第三話 初めての調理はポトフ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「まずは、骨を洗うところからだ」
小屋の前に置かれた作業台。
その上には、昨日解体した牙狼の骨が並んでいた。
背骨。
肋骨。
腿や肩から外した太い骨。
骨の表面には、包丁だけでは取り切れなかった肉や筋が僅かに残っている。
「お肉ではなく、本当に骨を使うのですね」
「ああ。昨日も言ったが、骨の周りには肉が残っている。それに、骨の中には骨髄がある」
「こつずい?」
「骨の中心に入っている、柔らかい部分だよ。脂と旨味を持っている」
マレシアは太い腿骨を一本持ち上げ、断面をレスティナへ見せた。
硬い骨の内側に、赤黒いものが詰まっている。
「ここからも、味が出るのですか?」
「ああ。だが、血や汚れを残したまま煮れば、臭みも出る。だから最初の下処理が大切なんだ」
マレシアは大きな木の桶へ冷たい水を張った。
その中へ、切り分けた骨を沈めていく。
「お湯ではないのですか?」
「最初は冷たい水だ。血を抜きたいからね。温かい水へ入れると、表面の血が固まって落ちにくくなる」
レスティナも小さな肋骨を一本持ち、桶へ入れた。
しばらく置いていると、透明だった水が少しずつ赤く濁っていく。
「水が赤くなりました」
「骨や、残った肉から血が出ている。水を替えよう」
二人で骨を取り出し、桶の水を捨てる。
新しい水を張り、もう一度骨を沈めた。
すぐに使いたい場合は短時間でも構わないが、本来なら何度か水を替えながら、より長く血を抜いたほうが臭みは減る。
昨日のうちに一度水へ浸し、冷やしておいたため、今日は最後の仕上げだけだった。
水がほとんど濁らなくなると、マレシアは一本ずつ骨を引き上げる。
「表面をよく見な」
骨の隙間には、固まった血が残っている。
関節の内側や、背骨の窪み。
レスティナは小さな刷毛を使い、流水をかけながら丁寧に擦った。
「これくらいでしょうか?」
「まだ、そこに残っている」
「こちらですか?」
「ああ。出汁は長く煮る。最初に残した汚れも、全部鍋の中へ出てくると思いな」
レスティナは骨を裏返し、見落としがないか何度も確認した。
「きれいになりました」
「なら、水気を取ろう」
清潔な布を骨へ押し当てる。
濡れたまま焼くと、表面の水が蒸発するまで温度が上がらず、香ばしい焼き色がつきにくい。
一本ずつ丁寧に拭き、乾いた板の上へ並べていく。
「洗ったのに、次は焼くのですか?」
「澄んだあっさりした出汁が欲しいなら、焼かずに煮てもいい。今日は牙狼の強い味を生かした、濃い出汁を取る。だから、先に焼き色をつける」
マレシアは太い骨を石の上へ置いた。
斧の背を振り下ろす。
ごつっ、と鈍い音が響き、腿骨へひびが入った。
もう一度叩くと、硬い骨が二つに割れる。
「割ってしまうのですか?」
「中の骨髄を出やすくするためだ。ただし、細かく砕きすぎると、破片を取り除くのが大変になる」
割れた骨の断面から、赤みを帯びた骨髄が見えている。
レスティナは恐る恐る覗き込んだ。
「これが、骨髄……」
「ああ。煮れば脂と旨味が出る」
火を起こし、幅の広い鉄鍋を載せる。
油は入れない。
鍋が温まったところで、水気を拭き取った骨を並べていく。
「骨が鍋底へ重ならないように置きな」
「一度に全部入れてはいけないのですか?」
「昨日の肉と同じだ。入れすぎれば鍋の温度が下がる。水分が出て、焼き色がつきにくくなる」
骨が鍋底へ触れる。
最初は静かだったが、残った脂が溶け始めると、じりじりと小さな音が聞こえてきた。
マレシアはすぐに動かさない。
片面が濃い茶色へ変わるまで待ち、鉄の鋏でひっくり返す。
「少し焦げていませんか?」
