↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強美食家令嬢は世界を味わい尽くす  作者: 涙目
第三章 学園の料理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/49

第二十五話 厨房見習いの具沢山オムレツ

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 魔法測定を終えて教室へ戻ると、一斉に視線が集まった。


 先ほどまで聞こえていた会話が止まる。


 レスティナは自分の制服を確認した。


 汚れてはいない。


 髪も乱れていない。


 何かおかしなところがあるのだろうか。


「レスティナ様。こちらです」


 先に戻っていたミレーヌが、隣の空席を示した。


「ありがとうございます」


 レスティナは席へ座り、机の上へ筆記用具を出した。


 それでも、周囲の生徒たちはこちらを見ている。


「皆さん、どうしたのでしょう?」


「レスティナ様が、測定用の水晶に亀裂を入れたからだと思います」


「少しずつ魔力を流したつもりでした」


「普通は、少し流しただけで上まで光りません」


「そうなのですね」


「それに、全属性を使えることも、十個の炎を同時に操ったことも、灰岩竜と戦ったことも、普通ではありません」


「灰岩竜は、パーティーの皆さんと倒しました」


「それでもです」


 ミレーヌが真剣な顔で答えた。


 後ろの席にいた男子生徒が、二人の会話を聞いて身を乗り出す。


「本当に灰岩竜を倒したのか?」


「はい」


「一人で?」


「いいえ。B級昇格試験で組んだパーティーで倒しました」


「……B級昇格試験?」


 男子生徒の顔から、好奇心が消えた。


「ちょっと待て。お前、B級冒険者なのか?」


「はい」


「嘘だろ」


「嘘ではありません」


「だって、俺たちと同じ十三歳だろ?」


「はい」


「十三歳がB級になれるわけないだろ!」


 男子生徒の声が教室へ響いた。


 周囲の生徒たちも、ざわめき始める。


「私の兄は、五年活動してもD級ですわ」


「父上に仕える冒険者は、十年以上かけてC級だと言っていたぞ」


「B級は、単独で高位の魔獣と戦える者にしか認められないはずです」


「侯爵家の力で、階級を上げさせたのではなくて?」


 疑う声が次々と上がる。


 レスティナは、なぜ信じてもらえないのか分からなかった。


「冒険者証を見せれば、分かりますか?」


 鞄の中を探す。


 教科書。


 筆記用具。


 小さな布包み。


 その下から、冒険者証を取り出した。


「こちらです」


 男子生徒へ渡す。


 冒険者証には、レスティナの名前。


 年齢。


 登録した支部。


 そして現在の階級が記されていた。


「……B」


 男子生徒の口から、掠れた声が漏れた。


「本当に、B級だ」


「見せてくださいまし」


 近くにいた令嬢が、冒険者証を受け取る。


 表と裏を何度も確認したあと、隣へ渡した。


「偽物ではありませんの?」


「冒険者証を偽造すれば、貴族でも犯罪になるぞ」


「では、本物……?」


 冒険者証が、教室の中を回っていく。


 受け取った生徒は、B級を示す記載とレスティナの顔を何度も見比べた。


「いつ登録したんだ?」


 最初に声をかけた男子生徒が尋ねる。


「八歳のときです」


「八歳!?」


 教室中から声が上がった。


「八歳で冒険者になったのか?」


「はい」


「どうして、その年齢で……」


「森で暮らすためには、お金が必要でしたので」


「森で暮らす?」


「はい」


 レスティナは、そこまで答えて口を閉じた。


 侯爵家からは、森へ追いやられたことを話さないよう言われている。


 学園では、療養のために領地を離れていたことになっていた。


