第二十五話 厨房見習いの具沢山オムレツ
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
魔法測定を終えて教室へ戻ると、一斉に視線が集まった。
先ほどまで聞こえていた会話が止まる。
レスティナは自分の制服を確認した。
汚れてはいない。
髪も乱れていない。
何かおかしなところがあるのだろうか。
「レスティナ様。こちらです」
先に戻っていたミレーヌが、隣の空席を示した。
「ありがとうございます」
レスティナは席へ座り、机の上へ筆記用具を出した。
それでも、周囲の生徒たちはこちらを見ている。
「皆さん、どうしたのでしょう?」
「レスティナ様が、測定用の水晶に亀裂を入れたからだと思います」
「少しずつ魔力を流したつもりでした」
「普通は、少し流しただけで上まで光りません」
「そうなのですね」
「それに、全属性を使えることも、十個の炎を同時に操ったことも、灰岩竜と戦ったことも、普通ではありません」
「灰岩竜は、パーティーの皆さんと倒しました」
「それでもです」
ミレーヌが真剣な顔で答えた。
後ろの席にいた男子生徒が、二人の会話を聞いて身を乗り出す。
「本当に灰岩竜を倒したのか?」
「はい」
「一人で?」
「いいえ。B級昇格試験で組んだパーティーで倒しました」
「……B級昇格試験?」
男子生徒の顔から、好奇心が消えた。
「ちょっと待て。お前、B級冒険者なのか?」
「はい」
「嘘だろ」
「嘘ではありません」
「だって、俺たちと同じ十三歳だろ?」
「はい」
「十三歳がB級になれるわけないだろ!」
男子生徒の声が教室へ響いた。
周囲の生徒たちも、ざわめき始める。
「私の兄は、五年活動してもD級ですわ」
「父上に仕える冒険者は、十年以上かけてC級だと言っていたぞ」
「B級は、単独で高位の魔獣と戦える者にしか認められないはずです」
「侯爵家の力で、階級を上げさせたのではなくて?」
疑う声が次々と上がる。
レスティナは、なぜ信じてもらえないのか分からなかった。
「冒険者証を見せれば、分かりますか?」
鞄の中を探す。
教科書。
筆記用具。
小さな布包み。
その下から、冒険者証を取り出した。
「こちらです」
男子生徒へ渡す。
冒険者証には、レスティナの名前。
年齢。
登録した支部。
そして現在の階級が記されていた。
「……B」
男子生徒の口から、掠れた声が漏れた。
「本当に、B級だ」
「見せてくださいまし」
近くにいた令嬢が、冒険者証を受け取る。
表と裏を何度も確認したあと、隣へ渡した。
「偽物ではありませんの?」
「冒険者証を偽造すれば、貴族でも犯罪になるぞ」
「では、本物……?」
冒険者証が、教室の中を回っていく。
受け取った生徒は、B級を示す記載とレスティナの顔を何度も見比べた。
「いつ登録したんだ?」
最初に声をかけた男子生徒が尋ねる。
「八歳のときです」
「八歳!?」
教室中から声が上がった。
「八歳で冒険者になったのか?」
「はい」
「どうして、その年齢で……」
「森で暮らすためには、お金が必要でしたので」
「森で暮らす?」
「はい」
レスティナは、そこまで答えて口を閉じた。
侯爵家からは、森へ追いやられたことを話さないよう言われている。
学園では、療養のために領地を離れていたことになっていた。
「詳しいことは、話してはいけないと言われています」
「八歳から十三歳まで、ずっと依頼を受けていたのか?」
「毎日ではありません。薬草や魔獣の素材を持ち込むことが多かったです」
「五年でB級……」
「五年かけても、普通はB級になれませんわ」
「しかも、まだ十三歳でしょう?」
教室のざわめきが大きくなる。
そのとき、担任教師が入ってきた。
「席につけ。何の騒ぎだ」
「先生! ファレルがB級冒険者だと!」
担任教師の足が止まった。
「何だと?」
「これを見せてもらいました」
生徒から冒険者証を受け取る。
担任教師は、そこに記された内容を一つずつ確認した。
名前。
レスティナ・ファレル。
年齢。
十三歳。
登録年齢。
八歳。
階級。
B級。
冒険者ギルドの認証にも不審な点はない。
「……本物だ」
教師の声に、教室が再び騒然となった。
「十三歳でB級……」