「黒く炭になるまで焦がせば苦くなる。だが、この茶色は焦げじゃない。香ばしさと旨味になる焼き色だ」
表面へ残っていた僅かな肉も、赤色から茶色へ変わっていく。
骨髄から落ちた脂が鍋底へ広がり、肉を焼いたときとは違う、濃厚な香りが立ち上った。
「いい匂いです」
「骨だけでも、きちんと焼けば香りが出る」
一度に入らなかった骨も、同じように焼く。
すべての面へ焼き色をつけたら、大きな深鍋へ移した。
骨を焼いた鉄鍋の底には、茶色い焼き跡が残っている。
マレシアは少量の水を注いだ。
しゅうっ、と音を立て、白い蒸気が上がる。
「レスティナ。木べらで鍋底を擦ってごらん」
「はい」
レスティナは小さな手で木べらを握り、鍋底へ当てた。
力を入れて擦ると、茶色い焼き跡が剥がれ、水へ溶けていく。
「汚れではないのですか?」
「焦げて黒くなっていなければ、骨と肉の旨味だ。捨てるのはもったいない」
褐色になった水を、骨の入った深鍋へ加える。
さらに、骨がすべて浸かるまで冷たい水を注いだ。
「ここでも、冷たい水なのですね」
「骨や肉から、ゆっくり味を引き出すためだ。最初から熱湯を使うより、冷たい水から温めたほうが出汁は出やすい」
深鍋を火へかける。
最初は強火。
水の温度が上がるにつれて、鍋底から小さな泡が生まれる。
レスティナは鍋の前へ座り、じっと水面を見つめていた。
「まだ何も出てきません」
「焦るんじゃない。出汁は時間をかけて取るものだよ」
やがて、水面に灰色の泡が浮かび始めた。
「これは、昨日の灰汁と同じですか?」
「ああ。ただ、骨から取る出汁は長く煮るから、最初の灰汁を特に丁寧に取る」
マレシアは穴の開いた匙をレスティナへ渡した。
「やってごらん」
「私が?」
「あんたの料理だろう?」
レスティナは両手で匙を持った。
水面に浮かぶ灰汁へ、そっと近づける。
深く沈めすぎ、灰汁だけでなく汁まで大量にすくってしまった。
「あ……」
「最初はそんなものだ。匙を寝かせて、水面だけを滑らせる」
言われた通り、匙を横へ傾ける。
鍋の縁から中央へ向かい、表面だけを撫でるように動かす。
今度は灰汁だけが、穴の開いた匙へ集まった。
「取れました」
「一か所へ集めてからすくうと、汁を捨てずに済む」
灰汁は一度取れば終わりではない。
取り除いても、しばらくすると新しい泡が浮かんでくる。
レスティナは何度も匙を動かした。
少し目を離せば、灰汁が鍋の縁へ張りつく。
火が強すぎると、激しく沸騰した汁へ混ざり、取りにくくなる。
「火を弱めよう」
「まだ沸騰していません」
「完全に沸騰させなくていい。表面が静かに揺れ、小さな泡が上がる程度を保つ」
マレシアは太い薪を一本抜き、火を調整した。
鍋の中の動きが穏やかになる。
「強く煮れば、早く出汁が取れるのではないのですか?」
「濃くはなるが、血や脂が混ざって濁りやすい。今日はポトフに使うから、できるだけ澄んだ出汁が欲しい」
「ぽとふ?」
「肉と野菜を大きめに切って、出汁で煮込む料理だよ」
「それが、今日の料理名ですか?」
「そうだ。今日作るのは――」
マレシアは、軒下へ吊るしていた牙狼肉の香草燻製へ目を向けた。
「牙狼出汁と香草燻製の森ポトフだ」
「牙狼出汁と香草燻製の、森ポトフ」
「骨から取った出汁へ、昨日作った燻製肉と、森で採れた野菜を入れる」
レスティナは嬉しそうに料理名を繰り返した。
「私が作る、初めての料理ですね」
「ああ。ただし、完成するまでまだ時間がかかる」
「頑張ります」
骨の出汁を煮ている間に、ポトフへ入れる食材を準備する。
白い蕪に似た根菜。
甘味のある黄色い根。
厚い葉を持つ森菜。
小粒の森玉葱。
昨日作った牙狼肉の香草燻製。
レスティナは、マレシアから小さな包丁を渡された。
「まずは持ち方からだ」
レスティナは緊張した面持ちで、包丁の柄を強く握る。
