第54話 討伐終了
◇◇◇
「いやぁ……相変わらず惚れ惚れするような抜刀術だったなぁ、リヴァン」
「恐れ入ります。リカルド様の剣も、相も変わらず力強い太刀筋でしたね」
部下の騎士が元宮廷魔術師の頭部を麻布に包むのを確認すると、リヴァンは人差し指と親指を輪にして咥え、高い音で指笛を鳴らした。標的の気配を捉えたときに周囲に散開させていた弓兵たちへの、終了の合図だ。
標的が逃げようとしたときには四方から弓による攻撃で足止めするつもりで周囲を囲んでいたのだが、もうその必要もない。
「世辞は不要だ。剣先が僅かにブレていたのは自分でも分かっている。衰えたもんだなぁ……。やはり実戦から遠のくとこうなるか」
「確かにブレてはいましたが、本当に微々たるものでしたよ。むしろ、長く現場を離れていたとは到底思えません」
それはリヴァンにとって紛れもない本心だった。長くドラッカール家の屋敷に世話になっているリヴァンは、リカルドが現場を退いて以降も日々欠かさず鍛錬を続けていることを知っている。
時にはリヴァンと本気の手合わせをすることもあり、彼が武人としての感覚を損なわせないようにしているさまを見てきているのだ。
「わざわざ私に首を譲らんでも、お前がそのまま斬っても良かったのだぞ? あの初撃で落とすこともできただろうに」
「この男はルーファウス王子の仇ですから。首を獲るのはリカルド様であるのが筋でしょう。それに……」
リヴァンは一度言葉を切ると、笑みを浮かべて部下の騎士たちを見回した。
「皆も、たまにはリカルド様の剣を見たかろうと思いまして」
若き軍隊長の言葉を受け、それまで言葉を慎んでいた騎士たちがここぞとばかりに一斉に口を開いた。
「凄かったです、ドラッカール侯の一閃! 速くて力強くて……!」
「首を包んだ際に切り口を見ましたが、大変美しく真っ直ぐな断面でした!」
「隊長の剣の速さはいつも見ているので知っていましたが、侯の剣を見ることはなかなかできないので、俺たちは幸運でした!」
「同行させてくださった隊長にも感謝いたします!」
口々に誉めそやしてくる部下たちに、リカルドはややばつの悪そうな表情で頭を掻いた。照れというよりも、本気で困っているような口調で言葉を返す。
「私は戦闘力を失った男の首を落としただけだからなぁ……。昔ならまだしも、今の私ではこの男は討てなかっただろう」
「それは私も同じです。リカルド様が事前に指示してくださっていなければ、魔術を行使されてどうなっていたことか……」
宮廷魔術師たるマルディアスという男の実力については、リヴァンは詳しくは聞かされていない。リカルドは幾分か情報を持っているようだが、それを部下に明かしてはいなかった。
ただ、魔術師を相手にするときは術を行使される前に速攻で、あるいは圧倒的物量による猛攻で仕掛けよと教わっている。
宮廷魔術師マルディアスを見つけ、奴が王子殺害を認めたときは本気で狩りにいけというのが、主からの指示だった。
だからこそリヴァンは、この男が主の問いに答えたのを合図に踏み込んだのだが──。
「しかしなぜ……この男はルーファウス王子を殺したのでしょうか?」
「うん?」
刃に付着していた血を振り払い、剣を鞘に収めながらリカルドが振り返る。
「宮廷魔術師マルディアスは、確かルーファウス王子の、かつての魔術の師であったと聞いております。二人の関係も親しいものに見えていたのですが……」
首と胴、さらにその胴も腰の位置で両断された亡骸を見下ろしながら、リヴァンは悔しさを堪えるように歯噛みする。
親善の宴が催されたときの晩餐会で、ルーファウス王子に縁談が持ち掛けられたとき、この男が王子を案じるような目をしていたのをリヴァンは見ていた。
そしてその同情的な視線が一人の給仕の女性、少女とも言える歳の若い侍女へも向けられたのを見て、侍女と王子の関係を察したのだった。
晩餐会が終わり、広間を後にするときも、この男はルーファウス王子を気遣うように彼の肩に手を添えていた。
「……王子を殺害するような男にはとても……」
この男が否定することを、心の底では望んでいたのかもしれない。
あの誠実そうな若い王子が、己の信頼するかつての師に殺められたとは、リヴァンにとっては到底考えたくないことだった。
疑念を口にするリヴァンに背を向け、リカルドは東の空を仰ぐ。
「……予想はつくがね。しかし、人の心というものは時に空より広く自由であり、海より深く、荒れ狂う波の如く暴虐に尽くすこともある。この男の真なる心は、この男にしか分かるまい。確かなことは、この男の手によってルーファウス王子は亡き者となり、我が娘の縁談も白紙になったということだけだ」
リカルドが肩をすくめたところで、周囲から草木をかき分ける音と複数の足音が近づいてきた。四方に散らせていた弓兵が次々と戻ってきたのだ。
「では、このままローディアへ向かおうか。手土産の首は腐らせんようにな」
「……はい」
未だ納得がいかないという表情を浮かべながらも、リヴァンは従順に主の言葉に従う。そしてふと、もう一つの疑問が頭をよぎった。
(あの侍女は……どうなったのだろうか)
舞踏会の場で、リヴァンに小さな気遣いを見せてくれた赤茶の髪の侍女。
特筆することもないような素朴で平凡な顔立ちをした少女が、ルーファウス王子に淡い笑みを向けていたことを思い出す。王子もまた、あの侍女には柔らかな表情を浮かべていた。
第三王子殺害という凶報の中に、侍女についての情報は記されていなかった。王が二人の関係を知っていたのかは定かではないが、端女である侍女のことなど記すに値しないことだったのだろう。
彼女はルーファウス王子の傍女だった。最も王子の近くにいたのが彼女であったなら、王子とともに殺害されている可能性が高い。
無事であれば良いと思う一方で、リヴァンは侍女の命をほとんど諦めていた。
(本当になぜ……この男はルーファウス王子を殺したりしたんだ……)
物言わぬ亡骸を一瞥し、リヴァンは答えの出ない疑問を振り払いながら、部下たちのもとへと戻る。
その姿を同じように一瞥したリカルドは部下たちには見えぬように、手元に羅針盤のような道具を取り出し、それに視線を落とした。
黄金の皿の中心には深紅の小さな宝石が嵌められ、その上に浮いた細い金の針が東の方向を指し示している。
それが徐々に南へ向くのを見据えながら、リカルドの口元に妖しい笑みが浮かぶ。
「感服したよ、宮廷魔術師マルディアス殿。貴殿の深き愛に敬意を表し、王子のことは見逃してやる」
小さく落とされた言葉は部下たちの耳には届かない。
最も信頼する忠臣であるリヴァンにさえ、リカルドは己の知る真実を明かすつもりはなかった。
いや、むしろリヴァン・スカルデという男が、リカルドが信を置くほどの高潔な精神を持っているがゆえに、彼は胸の内を明かさない。
「これでローディア国王には貸しができた。利用しない手はあるまい」
金の羅針盤のような道具を腰の麻袋にしまい、リカルドは踵を返した。
残り2話です。




