第二十九話 友人との夕食は家禽肉サンド
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
「家禽肉を焼いて、パンへ挟みます」
レスティナは、余った食材を調理台へ並べた。
夕食用に仕入れた家禽肉。
野菜スープに使わなかった赤根菜。
昼食で余った丸いパン。
葉野菜。
香辛料。
蜜。
果実酢。
獣酪。
「パンは、いくつ残っていますか?」
「二十個だ」
バルガスが答える。
「家禽肉は?」
「一枚肉が六枚。余ったと言っても、すべて嬢ちゃんへ渡せるわけじゃない。二枚は明日の朝食へ回す」
「では、四枚使えますね」
「足りるか?」
「薄く切れば、二十個分にできます」
「一つに入る肉は少なくなるぞ」
「野菜も挟みます。それに、厚いお肉を一枚入れるよりも、薄く切って重ねたほうが食べやすいです」
レスティナは、四枚の家禽肉を確認した。
胸の部分。
脂は少ない。
そのまま焼けば硬くなりやすい部位だった。
「最初に、厚みを揃えます」
肉を作業台へ置く。
厚い部分へ、包丁を横から入れる。
最後まで切り離さず、開く。
薄い部分には、切り落とした肉を重ねた。
「叩かないのか?」
「強く叩くと、焼いたときに肉汁が逃げます」
包丁の背を使い、厚い部分だけを軽く叩く。
すべてを薄くするのではない。
火の通り方が揃うよう、厚さを整えるだけ。
「皮は外します」
「使わないのか?」
「使います」
外した皮を、細く切る。
平鍋へ入れ、弱火にかけた。
油は入れない。
皮そのものから脂が出る。
最初は鍋へ張りついていた皮が、脂の中で少しずつ縮み始めた。
木べらで返す。
まだ火を強くしない。
急に熱を加えれば、表面だけが焦げ、中に水分が残る。
「パンへ挟むのに、皮だけ別で焼くのか?」
「お肉と一緒に焼くと、皮を香ばしくする前にお肉が硬くなります」
皮から脂を出し切り、薄いきつね色になったところで取り出す。
布の上へ広げ、余分な脂を落とした。
「これは、最後に使います」
鍋へ残った脂も捨てない。
肉を焼くために使う。
次は、肉へ下味をつける。
塩。
潰した香辛料。
果実酢。
蜜。
香草。
果実酢は多く入れない。
肉を柔らかくするが、長く浸せば表面が崩れ、酸味も強くなる。
蜜は焼いたときに焦げやすい。
最初から大量に塗るのではなく、下味には僅かだけ。
「すぐに焼くのか?」
「四半刻ほど置きます」
「その間は?」
「野菜とソースを準備します」
赤根菜の皮を剥く。
細い千切りに。
すべて同じ太さへ揃える。
太さが違えば、食べたときに硬いものだけが残る。
塩を振り、手で軽く揉む。
しばらく置くと、赤根菜から水分が出てきた。
「そのまま挟まないのか?」
「水分が多いと、パンが濡れます」
赤根菜を布へ包み、強く潰さないよう絞る。
果実酢。
蜜。
塩。
香辛料を、ほんの少し。
混ぜ合わせ、味を馴染ませる。
葉野菜は冷水へ浸した。
しんなりしていた葉が、水を吸って張りを取り戻す。
「冷水へ入れるだけで、変わるのか」
若い料理人が葉を持ち上げる。
「乾いて水分が抜けていただけです。ですが、長く浸しすぎると味まで薄くなります」
水から上げ、布で一枚ずつ拭く。
水分を残せば、やはりパンが濡れる。
次は、ソース。
器へ獣酪を入れ、木べらで練る。
厨房は暖かい。
冷たかった獣酪が、少しずつ柔らかくなる。
そこへ、蜜。
潰した香辛料。
塩。
刻んだ香草。
僅かな果実酢。
混ぜるたび、獣酪の色が薄い黄色から、香辛料を含んだ淡い褐色へ変わっていく。
味を見る。
「甘いな」
横から味見したバルガスが言った。
「お肉へ塗ると、ちょうどよくなります」
「なら、もう少し酸味があってもいい」
「赤根菜に酸味があります」
「全体で合わせるのか」
「はい。一つずつ食べるのではありませんから」
すべてを同時に口へ入れたとき、味が完成するようにする。
肉の塩味。
蜜の甘味。
