第51話 予言の回顧(後)
「君は私よりずぅっと面倒見のいい男だからね。そのときは、私以上のことをやらかしてしまうのではないかと、心配なんだ。まぁ、そのとき私が傍にいたとしても止められる気はしないんだけどね。魔術師なのにパワー型だし、君」
「……お前の中の俺がどういう人間なのかは知らねぇけどよ」
マルディアスは呆れた息をつきながら、自分の杯に追加の酒を注いでいく。
「俺は俺のためにしか生きる気なんかねぇよ。お前みたいな男と一緒にするんじゃねぇ」
「それは君の本質から一番遠い生き方だよ、マルディアス。何なら今からでも結婚しちゃえばいいのに」
唐突な言葉に酒を吹き出しかけた。
「な、何なんだよ、藪から棒に……。俺もう四十手前だぞ?」
「おや? 君の強化術なら百歳くらいまでは余裕で生きられるでしょ。君、意外と愛妻家になると思うんだよねぇ。しかめっ面しながら奥さんにデレデレする姿が目に浮かぶようだよ」
「しかめっ面でデレデレって矛盾してんだろうが。気持ち悪ぃしよ。俺は女を抱くのは好きだが、一人に決める気なんざさらさらねぇな」
さらに酒を呷るマルディアスを眺めながら、アルデランは老婆のような中性的な微笑みで告げる。
「君は愛情深い男だからね。まぁ、もしもそのときがきたら、……そのとき私がまだ生きていたら、ぜひ祝福させてほしいものだね」
彼のその言葉は叶わない。
マルディアスが独身でい続けたからというだけではない。
王宮を去ったアルデランとは、使い魔による連絡のやり取りを定期的に行っていたが、それも九年前を最後に絶えた。
長く連絡を取り合ってはいたものの一度も再会することはなく、アルデランは生前に仕掛けた使い魔によって、自身の最期をマルディアスへと伝えた。
『敬愛なる友人マルディアス。私の命が尽きたとき、この使い魔が君のもとへ届くように仕込んである。君がこれを聞いているのなら、まぁ……つまり、そういうことだね。
私の弟子がね、去年、自身の体内に結界術を構築することに成功したんだよ。わずか十歳だというのにねぇ……。本当に、この子が育ちきることができないことが残念でならないよ。ちゃんと育つことができていれば、きっと私を超える結界術の使い手になっただろうにね』
白い烏のような使い魔は、まるで己の喉から発声しているかのように口を動かし、マルディアスのよく知る友人の声でメッセージを紡いでいく。
『でもね、この子の才能は素晴らしいのだけれど、やはり呪いを抑えるには不十分なようなんだ。だから私はこの地に結界を施し、この子の術の力を底上げすることにした。
……それは、この子の体内の術に干渉するもので、つまりは呪いに対しても直接的に干渉してしまうものになる。随分と業の深い、古い呪いのようだからね、きっと私も無事では済まないだろう』
自室の窓際でそれを聞きながら、マルディアスは舌打ちした。
あの男のことだ。幼い弟子に己の魔術を仕込みながらも、呪いを解く方法を探し続けていたに違いない。それでも自らが弟子の結界の力を底上げするために陣を敷いたというのなら、解呪する術は見つからなかったのだろう。
それは彼の弟子が、いずれは呪いによって死に至ることを意味している。
(死が決まったガキのために、こいつは命張ったってのか……。その命の期限を、ただ延ばすためだけに……)
白い烏から友人の言葉は続く。
『ねぇ、マルディアス。君はまだ、私を愚かだと謗るだろうか。私はどうしても、この子に長く生きてほしいんだ。
生きて、そしてその先の未来で、笑える時間が増えたら良いと、願わずにはいられないんだ。きっと君は、口では私を罵りながらも、いつかは私の想いを理解してくれると思っている』
マルディアスの脳裏に、褐色肌で金糸の髪をふわふわと揺らした生意気な少年の顔が浮かぶ。魔術の素養があったがために、なし崩し的に教育することになってしまったこの国の第三王子。
彼もまた、呪いとは言わずとも特異な体質を抱えてしまっている。
マルディアスの持つ身体強化の術式は彼の体質とは相性が悪かったため、教育は基本的な魔力の流し方や操作方法に留めているのだが、これがまた大変難儀なことだった。
王子らしい気位の高さを持ち、しかし純朴で、真っ直ぐに感情をぶつけてくる小さな弟子は扱いづらいことこの上ない。
不本意にもそんな面倒で幼い弟子を抱えているからこそ、改めてマルディアスはアルデランの心持ちが理解できなかった。
『いつか冥府で君と再会することがあったなら、そのときは──お互いの健闘を讃え合おうではないか』
そんな言葉で締められた古い友人のメッセージ。
記憶に残る彼の表情や口調はいつも穏やかで、夕暮れの凪いだ海を思わせる。
そんな彼に感化された覚えはない。
それに、類稀な魔力量を持つ王子には、圧縮と放出の技術に優れた魔術師の方が師として適任だろうと、新たな魔術師が雇い入れられた。
──だというのに、王子の師の立場を退いてなお、ときには少年らしい無邪気な笑みを見せる元弟子を、マルディアスは放っておくことができなかった。
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