元気のいい声が、美希の背中から降ってきた。
「それはですねー、美希センパイ」
「菜々子ちゃん。いつの間に」
相変わらず小悪魔のように可愛らしい笑顔で現れた元気一杯の彼女が、万里香に代わって口を開く。
「草ヒロってのは、『草むらのヒーロー』の略です。確か、自動車雑誌が由来でしたっけ、万里香センパイ?」
「ああ、そうだな。某自動車雑誌の読者投稿コーナーにその『草むらのヒーロー』ってのがあってな」
「何、それ? 草むらに戦隊ヒーローでもいるわけ?」
「そんなわけあるか。行ってみればわかる」
そう言って、万里香は、早くも動き出していた。
ネットで素早く検索し、恐らく前から当たりをつけていたのだろう。
「次の土曜日に行くぞ。場所は山梨県だ」
それだけを告げて、解散となっていた。
「えっ、万里香。それだけ?」
驚く美希に、彼女は、待ち合わせ場所と時間だけを告げて去って行った。
次の土曜日の朝。
美希は、イマイチ気乗りがしないと思いながらも、愛車のカワサキ KLX230に乗り、待ち合わせ場所に向かった。
今回は、何故か道の駅が待ち合わせ場所になった。
群馬県藤岡市にある、道の駅ららん藤岡。
そこに美希が行ってみるとすでに、ホンダ ADV160と、ヤマハ セローの姿があり、彼女たちが待っていた。
「遅い」
と、愚痴る万里香。
時間的には、待ち合わせ時間ギリギリの到着になった、美希は、気乗りがしていないのが影響していた。
「間に合ったんだからいいでしょ」
「まあまあ、お二人とも」
どうも険悪な雰囲気になりそうになっていたのを、菜々子がなだめていた。
目的地は、山梨県甲府市。一応、万里香から説明はされるのだが。
「あのさあ、万里香」
「何だ?」
「具体的に、地図アプリの目的地をどこに設定すればいいわけ?」
尚も、美希は不服そうに万里香に絡んでいた。
「だから、この辺」
万里香は、万里香で元々、性格がアバウトなので、地図アプリの緑になっている部分、つまり完全に山の一点を指し示していた。
「いや、ただの山じゃん!」
「山じゃない。林道だ。正確には旧道だ」
「どっちでもいい。はあ、わかった。もう勝手について行くから、とっとと行って」
美希が不服そうなのを、鈍感な万里香も感じ取り、仕方がないと思いつつ、先頭を出発、続いて菜々子、最後に美希が続いて、道の駅を出発。
今回は、藤岡市から国道254号を走り、長野県に抜けて、佐久地方を経由して、国道141号を走る。山梨県の清里、北杜市を経由して、西側から甲府市に向かうルートらしい。
つまり、前に清里の廃墟を見に行った時と同じようなルートになり、下道でも交通量が少ないので、大体3時間くらいで行けるらしい。
とりあえず、一番気乗りがしていなかった、美希だったが。
実際についてみると、そこは旧道から外れた山の中だった。
ちょうど、紅葉の時期と重なり、赤や黄色の葉が見事だったが、その中にその「草ヒロ」たちは静かに眠っていた。
「何、これ? いつの時代の車?」
明らかに時代を超越したような、廃車が森の中に転がっており、美希は目を見張っていた。
それは、昔のアメリカ映画にでも登場しそうな、ボンネット式の年代物のピックアップトラックで、巨大な鉄の塊が、風雨に晒され、変色しながらも、自然に囲まれて佇んでいるという、一種独特の様式美というか、芸術的な美しさを保っていた。
しかもこのトラックのドアには、まるで弾丸でも撃ち込まれたような、無数の穴が不気味に空いていた。運転席を見ると、古ぼけた丸いハンドルがあり、内装も見事に年季が入って、塗装も剥げ落ちていた。
「これが、草ヒロ。すごい……」
実際、気乗りがしていなかった、美希が一番感動していた。
一番熱心にスマホのカメラを向けていた美希。
それに微笑みながら、万里香と菜々子が、声を上げる。
「美希。こっちにもあるぞ」
「向こうにもありますよ」
結局、二人によって、見つけられた、草ヒロの車は、全部で6台もあり、いずれもいい味を出していた。
万里香によると、それらの車の詳細は以下であるという。
1つは、ホンダ アクティという軽自動車で、これなどはどこかから落ちたのか、車体が横転したまま自然の中に眠るように佇んでいた。
1つは、笹藪の中にひっそりと眠る、トヨタ ライトエース。こちらはもはや地面から生えてきている藪に埋もれていた。
1つは、大型のピックアップトラック、トヨタ ハイラックス。斜面の一角、地面が粘土状のところにあり、スタックして動かなくなったかのようにも見える。
1つは、古い型の日産 セドリック。これなどは衝撃的で、完全にひっくり返ったまま、捨てられたように朽ちていた。
1つは、三菱ふそう T800。よくレッカー車などに使われる頑丈なピックアップトラックだが、これもまるで役目を終えたかのように、自然に還ろうとしていた。
最初のボンネット式のトラックと合わせて、計6台が、この山梨県甲府市の山中にひっそりと眠っていた。
しかも、驚くべきことに、これらの車種を万里香はほとんど全て言い当てていた。唯一、古すぎるボンネット式の年代物のピックアップトラックだけは、車種がわからないという。
「どうだ、美希? まだまだ廃墟の魅力は尽きないだろ?」
ドヤ顔で覗き込んでくる、万里香に、美希は少しイラついたような表情で、
「まあ、面白いけど、そもそもこれ廃墟じゃないし、不法投棄でしょ」
「それを言っちゃおしまいだけどな」
「でも、美希センパイも、楽しんでくれたようで良かったです」
菜々子だけは、相変わらずブレないというか、屈託のない笑顔を見せて、微笑んでいるのだった。
「で、何で女の子なのに、そんなに車に詳しいのよ、あなたは?」
美希が気になっていたことを口に出していた。
先程、打ち捨てられた、これら「草ヒロ」の全ての車種を見事に言い当てていた、万里香が気になっていたのだ。
「ああ、それか。ウチは父子家庭だからな。父がよく教えてくれた。お陰で私は車やバイクの種類に詳しくなったのさ」
(なるほど。男の子っぽいのは、そのせいか)
美希は、以前、万里香の父にも会っているし、事情を聞いていたから、妙に納得してしまうのだった。
「でも、本当に詳しいですよね、万里香センパイ。ネットで検索したら、全部当たってましたよ」
菜々子が、スマホを見ながら、どこか嬉しそうな声を上げていた。
季節は11月末。
ここ山梨県の山中に紅葉が広がり、間もなく冬になる。




