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第52話 差し向けられた追手(前)

 ◇◇◇


(……随分懐かしいことを思い出しちまったな。もしもあいつが生きていたとしたら、俺の現状を知って何て言うんだろうな……)


 王太子暗殺未遂の首謀犯として、裁きを受けるはずだった元第三王子であり、元弟子のルーファウス。彼を恋人であるリズリアとともに地下牢から逃がし、袂を分かってから数日後。

 マルディアスは王都から西の山中を歩いていた。東に逃げた二人への追手を少しでも減らすため、マルディアスは彼らとは真逆の方向へと逃げている。

 その道中に思い出したのが、自身の弟子を少しでも長く生き永らえさせるために命を落とした友人のことだった。


(……いや。あいつは多分、何も言わずにいつも通りに笑うんだろうな。そういうときは微妙に腹立つ笑い方するんだよな、あいつ)


 ため息をつきながら、草木をかき分けて進む。

 今もなお、あの男に感化されたつもりなどない。

 若い二人の幸せを願うなど、そんな殊勝な感情もない。


 マルディアスはただ、気に入らなかった。

 まだまだ幼さを残す彼らが、運命というものに翻弄されていることが。

 己の意志で人生を選ぶこともできず、世間知らずのくせに達観したような目で、全てを受け入れようとしていたことが。

 ──そう。ただ、気に入らなかっただけだ。

 ただともに在りたいという彼らの小さな欲の芽を摘み取ろうとする、王宮という狭い世界が。


(あいつらもさすがにもう、国外には出ているはずだ。ローディアには探索に長けた魔術師はいない。早々に捕まることはないだろう)


 彼らは自らの意志で、自らの力で、自分たちを閉じ込める王宮に大穴を開け、貫いたその穴から外の世界へと出ていった。

 不安な面は多々あるが、きっと今後も二人で生きていけるだろう。

 傾きつつある太陽に目を向けたマルディアスは、自身が移動してきた方角と距離を計算する。


(そろそろ南へ下るか。このまま西へ進むとヴァールヴィークに向かっちまう……)


 南下するとヴァールヴィーク国の南部に位置するバルニア領にも近付いてしまうことになるが、他に行先はない。

 北には大海が広がっている。さすがに港には追手の手配が回っているだろう。東に戻る選択肢は当然ない。

 そのままヴァールヴィーク国内に入り込む手もあるが、そこからさらに西にもまた、大海が広がっている。いずれにしても南へ進まねば大陸を移動することはできない。


 

 そうして進路を南へと変え、幾日か歩いた先の森の中で、マルディアスは理解した。

 己の状況を、正確に。

 ルーファウスとリズリアを東へ逃がした選択は正しかったのだと。

 そしてその選択を取った時点で、こ(・)う(・)な(・)る(・)こ(・)と(・)は決まっていたのだと。

 こ(・)れ(・)を全く想定していなかったわけではない。

 しかしその想定は、もっと後に起こるものと思っていた。

 彼(・)ら(・)はマルディアスの想定よりも早く出陣し、そして想定よりも早く北上して、眼前に姿を現した。


「おや。マルディアス殿ではないですかな。よもやこのような所でお会いできるとは」


 わざとらしい言葉を口にし、獰猛な肉食獣のような眼光で笑みを浮かべているのは──。


「──っ、バルニア侯爵……!」


 馬上から下り、馬と複数人の騎士を連れたその男は、バルニア侯爵ことリカルド・ドラッカールだった。

 森の中、騎馬では進みづらかったのだろう。彼の連れた騎士たちもまた、下馬した状態で手綱を引いていた。

 その最前、バルニア侯爵のすぐ背後に立っているのは、黒髪と黒瞳の若き軍隊長、通称バルニアの黒狼。親善の宴にてマルディアスが最も警戒した男だった。


「俺を追ってきたのか……?」

「左様。ローディア国王陛下直々に助力を依頼されてね」


 出会い頭に偶然の再会であるかのような言葉を吐いていたというのに、バルニア侯爵はあっさりと肯定し、口角を吊り上げる。

 ルーファウスは、バルニア侯爵の長女の婚約者だ。だからこそ、今回の事件がバルニア侯爵の耳に届くのはもっと後だろうとマルディアスは踏んでいた。

 冤罪ではあるが、今ローディア王宮内部では、ルーファウスは王太子暗殺未遂の事件を引き起こし、なお且つ牢から逃亡した罪人となっている。

 これは王家にとって紛れもなく失態であり、同盟と縁談の契りを交わしたバルニア侯爵に対し、途轍もない不義理を働いたことになるのだ。


(なぜ……なぜ王は、こんなにも早くバルニア侯爵に報せたんだ……。そちらの娘の婚約者は罪を犯して逃げたなど、恥以外の何物でもないというのに……。そもそも、どうやって俺を見つけた? 俺が逃げた方向から推測して追ってきたというのか? まさか、見つけたのは本当に偶然だとでも言う気か?)


 警戒心を最大限に高めながらも困惑した思考を巡らせる。

 それを嘲笑うかのように、バルニア侯爵は笑みを深めた。


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