「詳しいことは、話してはいけないと言われています」


「八歳から十三歳まで、ずっと依頼を受けていたのか?」


「毎日ではありません。薬草や魔獣の素材を持ち込むことが多かったです」


「五年でB級……」


「五年かけても、普通はB級になれませんわ」


「しかも、まだ十三歳でしょう?」


 教室のざわめきが大きくなる。


 そのとき、担任教師が入ってきた。


「席につけ。何の騒ぎだ」


「先生! ファレルがB級冒険者だと!」


 担任教師の足が止まった。


「何だと?」


「これを見せてもらいました」


 生徒から冒険者証を受け取る。


 担任教師は、そこに記された内容を一つずつ確認した。


 名前。


 レスティナ・ファレル。


 年齢。


 十三歳。


 登録年齢。


 八歳。


 階級。


 B級。


 冒険者ギルドの認証にも不審な点はない。


「……本物だ」


 教師の声に、教室が再び騒然となった。


「十三歳でB級……」


「本当に、そのようなことがあり得るのですか?」


「少なくとも、私は聞いたことがない」


 担任教師はレスティナを見る。


「ファレル。先ほど灰岩竜と戦ったと言っていたな」


「はい。B級昇格試験で戦いました」


「試験はパーティー形式か?」


「はい。試験で組んだ皆さんと倒しました」


「試験官は?」


「最後まで、近くで戦いを見ていました」


「お前は何をした?」


「前へ出て戦いました」


「武器は?」


「使っていません」


「攻撃魔法は?」


「使っていません」


 教師の眉間に皺が寄る。


「では、どうやって灰岩竜と戦った」


「身体強化を使って殴りました」


「……殴った?」


「はい」


「灰岩竜を?」


「はい」


 教室内から、再び音が消えた。


 パーティーでの討伐だったとしても、灰岩竜の正面へ立つには相応の実力が必要になる。


 硬い岩盤のような外皮。


 巨体から繰り出される突進。


 尾の一撃だけでも、人間の身体など簡単に砕ける。


 その魔獣を、十三歳の少女が拳で殴った。


「それで、灰岩竜はどうなった?」


「倒しました」


「いや、それは分かっている」


「尻尾のお肉を分けていただきました」


「肉?」


「赤実酒と香草で煮込んで、試験を受けた皆さんと食べました」


「なぜ、そこへ話が戻る」


「美味しかったので」


 レスティナは真剣な顔で答えた。


「お肉は硬かったのですが、長く煮込むと柔らかくなりました。筋が多いので、薄く切って焼くよりも煮込み料理に向いています」


 教師は冒険者証を持ったまま、黙り込んだ。


 十三歳のB級冒険者。


 全属性の魔法。


 測定不能の魔力量。


 最高水準の魔力操作。


 灰岩竜と正面から戦える身体能力。


 これだけの力を持ちながら、本人が最も熱心に語るのは魔獣肉の調理法だった。


「冒険者証を返そう」


「ありがとうございます」


 レスティナは受け取った冒険者証を鞄へ戻す。


「ファレル」


「はい」


「学園の外へ出る際は、たとえB級であっても学園の規則に従え。無断で魔獣を狩りに行くことは禁止する」


「外出許可をいただけば、よいでしょうか?」


「事前に私へ相談しなさい」


「パーティーを組み、教師の方が同行すればよいですか?」


「何を狩るつもりだ?」


「まだ決めていません。食べたい食材によります」


「狩るものを決めてから相談しなさい」


「分かりました」


 レスティナは返事をして、手元の紙へ書き込んだ。


 ――狩りへ行く前に、担任教師へ食材を伝える。


 担任教師はその文字を見て、訂正する気力を失った。


◇


 授業が終わる。


 レスティナが教科書を鞄へ入れていると、ミレーヌが近づいてきた。


「レスティナ様。これから、どうなさるのですか?」


「厨房へ行きます」


