第50話 予言の回顧(前)
◇◇◇
十七年前、ローディア王宮内の一室。
「宮廷魔術師を辞めて田舎娘の面倒をみるという話は本当か? アルデラン」
宮廷魔術師マルディアスは、同僚の魔術師と酒を酌み交わしていた。
数時間前に国王陛下よりもたらされた報せに驚き、本人を問い詰めるべく部屋を訪れたところ、当の魔術師から酒の席で話そうと言われたのだ。
責めるような口調で尋ねるマルディアスに、同僚であり友でもあるその男は、老婆のようにも見える穏やかな笑みを浮かべる。
「本当だよ。三年前に、とある村でたまたま見つけた子でね。あのときはまだ赤ん坊だったが、もうすぐ遊びも兼ねた基礎修行が始められる頃合いだ。父親にも既に話はつけてあるんだよ」
「赤ん坊だぁ? そんな頃からお前が才能を見出すほどの逸材だってのか? 血を繋ぐ気も弟子を取る気もなかったくせに、宮廷魔術師を辞めてまで?」
宮廷魔術師は稼ぎのいい仕事だ。自分の魔術の研鑽に割く時間もそれなりに取れ、衣食住も保障されている。王族に対する忠誠さえ誓っていれば、これほど分のいい仕事は他にないとマルディアスは思っている。
その王族に対する忠誠も、余程意に沿わない命令でない限りは、適当に「はいはい」と言うことを聞いていればいい。
魔術師アルデランは、国内でも随一の結界術の使い手だ。王宮の外壁や地下牢に張られた結界は彼が施したもので、彼の寿命が尽きた後でも問題なく機能し続けるように設計されている。
その男が赤ん坊のうちから才能を見出したという子供がどういう存在なのか、マルディアスは腹立たしく思いながらも興味を惹かれていた。
「そうだねぇ……才能もそうなのだけど……」
酒の満ちた杯を揺らしながら、アルデランはゆったりとした口調で答える。
「可哀想な子でね。どうやら血の呪いに侵されているようなんだよ。放っておいたら、彼女は大人になる前に死ぬことになる」
「は? だったらなおさら、弟子にする必要なんざねぇだろ。お前の術を後世に残せるわけでもないガキに仕込んだところで、時間の無駄じゃねぇか」
魔術師にとっての子や弟子は、己の研究を後世に残し、繋いでいくための媒介に過ぎない。
魔術の研究は自分の代だけで終わるものに非ず。
自分が到達できなかった域にも子や弟子が成果を繋いでいき、いずれは魔導に至るまで研究と研鑽を続けていくのが、魔術師の悲願というものだ。
マルディアス自身は己の強さのみを求める人間であったために、繋ぐことには興味がなかった。アルデランという男もそうだと思っていたというのに──。
ましてや、血の呪いに侵された子供など、育てる価値もない。
「私の結界術が、あの子に巣食う呪いを多少は抑えることができる。私にあの子の運命を変えることはできないが、命の期限を延ばすことで、未来を少しでも明るいものにしてやりたいんだよ」
穏やかに続けるアルデランに対し、マルディアスは呆れて杯の酒を一気に呷った。
「理解できんな。見ず知らずのガキを生き永らえさせるために今の地位を捨てるのかよ。ましてや呪いなんざ、好き好んで関わるようなものでもねぇだろう。お前の命と魂にも障りが出るやもしれんだろうが」
呪いの種類は多岐に渡る。ただ強すぎる思いや怨念、時には愛が呪いと成ることもあれば、魔術の一種としての呪術が意図的に行使されることもある。
厄介なのは、その両方が絡み合ったとき。
身を焼き尽くすような業火の煮え滾る憎悪を以て、魔術師が呪いを放つときだ。その影響を受けるのは、呪いをかけられた本人だけでは済まないことが多い。
「ははっ。何だかんだで君は優しいよねぇ、マルディアス。私を心配してくれるのかい?」
「気持ち悪ぃことを言うんじゃねぇよ。一流の魔術師がくだらねぇことに心血を注ぐのが勿体ねぇって話をしてんだよ」
目尻を緩めて呑気に笑うアルデランに、マルディアスは悪態を返した。しかし、なおもアルデランは微笑みを浮かべたまま続ける。
「今は理解できないかもしれないけれど、君ならいつかはきっと分かってくれると思うんだ。ただ純粋に手を差し伸べたくなるような命の煌めき、その尊さ。……あぁ、でも……そうなると少し、心配だね」
「いや、理解できる気もしねぇが、何が心配だってんだよ」
揺らめく酒の表面に視線を落とし、アルデランの微笑みが苦笑へと移り変わる。




