第55話 託された想い
◇◇◇
「あ。ルゥ、そのキノコはおススメしないよ」
「え?」
「味は悪くないけど、慣れないうちはお腹壊しちゃうから」
「それはもう毒キノコみたいなもんじゃないのか?」
「慣れれば平気だよ?」
王宮を脱出してから数日。
ルーファウスとリズリアの二人は、ローディアから東に位置する山の中を移動していた。
道中は山菜や兎などの食料を確保しつつ、水辺からはあまり離れないようにしていたのだが、その中でリズリアが貧しい生まれ育ちであったがゆえの能力を発揮していた。
名前までは詳しく知らずとも、山中に自生する植物を食べられるものと食べられないもの、食べられはするが害のあるものを見分けることができていたのだ。
ちなみにリズリアは、幼少期は食べられそうなものは何でも口にしていたために、強靭な胃腸を有している。死に至るような毒性さえなければ大抵の植物やキノコは食することができていたが、本人にその自覚はない。
彼女の言う「慣れれば平気だよ」は、慣れるまでが地獄であることを示している。
「お前が育ちのいい令嬢じゃなくて良かったよ……」
呆れとも感心とも取れる息をつき、ルーファウスは太い木の根元へと腰を下ろした。その隣へ寄り添うようにリズリアも腰を下ろし、彼の肩に頭をすり寄せる。
「私もルゥが魔術師で良かったと思ってる。……オジサンと同じ強化の魔術、ルゥも使えたんだね」
「……一応な。昔、教わったことはあったんだ。強化の魔術は体内に魔力を巡らせて留めるから、魔力量が多すぎて流れの激しい俺には向かなかったんだよ」
この数日、何度か追手が来たことはあったがどれも小規模だった。
障壁を張ったり魔力砲を撃ち込んで迎撃しているうちに、ルーファウスの魔力が消費され、わずかにではあったが身体強化に魔力を使えるようになっていた。
それによって脚力を強化したルーファウスはリズリアを抱え、馬を超える速度で山を駆け抜けたのだった。
「それでも、魔術師といえど結局最後に頼るのは自分の肉体だからと、あいつは使えるかも分からない強化術を俺に仕込んだ。本当に基礎だけだったけど、今回はそれに救われたな」
「……うん。オジサンには、助けられてばっかりだったなぁ……。私、オジサンにはなんにも返せてないや……」
膝を抱えるリズリアの肩を抱き寄せ、ルーファウスは小さく言葉を落とす。
「リズ。俺は……あいつになら、いいんじゃないかと思ったんだ」
「え?」
「お前は歳の差とか気にしないだろうし、マルディアスなら……リズを幸せにしてくれると思ったんだ。まぁ結局、目の前でキスされたのはムカついたし、俺を救い出すための魔力譲渡でお前があいつに抱かれたっていうのも、はらわたが煮えくり返る思いだったけど」
「わ、私は……」
「分かってるよ」
言葉を返そうとするリズリアを遮り、彼女の額に唇を落とす。胸に湧く途方もない罪悪感と、最愛の存在が腕の中にいる安堵を巡らせながら、ルーファウスは囁くような声で続けた。
「あいつのもとでなら平穏に生きられたのに、お前は俺と生きることを選んでくれた。あいつだって……」
言葉を切ったルーファウスはリズリアをさらに強く抱き寄せ、唇を噛み締めた。
「ルゥ?」
小さな肩に額を乗せ、ルーファウスは目頭に集まる熱を必死に堪える。
『手前の女に触れさせたくねぇなら、二度と手放そうなんて思わねぇことだな』
大人げなく腹立たしい言葉ばかり吐いていた男の言葉が、脳裏に木霊する。
嘘つきで、不遜で、挑発的で、高潔とは程遠い男の吐いた、誠実で不誠実な言葉。
(どの口が言ってんだよ、クソジジイ……)
顔を上げ、困ったような表情で見上げるリズリアにルーファウスは唇を重ねた。
何度も。何度も。
柔らかく小さな唇を食み、吸い、互いの温度を分かち合う。
「愛してるよ、リズ……。俺はお前を、絶対に手放さない……」
零れる囁きを唇で受け止めながら、リズリアが両腕をルーファウスの首へと回す。額を擦り合わせた彼女は、瞳を潤ませながらふわりと微笑んだ。
「うん……。私も、ルゥが大好き。私もがんばって強くなるから……ずっと、傍にいてね」
暗く薄ら寒い部屋に小さな明かりが灯るような、そんなささやかで、柔らかく、緩やかな温もり。それが胸にじわりと湧き上がるのを感じ、最愛の人をきつく抱きしめる。
自分の代わりに彼女を守ってくれる男はもういない。
託された想いと誓いを込めるように、ルーファウスは再びリズリアに唇を重ねた。
次回、最終話です!