「本当に見習いとして働くのですね」


「はい。授業と課題が終わったあとは、入ってもよいと許可をいただきました」


「B級冒険者が、厨房見習い……」


 ミレーヌが、不思議そうに呟く。


「何か問題でしょうか?」


「問題ではありません。ただ、皆さんが聞いたら驚くと思います」


「なぜでしょう?」


「B級冒険者なら、貴族や商会から護衛として雇われることもできます。魔獣討伐だけで暮らすこともできます」


「厨房の仕事も、大切です」


「そうですね」


「それに、学園の厨房には知らない食材があるかもしれません」


 レスティナの目が僅かに輝く。


 その表情を見て、ミレーヌは笑った。


「レスティナ様にとっては、B級冒険者より厨房見習いのほうが嬉しいのですね」


「はい」


 迷いのない返事だった。


「食堂で待っていてください。何か作ることができたら、味見をお願いします」


「分かりました」


 二人は途中で別れ、レスティナは厨房へ向かった。


◇


「来たか」


 厨房へ入ると、バルガスが腕を組んで待っていた。


「よろしくお願いします」


「先に言っておく。ここでは、お前が侯爵令嬢だろうと関係ない」


「はい」


「B級冒険者だろうとな」


 レスティナが僅かに目を見開く。


「ご存じなのですか?」


「寮監から聞いた。厨房で事故を起こしたとき、俺が止められなければ困るからな」


「事故は起こしません」


「誰でもそう言う」


 バルガスは、床に置かれた大きな籠を指差した。


 中には、土のついた根菜が山のように積まれている。


「まずは、それを全部洗え」


「はい」


「料理を作るのは、そのあとだ」


 レスティナは袖をまくり、籠を持ち上げた。


 成人男性二人で運ぶほどの重さがある。


 それを一人で軽々と運ぶ姿を見て、近くにいた料理人が動きを止めた。


「待て。重くないのか?」


「灰岩竜より軽いです」


「比べる相手がおかしいだろ」


 レスティナは籠を水場へ下ろした。


 根菜を一つずつ洗っていく。


 表面の土を水で落とす。


 窪みに入り込んだ土は、小さな刷毛で掻き出す。


 傷んだもの。


 芽が出たもの。


 そのまま使えるもの。


 状態を確認し、別々の籠へ分けた。


「洗い終わりました」


「次は皮を剥け。厚く剥くなよ」


「皮の近くに甘味がありますから、薄く剥きます」


「知っているなら、やれ」


「はい」


 包丁を受け取る。


 根菜を左手で回しながら、表面へ刃を滑らせた。


 薄い皮が、途切れずに落ちていく。


 形が曲がったものは刃の角度を変える。


 窪んだ部分は、包丁の根元を使う。


 食べられる部分をほとんど失わず、皮だけを取り除いた。


 次は、煮込み料理へ使えるよう同じ大きさへ切り揃える。


 包丁の音が一定の速さで響く。


 とん、とん、とん。


 迷いはない。


 切り終えた根菜は、大きさも形も揃っていた。


「速いな……」


 若い料理人が、レスティナの手元を覗き込む。


「森では、暗くなる前に調理を終える必要がありました」


「それで、この速さになるのか?」


「五年間、毎日作っていましたから」


「八歳から?」


「はい」


 料理人は何も言えなくなった。


 八歳の少女が一人で食材を集め、解体し、料理を作り続けていた。


 その結果が、目の前の包丁捌きだった。


「次は鱗茎だ」


 バルガスが、別の籠を置く。


「今夜の煮込みへ使う。櫛形に切れ」


「はい」


 上下を落とす。


 皮を剥く。


 縦半分に切る。


 煮崩れないよう、根元を僅かに残して切り分ける。


 目へ刺激が届く前に、風魔法を使った。


 切った直後に漂う成分を、横へ流す。


「目が! 俺の目が!」


 隣の作業台にいた料理人が、両目を押さえた。


「申し訳ありません」


 レスティナは風の向きを変えた。