香辛料の刺激。
赤根菜の酸味。
葉野菜の瑞々しさ。
獣酪の濃さ。
どれか一つが強すぎれば、ほかの味が消えてしまう。
四半刻が経った。
レスティナは肉を下味から取り出し、表面の水分を布で軽く拭いた。
「せっかく味をつけたのに、拭くのか?」
「表面に水分が多いと、焼くのではなく蒸すことになります」
皮から出た脂を温める。
肉を一枚ずつ、平鍋へ置いた。
じゅう、と音が上がる。
一度にすべて入れない。
鍋の温度が下がれば、肉汁が流れ出してしまう。
最初は触らない。
表面が焼ける前に動かせば、鍋へ張りつき、肉が裂ける。
縁の色が白く変わり始める。
肉を少し持ち上げ、焼き色を確認。
淡い褐色。
そこで裏返す。
「薄いから、すぐに火が通るぞ」
「はい。裏側は短くします」
両面へ火が通ったところで、肉を取り出した。
すぐには切らない。
皿へ置き、布を被せて休ませる。
「また待つのか」
「焼いた直後に切ると、肉汁が流れます」
「嬢ちゃんの料理は、待つことが多いな」
「待たなければ、美味しくならない時間があります」
残りの肉も、同じように焼く。
肉をすべて取り出したあと、鍋には焼きついた旨味が残っていた。
そこへ、肉を漬けていた液を入れる。
ただし、そのまま使うわけではない。
生の肉に触れていたため、必ず十分に加熱する。
沸騰させる。
泡が大きくなり、次第に水分が減っていく。
新しい蜜を少しだけ加える。
焦げないよう、鍋底を木べらで擦る。
肉の旨味が溶け出し、艶のある褐色のタレに変わった。
「このくらいです」
木べらで鍋底へ線を引く。
すぐには戻らず、ゆっくりと閉じる程度。
濃すぎれば冷めたときに固まり、薄すぎればパンへ染み込む。
休ませた肉を、斜めに薄く切る。
断面は白い。
肉汁も残っている。
切った肉を、完成したタレへ軽く絡めた。
「パンも焼きます」
二つに切り開く。
完全には切り離さない。
内側へ、薄く獣酪を塗る。
「ソースとは別か?」
「これは、パンへ肉汁が染み込むのを防ぐためです」
平鍋へ、切った面を下にして置く。
表面だけを軽く焼く。
縁は柔らかいまま。
内側だけが香ばしくなったところで取り出した。
あとは、重ねる。
下側のパン。
葉野菜。
蜜香辛料焼きの家禽肉。
赤根菜の甘酢和え。
獣酪と香辛料のソース。
細かく砕いた、家禽皮の香ばし焼き。
最後に、上側のパン。
「できました」
二十個の丸いパンに、家禽肉と色鮮やかな野菜が挟まれている。
レスティナは一つを半分に切った。
断面を確認する。
葉野菜が肉汁を受け止め、赤根菜の赤色が見える。
細く切った皮も、均等に散っていた。
「味見をお願いします」
半分をバルガスへ渡す。
残りをレスティナが食べた。
最初に、焼いたパンの香ばしさ。
次に、柔らかな家禽肉。
蜜の甘味が広がった直後、香辛料の刺激が追いかけてくる。
赤根菜の酸味が肉の脂を切る。
葉野菜の水分。
最後に、細かな家禽皮の軽い歯応え。
「どうでしょう?」
「美味い」
バルガスは、残りも一口で食べた。
「甘いソースだが、赤根菜の酸味があるから重くない。皮を別で焼いたのも正解だな」
「もう少し香辛料を増やしてもよいでしょうか?」
「夕食なら、このくらいでいい。辛すぎれば食えない生徒もいる」
「分かりました」
レスティナは完成したパンを大皿へ並べた。
「食堂へ運びます」
「待て」
バルガスが止める。
「何でしょう?」
「数を数えたか?」
「二十個です」
「寮生は、二十人より多い」
「一人一個ではありません。普段の夕食へ追加する料理です」
「そうだとしても、全員には行き渡らん」
レスティナは大皿を見る。
二十個。
切り分ければ、四十個。
だが、小さくすれば食べにくくなり、具も落ちる。
「先に来た方からお出しするのは、不公平でしょうか?」
「文句は出るだろうな」
「では、どうすればよいでしょう?」
「最初から食う相手を決めろ」