「本当に、そのようなことがあり得るのですか?」
「少なくとも、私は聞いたことがない」
担任教師はレスティナを見る。
「ファレル。先ほど灰岩竜と戦ったと言っていたな」
「はい。B級昇格試験で戦いました」
「試験はパーティー形式か?」
「はい。試験で組んだ皆さんと倒しました」
「試験官は?」
「最後まで、近くで戦いを見ていました」
「お前は何をした?」
「前へ出て戦いました」
「武器は?」
「使っていません」
「攻撃魔法は?」
「使っていません」
教師の眉間に皺が寄る。
「では、どうやって灰岩竜と戦った」
「身体強化を使って殴りました」
「……殴った?」
「はい」
「灰岩竜を?」
「はい」
教室内から、再び音が消えた。
パーティーでの討伐だったとしても、灰岩竜の正面へ立つには相応の実力が必要になる。
硬い岩盤のような外皮。
巨体から繰り出される突進。
尾の一撃だけでも、人間の身体など簡単に砕ける。
その魔獣を、十三歳の少女が拳で殴った。
「それで、灰岩竜はどうなった?」
「倒しました」
「いや、それは分かっている」
「尻尾のお肉を分けていただきました」
「肉?」
「赤実酒と香草で煮込んで、試験を受けた皆さんと食べました」
「なぜ、そこへ話が戻る」
「美味しかったので」
レスティナは真剣な顔で答えた。
「お肉は硬かったのですが、長く煮込むと柔らかくなりました。筋が多いので、薄く切って焼くよりも煮込み料理に向いています」
教師は冒険者証を持ったまま、黙り込んだ。
十三歳のB級冒険者。
全属性の魔法。
測定不能の魔力量。
最高水準の魔力操作。
灰岩竜と正面から戦える身体能力。
これだけの力を持ちながら、本人が最も熱心に語るのは魔獣肉の調理法だった。
「冒険者証を返そう」
「ありがとうございます」
レスティナは受け取った冒険者証を鞄へ戻す。
「ファレル」
「はい」
「学園の外へ出る際は、たとえB級であっても学園の規則に従え。無断で魔獣を狩りに行くことは禁止する」
「外出許可をいただけば、よいでしょうか?」
「事前に私へ相談しなさい」
「パーティーを組み、教師の方が同行すればよいですか?」
「何を狩るつもりだ?」
「まだ決めていません。食べたい食材によります」
「狩るものを決めてから相談しなさい」
「分かりました」
レスティナは返事をして、手元の紙へ書き込んだ。
――狩りへ行く前に、担任教師へ食材を伝える。
担任教師はその文字を見て、訂正する気力を失った。
◇
授業が終わる。
レスティナが教科書を鞄へ入れていると、ミレーヌが近づいてきた。
「レスティナ様。これから、どうなさるのですか?」
「厨房へ行きます」
「本当に見習いとして働くのですね」
「はい。授業と課題が終わったあとは、入ってもよいと許可をいただきました」
「B級冒険者が、厨房見習い……」
ミレーヌが、不思議そうに呟く。
「何か問題でしょうか?」
「問題ではありません。ただ、皆さんが聞いたら驚くと思います」
「なぜでしょう?」
「B級冒険者なら、貴族や商会から護衛として雇われることもできます。魔獣討伐だけで暮らすこともできます」
「厨房の仕事も、大切です」
「そうですね」
「それに、学園の厨房には知らない食材があるかもしれません」
レスティナの目が僅かに輝く。
その表情を見て、ミレーヌは笑った。
「レスティナ様にとっては、B級冒険者より厨房見習いのほうが嬉しいのですね」
「はい」
迷いのない返事だった。
「食堂で待っていてください。何か作ることができたら、味見をお願いします」
「分かりました」
二人は途中で別れ、レスティナは厨房へ向かった。
◇
「来たか」
厨房へ入ると、バルガスが腕を組んで待っていた。
「よろしくお願いします」
「先に言っておく。ここでは、お前が侯爵令嬢だろうと関係ない」
「はい」
「B級冒険者だろうとな」
レスティナが僅かに目を見開く。
「ご存じなのですか?」
「寮監から聞いた。厨房で事故を起こしたとき、俺が止められなければ困るからな」
「事故は起こしません」
「誰でもそう言う」
バルガスは、床に置かれた大きな籠を指差した。
中には、土のついた根菜が山のように積まれている。
「まずは、それを全部洗え」