 今度は換気口へ流す。


「これで大丈夫です」


「最初から外へ流せ!」


「次から気をつけます」


 厨房へ笑い声が広がった。


 侯爵令嬢が入ってきたことで生まれていた緊張は、少しずつ消えていく。


 すべての作業を終える。


 使った包丁を洗い、水分を拭き取る。


 作業台を拭く。


 床へ落ちた皮を拾う。


 汚れていない皮は、出汁や賄いへ使う籠へ。


 食べられない部分は、廃棄する籠へ。


 レスティナは厨房を見渡した。


「終わりました」


 バルガスは、切られた野菜を確認した。


 厚さ。


 大きさ。


 傷んだ部分の除去。


 どれにも問題はない。


「包丁仕事は合格だ」


「ありがとうございます」


「だが、厨房の仕事は料理を作るだけじゃない。今日やった洗い物も掃除も、全部仕事だ」


「はい」


「それを忘れるな」


「分かりました」


 素直な返事。


 バルガスは作業台の端を指した。


 そこには、朝食で使わなかった卵。


 形が悪く、食堂へ出さなかった根菜。


 葉先が傷んだ野菜。


 燻製肉の切れ端。


 硬くなり始めたパンが置かれている。


「今日の賄いだ」


「賄い?」


「厨房で働く者が食べる料理だ。余った食材で作る」


 レスティナは、食材を一つずつ確かめた。


 どれも食べられる。


 形が揃っていないだけ。


 使う場所がなく、残ってしまっただけ。


「私が作ってもよいですか?」


「見習い初日から、賄いを作るつもりか」


「駄目でしょうか?」


「条件がある」


「何でしょう?」


「ここにあるものだけを使え。夕食用の食材へ手を出すな」


「はい」


「厨房で働いている全員分を作れ」


「分かりました」


「特定の生徒のためだけには作るな」


「食堂で待っている方がいます」


「俺たち全員が食べたあと、残ったなら持っていけ」


「ありがとうございます」


 レスティナは、もう一度食材を見る。


 卵。


 根菜。


 葉野菜。


 鱗茎。


 燻製肉。


 硬くなったパン。


 これらを一つにまとめ、全員で分けられる料理。


 料理の名は――。


『燻製肉と根菜の具沢山オムレツ』


 最初に根菜を薄く切る。


 厚ければ、卵が固まるまでに火が通らない。


 鱗茎は細切り。


 葉野菜は傷んだ部分だけを取り除き、食べやすい大きさへ切る。


 燻製肉は細かく刻んだ。


 平鍋へ燻製肉を入れ、弱火にかける。


 脂がゆっくりと溶け出す。


 そこへ鱗茎を加えた。


「獣酪は使わないのか?」


 若い料理人が尋ねる。


「燻製肉から脂が出ます。足りなければ、あとで加えます」


「塩は?」


「燻製肉に塩気があります。味見をしてから決めます」


 鱗茎が透き通り、甘い香りが立ち始める。


 薄く切った根菜を加える。


 表面へ脂を絡め、僅かに焼き色をつけた。


 少量の水を入れ、蓋をする。


 蒸し焼きにして、中まで火を通す。


 その間に、卵を割った。


 一つずつ小さな器へ。


 殻や傷みがないことを確認してから、大きな器へ移していく。


「直接、全部割り入れないのか?」


「一つ傷んでいたら、他の卵まで使えなくなります」


「正解だ」


 バルガスの言葉に、レスティナは少しだけ笑った。


 卵へ塩。


 潰した香辛料。


 細かく刻んだ香草。


 硬くなったパンは小さく千切り、少量の出汁へ浸した。


 柔らかくなったところで水分を軽く絞り、卵へ混ぜる。


「パンまで入れるのか?」


「卵の水分と肉の旨味を吸わせます。冷めても硬くなりにくいと思います」


 蒸し焼きにした野菜を味見する。


 燻製肉の塩気だけでは、少し足りない。


 塩を一つまみ。


 葉野菜を加え、余熱でしんなりさせた。


 具材を少し冷ましてから、卵と混ぜる。