聖膳師について話していたとき、オルフェンも同じようなことを言っていた。
誰へ食べさせるのか。
食べる者の状態を見て、料理を作る。
だが、今回は余った食材から先に料理を決めた。
「食べる方……」
レスティナは考える。
今日の魔法実技は、下級生ではなく上級生が使用していた。
訓練場の近くを通ったとき、土や汗で制服を汚した生徒たちを見ている。
夕方まで続く実技。
身体を動かしたあとなら、肉と野菜を挟んだパンを食べやすい。
「本日、実技授業を受けた方々へお出しします」
「人数は?」
「確認してきます」
「先に確認しろ」
「はい」
レスティナは厨房を出ようとした。
そのとき、入り口から声がする。
「その必要はありませんわ」
セレナ・アークライトが立っていた。
その隣には、ミレーヌもいる。
「セレナ様。ミレーヌさん」
「レスティナ様が学園長室へ呼ばれたあと、教室へ戻られませんでしたので、様子を見に参りました」
セレナの視線が、大皿へ向く。
「よい香りですわね」
「余った家禽肉で、パンを作りました」
「パンそのものを焼いたわけではありませんよね?」
「家禽肉を挟みました」
「そうでしょうね」
ミレーヌが、並んだパンを興味深そうに見る。
「こちらを、実技授業を受けた方々へお出しするのですか?」
「はい。ただ、人数が分かりません」
「本日、午後の実技を受けたのは二年生の二クラスです。四十二名だったと思います」
「パンは二十個です」
「半分に切れば、四十名分ですわね」
「二人分足りません」
「教師のお二人は、人数に含まれていません。生徒だけなら四十名です」
「ちょうどです」
「ですが、あちらの食堂へ運ぶ頃には、授業が終わっているかもしれません」
セレナは、近くにいた寮の使用人へ声をかけた。
「訓練場へ行き、二年生の実技授業が終わっているか確認していただけますか。まだであれば、食堂へ寄るよう担当教師へお伝えください」
「承知いたしました」
使用人が厨房を出ていく。
「ありがとうございます」
「運ぶのもお手伝いしますわ」
「公爵令嬢に運ばせるわけにはいかん」
バルガスが止める。
「では、厨房の方へお願いします」
「最初からそうしろ」
大皿へ載せたパンを、若い料理人たちが食堂へ運ぶ。
レスティナも最後の皿を持った。
◇
しばらくして。
実技授業を終えた二年生たちが、食堂へ入ってきた。
剣術訓練を受けた者。
魔法を繰り返し放った者。
盾を持ち続けていた者。
全員、疲れた顔をしている。
「本日の実技を受けた方へ、追加の料理があります」
食堂の入り口で、レスティナが声をかけた。
生徒たちの視線が、大皿に集まる。
「一人、半分ずつです」
「これを、ファレル嬢が?」
二年生の男子生徒が尋ねる。
「バルガスさんと、厨房の皆さんにも手伝っていただきました」
「いただいても?」
「そのために作りました」
生徒たちは、順番にパンを取る。
訓練を終え、空腹だったのだろう。
一人目が口へ入れた瞬間、目を見開いた。
「美味い」
その声を聞き、後ろに並んでいた生徒たちの動きが早くなる。
「押さないでください」
レスティナが言うと、列がすぐに整った。
十三歳のB級冒険者に注意されたからではない。
列から外され、料理を食べられなくなると思ったためだった。
「肉が柔らかい」
「この赤い野菜、酸っぱいけれど肉に合うな」
「皮が香ばしい」
「半分だけなのか?」
「全員分、二十個しかありません」
「もう残っていないのか?」
「ありません」
最後の一人へ渡すと、大皿は空になった。
「明日も作るのか?」
「食材が余れば考えます」
「余らなかったら?」
「別の料理を作ります」
「食堂へ来れば食べられるのか?」
「授業と厨房の都合によります」
生徒たちは残念そうにしながらも、普段の夕食を受け取りに向かった。
レスティナは、その後ろ姿を見る。
先ほどまで重そうだった足取りが、僅かに軽くなっている。