「力を入れすぎだよ。それでは手が疲れる。包丁を落とさない程度にしっかり持つが、肩まで固くする必要はない」
「このくらいでしょうか?」
「ああ。反対の手にも気をつけな」
マレシアは根菜をまな板へ置き、自分の左手を添えた。
「指先を伸ばしたままにすると、野菜と一緒に切る。指を内側へ曲げて、包丁の側面を指の関節へ添える」
「こうですか?」
「親指も内側へ入れな。外へ出していると危ない」
レスティナは、白い根菜へ包丁を当てた。
上から押す。
包丁は半分ほど入ったところで止まった。
「切れません」
「押し潰すんじゃない。刃を前へ滑らせながら下ろす」
もう一度。
包丁を僅かに前へ動かしながら、体重をかける。
ごとん、と根菜が二つに分かれた。
「切れました!」
「包丁は、刃が滑ることで切れる。力任せに押せば、刃が急に抜けて怪我をするよ」
半分にした根菜を、さらに四つへ切り分ける。
一つは大きい。
一つは小さい。
残る二つも、形が揃っていない。
「大きさが違います」
「初めてなんだから当然だ」
「でも、大きいものは火が通るのに時間がかかります」
「よく覚えているね。大きすぎるものだけ、もう一度切ろう」
すべてを同じ形にしようとして細かく切りすぎれば、長く煮たときに崩れてしまう。
完全に同じでなくても、厚みを近づければ火の通り方は揃う。
黄色い根は、白い根菜よりも硬い。
そのため、少し小さく切る。
森玉葱は皮を剥く。
小粒なので切らず、丸ごと煮込む。
「丸ごとで、中まで火が通りますか?」
「最初から入れて長く煮る。それに、切らなければ形が崩れにくい」
森菜の厚い葉は、芯と葉へ分ける。
硬い芯は斜めに薄く切り、柔らかい葉は大きめに。
「同じ野菜なのに、分けるのですか?」
「芯と葉では火の通り方が違う。芯は先に、葉は最後に入れる」
次は牙狼肉の香草燻製。
薄く切ってそのまま食べる場合とは違い、今日はポトフの具材として煮込む。
厚さは指一本ほど。
煮込んでも存在感が残るよう、やや大きめに切る。
包丁を入れるたび、燻煙と香草の匂いが漂った。
「そのまま食べたいです」
「昨日、味見しただろう?」
「今日もおいしいか、確かめる必要があります」
「つまみ食いを正当化するんじゃない」
「一切れだけ……」
マレシアは小さく息を吐き、端の形が悪い一切れを渡した。
「これだけだよ」
「ありがとうございます」
レスティナは嬉しそうに燻製を齧った。
昨日よりも煙の香りが落ち着き、塩味も肉の中へ馴染んでいる。
「昨日より、おいしくなっています」
「燻製は、少し休ませると煙の刺激が和らぐ。香りも肉へ馴染むんだ」
「時間も料理をするのですね」
「いい言い方だ」
出汁の鍋から灰汁がほとんど出なくなると、香味野菜を加える。
森玉葱の外皮。
香りの強い葉の茎。
潰した野蒜。
少量の香草。
「食べる部分ではないのですか?」
「硬くて食べにくい部分でも、香りは出る。煮終わったら取り出せばいい」
「捨てる部分も使えるのですね」
「何でも使えるわけじゃない。苦味や毒が出るものもある。使えるかどうか知ることが大切だ」
鍋へ香味野菜を入れ、さらに静かに煮込む。
水分が減り、骨が水面から出そうになれば、少量の湯を足す。
冷たい水を大量に加えると温度が急に下がるため、別の鍋で温めておいた湯を使う。
何度も灰汁と余分な脂を取り除きながら、じっくり味を引き出す。
骨の周りへ残っていた肉が縮み、関節が外れやすくなってきた。
汁の色は薄い琥珀色。
表面へ浮かぶ脂が、光を反射している。
「そろそろ、よいのでしょうか?」
「味を見てみな」
マレシアは小さな器へ出汁を取り、レスティナへ渡した。
まだ塩は入れていない。
レスティナは息を吹きかけ、一口飲む。
「薄いです」