 熱いまま入れれば、卵が部分的に固まってしまう。


 大きな平鍋へ、獣酪を薄く塗る。


 卵液を流し込んだ。


 最初は中火。


 外側が固まり始めたら、木べらで中央へ寄せる。


 液状の卵を外側へ流し、全体へ均等に火を入れていく。


 底が固まったところで、火を弱めた。


 蓋をする。


「この大きさを裏返すのか?」


「崩れるので、裏返しません」


「では、上はどうする」


「火魔法を使います」


 レスティナは平鍋の上へ手をかざした。


 薄い火の膜を作る。


 卵の表面全体へ、均等に熱を当てる。


 膨らみ始めた場所は弱く。


 まだ液状の場所は強く。


 平鍋の下からは竈の火。


 上からは魔法の火。


 二つの熱を、同時に細かく調整する。


「先ほどの魔法測定で、十個の火を操ったそうだな」


 バルガスが言う。


「はい」


「料理で覚えたというのは、本当らしい」


「鍋が増えると、火もたくさん必要ですから」


 やがて卵の表面が固まった。


 最後に火を少しだけ強め、薄い焼き色をつける。


 卵と燻製肉の香りが厨房へ広がった。


「できました」


 大きな皿を平鍋へ被せる。


 平鍋ごと返すと、厚みのある丸いオムレツが姿を現した。


 表面は黄金色。


 切り分けると、断面から根菜、葉野菜、燻製肉が現れる。


 出汁を吸ったパンは卵と一体になり、見ただけでは入っていることが分からない。


「皆さん、食べてください」


「味見ではなく、賄いだ」


「では、賄いです」


 レスティナは厨房にいる全員へ取り分けた。


 自分の分も一切れ。


 それでも、小さな二切れが残った。


 料理人たちが、オムレツを口へ運ぶ。


 表面は香ばしい。


 中は柔らかく、根菜の甘味と燻製肉の塩気が卵へ染みている。


 出汁を吸ったパンが水分を保ち、厚く焼いた卵をふっくらと仕上げていた。


「美味いな」


 若い料理人が頷く。


「余り物で作ったとは思えねえ」


「余り物ではありません」


 レスティナは答えた。


「形が揃っていないだけで、どれも食材です」


 バルガスも一口食べる。


 ゆっくり噛み、飲み込む。


 そして、僅かに眉を寄せた。


「……妙だな」


「何か失敗していましたか?」


「違う。朝から重かった腕が、少し軽い」


 他の料理人も、自分の身体を確かめる。


「言われてみれば、腰が楽になったような」


「俺もだ。疲れが引いてる」


「何を入れた?」


 バルガスが尋ねる。


「ここにあった食材だけです」


「特別な香草は?」


「使っていません」


「魔法は、火加減以外に使ったか?」


「使っていません」


 レスティナの料理を食べた者は、ときどき同じことを言う。


 身体が軽くなった。


 疲れが取れた。


 傷の痛みが和らいだ。


 それでも、レスティナ本人には理由が分からなかった。


「温かい料理を食べたからではないでしょうか?」


「それだけなら、俺たちは毎日食べている」


 バルガスは残ったオムレツを見る。


 だが、答えは出ない。


「まあいい。残りは、待っている生徒へ持っていけ」


「よいのですか?」


「賄いを作った褒美だ」


「ありがとうございます」


 レスティナは、残った二切れを皿へ載せた。


「ファレル」


「はい」


「明日も授業が終わったら来い」


 レスティナの表情が明るくなる。


「よいのですか?」


「見習いが、一日で仕事を覚えられるわけがないだろう」


「はい」


「明日も最初は下ごしらえだ。好きな料理から作れると思うなよ」


「分かりました」


 レスティナは深く頭を下げた。


「よろしくお願いします、バルガス料理長」


◇


 食堂へ向かう。


 ミレーヌは、約束した席で待っていた。


 その向かいには、セレナも座っている。


「遅いですわよ」


「厨房の仕事がありました」