「また、料理の効果でしょうか?」
隣にいたミレーヌが尋ねる。
「お腹が空いていたからだと思います」
「それだけでしょうか」
「食べれば、身体を動かす力になります」
「そうですね」
ミレーヌは微笑んだ。
セレナは、空になった大皿を見ている。
「レスティナ様」
「はい」
「学園長室では、何をお話しになったのですか?」
レスティナは答えようとして、止まった。
聖膳師については、まだ他言しないほうがよいと言われている。
「申し訳ありません。今は、お話しできません」
「そうですか」
セレナは、それ以上尋ねなかった。
「話せるようになったときに、教えてくだされば十分ですわ」
「はい」
ミレーヌも頷く。
「私も待っています」
「ありがとうございます」
三人で厨房へ大皿を戻す。
その途中、廊下の向こうからエリオットが歩いてきた。
「レスティナ」
「エリオットさん」
「食堂で、お前が作った料理を配っていると聞いた」
「すべてなくなりました」
エリオットの足が止まる。
「俺の分は?」
「ありません」
「約束しただろう」
「食材と許可があれば、とお答えしました」
「食材はあったんだろう?」
「二十個分だけでした。本日、実技授業を受けた方々へお出ししました」
「俺も実技授業を受けた」
「今日は午前中の座学だけだったはずです」
「……なぜ知っている」
「同じ教室にいました」
エリオットが黙る。
セレナが口元へ手を当て、笑いを堪えた。
「次は、先に来てください」
「次は必ず俺の分を残せ」
「ほかの方より優先はできません」
「では、料理を作る前から厨房で待つ」
「邪魔になります」
「どうすれば食べられるんだ!」
「食堂へ来て、料理が残っていれば食べられます」
「それでは普通の食事と同じではないか!」
「食事ですから」
エリオットが言葉を失う。
ミレーヌも耐えきれず、小さく笑った。
そのとき。
「レスティナ・ファレル嬢」
背後から、オルフェンの声がした。
振り返る。
オルフェンは、封蝋のついた一枚の書類を持っていた。
「禁書庫の閲覧許可が下りました」
「もうですか?」
「学園長が、緊急の調査として申請しましたので」
「いつ入れますか?」
「明日の放課後です」
「分かりました」
「母君の料理本も持ってきてください。紋章を照合します」
「はい」
オルフェンは、レスティナの周囲にいる三人を見る。
「禁書庫へ入ることについても、今は他言しないように」
「分かりました」
セレナとミレーヌは何も尋ねない。
エリオットだけが眉を寄せた。
「なぜ、レスティナが禁書庫へ入るんだ?」
「他言しないようにと言われました」
「俺は、もう聞いた」
「では、ほかの方へ話さないでください」
「そうではなく、理由を――」
「話せません」
「俺にもか?」
「はい」
レスティナは、迷わず答えた。
エリオットは不満そうだったが、それ以上は聞かなかった。
「……分かった。話せるようになったら教えろ」
「はい」
「それと、次の料理は俺にも食わせろ」
「残っていれば」
「絶対に先に行く」
「授業には遅れないでください」
「分かっている!」
エリオットは、そのまま男子寮の食堂へ向かっていった。
レスティナは母の料理本を思い浮かべる。
明日の放課後。
聖膳師について記された、古い資料を読む。
母が何者だったのか。
自分の料理へ、なぜ食材の力が宿るのか。
答えが見つかるかもしれない。
けれど、その前に。
「夕食を食べましょう」
レスティナが言う。
「禁書庫より、夕食ですの?」
「今日は、まだ味見しかしていません」
「そういえば、そうでしたね」
三人は一緒に食堂へ向かった。
調べたいことは多い。
それでも、空腹のままでは考える力も出ない。
それが料理について誰より詳しいレスティナの、変わらない考えだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