「何も味つけしていないからね。よく味わってごらん」
レスティナは、もう一口飲んだ。
最初はただのお湯のように感じた。
しかし、舌の上で転がしていると、奥からじんわりと味が広がってくる。
焼いた骨の香ばしさ。
骨髄から出た脂の甘味。
牙狼肉の力強い旨味。
「お肉とは違う味がします」
「それが骨から取った出汁だ」
火を止める。
大きな骨を、鉄の鋏で一つずつ取り出す。
細かな骨片や香味野菜を除くため、清潔な布を敷いた別の鍋へ汁を注いだ。
布の上には、細かな汚れと、崩れた骨の欠片が残る。
下の鍋には、澄んだ琥珀色の出汁だけが落ちていた。
「きれいです」
「ここまでが出汁作りだ。次は、ポトフに仕上げるよ」
空にした深鍋を水で洗い、再び火へかける。
牙狼の骨出汁を戻し、最初に黄色い根と丸ごとの森玉葱を入れた。
「一番硬いものからですね」
「ああ」
沸騰させないよう、中火でゆっくり温める。
黄色い根へ串を刺し、表面だけ少し柔らかくなったところで、白い根菜と森菜の芯を加える。
牙狼肉の香草燻製も、この段階で入れる。
「燻製には火が通っているのに、早く入れるのですか?」
「燻製の塩味と香りを、出汁へ移すためだ。逆に長く煮すぎれば硬くなるから、野菜よりあとに入れる」
鍋の中へ燻製肉が沈む。
温められたことで、閉じ込められていた香りが一気に広がった。
骨出汁の濃厚な匂い。
甘い木の煙。
香草と野蒜。
レスティナのお腹が、大きな音を立てた。
「……」
「完成まで待ちな」
「はい……」
出汁には、燻製肉から塩分が出る。
最初から塩を入れれば、煮詰まったときに濃くなりすぎる。
味つけは最後。
マレシアは、レスティナに何度も味見をさせた。
「先ほどより、塩味がします」
「燻製から出たんだ。野菜から甘味も出ている」
「まだ薄い気がします」
「では、ほんの少しだけ塩を足そう」
レスティナは指先で一つまみの塩を取り、鍋全体へ散らした。
木べらで底から静かに混ぜる。
野菜が柔らかくなっているため、乱暴に混ぜれば崩れてしまう。
もう一度味見。
「まだ少しだけ……」
「なら、もう一つまみ」
二度目の塩。
再び味を見る。
骨出汁の旨味が、先ほどよりはっきり感じられる。
燻製肉の香り。
根菜の甘味。
塩味が、それぞれを一つへまとめていた。
「おいしいです」
「なら、それ以上入れなくていい」
最後に、森菜の柔らかい葉を加える。
汁へ沈め、鮮やかな緑色が残る程度に火を通したら、鍋を火から下ろす。
「完成だ」
「私が、盛りつけてもよいですか?」
「ああ。器ごとに具の量が偏らないようにね」
レスティナは木の器を二つ並べた。
最初に、黄色い根。
白い根菜。
丸ごとの森玉葱。
森菜の芯と葉。
厚く切った牙狼肉の香草燻製。
具材の上から、琥珀色の牙狼出汁を注ぐ。
最後に、新鮮な香草の葉を一枚だけ載せた。
「できました」
湯気の向こうに、色とりどりの具材が見える。
レスティナが生まれて初めて作った料理。
牙狼出汁と香草燻製の森ポトフ。
二人は小屋の前で向かい合い、器を手に取った。
「いただきます」
「いただこう」
レスティナは、まず出汁を一口飲んだ。
「んっ……」
骨だけを煮たときより、味がずっと複雑になっている。
牙狼の骨から出た深い旨味。
燻製肉の塩気と、煙の香り。
森玉葱の甘さ。
香草の爽やかさ。
それらが一つになり、温かな汁として身体へ染み込んでいく。
次に、白い根菜。
匙で簡単に切れるほど柔らかい。
噛むと、中に吸い込んでいた出汁が溢れた。
「根っこなのに、お肉の味がします」
「煮込んでいる間に、出汁を吸ったんだ」
黄色い根は、白い根菜よりも甘い。
丸ごと煮た森玉葱は、外側の形を保っているが、中心はとろりと柔らかかった。
そして、牙狼肉の香草燻製。
そのまま食べたときよりも柔らかい。
