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第53話 差し向けられた追手(後)

「私は探(・)し(・)物(・)が得意でね。しかし貴殿が思いのほか近くにいたことは僥倖だった。娘の婚約者たるルーファウス第三王子は、貴殿の手によって遠(・)く(・)へ(・)旅(・)立(・)っ(・)て(・)し(・)ま(・)わ(・)れ(・)た(・)ようだからな」


 刹那、マルディアスの背すじに緊張と悪寒が駆け抜けた。

 バルニア侯爵は暗に、こちらの居場所が手の内であることを告げている。

 この男は魔力を持っていない。今この場にいる騎士たちも、誰一人として魔力を有しているものはいない。

 ならばどうやって、マルディアスの居場所を掴んだのか。


(魔導具か? いや、それだって魔力がなければ使用できん。……違う。そうではない。問題はこの男が、逆方向に逃げたルーファウスたちの居場所も掴んでいることだ……!)


 先のバルニア侯爵の言葉は、何らかの形で探索能力があることが示されていた。

 マルディアスはこの数日で回復した魔力を、可能な限り隠匿した状態で逃走を続けていたが、全てを隠しきれていたわけではない。

 ルーファウスは隠れ身のローブを着ているが、リズリアの方が彼の魔力を幾分か所持している可能性は高い。そもそもバルニア侯爵の持つ探索能力が「存在そのもの」を見つけるものだった場合、魔力の隠匿は無意味だ。


(探索能力がこの男自身のものなのかどうかは分からんが、いずれにせよ、こいつはここで殺さなければ……)


 マルディアスがさらに警戒を強め、魔力を巡らせようとしたそのとき、バルニア侯爵の問いがそれを制した。


「宮廷魔術師マルディアス・カルヴァーニ・ゼナルドゥス殿。貴殿がルーファウス・アルバルト・ローレンシア第三王子を殺害したというのは、事実かね?」

「…………は?」


 何を問われているのか、瞬時には理解できなかった。

 しかしバルニア侯爵の不敵な笑みと、彼らバルニア騎士団の男たちがここに居る理由を思い出し、その意味を悟る。


(ローディア国王め……。事件を隠蔽し、息(・)子(・)た(・)ち(・)を救うために、俺に全てをなすりつけやがったな……!)


 王太子暗殺未遂事件をなかったことにし、ルーファウス第三王子は宮廷魔術師マルディアスの凶刃に倒れた。その筋書きによってローディア国王はルーファウスを逃がし、ヴァールヴィークとの同盟を維持することを決断したのだろう。

 マルディアス一人の命によって、全てが丸く収まると判断して──。


 しかし、バルニア侯爵はおそらく気づいている。彼の持つ何らかの探索能力によって、ルーファウスが生きていると知っている。

 そしてそれを──自分が知っているということを、敢えてマルディアスに知らせているのだ。

 その上で、この男はマルディアスに選択を迫っている。

 全く以て為政者というものは腹立たしい。


(部下たちは知らねぇんだろうな……。じゃなきゃ、ルーファウスが『遠くに旅立った』なんて回りくどい言い方はしねぇ……)


 ならば、とマルディアスは決意する。

 ローディア国王がそのつもりでいるのなら、この状況を利用しない手はない。

 ルーファウスが死んだことになっているのなら、その傍にリズリアがいることまでは知られていないのなら、少なくともバルニアからの追手が二人にたどり着くことはない。


「そうだ。俺がルーファウス王子を殺した」


 短い言葉でマルディアスは肯定する。

 これで彼らはルーファウスたちを追うことはしないはずだ。

 ルーファウス第三王子は、王宮内で死亡したのだから。

 あとはこの場を凌げば良い。バルニア侯爵がルーファウスを追わないなら、無理に殺す必要はない。


 圧縮したような思考の中で、瞬きの間にそれを判断したマルディアスだったが、彼は知らなかった。

 その回答が、黒い狼が動く合図であったことを。

 そして眼前に立つバルニア侯爵の強い存在感により、失念していた。

 その狼こそが、魔術師最大の敵であるということを。


 トサリ、と、草地に何かが落ちる音がした。

 刹那に感じた殺気に両腕を構えようとしたマルディアスは次の瞬間、音の正体が何であるかを察する。

 持ち上げた腕は、肘から先の半分ほどが失われていた。一瞬遅れて、鮮血が吹き出す光景が目に入る。


「──っ!?」


 バルニア侯爵のすぐ背後にいたはずの黒髪の騎士の姿がない。

 代わりに自分の背後から、草地を踏む小さな音と静かな気配が佇んでいる。


(ま、さか……この一瞬で……? 剣を抜いてもいなかったのにか? 今は最低限の強化しかしていなかったとはいえ、俺の身体は鎧にも勝る硬度なんだぞ……?)


 近接戦闘に長けた戦士こそが、魔術師の最大の敵である。

 数日前、自らが叩き潰した教え子たちに説いた言葉だ。

 その最高峰に位置するのではないかとさえ思える狼が今、マルディアスに牙を向けている。

 ──いや、向けていた、と言う方が正しいのかもしれない。剣を鞘にしまう小さな金属音が耳に届く。

 思わず背後を振り向こうとしたマルディアスは、自分の現状を理解した。


(あぁ……くそっ。この野郎……今の一閃で、俺の身体ごと両断していやがったのか……。しかも切り口がズレたせいで、修復できねぇ……)


 ぐらりと上体が傾き、崩れ落ちようかという刹那、剣を抜くバルニア侯爵の姿が視界の隅に映った。

 背後の狼の姿は見えない。

 殺気もなく、ただこちらを見据えているだけの気配を感じる。


(……やっぱ、ガキのお守りなんざ……するもんじゃねぇな)


 剣を振るバルニア侯爵の動きがやたらと遅く見える。

 その切先の位置と角度から、どこを狙っているのかは自明だ。

 最後の嫌がらせにそこを固めてやりたかったが、もはや強化の術は解け、魔力を練ることさえできない。


(ルーファウス……リズリア……、絶対に、逃げきれよ……)


 陽光を煌めかせた切先がマルディアスの首へと届く。


(じゃねぇと……割に合わねぇよ……)


 そこでマルディアスの意識は途切れる。

 ローディア国魔術騎士団三十人を叩き潰した元宮廷魔術師の強靭なる肉体は、たった一匹の黒い狼によって狩られ、一つの願いだけを抱いてその生命を終えた。




次の更新は木曜日です。

残り3話です。

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