「はい」
「料理を作るのは、そのあとだ」
レスティナは袖をまくり、籠を持ち上げた。
成人男性二人で運ぶほどの重さがある。
それを一人で軽々と運ぶ姿を見て、近くにいた料理人が動きを止めた。
「待て。重くないのか?」
「灰岩竜より軽いです」
「比べる相手がおかしいだろ」
レスティナは籠を水場へ下ろした。
根菜を一つずつ洗っていく。
表面の土を水で落とす。
窪みに入り込んだ土は、小さな刷毛で掻き出す。
傷んだもの。
芽が出たもの。
そのまま使えるもの。
状態を確認し、別々の籠へ分けた。
「洗い終わりました」
「次は皮を剥け。厚く剥くなよ」
「皮の近くに甘味がありますから、薄く剥きます」
「知っているなら、やれ」
「はい」
包丁を受け取る。
根菜を左手で回しながら、表面へ刃を滑らせた。
薄い皮が、途切れずに落ちていく。
形が曲がったものは刃の角度を変える。
窪んだ部分は、包丁の根元を使う。
食べられる部分をほとんど失わず、皮だけを取り除いた。
次は、煮込み料理へ使えるよう同じ大きさへ切り揃える。
包丁の音が一定の速さで響く。
とん、とん、とん。
迷いはない。
切り終えた根菜は、大きさも形も揃っていた。
「速いな……」
若い料理人が、レスティナの手元を覗き込む。
「森では、暗くなる前に調理を終える必要がありました」
「それで、この速さになるのか?」
「五年間、毎日作っていましたから」
「八歳から?」
「はい」
料理人は何も言えなくなった。
八歳の少女が一人で食材を集め、解体し、料理を作り続けていた。
その結果が、目の前の包丁捌きだった。
「次は鱗茎だ」
バルガスが、別の籠を置く。
「今夜の煮込みへ使う。櫛形に切れ」
「はい」
上下を落とす。
皮を剥く。
縦半分に切る。
煮崩れないよう、根元を僅かに残して切り分ける。
目へ刺激が届く前に、風魔法を使った。
切った直後に漂う成分を、横へ流す。
「目が! 俺の目が!」
隣の作業台にいた料理人が、両目を押さえた。
「申し訳ありません」
レスティナは風の向きを変えた。
今度は換気口へ流す。
「これで大丈夫です」
「最初から外へ流せ!」
「次から気をつけます」
厨房へ笑い声が広がった。
侯爵令嬢が入ってきたことで生まれていた緊張は、少しずつ消えていく。
すべての作業を終える。
使った包丁を洗い、水分を拭き取る。
作業台を拭く。
床へ落ちた皮を拾う。
汚れていない皮は、出汁や賄いへ使う籠へ。
食べられない部分は、廃棄する籠へ。
レスティナは厨房を見渡した。
「終わりました」
バルガスは、切られた野菜を確認した。
厚さ。
大きさ。
傷んだ部分の除去。
どれにも問題はない。
「包丁仕事は合格だ」
「ありがとうございます」
「だが、厨房の仕事は料理を作るだけじゃない。今日やった洗い物も掃除も、全部仕事だ」
「はい」
「それを忘れるな」
「分かりました」
素直な返事。
バルガスは作業台の端を指した。
そこには、朝食で使わなかった卵。
形が悪く、食堂へ出さなかった根菜。
葉先が傷んだ野菜。
燻製肉の切れ端。
硬くなり始めたパンが置かれている。
「今日の賄いだ」
「賄い?」
「厨房で働く者が食べる料理だ。余った食材で作る」
レスティナは、食材を一つずつ確かめた。
どれも食べられる。
形が揃っていないだけ。
使う場所がなく、残ってしまっただけ。
「私が作ってもよいですか?」
「見習い初日から、賄いを作るつもりか」
「駄目でしょうか?」
「条件がある」
「何でしょう?」
「ここにあるものだけを使え。夕食用の食材へ手を出すな」
「はい」
「厨房で働いている全員分を作れ」
「分かりました」
「特定の生徒のためだけには作るな」
「食堂で待っている方がいます」
「俺たち全員が食べたあと、残ったなら持っていけ」
「ありがとうございます」
レスティナは、もう一度食材を見る。
卵。
根菜。
葉野菜。
鱗茎。
燻製肉。
硬くなったパン。
これらを一つにまとめ、全員で分けられる料理。
料理の名は――。
『燻製肉と根菜の具沢山オムレツ』
最初に根菜を薄く切る。
厚ければ、卵が固まるまでに火が通らない。
鱗茎は細切り。
葉野菜は傷んだ部分だけを取り除き、食べやすい大きさへ切る。