煮込んだことで強かった塩気が抜け、その塩味がポトフ全体へ広がっている。
一方で、煙の香りは肉の中に残っていた。
「同じ燻製なのに、昨日と違います」
「出汁を吸い、塩を汁へ渡した。ほかの食材と一緒に煮ることで、燻製そのものの味も変わったんだ」
「料理したものを、もう一度料理することもできるのですね」
「ああ。焼いた肉を煮てもいい。煮たものを潰して別の料理へ使ってもいい。料理に絶対の形はないよ」
レスティナは、もう一口ポトフを食べた。
「おいしいです」
「自分で作った味はどうだい?」
「マレシアさんが教えてくださったので、私一人で作ったわけではありません」
「包丁を握ったのも、灰汁を取ったのも、塩を入れたのもあんただ」
マレシアもポトフを食べる。
出汁の濃さ。
野菜の火の通り。
塩加減。
初めての料理としては、十分すぎる出来だった。
それだけではない。
温かな出汁が腹へ入った直後から、身体の奥に残っていた疲労が、少しずつ薄れていく。
昨日、四匹の牙狼を解体し、夜は小屋の外で眠った。
身体が重いほどではないが、肩や腕には僅かな疲れが残っていた。
それが、今はほとんど感じられない。
「マレシアさん?」
「……何だい?」
「難しいお顔をしています。おいしくありませんでしたか?」
「いや。うまいよ」
「本当ですか?」
「ああ。身体が温まったせいか、疲れまで取れた気がする」
その言葉を聞き、レスティナの顔が明るくなる。
「料理を食べると、元気になります」
「そうだね」
「では、もっとおいしく作れば、もっと元気になれますか?」
「どうだろうね。だが、まずいものより、うまいものを食べたほうが気分はいい」
「次は、もっとおいしく作ります」
レスティナは自分の料理を、嬉しそうに頬張った。
マレシアは、もう一度ポトフの出汁を味わう。
使った食材に、これほど明確な疲労回復の効能を持つものはない。
温かい食事を食べたから、身体が楽になった。
今は、それだけのことだと思った。
レスティナ自身も、自分が作った料理へ何かが宿っているとは知らない。
ただ、自分の料理を食べた人が元気になった。
そのことが嬉しかった。
「ごちそうさまでした」
二人分の器が空になった。
レスティナは自分の器を見つめる。
「私にも、料理が作れました」
「ああ」
「明日も、私が作ってよいですか?」
「もちろんだ」
「次は何を作りましょう?」
「料理を覚える前に、森の歩き方も覚えなきゃならない。食材がなければ、何も作れないからね」
「では、食材を探しに行きます」
「狩りの仕方も必要だ」
「教えてください」
「魔獣に襲われたときの戦い方も」
「覚えます」
「魔法もだ」
「お料理に使えますか?」
「火、水、氷は特に便利だね」
「全部覚えます!」
迷いのない返事だった。
マレシアは声を上げて笑う。
「本当に料理のことばかりだね、あんたは」
「駄目でしょうか?」
「いいや」
マレシアは、レスティナの頭へ手を置いた。
「そのくらい好きなら、きっと上手になる」
「はい!」
その日から、レスティナは毎日料理を作った。
包丁で指を切りかけた。
肉を焦がした。
塩を入れすぎた。
野菜を煮崩した。
失敗するたび、マレシアから理由を教わり、次の料理で試した。
同じ食材でも、切り方を変える。
火加減を変える。
入れる順番を変える。
調味料を変える。
そうするたび、違う味が生まれた。
レスティナにとって料理は、ただ空腹を満たすものではなくなった。
知らない味へ出会うためのもの。
自分の手で、おいしいを作り出すもの。
そして誰かと一緒に食べ、その人を笑顔にするものになった。
これが、後に世界を味わい尽くすことになる少女が、自分の手で作った最初の一皿だった。
お読み頂き、ありがとうございます。