「料理は作れまして?」


「二切れだけ残りました」


 皿を机へ置く。


 黄金色のオムレツから、まだ僅かに湯気が立っている。


「一切れずつです」


「ずいぶん小さいですわね」


「厨房の皆さんの賄いとして作りましたから」


「私より料理人を優先しましたの?」


「皆さんの料理です」


 セレナの眉が上がる。


 ミレーヌが心配そうに、二人を見比べた。


 だが、セレナは怒らなかった。


「よろしいですわ」


「よいのですか?」


「公爵令嬢だからといって、他人の食事を取り上げるつもりはありません。それに、私だけを特別扱いするのであれば、少し失望するところでした」


 セレナはオムレツをさらに半分に切り、口へ運んだ。


 表情が変わる。


「……美味しい」


「ありがとうございます」


「卵が柔らかいですわ。それに、根菜も甘い」


 ミレーヌも一口食べる。


「本当です。昨日のお肉とは、また違います」


「今日は、最初からこの料理として作りました」


「何という料理ですか?」


「『燻製肉と根菜の具沢山オムレツ』です」


 セレナが、もう半分をゆっくりと味わう。


「ところで、あなたがB級冒険者だという噂が、もう上級生にまで広がっていますわよ」


「そうなのですか?」


「十三歳のB級ですもの。しかも、全属性を使い、測定用水晶へ亀裂を入れ、灰岩竜を拳で殴ったのでしょう?」


「パーティーの皆さんと倒しました」


「そこを訂正しても、十分おかしいですわ」


「なぜでしょう?」


「普通の十三歳は、灰岩竜を殴りません」


「倒さなければ、お肉を持ち帰れません」


「やはり、そこへ戻りますのね」


 セレナは呆れながらも笑っていた。


「それほど強いのに、放課後は厨房見習いですの?」


「はい。明日も来るように言われました」


「嬉しそうですわね」


「嬉しいです」


 レスティナは迷わず答えた。


 B級冒険者と認められたときよりも。


 測定で全属性だと告げられたときよりも。


 厨房へ明日も来てよいと言われた今のほうが、ずっと嬉しそうだった。


「あなた、本当に変わっていますわ」


「そうでしょうか?」


「ええ。ですが――」


 セレナは空になった皿を見る。


「次に何を作るのか、楽しみになってきました」


「まだ分かりません」


「考えていませんの?」


「届いた食材を見てから決めます」


「同じ食材でも、作れる料理はいくつもあるでしょう?」


「はい。ですから、食材へ尋ねます」


「食材が答えるとでも?」


「答えてくれます」


 レスティナは当たり前のことのように言った。


「色と香りと手触りで、どのように食べてほしいのか教えてくれます」


 セレナとミレーヌは顔を見合わせた。


 十三歳のB級冒険者。


 全属性を操る魔法使い。


 侯爵家の令嬢。


 それだけ聞けば、近寄りがたい相手に思える。


 だが、実際のレスティナは、明日の食材について考えているだけだった。


「では、明日もここで待っています」


 ミレーヌが言う。


「私も来ますわ」


 セレナが続く。


「何か残りましたら、持ってきます」


「残らなかったら?」


「ありません」


「そのときは、学園の夕食を一緒に食べればよいでしょう」


 セレナの言葉に、レスティナは目を瞬いた。


 料理がなくても、一緒に食べる。


 それは、侯爵邸の厨房で覚えた温かさとよく似ていた。


「はい」


 レスティナは小さく笑う。


「明日も、一緒に食べましょう」


 十三歳にしてB級へ到達した最強の冒険者。


 その噂が学園中へ広がり始めた日。


 レスティナが何より喜んだのは、明日も厨房へ入れることと、一緒に食事をする友人ができたことだった。

お読み頂き、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。