燻製肉は細かく刻んだ。
平鍋へ燻製肉を入れ、弱火にかける。
脂がゆっくりと溶け出す。
そこへ鱗茎を加えた。
「獣酪は使わないのか?」
若い料理人が尋ねる。
「燻製肉から脂が出ます。足りなければ、あとで加えます」
「塩は?」
「燻製肉に塩気があります。味見をしてから決めます」
鱗茎が透き通り、甘い香りが立ち始める。
薄く切った根菜を加える。
表面へ脂を絡め、僅かに焼き色をつけた。
少量の水を入れ、蓋をする。
蒸し焼きにして、中まで火を通す。
その間に、卵を割った。
一つずつ小さな器へ。
殻や傷みがないことを確認してから、大きな器へ移していく。
「直接、全部割り入れないのか?」
「一つ傷んでいたら、他の卵まで使えなくなります」
「正解だ」
バルガスの言葉に、レスティナは少しだけ笑った。
卵へ塩。
潰した香辛料。
細かく刻んだ香草。
硬くなったパンは小さく千切り、少量の出汁へ浸した。
柔らかくなったところで水分を軽く絞り、卵へ混ぜる。
「パンまで入れるのか?」
「卵の水分と肉の旨味を吸わせます。冷めても硬くなりにくいと思います」
蒸し焼きにした野菜を味見する。
燻製肉の塩気だけでは、少し足りない。
塩を一つまみ。
葉野菜を加え、余熱でしんなりさせた。
具材を少し冷ましてから、卵と混ぜる。
熱いまま入れれば、卵が部分的に固まってしまう。
大きな平鍋へ、獣酪を薄く塗る。
卵液を流し込んだ。
最初は中火。
外側が固まり始めたら、木べらで中央へ寄せる。
液状の卵を外側へ流し、全体へ均等に火を入れていく。
底が固まったところで、火を弱めた。
蓋をする。
「この大きさを裏返すのか?」
「崩れるので、裏返しません」
「では、上はどうする」
「火魔法を使います」
レスティナは平鍋の上へ手をかざした。
薄い火の膜を作る。
卵の表面全体へ、均等に熱を当てる。
膨らみ始めた場所は弱く。
まだ液状の場所は強く。
平鍋の下からは竈の火。
上からは魔法の火。
二つの熱を、同時に細かく調整する。
「先ほどの魔法測定で、十個の火を操ったそうだな」
バルガスが言う。
「はい」
「料理で覚えたというのは、本当らしい」
「鍋が増えると、火もたくさん必要ですから」
やがて卵の表面が固まった。
最後に火を少しだけ強め、薄い焼き色をつける。
卵と燻製肉の香りが厨房へ広がった。
「できました」
大きな皿を平鍋へ被せる。
平鍋ごと返すと、厚みのある丸いオムレツが姿を現した。
表面は黄金色。
切り分けると、断面から根菜、葉野菜、燻製肉が現れる。
出汁を吸ったパンは卵と一体になり、見ただけでは入っていることが分からない。
「皆さん、食べてください」
「味見ではなく、賄いだ」
「では、賄いです」
レスティナは厨房にいる全員へ取り分けた。
自分の分も一切れ。
それでも、小さな二切れが残った。
料理人たちが、オムレツを口へ運ぶ。
表面は香ばしい。
中は柔らかく、根菜の甘味と燻製肉の塩気が卵へ染みている。
出汁を吸ったパンが水分を保ち、厚く焼いた卵をふっくらと仕上げていた。
「美味いな」
若い料理人が頷く。
「余り物で作ったとは思えねえ」
「余り物ではありません」
レスティナは答えた。
「形が揃っていないだけで、どれも食材です」
バルガスも一口食べる。
ゆっくり噛み、飲み込む。
そして、僅かに眉を寄せた。
「……妙だな」
「何か失敗していましたか?」
「違う。朝から重かった腕が、少し軽い」
他の料理人も、自分の身体を確かめる。
「言われてみれば、腰が楽になったような」
「俺もだ。疲れが引いてる」
「何を入れた?」
バルガスが尋ねる。
「ここにあった食材だけです」
「特別な香草は?」
「使っていません」
「魔法は、火加減以外に使ったか?」
「使っていません」
レスティナの料理を食べた者は、ときどき同じことを言う。
身体が軽くなった。
疲れが取れた。
傷の痛みが和らいだ。
それでも、レスティナ本人には理由が分からなかった。
「温かい料理を食べたからではないでしょうか?」
「それだけなら、俺たちは毎日食べている」
バルガスは残ったオムレツを見る。
だが、答えは出ない。
「まあいい。残りは、待っている生徒へ持っていけ」
「よいのですか?」
