第49話 宮廷魔術師の戦闘
◇◇◇
「さぁて……足手まといもいなくなったことだし、暴れさせてもらおうか」
少女の声がか細くなっていくのを背に受けながら、マルディアスは上着を脱ぎ捨て、全身に魔力を巡らせた。
ルーファウスの魔鉱石から得た魔力密度はマルディアスのものよりも遥かに濃く、全身の血管を張り裂きそうな勢いで駆け抜けていく。
(あいつの魔力……純粋過ぎてあまり俺とは相性良くねぇんだよな……)
鍛え上げた鋼の筋肉が、強化の魔術を施されてさらに膨れ上がり、肉体を守る鎧として、そして敵を打ち砕く武器として昇華されていく。
わずかに残しておいた自身の魔力は、魔鉱石を喰らう際にほとんど使用してしまっている。補充した魔力は並の魔術師に換算して約二人分。量としては許容範囲だが、新たに追加すれば、その濃さ故に肉体が破壊されかねない。
(これだけでやるしかねぇが……まぁ、大丈夫だろう)
ルーファウスが最後に立てた粉塵が薄れかけたところで、魔術騎士団の方向から声が届く。
「投降してください、マルディアス様! 如何に貴方といえど、この人数を相手にするのは無茶だ! 無駄な血は流したくない!」
その言葉を一笑に付すようにマルディアスは鼻を鳴らす。時間をかければ援軍が来てしまうだろう。その前に片を付けなければならない。
「貴方は王太子殿下を救われた英雄でもあるのです! どうか事件の首謀者たるルーファウス第三王子を差し出し──」
声を上げる男の言葉が続くことはなかった。
薄れゆく土煙が動いたかと思ったその刹那、懐へと飛び込んだマルディアスの掌底が男の鎧を打ち砕き、内臓を激しく震わせたのだ。
「が──っ!」
弾き飛ばされた男の身体がそのまま兵たちの陣形を崩す。
続けざまに、付近にいた別の兵の腕がへし折られた。その手に握りしめていた魔力を帯びた槍がマルディアスの手に奪われ、弩の如き威力で別の陣形へと一直線に投擲される。
まさに疾風迅雷。
崩れた陣形へと、電光石火の速さで突っ込んだマルディアスの姿を兵が視認した次の瞬間には、幾人もの騎士の鎧が砕かれ、防壁を張る間もなく鮮血が吹き上がる。
「教えておいただろう? 魔術師が術を行使するには、必ず一瞬のタメが生まれる。その隙を突ける近接戦闘に長けた戦士こそが、魔術師の最大の敵であると──」
説くように言葉を落としながら、自らが育てた教え子たちの隙間を縦横無尽にマルディアスは駆け抜ける。およそ魔術師とは思えぬ肉弾戦の強さこそが、この壮年の魔術師最大の強みだった。
兵の中を縫うように疾走を繰り返すことで、魔術による攻撃の的さえ絞らせない。
やがてこの男に術では対抗できないと、兵たちはたまらず剣を抜いた。
しかしそれさえも、強化された彼の肉体に傷を付けることはできず、月光を反射して煌めく刃は次々に叩き折られていく。
「ま、まさかそんな……これほどまでに……」
怯えの色を浮かべた兵もまた、マルディアスの放った魔鉱石によって腹部を撃ち抜かれ、崩れ落ちた。
玉砕覚悟で彼を取り押さえれば、遠距離からの魔術攻撃で味方ごと撃ち抜く覚悟が兵たちにあれば、勝機はまだあったかもしれない。
あるいは応援が来るまで耐え凌ぎ、彼の魔力が尽きるまで戦えていたのなら──。
だが、狂気にも似た鬼気迫る圧倒的な破壊の力を前に、実戦経験の乏しかった兵たちの精神が折れる。
「甘いんだよ、ひよっこどもが。この程度の腕で、人数で、俺を止められると思うなよ」
マルディアスが息を荒げながらその台詞を吐く頃には、既に立っている兵はおらず、王宮内には緊急事態を告げる警鐘が鳴り響いていた。




