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第14話 トタニズム

 11月。やっと涼しくなった頃。


 大学の講義と講義の間。ちょうど1時間以上も空くため、彼女たち3人はいつものように、構内にあるカフェテリアで、コーヒーを飲みながら、会話をしていた。


 その時のことだ。

―トタニズム―

 そう書かれた、紙の本を万里香が読んでいて、美希が怪訝な表情で覗き込んでいた。


「万里香。何、その本?」

「知らないのか。トタニズムだよ」

「トタニズム? って何?」


 その問いに、万里香の眼が輝きだした。

 美希は、嫌な予感がしたが、もう後の祭りだった。


「トタニズムとは、トタンで覆われた建物の時間経過と共に浮かび上がってくる腐食や塗装の色彩を楽しみ、でる行為のことだ。見ろ、このいい具合の赤錆あかさび。これなんて、芸術的だろ」

「いや、全然わからないから」

 赤錆が浮いて、変色しているトタンの写真を見せて、これ見よがしに喜んでいる万里香の主張に、美希はまったくついて行けてなかった。


「万里香センパイ。いいですね、この赤錆! 最高です!」

 約1名、彼女に同調していたのは、菜々子だったが。


「だろ? この良さがわからないとはな。残念だな、美希」

「いや、何で私が残念な子みたいになってんの。普通の女子大生はこんなの見て喜ばないから」


(相変わらず、変態だな)

 と、口にこそ出さないが、美希は思うのだった。


 そんな万里香の唐突で思いつきの「廃墟ツーリング」がまた、彼女の一言から起こる。

「これ、いいな」

 彼女が興味を示したのは、川に突き出るようにして、トタン屋根の古ぼけた建物が建っている写真で、彼女が読んでいた「トタニズム」の本にたまたま載っていたものだった。


「へえ。素敵ですねえ」

 と、興味を示して覗き込んでいる菜々子も、相当な変わり者だと再認識した、美希は、


「で、どこ?」

 どうせ行くことになるから先手を打って訪ねていた。


「埼玉県飯能(はんのう)市。そこまで遠くないな。よし、行こう」

 万里香は、一度決断をすると、ものすごく行動が早い。

 というより、恐らく世に存在する、数多くのライダーたちは、フットワークが軽いのだが。


 早速、次の土曜日を狙って、3人で行くことになった。


 高崎市から、飯能市までは、高速道路で、1時間半程度。だが、下道でも2時間と少し。距離は約80キロ程度。


 ということで、今回は下道で行くことになった。


 主に走るのは、国道17号と、同じく国道254号。

 特に、国道254号に入ると、比較的流れが速い。


 というよりも、早い話が、埼玉県でも田舎の道を走るので、南埼玉の、都心に近いゴミゴミした場所は通らないからだ。


 事実、「市」というより「町」と書いてある場所を通過することが多い。


 なんだかんだで、休憩をしながら、2時間半ほどで到着。


 埼玉県飯能市。人口7万8000人ほどの小さな町で、関東平野の西にあり、関東平野と秩父をつなぐ場所にある。従って、この後ろは武蔵野台地と呼ばれる、山になる。


 この小さな町の河原。入間いるま川のほとり、地元の人が「飯能河原」と呼ぶ辺りにそれはあった。


「おお、これは想像以上にすごいな」

 バイクを降りて、早くも食いついて、目を輝かせていたのは、もちろん万里香だった。


 川沿いに突き出るように、飛び出した灰色の建物。その脇には、今にも崩れそうな赤茶色に変色した、倉庫のようなトタン屋根の建物もあった。


 一体、どれくらいの期間、風雨を浴びてきたのだろう。

 この建物の周りにも、時の流れによって、無残に変色した、トタン屋根の建物がゴロゴロと転がっていた。


 万里香は、子供のように喜んでは写真を撮り始め、菜々子もまたスマホのカメラを熱心に向けていた。


 一人、美希だけは、

(まあ、すごいというか、寂しいというか、昭和だね。住みたくはないけど)

 と、灰色の建物に残っている「タバコ」、「カラオケ」と書かれた、レトロな看板を見ながら思うのだった。


 その周囲の建物は、ほとんどがトタン屋根で、ほとんどが赤茶けて変色しており、今が令和の世とは思えないほど、昭和感があったのだ。


 結局、万里香と菜々子は、この「トタニズム」に取りつかれたように、写真を撮りまくり、目当ての建物の周囲にあるトタン屋根の建物まで撮る始末。


 終わってみれば、彼女たちに1時間以上も付き合わされて、美希はすっかり疲れていた。


 そのため、帰り際に、美希は二人に対して、

「もう二人とも、遅い! 付き合ってあげたんだから、夕食は、埼玉名物の、うどん屋に行くこと。いい?」

 有無を言わせずに告げていた。


 その、埼玉県名物の「うどん屋」。

 発祥は埼玉県所沢市で、関東にしか展開していないが、有名な「うどん食堂」という場所で、うどんはもちろん、定食も提供している、ファミレス的な、いやちょっと牛丼屋的な雰囲気がある場所だった。


 万里香は、実はこのうどん屋のレトロな雰囲気が好きらしく、

「いいぞ」

 と、二つ返事で応じてくれた。


 菜々子もまた、

「美味しいですよね、あのうどん屋」

 と、あらかじめ知っていたようで、応じてくれるのだった。


 3人は、うどん屋で、晩飯を食べてから、群馬県に帰るのだった。


 結局、万里香と菜々子が、トタニズムを満喫したツーリングになっていた。

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