「賄いを作った褒美だ」
「ありがとうございます」
レスティナは、残った二切れを皿へ載せた。
「ファレル」
「はい」
「明日も授業が終わったら来い」
レスティナの表情が明るくなる。
「よいのですか?」
「見習いが、一日で仕事を覚えられるわけがないだろう」
「はい」
「明日も最初は下ごしらえだ。好きな料理から作れると思うなよ」
「分かりました」
レスティナは深く頭を下げた。
「よろしくお願いします、バルガス料理長」
◇
食堂へ向かう。
ミレーヌは、約束した席で待っていた。
その向かいには、セレナも座っている。
「遅いですわよ」
「厨房の仕事がありました」
「料理は作れまして?」
「二切れだけ残りました」
皿を机へ置く。
黄金色のオムレツから、まだ僅かに湯気が立っている。
「一切れずつです」
「ずいぶん小さいですわね」
「厨房の皆さんの賄いとして作りましたから」
「私より料理人を優先しましたの?」
「皆さんの料理です」
セレナの眉が上がる。
ミレーヌが心配そうに、二人を見比べた。
だが、セレナは怒らなかった。
「よろしいですわ」
「よいのですか?」
「公爵令嬢だからといって、他人の食事を取り上げるつもりはありません。それに、私だけを特別扱いするのであれば、少し失望するところでした」
セレナはオムレツをさらに半分に切り、口へ運んだ。
表情が変わる。
「……美味しい」
「ありがとうございます」
「卵が柔らかいですわ。それに、根菜も甘い」
ミレーヌも一口食べる。
「本当です。昨日のお肉とは、また違います」
「今日は、最初からこの料理として作りました」
「何という料理ですか?」
「『燻製肉と根菜の具沢山オムレツ』です」
セレナが、もう半分をゆっくりと味わう。
「ところで、あなたがB級冒険者だという噂が、もう上級生にまで広がっていますわよ」
「そうなのですか?」
「十三歳のB級ですもの。しかも、全属性を使い、測定用水晶へ亀裂を入れ、灰岩竜を拳で殴ったのでしょう?」
「パーティーの皆さんと倒しました」
「そこを訂正しても、十分おかしいですわ」
「なぜでしょう?」
「普通の十三歳は、灰岩竜を殴りません」
「倒さなければ、お肉を持ち帰れません」
「やはり、そこへ戻りますのね」
セレナは呆れながらも笑っていた。
「それほど強いのに、放課後は厨房見習いですの?」
「はい。明日も来るように言われました」
「嬉しそうですわね」
「嬉しいです」
レスティナは迷わず答えた。
B級冒険者と認められたときよりも。
測定で全属性だと告げられたときよりも。
厨房へ明日も来てよいと言われた今のほうが、ずっと嬉しそうだった。
「あなた、本当に変わっていますわ」
「そうでしょうか?」
「ええ。ですが――」
セレナは空になった皿を見る。
「次に何を作るのか、楽しみになってきました」
「まだ分かりません」
「考えていませんの?」
「届いた食材を見てから決めます」
「同じ食材でも、作れる料理はいくつもあるでしょう?」
「はい。ですから、食材へ尋ねます」
「食材が答えるとでも?」
「答えてくれます」
レスティナは当たり前のことのように言った。
「色と香りと手触りで、どのように食べてほしいのか教えてくれます」
セレナとミレーヌは顔を見合わせた。
十三歳のB級冒険者。
全属性を操る魔法使い。
侯爵家の令嬢。
それだけ聞けば、近寄りがたい相手に思える。
だが、実際のレスティナは、明日の食材について考えているだけだった。
「では、明日もここで待っています」
ミレーヌが言う。
「私も来ますわ」
セレナが続く。
「何か残りましたら、持ってきます」
「残らなかったら?」
「ありません」
「そのときは、学園の夕食を一緒に食べればよいでしょう」
セレナの言葉に、レスティナは目を瞬いた。
料理がなくても、一緒に食べる。
それは、侯爵邸の厨房で覚えた温かさとよく似ていた。
「はい」
レスティナは小さく笑う。
「明日も、一緒に食べましょう」
十三歳にしてB級へ到達した最強の冒険者。
その噂が学園中へ広がり始めた日。
レスティナが何より喜んだのは、明日も厨房へ入れることと、一緒に食事をする友人ができたことだった。
お読み頂き、ありがとうございます。




